インタビュー

—観光活動・入国に関する規制の導入、撤廃はどのようなプロセスで進められたのでしょうか。

 タイは2019年には年間約4000万人の海外からの観光客を迎えていましたが、2020年4月以降、実質的なロックダウンが行われ、観光客の移動も大きく制限されました。
 また航空便の運休が増えたことで急激に観光客が減り、2021年に迎えた海外からの来訪客は40万人程でした。
 その中で、タイでは何段階かのステップを踏みながら、観光客の受け入れ再開を実施してきました。
 まず、2020年10月に90日間の滞在が可能となる「Special Tourist Visa」(以下、STV)の発行を開始しました。その後2021年7月からは、海外の観光客に人気のあるプーケットに限定する形で、地域内で自由に観光客が往来できるプログラム「プーケット・サンドボックス」を開始しました。
 その後、徐々にその対象となるエリアを広げるとともに、到着前後の検査結果が陰性であれば自由に国内の旅行ができる「TEST&GO」プログラムを開始しました。
 また、各県や郡を旅行の受け入れ可否の程度でランク分けしました。「地域住民の70%以上がワクチン接種を完了」「病床数が確保されている」「感染率が基準以下である」という地域を「ブルーゾーン」として優先的に観光客を受け入れる地域とするものです。非常にリスクの高い地域は濃い赤、その次は赤、オレンジ、黄色、緑、ブルーといった色分けを行いました。これは、観光地としての取り組みに関するモチベーション向上、つまり「まずは緑を、さらにはブルーを」と上の水準を目指してもらうという意図もありました。
 また、タイを訪れる観光客に安全と安心を感じていただくため、タイ国政府観光庁(以下、TAT)は保健省と共同で事業者の健康安全基準「Safety&Health Administration」(通称SHA:シャー)を設けました。SHAについては段階的に充実を図っており、まず、SHAの認証取得を進めた後、従業員の70%以上がワクチン接種を完了している事業者に対しては「SHA Plus」という、より上位の認証を与えることとしました。
 医療機関との連携体制を構築し、万が一の感染者発生時に迅速に対象者を移送できるホテルには、「SHA Extra Plus」というさらに上位の認証を与えています。
 このように様々なステップを踏む中で、確実に観光客の人数が増えてきています。その結果、2022年に入ってからは状況がかなり良い方向へ向かっており、2022年の1月から8月の期間で約450万人がタイに入国しています(注:9月20日時点では600万人を超えている)。私たちTATを統括する観光スポーツ大臣とは、今後の航空便の運航増加を見据えて1000万人を目指すという話もしているところです。

—タイでは、コロナ禍の中でも、他の東南アジア諸国と比較して、早い時期に条件付きの観光活動を再開し、入国に関する規制を緩和、撤廃していると認識しています。この背景にあった主な要因は何だったのでしょうか。

 コロナ感染が進む中で私たちが開国に踏み切った要因の一つとして、全ての観光業界の収入が、国全体のGDPのおよそ20%を占めていること、また観光に従事する方々がおよそ1000万人いるということからもわかるように、経済や雇用における観光の重要性があったことが挙げられます。
 ここ2〜3年間はほとんど海外旅行へは行けず、常に世界中の多くの人々が「今どこに行けるのだろうか?」とデスティネーション探しをしているという状態だったと思います。それを理解した上でタイは、「一歩先に開国をすべきだ」と考えたわけです。

—観光活動・入国に関する規制の緩和、撤廃のプロセスにおいて重視したのはどのような点でしょうか。

 開国における防疫対策を検討するに当たり、当初の観光スポーツ大臣の考えとしては、「お客様を空港で30分以上留めないように」というものがありました。このように、政府側で一方的に決めるのではなく、海外から訪れるお客様がどのようなニーズや意識を持っているかを重視して取り組んでいる点が特徴です。
 外国人の受け入れ再開については、「3P」すなわちPublic、Private、Peopleの各視点を重視しました。
 まずPublicの視点としては、特に地方自治体においてどのように安全を確保し、防疫対策を取るかということがあります。
 次のPrivate は、観光関連事業者が観光客の安全を守るためにどのような協力体制を取りうるのかという点であり、すなわち前述の健康安全基準SHAのことを指します。
 そして、一番大切な視点が3番目のPeopleです。観光地で外国人から観光客を受け入れるに当たって、地域住民が自分の健康を守るためにも、ワクチンを積極的に接種し準備を整えていこうということです。
 最初にSTVを始めたときは、様々な観光地や地方自治体から「住民のワクチン接種が十分に行き届いていない状態で外国人観光客を受け入れることには国民の理解が得られない」という声がありました。つまりPeopleの視点が充実していなかったのですが、そのような厳しい条件の中でタイ政府は、できるだけ迅速にワクチンを提供してきました。国民も観光再開の必要性を理解し協力してくれたことに感謝しています。
 防疫対策に関係する事業者や機関が安全性を信頼できるかという点に一番気を付けてきました。前述のブルーゾーンを設けて、観光客を受け入れて本当に安全だったのかという疑いの声も出ましたが、入国前と到着後すぐの陰性確認や、所定エリアでの14日間の隔離措置などにより、ブルーゾーンでは感染率が目立って高まることはありませんでした。
 タイでは様々な規制を政府が決め、民間事業者がそれに従うという形ですが、民間事業者に対する規制が強過ぎると経営に大きな影響が出ることになるため、いかにバランスを取りながら進めるかという点に注意を払ってきました。
 例えば、「データコラボレーション」としてデータを重視した取り組みを進めたことも特徴です。
 プーケット・サンドボックスでは、外国人観光客数とその陽性者数、住民の陽性者数などをプーケット各地の保健所が把握し、政府にレポートとして提出していました。
 また、ホテルの予約状況や航空会社の今後の運航予想から、今後の観光客数や必要な受け入れ態勢を検討することができました。これにより、滞在日数が短いなど、これまでと異なる観光客の旅行スタイルを把握することができた上に、観光客から確認される陽性者数が極めて少ないことを把握することができました。このように、開国に伴うインパクトとコントロール状況を常に確認することが重要だったわけです。
 感染状況に関するデータは、保健省の医療専門家チームが作成しています。TATとしては海外に29カ所の事務所を構えており、それぞれの国々での国民のワクチン接種率や、海外旅行に対する需要の高まり、出国に関する規制の状況等を把握し、政府内で報告してきました。TATは開国に向けて準備をしつつ、保健省の医療専門家たちはリスクを前提とした規制を主張する中でいかにバランスを取っていくか、非常に難しい部分はありました。

—観光活動・入国に関する規制の緩和、撤廃のプロセスにおいて、政策決定を主導するのはどのような主体なのでしょうか。

 タイでは、国レベルの防疫対策の方針を決定する組織としてCCSA(Centre for COVID-19 Situation Administration)が設定されていますが、そのトップが首相であることから、一連の規制緩和についても最高責任者として首相がリーダーシップを発揮して進めてきました。
 CCSAには医師会や関係省庁からも代表者が参加しています。本来、保健省や内務省などの所管でしたが、実際には観光客の需要側の事情も考慮して進める必要があることから、TATが積極的に参加するようになりました。もともとのTATの業務は国家の観光マーケティング及びPR活動です。その中でこの2〜3年は、コロナ禍の中で本来のミッション以外の仕事を任されてきたわけですが、おかげさまで良い方向に物事が動いてきており、私たちも誇りを持っています。
 観光活動・入国に関する規制の緩和や撤廃のような問題に対しては、責任を持って物事を進められる人物がいるかどうかが、非常に重要なポイントになると考えています。タイでもSNS等を通じて、感染リスクを憂慮する一部の医療専門家から規制緩和を進めようとする立場のTATが批判されることもありました。ただ、私たちは広い視点で国の経済を死なせずにどのように動かしていくのかというバランスを考える必要がありました。首相も非常に難しい決断を迫られる中で、常に私たちと一緒に考えてきたわけです。
 指揮を執る首相や観光スポーツ大臣に対して、TATも直接意見を具申する形でスピーディな対応を行ってきました。プーケット・サンドボックスの例では、2021年10月からの当初の予定を早め、7月から運用することを要求し実現させました。同時にプーケット県知事もリーダーシップを発揮し、地域の観光業者も要求を政府に出してきました。住民も積極的にワクチン接種を進め、協力的な面を見せてくれました。

—国外からの来訪に関する規制をほぼ撤廃することに対して、国民の反応はどのようなものだったのでしょうか。

 直接観光に携わっていなくても、多くのタイ国民は観光業の危機とは即ち国家経済の危機を意味し、それは明らかに自分の生活にも悪い影響を及ぼすであろうということを皆さんわかっています。そのため、大きな反対意見は見られませんでした。
 もちろん人の移動が増えれば、感染のリスクが高まるという意見もありましたが、前述の通り、エリア別に細かく規制の色分けをし、対策を講じました。初期段階では感染者が見つかると、差別的な扱いをするような状況も見られましたが、そうしたことを繰り返す中で、実はそこまで大きな影響はないということを国民全体が経験として学んで、国民的な意識としてCOVID-19は他の感染症と同程度の感覚になりつつあるようです。

—日本の観光の現状をご覧になってどのようにお考えですか。

 私たちは今後、日本政府がどのように規制緩和をしていくのかを注視しています。日本は水際対策として、人数制限を設け、観光客はビザ取得が必要な状態に戻されています。一方で、多くのタイ人が日本へ行きたくて仕方ない状態です。実際に先に開国した韓国やヨーロッパの国には、タイ人の富裕層が旅行をし始めています。日本がいつ無条件で受け入れを開始するのかを心待ちにしているのです。一律に水際対策を緩和するのではなく、タイのプーケット・サンドボックスのような地域を区切った段階的な対策、例えばある条件で一定期間規制を緩和し、その結果を評価しつつ、大丈夫ならもう少し緩めてみよう、といった段階を踏めると良いのではないでしょうか。
 私たちの取り組みで皆さんの参考になることがあれば、今後もぜひ情報提供をさせていただきたいと思います。
(取材日:2022年8月29日聞き手:観光政策研究部・菅野正洋、柿島あかね)


タイ国政府観光庁
Tourism Authority of Thailand(TAT)
総裁 Governor
ユッタサック・スパソーン氏
Mr. Yuthasak Supasorn
(略歴)タイ国工業省国立食品研究所所長、同工業省中央振興局長、公共セクター開発委員会上級顧問、MCOT Public Company Limited(タイの政府系メディア企業)上級副社長等を経て現職。チュラロンコン大学卒業。日本の慶應義塾大学大学院への留学経験を有する。