① 不動産再生から観光地づくりを考える
その背景と課題

1.不動産再生からの観光地づくりの視点

 近年の観光地づくりは、地方創生の流れの中で、これまで以上に地域活性化への貢献が求められている。
 地域活性化に貢献する観光とは、観光客向けの宿泊や飲食、土産品等の物販事業の活性化のみならず、農林漁業や製造業をはじめとする地域内の産業の経済面での活性化につながる観光であり、人口減少の緩和につながる就業や移住を促す観光をも意味する。
 こうした視点で観光地づくりの現場、特に観光資源に乏しい地域での取組を見たときに、地元民間企業が主導して、地域の不動産を再生し、新しい観光サービスを生み出す事例、すなわち「不動産再生からの観光地づくり」に注目が集まっている。
 不動産再生とは、地域の空き家・老朽化した施設を、地元民間企業等が住民や観光客にとってのサービス施設として再生・経営する事例である。こうした事例は、近年の古民家等のリノベーションブームの中で多く生まれているが、ほとんどが一施設の再生にとどまっている。しかし、いくつかの事例では、複数の不動産再生が地域内に広がり、地域や近隣の住民とともに観光客も集まり賑わう空間、施設やビジネスの集積が生まれている。
 こうした事例は、複数の地元事業者、あるいは移住者や外部事業者が同時期、あるいは経年的に不動産に投資・再生する、地域の歴史・文化・住民の生活等を伝える場としてデザインする、地域経済の活性化に資する仕組みがある、といった共通点がある。また、こうした事例は、民間主導でありながら、一体感のある空間やサービスが地域に生まれ、観光客、あるいは住民や近隣の人が集まり、思い思いに過ごしながら、地域の歴史・文化・自然の産品を楽しむ(消費する)観光が生まれているのである。

2.不動産再生による観光地づくりの萌芽

 不動産再生による観光地づくりは、2010年代後半から注目され始めている。
 その代表例としては、兵庫県丹波篠山市の「集落丸山」、長崎県小値賀町の「古民家ステイ」が挙げられる。
 集落丸山は、2009年には12戸の民家のうち7戸が空き家、残る5戸に19名が暮らす、いわゆる「限界集落」となっていた。2008年、当時篠山市(現丹波篠山市)の副市長であった金野幸雄氏を中心に、住民参加型のワークショップを実施し、集落の未来を築くために古民家を宿泊施設として活用する方針を定めた。また、「集落の住民が宿泊客を迎えなければ、丸山の魅力は伝わらない」として、住民主体の運営に向けた合意形成がなされた。運営に当たっては、自治会をNPO法人とした上で、NPO法人集落丸山と一般社団法人ノオトがLLP(有限責任事業組合)丸山プロジェクトを組んだ。その結果、「集落丸山」を通した交流人口の増加から、耕作放棄地の再生ボランティア等の関係人口、そしてUターンや移住者へとつながり、さらなる空き家の再生にもつながっている。
 長崎県小値賀町は、NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会を中心に、行政・地元住民・事業者が連携する形で、町有財産であった大型古民家『旧藤松邸』を2011年に地産地消古民家レストランとして再生・開業するとともに、町内に点在する6棟の古民家を宿泊施設として再生し、「古民家ステイ」という小値賀町の古民家での宿泊や、島の生活に触れる滞在型観光商品のブランドとして事業化している。古民家ステイは、東洋文化研究者アレックス・カー氏のプロデュースで整備されたが、古き良き日本の美しさを残しながらも、現代人にとって快適な宿泊、体験を提供することを掲げている。その運営は、NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会から2009年に分離・設立された「株式会社小値賀観光まちづくり公社」が担っている(2016年にNPO法人おぢかアイランドツーリズム協会に再統合)。古民家ステイは、小値賀町に新たな雇用、収入の場を生み出すとともに、地元産品を提供することで、地域経済に貢献している。また、Uターンや移住者の拡大にもつながるなど、小値賀町の地域経済の活性化に大きく貢献するものとなっている。

3.不動産再生の進展

 こうした動きは、2015年から本格化した「地方創生政策」、それを踏まえて2016年に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」において掲げられた「観光は成長戦略の柱、地方創生の切り札」といった方向性に合致し、また2016年には2000万人を超え、2018年には3000万人に達した訪日外国人の増加の動きとも相まって、地方部での不動産再生による地域活性化への期待を抱かせた。
 特に、2008年にAirbnb(エアビーアンドビー)のサービス開始とともに我が国でも広まり始めた民泊は、2013年12月に国家戦略特別区域法に基づく旅館業法特例による「特区民泊」、住宅宿泊事業法(民泊新法)が2018年に施行されたことを受け、古民家や空き家を活用した宿泊事業の動きは全国に拡大した。
 また、地域に残る古民家等を文化財として捉え、保存しながら継承することを目的に、内閣府では2016年「歴史的資源を活用した観光まちづくりタスクフォース」を設置した。タスクフォースでは、従来は現在の基準に適さないとされてきた伝統工法による建造物を、地方公共団体の独自条例指定による基準の緩和や、住居から宿泊施設や飲食施設への活用要件の緩和(用途変更等)を容易にし、2018年の改正旅館業法施行によって、いわゆる分散型ホテルの法的な基準が整えられる等、空き家等の不動産再生の法的整備が進められた。
 同タスクフォースによれば、2020年までに少なくとも200の地域が地域の特色を活かしながら、古民家等の不動産再生に取組み、地域を再生・活性化する動きが見られるようになった(図❶)。また、前述の集落丸山の事例に深く関わった一般社団法人ノオト(兵庫県丹波篠山市)は、丹波篠山市を拠点に、古民家再生とまちづくりの取組を「NIPPONIA」として全国の約30地域に展開するに至っている。

 また、地方創生の流れの中で、民間事業への金融支援制度も進展した。2013年に企業再生支援機構が改組した株式会社地域経済活性化支援機構(REVIC)は、地域経済の活性化に資する事業活動の支援を行うことを目的とする支援機関として、観光事業についても、地方銀行等と連携した観光まちづくりファンド等を通して、不動産再生等における資金調達を担い、地方の金融機関においても地域再生事業への投融資の事例が拡大している(表❶)。

4.不動産再生による観光地づくりの課題

 不動産再生が進展する中で、いくつかの課題も指摘されている(図❷)。

 一つ目には、地域の「不動産」の再生に際して、ハード面や事業・サービスをどのようにデザインするかである。これは、不動産の再生が盛んになり、様々な地域で進展する中で、その地域特有の、他の地域との差別化が可能な再生を実現することが求められる点にある。また、地域の課題解決とともに、継続可能な事業とすることも重要である。
 二つ目には、不動産再生の地域への波及である。不動産再生による観光地づくり、特に地元企業が中心になって取組むものは、地域の中で一つの成功事例を創出する意義は高いものの、地域内の面的な展開、あるいは複数事業者等による展開に至らないケースが多いのである。こうした課題の解決には、地域内の住民、事業者、行政等が共有するビジョンを持ち、どのように不動産再生に関わっていくかが問われるものと考えられる。また、地域としての魅力を高める統一性のあるコンセプトやデザインに対する検討も重要になる。
 三つ目には、誰を対象に観光地づくりを進めるかである。従来の観光地づくりにおいては、地域の魅力ある資源をターゲットに合わせて磨くことに取組んできたが、この場合のターゲットはあくまで観光客が対象であることが多かった。
 一方で、地域産業の強化や起業を目指すのであれば、近隣を含めた住民、ファンやリピーターをどのように獲得するか、あるいは関係人口や移住者等も視野に入れたターゲット設定や、そのターゲットに合った観光地づくりも必要になる。

5.コロナ禍を経た不動産再生による観光地づくりの可能性

 2019年末に発生した新型コロナウイルス感染症のまん延(以下、コロナ禍)によって、観光面においては、訪日外国人市場の喪失、国内旅行の大幅な減少により、多くの観光産業が苦境にさらされることになった。一方、行動制限の中でも観光への希求は減ることはなく、国や都道府県によるGoToトラベルや各種旅行支援を通じて、日本人の宿泊者数はコロナ禍前の様相を取り戻しつつある。
 一方、コロナ禍の中、2021年6月に策定された「まち・ひと・しごと創生基本方針2021(内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局内閣府地方創生推進事務局)」では、交流人口の減少、自治体や企業等による地方創生施策の停滞の一方で、テレワークやワーケーションといった新しい働き方の浸透とともに、地方への移住、就業、企業移転といった「地方へのひと・しごとの流れにつながる萌芽」が見られるとし、新たな地方創生の基本方針として、①地域の将来を「我が事」として捉え、地域が自らの特色や状況を踏まえて自主的・主体的に取組めるようにする、②都会から地方への新たなひとやしごとの流れを生みだす、の2点を打ち出している。
 こうした地方創生の方向性は、これからの観光地づくりについても、これまで以上に他地域との差別化や競争力の向上、地域経済の活性化や就業・移住・定住を見据えた観光地づくりが求められるものと考えられる。

 次章以降では、不動産再生による観光地づくりについて4つの地域をケーススタディとして取り上げる。特に、不動産再生による観光地づくりの経緯、前述の課題に対する取組を中心にどのように不動産を再生し、地域としての観光地づくりに取組んでいるのかを整理しながら、今後の観光地づくりの在り方について考察していきたい。

公益財団法人日本交通公社
観光政策研究部
活性化推進室長/上席主任研究員
中野文彦