事例❶ 沖縄県
量と質が両立する「エシカル」な観光地への転換を目指す

—2021年度から2022年度にかけての沖縄観光はどのような状況だったでしょうか。

 2021年度の入域観光客数は328万9700人でした。2020年度が258万人でしたので、一部回復してはいますが、やはり緊急事態宣言などの期間が長く、実績として国内が前年度比45%、国内とインバウンドを合わせた全体だと33%と本当に厳しい状況になっています。
 ただ、以前のような急激に旅行マインドが下がるような状況にはならないと見ており、現時点では国内の観光客は2019年度比で8割ほどまで戻ってきていると見ています。ただインバウンドはゼロの状況ですので、現時点では国内のみとなっています。
 2022年度の入域観光客数は、国内は約580万人を目標として考えています。前年度の倍とまではいきませんが、着実に回復を目指す目標として設定しています。
 国際線の再開も視野に入れ、海外の観光客は20万人を目標にしています。ある程度の量の回復とメッセージとしての一定の数字が必要だろうということで、国内と海外含めて600万人を目標としているところです。
 2022年9月までの上半期で290万人という状況なので、あながちこの目標達成は不可能ではないと考えています。ただし、海外からの観光客20万人はまだ見通せない状況です。もともとビジネスや留学生の需要が少ない沖縄にとっては、今の制約の中ではインバウンドの本格回復は難しいというのが現状かなと感じています。
 沖縄では2020年に那覇空港の第二滑走路が整備され、クルーズ船の第二バースも完成しています。その意味では、玄関口としてのインフラ整備は十分整っていますし、宿泊施設の客室数もコロナ禍の中で右肩上がりの状況が続いています。単に観光客数が戻るだけでなく、質の高い観光地をも目指す中では、量的な拡大、回復を目指すというメッセージはある程度必要だと思っています。

—数だけでなく質もというのは、前回の本誌取材(247号:2020年11月発刊)の際にも言及されていました。それがその後の取り組みにも色濃く反映されているということですね。

 その通りです。ただその一方でまだ十分でないのが、他産業との連携強化による地域経済循環率の向上です。観光は総合産業といわれていますが、農業や製造業との連携を深めて観光を伸ばすことで、産業連関の中で波及効果が生まれます。そのために地元産品の利用頻度を高めるなど、地域にお金が落ちる仕組みを重視する必要性を感じています。
 そのためには、観光統計の質的向上も図っていく必要があります。沖縄の統計指標は那覇空港を拠点とした圏域、宮古圏域、八重山圏域という三つの圏域で考えないといけないと思っています。指標を迅速に把握し、提供できるかはまだまだ課題です。
 2020年度の沖縄県のGDPは前年度比マイナス9.6%でした。全国的にはマイナス4%台でしたが、なぜ沖縄県がこれだけ落ち込みが大きいかといえば、それはひとえに観光への打撃が大きかったからです。沖縄観光の重要性を様々な視点で数字で示していく必要があると思います。

—OCVBとして取り組んでいる「エシカルトラベル」も、質の高い観光地として目指す旅行の姿のひとつでしょうか。

 エシカルトラベルは環境と地域を意識した取り組みで、大きなくくりでいえば、サステナブルツーリズムです。必ずしも新しい発想ではなく、沖縄のような観光地では環境に配慮した持続可能な観光は、当たり前の基本方針です。
 地域の資源が有限である以上、環境に配慮し、地域文化も理解することで、観光客と地域住民の双方が満足できる結果をつくることだと思います。
 量的な拡大を図るべきという意見と、量から質への転換を意識すべきという意見があり、県民からも、観光推進は大事だが必ずしも自分たちの生活の豊かさにつながっていないという意見が徐々に出てきています。
 ハワイ州観光局(Hawaii Tourism Authority:HTA)では毎年住民に対して感情調査を行い、観光を支持する住民の比率を把握しています。ピーク時で8割が観光を支持していたものが、最新の調査結果では地域によって6割程度まで落ちています。地元住民に支持されない観光に持続性があるのかという話です。
 マーケット側の変化に対応する際にも、沖縄の自然と文化を大事にすべきとする立ち位置に戻るというのは、コロナ禍で、ある意味必然性がありました。
 沖縄県では、観光プロモーションのキャッチフレーズとして「Be.Okinawa」を使っていますが、これには、美しい自然と優しい人に囲まれて、本来の自分を取り戻していくという思いが込められています。沖縄にとって、今再び立ち返るべき考え方ではないでしょうか。

—一般的に、若い世代の方はこういったエシカルさを有しているといわれています。観光産業が厳しい状況にある中では、消費単価が高い客層を誘客する必要がありますね。

 産業の事業者にもそういった意識はあると思いますが、経営面の体力によって優先順位に差が生じることが問題です。質の高いサービスを開発し、単価の高い観光客を受け入れることができる事業者がある一方で、まず観光客に来てもらうことに注力せざるを得ない事業者もいます。
 だからといって、単価を大幅に下げて顧客を取り込むスタイルは、沖縄観光のブランドを毀損します。宿泊施設を例にとると、沖縄は民宿やゲストハウスからリゾートホテルまで幅が広いのが特徴ですが、それぞれのビジネスモデルの中で単価を維持もしくは向上させ、サービスを充実させられるとよいと思います。
 質の高い体験をしたい、地域の環境保全に貢献したいという傾向は、確かに若い人たちに多いと感じていますが、まだデータで示し切れていません。現在、エシカルトラベルに適応する事業者側からその状況を数値化できないか、検討しているところです。

—インバウンド受け入れに向けては、海外と繋いだオンラインイベントを開催するなど、できることを行ってきたという状況でしょうか。

 この2年間、直行便がなくなったことで大きな影響が生じている一方で、国内にいる外国人が旅行に来ている状況もあり、大使館など、国内に立地している海外の機関に対するアプローチをしっかりやっていこうと考えています。
 また、各国に駐在員を置いていますので、この2年間はそういった現地のネットワークを使ったイベントや、現地で開催される観光関連イベントに駐在員が参加するといった活動をオンラインと組み合わせて行っています。
 もともとインバウンドに関しては、沖縄の訪日外国人の8割は個人客であったこともあり、現在のように団体限定で、ビザが必要な現状では、すぐに観光客が戻るという状況は現実的ではありません。
 沖縄は台湾からの来訪が一番多い状況でしたので、経済界も台湾との早期の交流再開を目指しています。日本政府と台湾政府の双方の規制緩和の状況を見ながら、すぐに連携できる態勢を取っている状況です。
 国際クルーズについても、従来のように買い物のためだけに寄港して数時間滞在していくような形は県民の理解を得にくいと感じます。そういった中で、クルーズ船を受け入れていた市町村とOCVBと地域の観光協会が一緒になって、国際クルーズの再開を目的として活動を始めました。

—コロナ禍は未曾有の危機ともいえますが、危機管理の取り組みについてはいかがでしょうか。

 この2年余り、地震や津波等を含めた基本的な危機管理について訓練等を通じて意識を高めることが十分にできませんでした。しかし、やはり基本的な意識は忘れないようにということで、危機管理体制運用のための図上訓練を実施しています。
 ここにコロナへの対応をどう盛り込むのかという点は、観光の分野を超えることもあり、今後考えていく必要があります。
 危機管理は観光地としての質の高さを示す一つの側面ですから、もう少し状況が落ち着いたら、この間のコロナ対策を検証して、感染症対策も含めて危機管理体制を再構築する必要があると考えています。

—コロナ禍で期待される新たな市場としてのワーケーションについてはいかがでしょうか。

 ワーケーションはある意味全国どこでも取り組んでいる状況のため、沖縄としての優位性をどう作れるかが大事だと思います。
 そのために「沖縄リゾートワーケーション推進協議会」を設立しました。観光は観光業界だけで取り組むことが多いですが、大学、行政、医療、金融機関との連携が大事だと考えて議論に加わってもらっています。
 ワーケーションというと、ノートパソコンを持って仕事をし、あとはプールサイドでビールを飲んで……みたいなイメージがありますね。確かにそれはリゾート型のワーケーションの一つの形ではありますが、大学はスタディーケーション、つまり学びと滞在という視点で、また金融機関は商談会や企業誘致に代表される産業振興の視点で考えてもらうとすれば議論としては面白くなると思います。
 沖縄における滞在のバリエーションを増やす取り組みの結果の一つの形がワーケーションだったりするわけです。

—改めて振り返ると、この1年半はどういった期間だったでしょうか。また今後の見通しは捉えていますか。

 この1年半は、原点に立ち戻り、本来沖縄が目指していたものを見つめ直す期間になった部分はあると思います。大勢の人に来てもらうこと以上に、質の充実を図らないと観光地として選ばれないという認識が共有されました。コロナ禍で生じた観光スタイルの変化というのは、様々な方が指摘していますが、人間はそこまで急には変われない部分がありますよね。
 イベントで人を集め、感染防止対策を講じながら楽しんでもらいつつ、新しい滞在の形として環境とプログラムをつくっていく方向性を目指すべきだと思います。
 一気に量を追求する取り組みをやめてしまうと、これまでのインフラ整備の取り組みがあったにもかかわらず、極端な方向に振れがちです。沖縄は島嶼(とうしょ)型の経済圏として、そういった変化が顕著に出やすい特徴があります。その一方で統計的な数値は整備しやすいという特徴もあり、良い方向に変化する沖縄観光を目指せればと思います。
 コロナ禍を経ての懸念点は人材流出です。OCVBでも二つの事業所を持っており、プロパー職員だけでは手が回らないため、非常勤職員を採用していますが、なかなか応募者が集まらない状況です。
 ホテルや観光施設も同じ課題を抱えています。沖縄にとって観光が重要な産業だということを再認識してもらい、人材をいかに確保していくかが重要です。夢のある仕事という共通認識を作っていくことが課題だと思っています。そのためには、中長期的にはデジタル化、観光DXを進めて生産性を向上させることが非常に重要な視点となります。IT系事業者が入居するインキュベーション施設の中にホテルを整備し、実際に顧客を受け入れて、ロボット化やキャッシュレス化などの様々な実証実験を実施する計画があり、観光DXモデルとして注目しています。
 また、観光における実践教育を強化して現場に人材を輩出する取り組みも進んでいます。来年度から、沖縄高専に観光プログラムが導入されます。カリキュラムの5年間で、機械、情報、環境技術などを学ぶとともに観光についても学ぶプログラムです。理系の学生が観光を学び、観光関連企業に入社してくれれば、質の高い観光につながる可能性があると考えています。
 当面は国内観光を中心に取り組んでいくことになると思いますが、将来的にはやはり国際観光を大きく伸ばしていくポテンシャルは非常にあると考えています。前述の通り、そのためのインフラ整備は済んでいますし、数年後には新しい魅力を持ったテーマパーク開業が計画されるなど、沖縄観光のポテンシャルを高く評価した県外、国外からの投資の動きがあるのも事実です。その意味では、沖縄観光の未来は非常に明るいと思っています。
 コロナ禍があったから、もう観光の可能性がなくなったと見ている人は誰もいないんじゃないでしょうか。観光客が久しぶりに沖縄に旅行にいらした際に、満足して頂ける対応をすることが大事ですので、今が頑張りどころと考えています。

—ありがとうございました。
(取材日:2022年8月4日/聞き手:観光政策研究部・菅野正洋)


一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー会長
下地芳郎氏
(略歴)一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)会長。1981年明治大学法学部を卒業後、沖縄県庁入庁。初代香港事務所長として、香港を中心にアジア全般の観光客誘致などを担う。観光振興課長、観光企画課長、観光政策統括監などを歴任、2001年のアメリカ同時多発テロ、2011年の東日本大震災等の影響で落ち込んだ沖縄観光の立て直しを担う。2013年琉球大学観光産業科学部教授に就任。学部長、研究科長を経て、2019年6月から現職。