不動産再生から観光地づくりを考えるその可能性と課題

 観光による地域経済活性化に注目が集まる中で、本特集では「不動産再生による観光地づくり」について、4つのケーススタディ、海外事例調査、専門家による対談を紹介してきた。
 本稿ではそれらを基に、不動産再生による観光地づくりについて改めて整理・考察したい。

1.4つのケーススタディを3つの視点で整理する

不動産再生におけるハードや事業・サービスのデザインの重要性

 まず、ハードのデザインについては、伝統的建造物群保存地区でもある「福住」、都市近郊の路地や漁港の風情が今なお残る「用宗」、織物業のまちとして栄えた「富士吉田市」は、それぞれの歴史を残す建造物を、そのデザイン性を含めて再生させることで、宿泊施設、飲食施設、カフェ等の事業が生まれている。また、老朽化したホテルを再生させた「海士町」については、まちの最も象徴的な場所に位置するホテルを、ジオパークの自然を体感できるデザインにすることが重視された。
 こうした事例における、「不動産を再生させる意義」は、「地域と来訪者が共感するデザイン」が各事例において強調されている。地域の歴史・文化的ストーリーとともに不動産を再生することによって観光客に対して「共感」を起こす強いメッセージを発信することの重要性が指摘された。
 また、こうした不動産再生の意義はハード面に限らず、再生したハードにおいて営まれる事業、サービス面にも色濃く反映されている。
 「地域と来訪者が共感するデザイン」は、事業の面にも表れている。不動産再生による宿泊施設、飲食店、生産品は、地域内あるいは競合地域と比較しても、高価格帯に設定されている。これは「職人が納得して提供する作品(福住)」に対する価格設定であるとともに、「不動産を再生した地域、製品、サービスに共感する顧客」として設定されたターゲットに対するものであり、多数の顧客も集めるものではない。特定の顧客を対象にした結果、「事業計画を遥かに上回る数字が出ている(海士町)」等、地域経済の活性化につながる効果を示している。

不動産再生の地域波及におけるマッチングの重要性

 観光地づくりに向けて、また観光を通した地域経済の活性化に向けて、不動産再生を単体の施設だけではなく、地域に広げていく必要がある。4つのケーススタディにおいてその過程は2つの側面が見られた。
 一つは地域の空き家が次々と再生されるプロセスにおける、その地域で事業を始めたい人材(移住者等)や外部事業者のマッチングである。福住において10年で35件の開業に至るプロセスでは安達氏が、富士吉田市においては地域と地域に集まるクリエイティブな人々をつなぐ赤松氏が、用宗において地元不動産事業者として不動産再生と地域外事業者をつなぐCSK不動産の小島氏が、それぞれ地元の空き家を預かりつつ、そこで事業を始めたい人材や事業者とのマッチングを図っている。また、こうしたマッチングにおいては、地域の不動産再生におけるメッセージ、あるいは地域のビジョンを共有できるかが重視される。例えば、福住においては、「福住が残してきた町並み、古民家を大事にできるか」「福住でどんな価値を生み出せるのか」が重視されているが、こうしたビジョンが共有できる人材とのマッチングによって、不動産再生による観光地づくりのクオリティを維持し、ひいては地域のブランドの構築につながる側面もある。
 もう一つは事業を担う人材の育成や事業支援である。特に福住における「福住事業組合」や海士町における「Entô」を含めた町ぐるみの「働き方のデザイン」の仕組みは、地域に「稼ぐ力」を生み出し続ける仕掛けともなっている。不動産再生が地域活性化の手段・装置であるならば、それを活かす人材育成をも視野に入れた取組みが重要であることが示唆されている。

不動産再生による観光地づくりの評価・支持の重要性

 4つのケーススタディにおける不動産再生による観光地づくりでは、観光客のためばかりではなく、住民、さらには地域で事業を始めたい移住者・事業者等の地域に集まる人材のための観光地づくりとなっている点も重要である。
 観光客について見ると、それぞれのケースでは従来の「都市部住民」「インバウンド」といったボリュームを重視したターゲットではなく、たとえ少数であっても「この地域を好きになってくれる」といった地域と共感できることを重視したターゲット像を明確にしている。不動産再生によるメッセージとして誰に対してどのような価値を提供したいのかを明確にすることによって、付加価値の高いサービスやコンテンツに対する期待と満足度を高めている。
 住民に対しては、福住における地域住民と事業者(移住者)が集まるイベント、自治会等との連携をはじめ、海士町における町ぐるみの議論等、初期の信頼関係の構築が各ケースに共通している。また、不動産再生やそこでの事業・サービスを形にすること、その事業によって地域に賑わいが生まれる姿、住民に対しても開かれた場を生み出すことによって、地域内の理解、賛同者が増えていくといった過程も各ケースからうかがえる共通点である。
 さらに、今回のケースでは「地域に集まる人材」についても、観光地づくりの中で明確に位置づけられている。福住においては古民家・空き家等で事業に取組みたい職人、富士吉田市ではまちのために活動したいクリエイティブなスキルを持った人材、用宗ではこの地で事業を行いたい外部企業、海士町では「Entô」で働くスタッフである。福住では「職人にとっての働きやすい、創作しやすい環境を提供する」こと、海士町では「働くスタッフのステップアップを後押しすること」等、不動産再生をきっかけに地域に集まる人材にとっての観光地づくりを視野に入れている。
 不動産再生による観光地づくりとは、ハード面の再生ばかりではない。再生した不動産が地域のメッセージを体現し、住民、共感する観光客、共感する人材(移住者・事業者)を結びつける役割を果たしている。

2.海外事例
ボーンホルム島ホテルGSHサスティナブルのショーケースとしての不動産再生

 欧州で最もサスティナブルな島として知られているボーンホルム島(デンマーク)のリノベーションホテル「Hotel Green Solution House(Hotel GSH)」の事例は、既存ホテルを事業承継し、その空間と経営に「サスティナブルな島」というメッセージを強く打ち出し、島のシンボル、サスティナブルのショーケースとしての役割を果たす形で再生したものである。さらに、サスティナブルのショーケースを事業としても活かすためにコンベンション施設を併設することによって、サスティナブルを学ぶ企業研修や教育旅行といったMICE需要を生み出し、通年での高稼働率を維持するとともに、島の課題である閑散期の宿泊需要の創出にも貢献しているのである。
 前述の4つのケーススタディと同様に、ハード面の再生のみならず、そこに込められた地域のメッセージから新しい事業を生み出し、さらに地域経済に貢献する事例と言えるだろう。

3.まちづくりとサービスマーケティングの視点を踏まえた今後の研究課題

 4つのケーススタディと海外事例を踏まえながら、川原教授、内田教授による対談を振り返ると、不動産再生と観光地づくり、あるいはコロナ禍での社会変化を見据えたこれからの観光地づくりについて、今後の研究の方向性や課題を見出すことができる。

不動産を使いこなすクリエイティブな人材の必要性

 まちづくりにおいても、近年では「不動産を再生することが地域づくりにつながる」、サービスマーケティングにおいても「高級住宅地のブランド形成事例(移住先としての価値形成)」等、類似の事例が紹介されるとともに、両者において「不動産を使いこなすクリエイティブな人材に対する価値構築」の重要性が指摘された。これはケーススタディにおける「共感する人材(移住者・事業者)」に該当するだろう。

観光地づくりをフェーズで捉える

 まちづくり、サービスマネジメントの両者において、その過程をフェーズとして捉える手法が示された。本事例においては明確なフェーズに分けるには至っていないが、10年ほど経過している福住や富士吉田市のケースにおいては、初動段階、ビジョン構築段階、再生・事業創出段階、波及段階等のフェーズを想定した整理も可能であろう。

不動産を活かすビジネスを生み出す理論

 不動産再生をサービス事業創出と捉えると、サービスマネジメント分野における「トリプルヘリックス(三重らせん)概念」が紹介された。これは、産・官・学の3者が新たな事業創出、イノベーション及び普及に向けて、段階に応じた役割と相互の関係を論じるものであり、不動産を活かすクリエイティブな人材のネットワークの重要性を示唆している。
 4つのケーススタディにおいても、地域と「共感する人材(移住者・事業者)」のネットワークや相互作用が随所に見られることから、前述のフェーズの整理と合わせた産・官・学、あるいはキーパーソンの役割や相互作用を明らかにすることによって、不動産再生による観光地づくりをより理論化することも試みたい。

ビジョンを掲げることが地域と地域が求める人をマッチングさせる

 各ケースにおいては、地域と地域が求める人材のマッチングが共通点として見出されたが、観光地づくりにおける地域が求める人材(移住者・事業者)を呼び寄せるために、ビジョンの重要性が指摘された。これは、移住、関係人口にもつながる考え方であり、その入り口としての観光地づくりの役割が示唆された。一方、各ケースにおいては、必ずしも初めからビジョンが掲げられていたわけではない。動きながら、議論をしながら徐々にビジョン(フロートビジョン)が形成される、そうしたプロセスにも注目する必要がある。

不動産再生が発信する地域のメッセージ、観光地づくりによる地域産業のブランディング、地域の象徴空間

 不動産再生の意義として、地域のショーケースとしての役割、住民、観光客双方が集い楽しむ象徴的な空間の形成があげられた。一方で、サービスマネジメントの視点からは、顧客に対して適切な商品を提案する能力、顧客から情報を収集・蓄積する機能といった、本来サービス業が備えるべき機能を、住民と事業者、観光客のコミュニケーションやデジタルデータの活用等によって備える必要性が指摘された。特に、地域の文化を深く体験する観光が広く理解されるようになった現在において、観光地づくりにおけるサービスマネジメントの重要性が示されている。

コロナ禍がもたらした観光地づくりの変化、今後の研究に向けて

 コロナ禍によって、観光地においては低価格・大量販売から高価格・少量販売へとシフトするといったビジネスモデルの変革が進み、さらに競争に勝つため地域の特色を打ち出す必要に迫られていること、さらに観光と日常のボーダーレス化により、観光地づくりと地域づくりはこれまで以上に接近していることが示された。また、こうした社会変化において、フロートビジョン(行政計画ではなく目指す目標や将来像の共有)の重要性、不動産を活かせる事業基盤が今後の研究課題として提示された。

4.結び

 本特集は、4つのケーススタディを基に、不動産再生による観光地づくりについて、課題や可能性を見出すことを試みた。各ケースからは、不動産というハード面の再生に込められた強い地域のメッセージがあることで、そこに共感する人(移住者・事業者)を集め、事業創出が波及する可能性を見出すことができた。さらに、まちづくり・サービスマーケティングの既存の研究をベースに、こうした観光地づくりをさらに理論化する可能性を見出すことができた。また、コロナ禍における社会、観光への意識の変化は、観光地づくりと地域づくりのこれまで以上の接近を示唆しており、住民、観光客、そして地域に引き寄せられる人材(移住者・事業者)をも活かす観光地づくり、その基盤としての不動産活用の可能性を見出すことができたと考える。
 福住、富士吉田市、用宗、海士町の皆さまから、具体的な取組みを基にした示唆に富むお話を伺うことができた。また、対談に参加してくださった川原教授、内田教授には専門的な視点から今後の研究課題を含め多くの示唆をいただいた(川原教授にはご多忙の折、海外事例の執筆もいただいた)。あらためて、御礼を申し上げたい。
 本特集が、地域の活性化の柱として観光地づくりに取組む地域の方々にとって、少しでもお役に立つものであれば幸いである。

公益財団法人日本交通公社 観光政策研究部
活性化推進室長/上席主任研究員
中野文彦