事例❷ 京都市

コロナ禍にとらわれずDMOが本来すべきことを着実に実行

—2021年度から2022年度にかけての京都観光はどのような状況だったでしょうか。

 最初の緊急事態宣言発令時には、市内主要ホテルにおける客室稼働率は5.8%まで下がり底を打ちました。現在は50%くらいまで戻ってきていますが、コロナ禍以前には80%を超えて当たり前、高い時には95%に達していたことを考えると、まだまだ足りません。今後のインバウンド復活を見据えて京都に進出してきた事業者のみなさんにとっては、物足りない数字と評価されていると思います。入国が団体客に制限されている状況では、京都観光への影響はほとんどなく、まだまだ様子見といった状況です。
 一方で、コロナ禍前は外国人の比率が4〜5割程度あったことを考えると、日本人の需要はかなり回復したといえると思います。とはいえ、Go Toキャンペーンをはじめ、様々な需要喚起策で恩恵を受けたのは価格帯の高い施設やリゾート観光地が中心です。海外旅行に行けない代わりにちょっとリッチな宿に泊まりたいというニーズが高まっていることもあり、街中の旅館やビジネスホテルなどはまだまだ厳しい状況かなと思います。
 また、京都にとって重要なマーケットである修学旅行も、コロナ禍の影響を強く受けています。2020年は壊滅的、2021年は多少回復したものの、例年の8割減という大きなダメージを受けました。2022年は、京都の修学旅行のハイシーズンである5〜6月に感染者数が少なかったため、予定通り催行が進んだことで一部の施設の稼働率は90〜100%に達しており、もともと激しかった景気の浮き沈みに拍車がかかっています。

—コロナ禍後に京都へ進出する宿泊施設の動きもあるということですが、これは将来的な回復を見越しての投資ということなのでしょうか。

 特に外資系の世界的ブランドで高価格帯の施設による進出が予定されています。彼らは20年30年という長期スパンで経営戦略を立てており、コロナ禍の影響はあくまで短期間のブレと捉えていると思います。国内資本でも高単価でユニークな宿が増えており、京都市内の宿泊施設の多様性は格段に向上しています。
 一方、ゲストハウスなどの簡易宿所は、駄目だと思ったら早々に見切りをつけて撤退しています。ただし、将来的に需要が回復すれば再び参入する可能性もあります。このように柔軟性が高いことが、小規模な業態の良さかもしれません。

—利用の集中を防ぐ分散化への取り組みは、コロナ禍をきっかけに始まったものなのでしょうか。

 分散化は観光業界全てにとって永遠のテーマで、コロナ禍があろうとなかろうと必ず取り組まなければならないことだと思います。現在は三密回避に資するものとして取り組んでおりますが、コロナ禍前まではオーバーツーリズム対策としても必要な取り組みでした。
 一方、事前予約制の導入はコロナ禍において始めたものです。以前までは、人の量を動かす必要があるという考えのもと、基本は予約なしでOKという旅行商品がほとんどでした。また、京都の主要な観光資源である寺社は、全ての人に対して開かれた場所であるという考え方のもと、特定の人しか受け入れないようにすることと相容れない立場にあります。さらに、宗教行為にまつわる個人情報を取得することが信教の自由に触れるのではないかという議論もあり、予約制度の導入には慎重な判断が必要となっていました。ところが、コロナ禍に見舞われたことで、密を避けながら拝観いただける環境を用意することや、感染者が出た場合の連絡先を把握するという必要に迫られたことがきっかけとなり、事前予約制の導入にご理解をいただけるケースが増えてきました。

—以前から取り組むべきこととして挙げられており、たまたま実施時期がコロナ禍と重なったということなのですね。

 そうですね。これ以外にも、コロナ禍の有無にかかわらず取り組んできたことがあります。コロナ禍前の2019年12月に京都で開かれた「第4回 観光と文化をテーマとした国際会議」(主催:UNWTO/ユネスコ)において、観光が地域と文化をつなぎ持続可能な地域づくりに貢献する、という考え方が「観光・文化京都宣言」として提唱されました。これを受けて、京都市と京都市観光協会では、従来の観光客向けのマナー啓発だけでなく、事業者や市民と一緒に持続可能な観光を実現するための行動を定めたものとして「京都観光行動基準(京都観光モラル)」を発表しました。地域住民の生活に配慮した行動やビジネスを目指すことは、コロナ禍の観光においても重要な観点であるため、積極的な周知・啓発を行っているところです。
 コロナ禍になって休業やテレワークを余儀なくされた観光業界の従業員向けに、各地でセミナーが開催されることが増えたように思いますが、これも当協会ではコロナ禍前から取り組んできた分野です。オーバーツーリズムやコロナ禍といった観光業界に対する逆風や、低賃金や雇用の不安定さといったイメージから、観光業界では人材確保が難しいという課題を解消するために、2018年に導入が始まった宿泊税を財源にして、従業員向けの研修事業に注力するようになりました。2022年3月に刷新された「京都観光振興計画」では、以前の計画にはなかった「担い手の活躍支援」が5本の柱のひとつとして掲げられ、より一層強化していくことになります。

—コロナ禍を受けて新たに打ち出したり、シフトチェンジをした部分はあるでしょうか。

 最近では、これからの京都観光を持続可能にしていくために、サステナブルツーリズムというコンセプトをしっかりと打ち出して、それに合った商品開発をしていこうという動きを強化しています。コロナ禍で一回リセットされ、準備期間があるなかで、改めて自分たちのやってきたことを見つめ直そうという動きです。
 しかし、事業者さんからは「京都は昔からサステナブルなことをやっているでしょう」という反応が多いです。「一見さんお断り」という言葉の印象が強く、閉鎖的なイメージを持たれることが多い京都の街ではありますが、一方でずっと多くの観光客に訪れていただけたことで、LGBTQやベジタリアン、ムスリム、ハンディキャップをお持ちの方など、あらゆる方々を受け入れていくことが当然のものとして根付いている街でもあるということは、あまり知られていません。京都人の気質として「自分たちは昔からやっているので、流行に乗っていると思われたくない」というところがあるんじゃないかと思いますが、特に外国人に対しては、そういう気概は分かりやすく発信しなければ伝わりません。変に安っぽくならないよう気を付けながらも、今までやってきたことに改めてきちんと光を当て直す、というスタンスで取り組んでいます。
 また、会員向けの情報発信を強化しています。たとえば、市内主要ホテルのご協力のもと、過去数年分の予約状況や実際の稼働率のデータを基に、3カ月先までの稼働率の予測値の発表を始めました。コロナ禍になってこれからどうなるか不安だというお声に応えるためには、将来的な見通しを示すことが重要だと考えたためです。最近は、これまでの月単位の調査に加えて、ほぼリアルタイムでの日単位の調査にもチャレンジしています。これによって直近の状況の把握や、曜日別の分析が可能となり、マーケティングの精度向上につながっています。

—インバウンド再始動に向けた取り組みについてはいかがでしょうか。

 当協会におけるインバウンド分野の取り組みは海外メディアへの対応が中心であり、多いときには世界13都市にレップ(※1)を置き、海外現地のメディアに情報提供したり、海外メディアが京都取材をする際の支援を行うことで、旅行需要を生み出してきました。コロナ禍後もメディアコントロールは協会の中心業務の一つですが、これだけでは事業者が開発した新たなサービスを後追いすることしかできないため、これからの新しいニーズに対応できるようなサービスに関する情報を先回りして察知することが難しいという課題があります。
 そこで、「インバウンドイノベーション京都」という、インバウンド向け観光コンテンツ造成支援プログラムを立ち上げました(図①)。この事業では「地元からも歓迎されるインバウンド」、「日本人観光とインバウンド観光の融合」、「混雑を避けつつ高い知的欲求を満たせる体験の提供」を目的に、京都市の認定を受けたガイド団体である「京都市ビジターズホスト」や、京都市内のラグジュアリーホテルのコンシェルジュで構成される「京都コンシェルジュ研究会」といった、京都の文化に精通した目利きのアドバイスのもとで、インバウンドに本当に響く商品造成を支援します。地元金融機関でもある京都信用金庫との連携事業でもあるため、専門家による事業の採算性に係るアドバイスも受けることができます。さらに、付帯するイベントとして、インバウンド向けコンテンツのあり方を考える業界交流会「京都インバウンドカフェ」も定期開催しており、コロナ禍で切れてしまった事業者同士の交流の場の創出につなげています。

—ICTを活用した取り組みはあるでしょうか。

 オーバーツーリズムの再発を回避するためには、リピーター開発の手法を確立することが欠かせません。そこで、京都への関心が高い方々との関係を可視化し、これを分析して、さらに関係を強化していくことが必要です。日本人観光客に対しては、事前予約で旅行商品をご利用いただいた方を対象にメールマガジンを配信し、再来訪率を向上させる手法を研究しています。インバウンドに関しては、メディアやエージェントを対象に、同様の取り組みを検討しているところです。

—京都は非常に多様な客層が訪れる観光地だと思いますが、コロナ禍を経て、ターゲットは絞り込んでいくという考えでしょうか。京都をより深く理解してくれる人を呼びたいという意識がうかがえましたが。

 物見遊山の初心者もいれば、地元民より京都に詳しい方まで様々ですが、誰しも最初は初心者だったはずです。そんな初心者が京都の奥深い魅力に気づくきっかけを作ってくれているのは、知的好奇心が高く、地元文化を理解して尊重してくれる、文化度の高い人たちです。財政的にも労力的にも資源が限られるなかでは、こういった方々にターゲットを絞っていくことで、効果的に京都への関心を高めていきたいと考えています。

—今後、Z世代やミレニアル世代といわれる層が旅行の中心になってくると考えられますが、若者に対するアプローチはされていますか。

 神社仏閣をはじめ、年齢や経験を重ねなければ価値を理解しにくい観光地であることから、京都は特に国内市場において半世紀以上前からシニア層に支持されてきたと思います。一方で、誰しも修学旅行で一度は京都を訪れ、大学時代を京都で過ごしたことがある人が多いという一面もあります。「京都国際マンガ・アニメフェア」や「京都国際マンガミュージアム」などのサブカルチャーも発達していることからも、若年層向けの取り組みは成果を上げてきたと思います。問題なのは、その後の世代です。京都は子連れの観光地としてのイメージが弱いため、どうしても子持ち世代の旅行先として選ばれにくい傾向があります。したがって、京都観光にとってのマーケティング上の最重要課題は、若年層というよりも次世代の子供たちが含まれるファミリー層への対応ではないかと感じています。ここが欠落していると、長い人生のなかでの京都とのつながりが一度全てリセットされてしまい、シニアになって京都に興味を持ち始めたときにはまた初心者に戻ってしまうことになります。
 この場合、地域が取りうる戦略は大きく分けて二つあります。一つは、得意な市場であるシニアに特化する、いわゆる「選択と集中」の考え方です。もう一つは、苦手な市場を補い「オールマイティー」な状態を作るという考え方です。一般的に、競争の激しい市場においては「選択と集中」が妥当な戦略だといわれています。ですが、持続可能な国際観光都市を標榜する京都としては、誰が来ても対応できる懐の深い観光地を目指すべきではないかと考えています。いつ来てもどの年代でも楽しめるという状況を生み出すことが、観光客の再来訪につながり、オーバーツーリズムの解消にもつながります。特定の世代への対応というよりも、世代を超えて京都との関係を維持してもらえるようにしていくことが重要ではないかと思います。

—その中で、観光協会としてすべきことは何だとお考えでしょうか。

 最も大切なことは、各事業者が個々のお客様のニーズに合わせてサービスを開発・提供できる環境をつくることです。昔と比べてお客様のニーズが多様化しているため、事業者を枠にはめて画一的な商品づくりを促すのではなく、切磋琢磨を促してユニークなサービスを増やし、観光客にとっての選択肢を増やしていくことが重要です。そのためには、何か困ったことがあれば観光協会に相談すれば解決につながると思ってもらえるような雰囲気をつくり、協会が各事業者の特徴を把握したうえで差別化や協業の支援をしていくことだと思います。

—コロナ禍にとらわれず、やるべきことをぶれることなく着実に実行しているというお話に非常に感銘を受けました。ありがとうございました。
(取材日:2022年8月9日/聞き手:観光政策研究部・門脇茉海、菅野正洋)

公益社団法人京都市観光協会 企画推進課 DMO企画・マーケティング専門官
堀江卓矢氏
(略歴)京都市出身。京都大学大学院農学研究科修了後、株式会社三菱総合研究所に入社。リサーチャーとして、官公庁事業の公共政策評価や、航空業界における経済効果分析、東京都を始めとした観光マーケティング業務に従事。2016年、京都市におけるDMO立ち上げを機に、マーケティング責任者として京都市観光協会へ転職。経営戦略の策定、法人サイトの刷新などのコーポレートブランディング、統計データ分析、メディア運営設計などを手がける。

※1)Representativeの略。自治体等の代理として、旅行会社やメディアへの対応等を行う現地事業者