ケーススタディ3
「世界に発信する用宗(もちむね)のまちづくり」
静岡県静岡市駿河区用宗
株式会社CSA不動産・株式会社CSAtravel

1.誰かに伝えたくなる小さな港まち

 静岡駅からJR東海道線で2駅。都会からさほど離れていないにもかかわらず、駅から出るとどこか懐かしく美しい風景が広がっている。静かな海岸、生活の感じられる家々と路地、小さな漁港とその向こうに見える富士山。そんな静岡市駿河区用宗では、近年観光客向けの施設が急速に増えている。その開発の流れを最初につくったのは、CSA不動産という不動産会社だ。CSA不動産はもともと静岡駅周辺でオフィスやテナント向けの賃貸業務を行う会社だったが、2016年11月に、宿泊施設・温浴施設・飲食施設の企画運営を行うためにCSA travelを設立した。そして2017年7月以降、宿泊施設、温泉、飲食店等様々な施設を用宗にオープンしている。少子高齢化の波が押し寄せていた用宗の町は、観光客や地元の人々が集いゆっくりとした時間を過ごす、賑わいのある町へと変貌を遂げている最中だ。

2.地域の不動産会社が見つけた用宗の可能性

 CSA不動産が用宗で観光地づくりを始めた理由は、端的に言えば「用宗に可能性を見出したから」である。
 もともと、CSA不動産の代表取締役社長の小島氏は静岡市内の事業用不動産の仲介を行う中で、商店街が縮小し町の規模が小さくなっていく静岡市の現状に危機感を覚えていた。20年ほど前は多くの地元客が静岡市を訪れていたが、少子高齢化によって地元消費者が減少し、またネット通販等の普及により、わざわざ町を訪れる必要性も低くなった。
 そのような町中を再び活性化するためには観光客の掘り起こしが必要である。静岡県には伊豆、富士山、浜名湖等様々な観光拠点があるが、静岡市はそれらを観光で巡る際の拠点となり得る。しかし今まで静岡市にはビジネスホテルはあっても、例えば旅慣れたインバウンドの個人客が喜ぶような宿泊施設はほとんど存在せず、そうした客層を受け入れることができていなかった。静岡市でそうした客層をターゲットにした宿泊施設ができないか、と考えたときに出会ったのが用宗だった。
 用宗は、駅前を通る用宗街道がもともとは幹線道路として使われていたが、バイパスが設置されて以降は賑わいが失われ、開発から取り残された。そのため現在でも、狭い路地、住民の集まる町角、小さな漁港等、昔ながらの港町の生活を感じられる町並みが広がっている。もともと海外旅行好きで多くの地域を訪れた経験のある小島氏は、「この町自体が魅力的な観光資源のようだと思った」と語る。日常と非日常を感じられるものが歩いて回れる範囲に集まっているこの用宗は、その地域の良さを活かして人を呼び込めるポテンシャルを持っていると小島氏は感じ、観光地づくりに着手することを決めた。

3.一棟貸しの宿「日本色」から始まった用宗の観光地づくり

 用宗で観光地づくりを行うにあたって、小島氏はまず宿泊施設の開発に着手した。その際にターゲットとして設定したのは旅慣れた外国人富裕層である。はじめから高稼働率を達成するのは難しく、低価格帯では地域経済への影響が少なすぎると考えると、高単価客向けの宿泊施設とすることが重要であった。旅慣れた外国人には、その地域の個性や生活文化を感じられる宿泊施設に魅力を感じる人が多い。彼らはまさに用宗の顧客としてふさわしいということで、「旅慣れた外国人富裕層」をターゲットとして設定し、彼らが満足できる宿泊施設をつくることとした。実際に、知り合いの外国人に用宗を体験してもらうといった調査も行った。
 用宗は、この10年間で古民家が20棟ほど解体されるといった状況にあった。古民家はこの用宗の景観を構成している重要な要素の一つであり、古民家の解体は重要な資源が次々に失われることを意味する。そこで、ちょうど売りに出されていた古民家を買い取り、リノベーションを行い、2017年7月に3棟で一棟貸しの宿「日本色」の事業を開始した。現在は棟数を増やし、8棟で運営を行っている。バリアフリー対応、地元のお母さんの朝食、非日常を演出する仕掛けとしてレセプションから各棟まではトゥクトゥク(写真)で送迎する等、細かな工夫も影響し、コロナ禍を経ても稼働率は上昇を続けている。

4.自ら事業運営を行うCSAtravel

 CSA不動産・CSAtravelは2017年の「日本色」開業以降、多数の施設の開業・運営に関わってきた。「日本色」開業と同じ2017年7月には、居酒屋として使われていた建物をリノベーションして本格ジェラート店「LAPALETTE」をオープン。地元の厳選食材を使った無着色無香料のジェラートを販売しており、休日には店の外にまで列が伸びているという。ジェラートは企画・仕入れ・製造を全てCSAtravelが手掛けている。
 2018年5月には複合商業施設「みなと横丁」をオープン。40年前から地元で親しまれてきた古い横丁の建物をリノベーションし、地元住民だけでなく観光客も気軽に訪れることができる施設とした。地元で海産物の加工販売を手掛ける店が開いた海鮮の店等、地元に根差した店が入る一方、用宗の外からもテナントが入居しており、空きはない状態となっている。
 2018年12月には、10年間使用されていなかったマグロの加工場をリノベーションし、漁港に「用宗みなと温泉」をオープンした。用宗は漁港やビーチがあることから海のイメージが強く、冬の訴求力が低いと考えられたため、そこを補うために温泉施設を開発した。地下1000mの深さから天然温泉を汲み上げる等、温泉の質にも拘り、その結果投資総額は4億円となった。夜24時まで営業する、「日本色」の宿泊客は自由に利用できるようにする等、観光客が利用しやすい工夫がとられているが、観光客だけでなく多くの地元住民も利用する施設となっている。
 2020年12月には複合商業施設「HUT PARK用宗」をオープンした。「月イチ行けるリゾート」をコンセプトに多くの店舗を誘致しているが、この建物はリノベーション物件ではなく新築である。漁村には舟小屋、漁具小屋等様々な小屋が存在するが、施設のデザインにあたってはこの小屋の要素を取り入れた。「新築であっても将来の用宗の資産になる、用宗らしさを感じられるデザイン」を目指して建てられた建物は、用宗の景観に溶け込んでいる。
 みなと横丁とHUT PARK用宗にはテナントを誘致しているが、前述のそれ以外の施設はCSA不動産・CSAtravelが全て自社事業として運営を行っている。建物の賃貸業やリノベーションに留まらず、用宗を観光地として活性化するために事業運営にまで携わるCSA不動産のスタイルは、なかなか他に例を見ないものと言えるだろう。



5.事業を行いたい町に

 CSAtravelが自社事業を行い用宗の活性化が進むにつれて、用宗で事業を行いたいという外部企業の参入が相次いで見られるようになり、現在は30以上の店舗が用宗で事業を行っている。みなと横丁やHUT PARK用宗に入居するケースはもちろん多いが、他にももともと静岡市の別の地域で営業していたイタリアンレストランが用宗で古民家をリノベーションして移転したり、用宗の駅前に店舗を構えていたレストランが蔵をリノベーションして移転したりと、町中に新たな賑わいが生まれている。
 賑わいを生んでいるもう一つの事例として、West Coast Brewing(WCB)がある。WCBは、アメリカのクラフトビールを日本でも造りたいという思いから建築家のデレック・バストンが設立した、ビールの醸造・販売を行う会社である。2017年に静岡市葵区でクラフトビアバーをオープンし、2019年には用宗みなと温泉内にブルワリーを構える。2022年7月には用宗みなと温泉の向かいに「ブルワリーに泊まれる」をコンセプトにした直営ホテルをオープンした。WCBは現在47都道府県に取扱店がある人気のブルワリーで、WCBのビールを求めて用宗を訪れる人も多い。温泉に質の高いクラフトビールが加わることで、用宗ならではの価値が生み出された。

6.世界中の人が行きたいと思う「用宗」へ

 小島氏は、用宗では今後も必要な施設は増やしていくし、外部企業の進出も促したいと話す。「日本色」は棟数を増やす予定で、またHUT PARK用宗の第2期工事も始まっている。
 一方で、ただ店舗や施設を増やすだけではなく、「日本色」のブランディングも同時に行っていく。現在は用宗の中だけで展開しているが、県内の他の地域、また海外にも進出することで、「日本色」ブランドの価値や知名度を高め、用宗の価値向上にもつなげていく考えだ。
 これほどまでに事業を展開しているCSA不動産・CSAtravelだが、当初は周囲の賛同が得られず、銀行等からの融資も思うように受けられなかった。自治体との連携等も今後は進めていきたいとしているが、用宗での今後の更なる展開や「日本色」のブランド化が、新たに事業を開始するハードルの引き下げにつながることを期待する。
 CSA不動産・CSAtravelは、「〝ここでしかできない、この場だからこそ〞の事業に取り組み、エリア価値を高める」ことに取り組んでいる。その場所のポテンシャルを活かしたまちづくりを行いエリアの価値が高まれば、そこは世界中の人が行きたいと思う町になる。そのため彼らは用宗を世界的な観光都市にすると目標を掲げている。
 小島氏は事業を行うとき、明確な計画づくりやコンセプトを定めていない。「初期の考えで進み続けるのは楽な面もある。しかしそこに縛られず、常に次は何が必要かを考え、スピード感をもって取り組んでいきたい」とのことである。用宗の場のポテンシャルを活かし、世界中の人が行きたいと思うエリアブランドを創出するCSA不動産・CSA travelの取り組みは、これからも進化を続けていく。
(取材・文:観光政策研究部 研究員 山本奏音)

● 静岡県静岡市駿河区用宗プロフィール
人口………3,825人(2020年国勢調査)
面積………4.06㎢
● 株式会社CSA不動産の概要
代表者……代表取締役社長・小島孝仁
設立………2010年4月
所在地……〒420-0857 静岡県静岡市葵区御幸町3番地の21ペガサート2階
事業内容…不動産仲介事業、建築事業、企画事業、プロモーション事業、貸会議室・シェアオフィス運営事業、貸ビル事業、小売・飲食事業
● 株式会社CSA travelの概要
代表者……代表取締役社長・小島孝仁
設立………2016年11月
所在地……〒420-0857 静岡県静岡市葵区御幸町3番地の21ペガサート2階