③…❷ 岩手県立大学
観光振興に貢献する岩手県立大学の取組

1 岩手県立大学の概要

 岩手県立大学は、1998年に開学した岩手県滝沢市に所在する学生数約2000名の小規模な地方県立大学である。看護学部、社会福祉学部、ソフトウェア情報学部、総合政策学部の4学部からなり、盛岡、宮古短期大学部を併設している。本学は、地域に根ざした実学・実践の教育研究活動を推進していることから、各学部では地域をフィールドとした調査研究や市町村、医療機関、福祉施設、企業等で実習を行っている。また、地域に開かれた大学として、東日本大震災(以下「震災」という)直後の2012年に開設した「地域政策研究センター」を中心に、産業界や各種団体・行政機関と連携し、震災復興など地域課題の解決を目指しながら、地域貢献に取り組んでいる。

 本学にはいわゆる観光に特化した学部・学科は設置していないが、総合政策学部、ソフトウェア情報学部、社会福祉学部では、それぞれの学部の特徴を生かし観光研究を進めている。具体的には総合政策学部では、法律学、行政学、経営・経済学、社会学、環境学等、ソフトウェア情報学部では、観光情報学、IT、3次元プリンターの活用等、社会福祉学部は福祉、ユニバーサルデザイン等の各分野から研究を行っているが、多くの研究は研究者単独ではなく学部横断による学際的な研究が行われている。また、地域政策研究センターでは、毎年地域(自治体、企業、NPOなど)から社会課題解決のための研究提案を公募し、センターが課題解決に適する各学部の教員とのマッチングを行い提案者と協働して解決を目指す地域協働研究を行っている。
 地域協働研究では、地域から毎年多くの様々な社会課題が提起され、観光に関する課題も多く提案され採択されてきた。これまでに行われてきた観光に関する地域協働研究をまとめたものが表1である。震災関連、インバウンドなど多岐に亘っているが特徴的な研究をいくつかご紹介する。

 震災復興研究は、地元大学の責務として現在そして将来も継続する重要なテーマである。破壊されたコミュニティの再構築や産業の育成など多岐に亘る研究が行われているが、沿岸地域の基幹産業の一つである観光に関連する研究も重要な課題として採択されている。学部別にみると、総合政策学部では、三陸復興国立公園、みちのく潮風トレイル、三陸ジオパークの利用促進に関する研究、災害時における観光客の安全避難に関する研究などのほか、最近では、震災後に建設された防潮堤や水門など防災インフラを活用したインフラツーリズムの可能性を探る研究、津波伝承館の活用に関する研究などが行われている他、SDGs関連の研究も始まっている。
 ソフトウェア情報学部では、携帯端末を利用した観光ガイドシステム、バーチャルリアリティや、3Dプリンターを観光に活用する研究、観光情報人材の育成、インバウンド対応など情報関連の多岐に亘る研究が行われている。
 社会福祉学部では、観光におけるユニバーサルデザインに関する研究、宮古短期大学部では、経済系の教員により、震災後の多様なニーズに沿える観光モデルコースの設定、観光客誘客に向けた観光消費を促進するためのコンテンツの構築など地域密着型の研究が行われている。
 昨年以来岩手県も新型コロナウイルス感染症によって社会経済的に大きな打撃を受けている。震災からの復興がおおよそ一段落しこれからというときの災厄であり、観光業も大きな影響を受けている。今後の研究は、当分の間ポストコロナの経済・社会の復興を支援するものになることは確実であり、すでに今年度から「盛岡広域「地方創生SDGs登録等制度」に係るフィージビリティ・スタディ」や「岩手県内市町村の2050年カーボンニュートラル実現に向けたロードマップ策定」、「地域の森林資源を活かした林産業・再生可能エネルギー利用の展望‒地域に仕事を生み出すSDGs‒」などグリーンリカバリーを念頭にした研究が始まっている。

2 持続可能な地域づくりのための観光(エコツアー)についての調査研究

 筆者は、これまで地域の自然資源を活用するエコツーリズムに関する調査、研究を行ってきた。岩手県内では、二戸市と小岩井農場でエコツアーが行われていたことからこの2つについて調査を行なったのでご紹介する。

● 二戸市のエコツアー

 二戸市は1992年からまちづくりの一環としてエコツーリズムに取り組み、震災後の2011年10月二戸市内で全国エコツーリズム大会を開催、同年12月にエコツーリズム大賞を受賞した。
 二戸市では、1992年度から市内の様々な資源を市民の手で再発見する「まちの宝探し」を実施し、宝を生かしたまちづくりを行ってきた。この一環として市民向けの宝巡りツアーなどを実施、全国エコツーリズム大会を契機に市外からの交流人口の拡大などを目指したエコツアーが実施されている。
 現在はIGRいわて銀河鉄道と連携した「岩手にのへおさんぽ日和」を実施するなど継続した取り組みが行われている。
 しかしながら、その発信力は弱く、市外からのエコツアー参加者はあまり多くないのが現状である。このため、2017年度に二戸市におけるエコツーリズムの現状について調査を実施した。二戸市のエコツアー実施団体は、主要メンバーが40〜50歳位の時に地区単位で発足し、活動を継続してきた。エコツアーの実施によって、それぞれの地域の宝の再確認や地域内での連携等の成果は出ていたが、発足後25年が経過し、すべての団体で高齢化の進行と後継者不足が著しく、このままではエコツアーの継続が困難であることが明らかになった。
 また、行政担当者の異動等によってこれまでに作成されたお宝マップなどの貴重な資料が埋もれるなどマイナスの要因が多くみられた。しかし、一方で地域おこし協力隊の若手による過去の遺産の掘り起こしやリニューアルが行われ始めるというプラスの要因もあり、若手の参加によって地味ではあるが持続可能な地域づくりに向けた今後の取り組みが期待される。

● 小岩井農場のエコツアー

 小岩井農場は、1891年に開設された古い歴史を持つ農場で、開設当初、荒野で、水はけの悪い湿地帯が多く、作物の生育を妨げたため防風林の植林や土塁を築くところから事業が始まる。日本の一般的な牧場は、原生林などを伐開して草地を造成する生物多様性が少ない環境を作るが、小岩井農場はこの逆で植林をすることによって生物多様性を増大させるという大きな特徴を持っている。農場の敷地は約3000haであるがこのうちの2/3が森林となっており、スギ、アカマツ、カラマツなどの木材を産出する林業へと発展し、生物多様性豊かな岩手山麓を代表する自然環境が形成されることにもなった。
 また、明治時代から昭和初期にかけて建設された牛舎やサイロのほかに、事務所、倉庫、宿泊や職員の集会用の施設である「倶楽部」、煉瓦の躯体に土をかぶせた天然の冷蔵庫など、農場に関わる各種の建物が残っている。これらの建築群は日本の近代建築史、近代農業史を知るうえで価値が高く、1996年9棟が登録有形文化財に登録、2017年には21棟が「小岩井農場施設」として国の重要文化財に指定された。
 小岩井農場では1967年頃から、急増する一般利用者を受け入れるため、農場の一部を「小岩井農場遊園地(1991年『小岩井農場まきば園』に改称)」として開放し、一般利用者は、特定エリア内のみに利用を限定していた。このため一般利用者は、「まきば園」=小岩井農場のイメージが定着している。
 このような小岩井農場の様々な資源をストーリー(物語)としてむすびつけ、より多くの人に伝えるために開始されたエコツーリズムが2010年から始まった「小岩井農場物語」である。小岩井農場の自然の素晴らしさを体感し、環境保全の大切さに気づき、環境への理解と関心を深めることをコンセプトとして実施された。
 この「小岩井農場物語」は、「一般開放エリア」だけでなく、バスを活用することによって小岩井農場全体を舞台として、小岩井農場の歴史、文化、農林畜産業の生産事業、自然そのものを観光資源として活用した新しい観光の形態である。小岩井農場が180年余に亘り行ってきた農林畜産業とそれに関連する建物群、バイオマスエネルギー施設、森林など現在ある様々な資源を観光資源として再認識し、バスなどの輸送機関と従業員のガイドによって有機的に結びつけることにより観光商品化したもので、民間企業によって行われた地域資源の再認識から商品化までの成功事例の一つである。
 これらの取組は、まさにエコツーリズムであることから、2011年の第7回エコツーリズム大賞に筆者が小岩井農場の了解を得て他薦で応募したところ特別賞を受賞することができた。その後、小岩井農場ではさらにエコツアーに磨きをかけ2012年の第8回エコツーリズム大賞では自ら応募し優秀賞、さらに外部との連携を充実することによって2014年最高賞のエコツーリズム大賞を受賞した。
 今後さらに発展する可能性の高い観光分野であったことから、2012年度時点で事業の内容や方法、参加者に関する情報や満足度などの基礎的な情報をとりまとめ分析し、現状を明らかにするとともに、今後さらに発展させるための方策を検討した。
 2012年当時実施されていた「小岩井農場物語」では個人向けの「ツアープログラム」と「団体向けプログラム」があった。ツアープログラムには、「小岩井農場めぐり」、「小岩井農場プレミアムツアー」、「小岩井農場ネイチャーウォーク」、「トラクターバスで行く 小岩井農場自然満喫体験」「小岩井農場 自然散策」等があり、自然と戯れ楽しく遊ぶことから環境保全についての専門的な知識を学ぶことなど、幅広いプログラムを選ぶことができた。
 アンケート調査などを実施した結果から、小岩井農場めぐりのツアー参加者は中高年が多く、今後更に発展させるためには若い世代も注目するような新しいプログラムを検討する必要があるといったいくつかの提案を行っている
 現在は、建物群が国指定重要文化財になったことから公益財団法人小岩井農場財団が設立され所有・管理し、まきば園内に小岩井農場重要文化財ギャラリーが設置されるなど施設が充実している。残念ながらコロナ禍の影響を受けているため、ツアーの規模は縮小され、一般向けには電気バスでまきば園と上丸牛舎内のみのガイドツアーが行われている状況にある。

3 八幡平における持続可能な開発目標(SDGs)の学び

 岩手県は、2018年から八幡平地域で十和田八幡平国立公園や地熱発電所をはじめとする環境関連施設などをSDGsの視点で環境学習コンテンツとして発掘・造成し、実際の環境に結びつけるための「来て・見て・体験して・学ぶ 八幡平の環境学習」をとりまとめた。
 筆者は、この企画に当初から参加し、環境関連のコンテンツの発掘やSDGsとの関連性などを調査した。岩手県立大学の総合政策学部では環境系の実習として毎年「八幡平実習」を行っており、八幡平地域の自然環境や開発の歴史、松尾鉱山の負の遺産による河川の汚染の調査などを継続的に行ってきた。これらの実習成果や資料が大きく役立つこととなった。
 八幡平地域は、松尾鉱山という大きな負の遺産を生み出す一方で鉱山の閉山による急激な人口減少を松川地熱発電所の建設、発電所の蒸気で温泉を造成し、宿泊施設や別荘地に温泉を供給するほか、農業ハウス等に供給するなど、観光、農業振興策を講ずることで人口減少を食い止めてきた実績がある。これらの経験は、現在日本各地で進められている地方創生の人口減少対策の事例として注目に値する。むろん、八幡平地域でも再び人口減少が起こっているが、温泉熱のカスケード利用が再認識され、温泉熱とITを活用したスマート農業などの持続可能な地域づくりが行われており、これを実際に学習することができる。これらの調査で得られたデータをもとに八幡平DMOは、2021年3月16日「SDGsとサーキュラーエコノミーを学ぶ 八幡平の可能性〜企業研修と教育旅行を考えるシンポジウム〜」を開催するなど八幡平地域でのSDGsの活動を観光に生かす取り組みを始めている。具体的にはみちのりトラベル東北社が、日本初の地熱発電の町「岩手県八幡平市」で学ぶサーキュラーエコノミーという日帰り、1泊2日のモデルコースを提案している。岩手県立大学では、いわて学やJR東日本寄附講義など地域に根差した教育(講義・演習)を行う際に、これらのプログラムを導入し、学生の教育の場として活用している。

4 JR東日本寄附講義による観光人材の育成

 岩手県立大学は、2017年度からJR東日本から寄付をいただき、観光人材育成のための講座を開設している。当初は、社会人向けの「いわて観光地域づくり講座」であったが、2019年度からは県立大学の学生向けの「観光による岩手の地域活性化」を開講。2020年度は、SDGsの基礎、観光と交通、NPO法人日本エコツーリズムセンター森高一氏による「持続可能な観光・エコツーリズム・国際認証」、釜石DMCの久保竜太氏の「釜石における持続可能な観光 釜石DMCの試み」、八幡平DMO柴田亮氏から「八幡平市における持続可能な観光 八幡平DMOの試み」など多彩な講師による持続可能な観光についての講義と八幡平でのサーキュラーエコノミー現地実習を実施した。特に久保氏の講義では国際認証取得の苦労や「観光」はこれまでの狭い観光概念では国際的な水準に達することが難しく、これまでの観光行政よりもより広く企画やまちづくりに近いものであることを学ぶことができ大変参考になった。

5 さいごに

 東日本大震災後10年を経過し、新たなステージに入るというところで、新型コロナウイルス感染症によって、岩手県全体の観光が大きな打撃を受けている。今後の岩手の「観光業」を復興、拡大するためには、これまで通りの視点のみで進めることは許されず、国際認証の取得、世界的な目標である持続可能な開発目標SDGsや地域循環共生圏(ローカルSDGS)の考え方の導入、パリ協定に基づく脱炭素社会などこれらの新しい動きに対応する必要があり、研究の方向も狭い「観光」ではなく、総合的な観点から「観光」を考えることが求められる。本学でもこれらの世界的な動きを見据えつつ、地方の一大学として地域に根差した観光・地域振興研究を進める必要があると考えている。

渋谷晃太郎(しぶや・こうたろう)
岩手県立大学総合政策学部教授。千葉大学園芸学部環境緑地学科卒。放送大学文化科学研究科環境システム科学群修士課程修了。環境省で、10カ所に及ぶ国立公園の保全管理や環境教育などを担当。その後香川県や林野庁での行政経験をへて現職。専門は環境政策論、環境教育学。技術士(環境・建設)、環境カウンセラー、森林インストラクター、1級ビオトープ計画管理士、中級環境再生医等の資格を持つ。