ケーススタディ1
「創造的職人宿場町」兵庫県丹波篠山市福住
株式会社Local PR Plan

1.観光地ではない「創造的職人宿場町」

 兵庫県丹波篠山市福住は、篠山城下町から京都に向かう街道の宿場町。人口約1300人、600世帯ほどで、宿場と農村が連続する全国でも珍しい街並みを有する地域である。2001年に兵庫県による景観形成地区指定調査が行われ、その後、住民参加による「まちづくり勉強会」などを通して、2012年12月には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。しかし、多くの観光客が訪れる篠山城下町から車で30分の距離にありながら、観光客はほとんど訪れない、静かな町であった。

 その静かな宿場町では、現在、移住者が100人を超え、空き家をリノベーションした35軒(2022年11月現在)ほどが開業する地域となっている。開業した店舗はフォトギャラリー、ブルワリー、コーヒーショップ、レザー工房、自転車工房、有機農法の農園、パン工房、吹きガラス工房、イタリアンレストラン、セレクトショップ、自然素材による自然療法サロン、染め物工房、スピーカー工房、薪ストーブ工房、ゲストハウス、古民家ホテル、社レジデンスなど、非常に多彩である。中にはオリジナルブランドとして全国にファンを持つ企業もある。

 こうした変化はわずか10年ほどの間に生まれたものである。そして、その変化にずっと関わってきたのが、安達鷹矢氏(現:株式会社Local PR Plan代表取締役)である。

2.幸福な生産者が集まるまちを目指す事業者としての取り組み

 2012年に4組8人が福住に移住してきた。彼らがそれぞれに福住の空き家、古民家を再生し、吹きガラス工房、ゲストハウス、イタリアンレストラン、日本酒BARを開業したのが、福住の不動産再生の最初である。これは意図したものではなかったが、後の福住のまちづくりの原点となった。

 IT企業を退社し、2011年に福住に移住した安達氏は、丹波篠山市を拠点に古民家再生に取組む一般社団法人NOTEに所属して、移住者と空き家のマッチングに取り組み、福住の古民家再生に関わった。その後、一度フリーとなって有馬温泉での宿の運営修業や、前職を活かしたECやPRによる地域活性化に取り組みながら、2013年には個人事業として、福住で日本酒BARを開業、2017年に株式会社Local PR Planを設立。シェアハウス、セレクトショップの運営を開始した。


 移住者が増え始めた2016年には、地域の事業者とともに、移住者と住民の交流の場を意図した「住吉神社BEER TERRACE」、まち全体でおもてなしをする「福住の町並みの中での結婚式」等のイベントを手掛ける。また、2軒目のブルワリーが開業したのをきっかけに、2020年には「福住BEER STREET」、同年には地域の10事業者が連携したゴミ・ゼロ運動「FUKUSUMI ZERO CiRCLE」を実施する等、移住・開業者間の、また住民との交流・連携を、イベント等と通して行ってきた。
 また、移住者と空き家のマッチング、改修等の支援も継続し、こうした活動を通じて、「2016年ごろから『職人を呼ぶ町』といった町全体のビジョンがぼんやりと見え始めた」と安達氏は語る。ここでいう「職人」とは、アート、クラフト、料理人、農家等、自ら生産するとともに、「稼ぐ技術とマインド、将来性を持った人材」である。こうした移住者が、福住を舞台に新しい価値を生み出し、来訪者による現地での消費、地産地消による地域内循環、ECなどを通した外部への販売を生み出すことによって、福住にこれまでになかった産業が継続・拡大し、福住の空き家が「稼ぐ場」として生まれ変わっていくのである。
 「福住には、職人を刺激する空間がある」と安達氏は語る。伝建地区でもある福住には統一感のある町並み、農村と町並みの景観、生産と暮らしの調和といった日本の伝統的な美学があった。また、伝統的に農業等の生産地でもある気風があった。さらに、京阪神という都市部から1時間程度という距離にありながら、工房等が広くとれる古民家があること、開業に要する費用が安価で済むことが、ビジネスの可能性を広げ、職人を志す人々を惹きつける要素となった。

3.「福住事業組合」による職人のための環境づくり

 最近では、生産に集中できる環境づくりを企図し、「福住事業組合Green Orchestra」として、3つの活動に取り組んでいる。
 1つ目は、福住の食、料理、クラフトアートをつなぐ「高付加価値コンテンツ創造機能」。食のイベントや研修等を通して、職人間の交流とコラボレーションを生み出すのである。職人にとって重要なのは、「人との程よい交流によって、作品が磨かれていくこと」であり、同じ空間に住まう職人同士が地産地消、料理と器、店舗やイベント等の演出に取組む機会となっている。
 2つ目には事業者として求められる総務・経理、マーケティング等をICTで支援するバックオフィス機能である。また、マーケティングやデザイン、ブランド構築といった事業支援、雇用促進や資金調達、各種書類作成等、事業を継続するために必要な機能を集中させることで、福住の職人が作品づくりに集中できる環境を整える。「職人の幸福とは自分の作品をどこまで追求できるか」であり、「利益/時間(時間単価)×業務時間×満足度・納得度=仕事の幸福度」、と考えている。
 3つ目は、高付加価値の食やサービス体験を創る「人材育成」である。地産地消の生産者の想い、それを受けた料理人や、アートクラフトに盛られた調理、サービスやガイドのすべてを含めて「美食体験」、食の地域おこし協力隊の受け入れ・活動支援や食にまつわる地域活動を通して、美食体験を生み出そうとするものである。

 一方、住民に対しても、自治会やまちづくり協議会との連携を通して、移住者との交流の場を積極的に設けている。実際の住民の反応は「20%が応援してくれるし、積極的に関わってくれる。60%は静観、富裕層。20%は反対意見の住民もいる」のであるが、福住にいろいろな若い人が来ていることに対して、かつての宿場町の賑わいを取り戻していく姿を見て、応援や時にはともに楽しむ等、変化する福住に対して、地域の未来の姿を描く声も聞かれる。
 さらに、地域との信頼関係が築かれ、空き家活用の相談に乗る、時には活用のために預かることも多いという。安達氏は2020年から兵庫県「戦略的移住推進事業」の「移住コーディネーター」としても活動するが、地域で偶発的、突発的に発生する空き家を、適切な移住(開業)希望者とマッチングしている。将来的に、「福住地域不動産(仮)」という構想もある。こうしたマッチングの際に重視するのは、「福住が残してきた町並み、古民家を大事にできるか」、さらに「福住でどんな価値を生み出せるのか」「3年、無収入でも事業を維持できるか」など、ビジョンを共有できること。事業を起こす技術、マインド、将来性がある移住者を「適切な移住者」として積極的なマッチングを図っている。
 こうした活動は、福住のビジョンの浸透にも重要な役割を果たす。「創造的職人宿場町」とは誰のためのビジョンか、その実現のために何に取組むのか。それらを職人、住民、そして時には福住を好きになって訪れる方と一つ一つ共創していくことを通して、ビジョンの共有につながっているからだ。

4.福住にとっての観光地づくり

 マーケティング的には、福住のまちづくりのターゲットは誰なのだろうか。それは、決して観光客ではない。第一には、福住に稼ぐ場を生み出す職人であり、地域の活性化を望む住民が未来を託せる移住者なのである。まず、職人、生産者、住民の幸せを追求することが福住のまちづくりの根底にある。では、福住にとっての観光地づくりとは何か。観光客の消費は地域の重要なキャッシュポイントでもある。しかし、多くの観光客が訪れることは、福住の職人、住民の幸福につながるものではない。
 福住の生み出すプロダクトやサービスは、あくまでプロダクトアウトがベースにある。職人が納得して提供する2500円のランチ、1万5000円の作品に共感する顧客(観光客)を惹きつけることが重要、と語る。「この福住を大事に思ってくれる方に来てほしい」「人に伝えたくない、私だけのまちになってほしい」と安達氏は語る。Local PR Planの目標はまちに外資(人材・資産)を流入させること(エリアインバウンド)、エリア内企業の外資獲得を支援すること(エリアアウトバウンド)、エリア内の価値を再定義、事業化すること(エリアPR Plan)を掲げる。福住の観光地づくりとは、移住する職人が生み出す価値を、その価値を適切に伝え、そこに共感する観光客を生み出すことなのである。
 福住には2018年に「福住宿場町ホテルNIPPONIA」が開業し、福住により長く滞在する顧客も確実に増えている。こうしたホテルは「まちの個店にお客様を送り出す装置」であり、宿泊・滞在を通して、お客様をもてなす宿場町の街並みの中で職人・生産者が生み出すここにしかないサービス・作品とのつながりや体験を生み出す観光地づくりが、「創造的職人宿場町」にどのように貢献していくのか。福住の今後に引き続き注目していきたい。
(取材・文:観光政策研究部 上席主任研究員 中野文彦)

● 兵庫県丹波篠山市福住プロフィール
人口…………約1,300人
面積…………(伝統的建造物群保存地区)約25.2ha(東西約3,260m、南北約460m)
● 株式会社Local PR Planプロフィール
設立…………2017年7月
所在地………〒669-2513 兵庫県丹波篠山市福住1355
事業内容……地域の個性を基軸にしたPR事業計画と実行、地域総合計画(エリアマネジメント「宿場町福住」「里山集落後川」)
○ 取材協力/株式会社Local PR Plan 代表取締役・安達鷹矢氏