③…❶ 釧路公立大学
釧路公立大学の地域振興の取り組みについて

1 釧路公立大学とは

 釧路公立大学のある釧路市は、北海道の東部で太平洋に面し、2つの国立公園を有する雄大な自然に包まれた都市である。釧路公立大学は、1988年釧路地域の市町村による一部事務組合方式により、地域が自らの力で開学した公立大学である。経済学部に経済学科と経営学科がある。学びの特色として、①未来を創る方法を学ぶ、②釧路で学ぶ、世界で学ぶ、③地域を学ぶ、地域から学ぶ、④対話から生まれる安心がある、を掲げている。このうち、③の地域を学ぶ、地域から学ぶについては、北海道の自然などを学ぶ「自然地理学」、「環境保護学」のほか、「地域経営論」、「地域産業論」、「地方財政論」、「地域開発論」など、地域づくり・地域活性化を実践的に学ぶ科目を設けている。また、地域に開かれた大学の研究機関として、「地域経済研究センター」を設置し、地域課題の解決に向けた実践的な政策研究を行っている1)。

2 釧路地域の課題と観光の状況

 釧路地域の中心都市である釧路市は、豊富な地域資源を生かし、水産業、石炭産業、紙パルプを中心に戦後急速な発展を遂げ、この発展とともに人口が急増し、1980年にピークの22.7万人となった。しかし、1980年代以降は、少子高齢化の進行と、水産業や石炭産業をはじめとする地域経済の低迷などにより、他地域(特に札幌圏、東京圏)へ人口が流出、減少に転じ、現在まで減少傾向にある2)。
 明るい話題では、国際戦略バルク港湾として2019年に大型船(パナマックス船)が入港できる国際物流ターミナルが整備・供用開始され、穀物の安定かつ安価な輸入のための基盤整備が整い、飼料工場が立地するなど道東の物流拠点としての発展が期待される。しかし、産業面では、2020年には、地域の主要産業である紙パルプにおいて日本製紙釧路工場の製紙事業撤退発表があるなど従来の主要産業の衰退で、地域の経済は大きな岐路に立たされている3)
 この中で、観光は今後期待される産業の柱の一つであり、釧路・根室地域では、世界水準の観光地形成プロジェクトとして周遊観光を促進するための取組支援が行われている。また、釧路市においても、第2期釧路市まち・ひと・しごと創生総合戦略では、「基本目標1 地域の魅力を生かした、経済・産業・交流人口・関係人口拡大を目指す」としており、特に観光関連では、「釧路の自然文化を生かした世界一級の観光地づくり」を掲げており、(ア)「日本版DMO」の推進、(イ)釧路が誇る地域資源を生かした滞在型観光地域づくり、(ウ)釧路のブランド力や広域エリアの魅力を生かした誘客の推進、を掲げている。第2期釧路市観光振興ビジョンにおいても、「みんなが担う、みんなが育てる観光産業により持続可能な自立型の地域経済の実現を目指します」としており、観光による経済波及効果を基準年次の2倍(約500億円2017年度から概ね10年程度)とする目標を掲げている4)。


 地域の観光関連プロジェクトでは、釧路市観光立国ショーケース実施計画では、「世界トップクラスの自然に抱かれ、自然と共生文化を体感するカムイの休日を掲げ、アドベンチャーツーリズムに高い関心を持つ欧米豪、アジア圏の富裕層をターゲットに、日本版DMO、ストレスフリーの環境整備、観光資源の磨き上げ、海外への情報発信を行う」としている。また、「阿寒国立公園満喫プロジェクト」では、火山と森と湖が織りなす原生的な自然を堪能できることを掲げ、その特徴として原生的な自然で過ごす「上質な時間」、原生的な自然の「新たな利用」、「アイヌ文化」の体感をあげている5)。
 しかし、このように大きく期待されていた観光産業であるが、昨年からの新型コロナウイルスの影響により、インバウンド客はほとんどなくなり、国内客も大きく減少し、現在は大変厳しい状況となっている。釧路市の観光入込統計によると、2020年度観光入込客数は約246万1千人であり、新型コロナの影響のなかった2018年度比較で56.1%減と大きく減少している6)。

3 地域経済研究センターの取り組み

 地域経済研究センターは、1999年に設立され、地域課題の解決や地域活性化に向けた研究、創造的な政策提言等に取り組んでいるほか、時代にマッチしたニーズの高いテーマを取り上げたセミナー・講演会を開催する等、地域に対する積極的な情報発信に努めている。

① 共同研究プロジェクト

地域の現状や課題の検証、地域課題の解決や地域の活性化に向けた方策、地域の実態を踏まえた創造的な政策の在り方等にかかる地域経済研究を、テーマ毎に共同研究プロジェクトを組織して進めている。研究テーマは、観光、交通、福祉、環境、地場産業、金融、自治体経営など幅広い分野を扱っている。当センターの共同研究プロジェクトの特徴は、客員研究員システム、地元の行政スタッフ・民間人の参加、外部資金による効果的な研究の推進である。
 近年の研究成果としては、「釧路市における人口減少抑制のための定住に向けた現状と課題に関する研究」(2021.3)、「釧路市中央図書館開業による図書館利用者のまちなか行動と消費効果及び経済効果に関する研究」(2020.3)、「釧路市におけるスポーツ合宿・クルーズ船寄港による経済波及効果に関する研究」(2019.3)等である。

② 講演会・セミナー等の実施

 外部からの有識者を招いて地域の問題を探るフォーラムや、共同研究の成果を発表するセミナーなどを開催している。近年のセミナーとしては、「ウィズコロナ、アフターコロナにおける北海道観光」(2021.3)、「人口減少社会の自治体経営〜民主主義を進化させる〜」(2020.11)、「住んで良し、訪れて良し、間に立って良し。〜稼ぐ+地域課題を解決するための観光地域づくり〜」(2020.11)、「物流から見た北海道、釧路の現状と課題〜グローバルな視点から」(2021.1)等がある。

③ 地域の政策形成等に関する支援

 当センターでは、地域課題の解決や地域活性化に向け、行政機関の実施する委員会等に積極的に参画し、地域の政策形成等に関する支援を実施している。主なものとして北海道釧路総合振興局、北海道開発局釧路開発建設部、釧路市、釧路町、中標津町、北見市、厚岸町、釧路商工会議所等の実施する委員会等に参画している。

4 本学の観光関連プロジェクトへの取り組み

 ここで、本学の観光関連プロジェクトへの取り組みを紹介する。まず、調査研究の分野であるが、当センターでは、釧路市の産業連関表作成に取り組んでいる。そして、作成した産業連関表を用いて、各施策の市への経済波及効果分析を行っている。釧路市と当センターで作成した産業連関表は、観光関連の施策でも活用されており、釧路市の第2期釧路市観光振興ビジョンの目標数値作成等で活用されている。また、当センターでは、この産業連関表を活用して2018年度に「釧路市におけるスポーツ合宿・クルーズ船寄港による経済波及効果に関する研究」を行った。この研究では、釧路市でのスポーツ合宿関係者のアンケートによりその活動内容を明らかにするとともに経済波及効果を推計した。また、クルーズ船寄港についても、アンケートによりクルーズ客の行動を明らかにするとともに、経済波及効果の推計を行った。
 次に、当センターの実施する地域の政策形成等に関する支援の中で、観光関連の取り組みを紹介する。まず、地域の観光面でも大きな柱となっている釧路湿原関連で、国、自治体等公共中心の取組である釧路湿原自然再生協議会「地域づくり小委員会」に参画している。釧路湿原自然再生協議会は、2003年に設立され、2005年に「釧路湿原自然再生全体構想」が策定され、2015年に改訂された。この中で、2016年自然再生を通じた地域づくり推進にかかる小委員会として「地域づくり小委員会」が設置され、当センターも参画している。同委員会は、地域産業と連携した湿原のワイズユースにより、湿原の保全・再生することによって、将来にわたり地域産業が豊かになる取組を進めることとした。具体的には、テーマとして観光、産業連携、ルールを掲げ、①釧路湿原の現状、②他地域に見るワイズユース、③釧路湿原の新たな利用と作法を検討することとし、新規活用プランとして、カヌーや釣りの作法、マナーづくり、地域づくりビジョンを掲げている7)。
 また当センターは行政の取り組みに対しサポートするだけではなく、民間中心の取り組みについても積極的なサポートを行っている。ここで、当センターの民間中心の取り組みに対するサポートのうち、観光に関連する取り組みへのサポート事例をいくつか紹介する。ひとつは、地元の信用金庫である大地みらい信用金庫が地域振興の取り組みとして行っているKONSEN魅力創造ネットワークへの参画である。当ネットワークは、2012年に根室、釧路地域の民間事業者、支援団体、自治体、大学等を構成員として設立され、食関連事業者の商品ブラッシュアップ、マーケティングや視察、各種商談会への出展、ツーリズム対応事業を行っている8)。
 また、当センターは、NoMaps釧路・根室の取り組みにも参画している。この取り組みは、2016年から札幌にて開催されているNoMapsと連携し、釧路・根室地域の基幹産業である水産業、酪農業、観光業とIT・IOT・AI等の情報技術を融合させることで、新たな産業の創出や地域で活躍する人材を育成することをテーマに2019年から毎年開催されているものである9)。
 また、当センターは、地域への情報発信の観点からセミナーを随時開催しているが、ここで観光関連のものについて紹介する。2019年度は、地域振興として観光を政策的に進めるだけでなく、民間部門が観光関連で稼ぐことの重要性を理解するために、㈱北海道宝島旅行社の協力を得て、「住んで良し、訪れて良し、間に立って良し。〜稼ぐ+地域課題を解決するための観光地域づくり〜」を開催した。また、2020年度は、新型コロナの感染拡大により、観光業が大きく打撃を受けている中、日本政策投資銀行北海道支店の協力を得て「ウィズコロナ、アフターコロナにおける北海道観光」を開催した。
 また、今年度からは、本大学の取り組みとして、「ひがし北海道地域経済・金融フォーラム」を開催することを検討している。これは、地域金融機関職員や自治体職員、地域金融に関心のある学生、地域で活動している方等との地域内での交流の場を提供し、ひがし北海道地域の地域経済・金融に関わる方々のプラットフォーム構築を目的としている。

5 本学の地域振興(観光振興)に果たす役割

 最後に、本学の地域振興(観光振興)に果たす役割を整理したい。釧路・根室地域は、豊富な草資源を活用した全国一の生産力を有する酪農に加え、かつての水産業、石炭産業、紙パルプ等主力産業の集積により、現在でも産業集積により事業所数も多い。
 また、北海道開発の継続的な取り組みにより、港湾、空港、道路等が整備され、東京圏への移動にも飛行機利用によれば短時間で移動できる。道東の物流拠点としても、生活の便利さの上でも、過去では考えられない水準にここ数十年で大きく向上してきている。圏域人口20万を超え、住民の生活関連ニーズは相応の市場規模がある。また2つの国立公園を擁し、世界レベルの自然による観光による大きなポテンシャルを秘めている。こうした世界レベルの自然と病院、ショッピングセンター、飲食、娯楽等の日常生活のための都市機能が近接した珍しい地域である。このような広大さ、冷涼な気候、密にならない都市規模、充実した都市機能は、ポストコロナの新しい生活様式を行う上で、日本でも有数の適した地域と考えられる10)。

 しかし、現在は、このような地域としてのポテンシャルを十分に生かせていない状況にある。新型コロナ対応、工場撤退等産業の問題等解決すべき問題は山積みで、行政・民間ともその対応のため、多くの活動がなされている。このような状況の中で、地域に社会科学系大学が存在するということは、地域に人材供給を行うことにとどまらず、地域振興の実務の現場から一歩離れた立場から、各種分析、提言等を行い、長期的な釧路・根室地域の振興のために活動していくことだと考えており、今後も釧路地域の振興のために積極的に活動に取り組んでいきたいと考えている。

中村研二(なかむら・けんじ)
釧路公立大学地域経済研究センター長・教授。早稲田大学政治経済学部経済学科卒、法政大学大学院社会科学研究科経済学専攻修了。北海道東北開発公庫入庫、経済企画庁、(財)北海道東北地域経済総合研究所、㈱日本政策投資銀行地域企画部、四国支店、㈱日本経済研究所を経て、2018年より現職。専門は地域経済、地域金融。


1)釧路公立大学「2021 CAMPAS GUIDE」参照
2)釧路市「第2期 釧路市まち・ひと・しごと創生総合戦略」参照
3)国際バルク港湾については釧路開発建設部「道内及び管内の主な産業の動向」参照
4)釧路市「第2期 釧路市まち・ひと・しごと創生総合戦略」、釧路市「令和2年度釧路市観光入込客数調査結果」、釧路市「第二期釧路市観光振興ビジョン」参照
5)釧路市「観光立国ショーケース実施計画」、環境省阿寒国立公園管理事務所資料(阿寒国立公園満喫プロジェクト)参照
6)釧路市「令和2年度釧路市観光入込客数 調査結果(概要)」参照
7)中村研二「地域産業と連携したワイズユースの検討―釧路湿原を事例としてー」日本緑化センター『GREEN AGE 2020.8』参照
8)KONSEN魅力創造ネットワーク2020総会資料参照
9)NoMaps釧路・根室2020実行委員会資料参照
10)釧路公立大学地域経済研究センター「釧路市における人口減少抑制のための定住に向けた現状と課題に関する研究」(2021.3)参照