③…➓ 名桜大学
観光に関わる教育研究を通した地域貢献と観光振興

1 名桜大学の開学と公立化

 沖縄県北部地域の名護市に位置する名桜大学は1994年に開学し、今年2021年で創立27年となる大学である。沖縄県が本土復帰した1972年以降、急速なインフラ整備が進む中で地元の若者の進学や就職の受け皿の少なさ等を危惧し、1979年に名護市は大学誘致懇話会を設置、大学設立を公約にした市長の1986年の当選等を経て名護市、北部11町村、沖縄県が創設経費を負担して1993年に公設民営の私立大学として設置が認可された。開学は国際学部の1学部3学科(国際文化、経営情報、観光産業)でスタートし、2005年に人間健康学部スポーツ健康学科、2007年には看護学科が開設された。詳しい沿革については、名桜大学公式ウェブページの大学紹介を参照されたい。
 2007年には国際学部の改組で学群制度を取り入れた国際学群5専攻(国際文化、語学教育、システムマネジメント、情報システムズ、観光産業)に改組したものの様々な状況を背景に定員充足率が下降し、2009年から公立大学法人制度を利用した法人の移行が検討された。行政直営の公立大学の法人化事例は多かったものの、公設民営の私立大学からの公立大学法人化については2009年に公立となった高知工科大学を参考にして大学一体となって取り組んだ結果、2010年4月に公立大学法人名桜大学が開学するに至った。

2 公立大学としての名桜大学と地域貢献、そして観光

 公設民営の私立大学の開学当初から、地域の若者の進学という教育や大学設置による地域の振興という面から、地域人材の輩出や教育研究を通した地域貢献は必然の使命だったといえるだろう。公立大学法人化後は、地域での講座や地域連携事業を推進するエクステンションセンター(後に機能を拡大し地域連携機構)の設置、北部地域への医療人材定着に向けた奨学金の整備、地域イベントにおける通訳ボランティアや教育ボランティア組織、北部地域所在の4つの道の駅と道路管理者との連携協定、周辺市町村との包括連携協定締結など、地域における「知の拠点」として教育研究活動を通した地域連携を展開している。
 沖縄県北部地域に立地する大学として、初代理事長・学長である東江康治先生は開学にあたって観光産業学科(当時)を目玉にすると『名桜大学20年史』のなかで述べており、教育の成果としての人材の輩出に加えて観光に関わる教育研究を通した沖縄県への貢献という将来を見据えていたと考えられる。当時の観光産業学科および現在の観光産業専攻では、観光企業でのインターンシップやゼミ活動での地域における観光事業との連携など学生の学びと地域の観光振興を繋ぐ教育プログラム、そして個々の教員としての地域の観光政策への関わりや調査事業への参画などを通して地域貢献を推進している。紙幅の関係で全てを紹介できないが、ここでは筆者の活動を中心に実際の観光教育事例や観光振興への貢献活動などの一部を紹介させて頂き、実際の活動内容を通して効果や課題も考えたい。

3 観光という教育研究を通した地域貢献の考え方

 大学と地域の関係における貢献の考え方は大学設立の趣旨やプロジェクトの性質によって異なるが、公開講座や講演会をはじめ学生主体のまちづくりプロジェクトやボランティアなどへの参画、観光に関する地域住民意向調査などの実施、学生アイディアの活用など形態は様々である。ただ、見上他(2011)などを参考にすると、そこでの共通した概念には、貢献や交流、共生、共創、振興、学びなどをあげることができ、名桜大学大谷研究室では、このような観光という教育研究を通した地域貢献の考え方をもとに活動を行っている(図1)。

 観光学ないし観光研究分野での教育は、社会の事象や実際の経済活動、人々の行動などと関わる以上、必然的に理論と実践の両面が必要になる。座学で学んだ理論、地域における観光事業や観光企業と関わり学ぶことでの実践、この両面があるからこそ観光を通した経済社会、そして自然環境などの理解に繋がるのである。また、観光に取組む地域、魅力を求めて地域を訪れる観光者、観光による消費や負荷などで正または負の影響が生じるのも地域ということを考えれば、研究も教育も基本的には地域との関わりのなかで行われるべきものと考えている。このように観光は研究と教育、地域が一体であるので、地域で生じる何らかの課題や必要な解決策など地域が求める問題に対して、研究および教育の両面から関われば必然的に地域貢献が実現できるのである。

4 事例1:観光計画等策定のための住民意向調査など

 名桜大学国際学群観光産業専攻大谷研究室(観光政策)のゼミテーマは「地域における望ましい観光振興のあり方」であり、観光事業や観光開発、観光政策などの講義で学んだ理論を応用するために夏季休暇中または後期等に3・4年生の合同ゼミでフィールドワークを行っている。政策や施策を検討する際の基礎資料となる地域の観光に対する住民意向や、何らかの規範による地域観光政策の合意形成という専門分野から、筆者が研究および地域貢献として参加する観光政策の審議会や計画検討委員会のプロセスにゼミ学生と共に関わることがフィールドワークの基本形である。ここで、観光政策や観光計画策定に関わる調査フィールドワークにおける主なゼミ活動を表1に示す。(表1)

 観光政策や計画を策定するための検討委員会では、一般的に現状や課題、今後の方向性等を検討する際に住民意向調査を行う。その調査事業をゼミで担う主なプロセスは、サンプル数の計算、台帳の作成、担当事務局との連携の上で調査票の作成、訪問および留置(場合によっては郵送も併用)調査の実施、回収およびデータ入力、集計分析および結果報告書の作成となっており、この一連のフィールドワークを地域の事業と連携して実施するのである。
 地域の観光事業と連携しない場合は協力依頼という形で調査フィールドワークを行い、沖縄県伊是名村や伊平屋村、石垣市などに出向き観光開発の方向性や生活満足度について自主的にゼミで調査を行った事例もある。いずれの連携形態でも、担当者から地域の概要および課題についての講話や学生自身での現状把握によって地域の観光を知る機会となり、フィールドワークは住民とのコミュニケーションや組織的活動における責任感、現場である社会における観察力などを養い、統計に表れることのない傾向などを理解することも目的の一つになっている。
 表1の中から、沖縄県今帰仁村における望ましい地域観光政策の策定に向けて2018年に取り組んだ大谷研究室と第三次今帰仁村観光リゾート振興計画策定事業との連携を簡潔に紹介する。基本計画を策定するため、これまでの観光施策に対する住民の評価や、観光そのものに対する評価(満足度)、観光効果の実感、観光への期待などの住民意識(意向)を調査し、新しい今帰仁の観光基本計画の内容と方向に反映させることを目的とした。策定委員会の委員長を筆者が務めたことから、地域貢献と教育の効果の観点からも大谷研究室の学生24名が調査実施から分析、調査報告書の作成までを担う官学連携の事業となった。また少数の学生ではあったが、住民意見交換ワークショップでは自らが行った住民意識調査結果をもとにしたディスカッションに参加し、データには反映されなかった意見や課題をより深く理解できたことも事業に参加した効果と考えられる。

5 事例2:観光ガイドブック作成事業など

 表1に示した観光政策や観光計画策定に関わる主な調査フィールドワーク以外に、地域の観光ガイドブックやパンフレットを作成する事業と連携した事例がある。2016年には名護市北西部の羽地地域の観光案内パンフレット作成事業に観光産業専攻と名護市羽地支所で連携した。内閣府地方創生加速化交付金を利用した名護市の事業の一環で、民間の編集担当と大谷ゼミの学生が中心となり地域の魅力や観光情報の内容、コンセプトやデザインまで全て学生が担当した。
 また、少し前の事例となってしまうが、2010年から2013年にかけて北部広域市町村圏事務組合と大谷研究室が連携し、ふるさと市町村圏基金事業を利用した「やんばる観光ガイドブック」事業を実施した事例を大谷他(2014)から紹介したい。公共ガイドブックは地域が主体となり、発信したい情報には地域からの要望と意向を強く反映することが可能な一方、利用者側のニーズや動向などへの対応の課題がしばしば指摘され、地域からの一方的な情報発信に留まる可能性もある。その際に、地域の代表で公共主体の「官」、教育研究機関である地域の大学はシンクタンク的役割を果たす「学」、そして利用者の視点や産業的な理論を持つ「産」が連携することで、公共と民間という両主体の強みを発揮することが可能となる。
 こういった観点をもとに、地域の大学生という若者からの情報発信というひとつの方針を加え、地元目線かつ学生目線という単純な方向性を設定し、学生自らが地域の観光資源を調査して評価することで資源の魅力をガイドブックにて紹介する方法を採用した。このため、地域の負担は交通費などの実費だけとなり、教育的効果と地域をフィールドにした活動による貢献を期待できるものとなった。地域の魅力の理解、他の媒体との差別化、情報の多様化、より主体的に学生が関与する方法などに課題は残ったが、学生が作り上げる観光パンフレットは教育や地域など多方面の効果が期待できるといえるだろう。

6 コロナ禍における大学と地域の関わり

 2020年度はコロナ禍に翻弄されオンライン授業や対面ハイブリッド講義などが定着するに至る重要なアカデミックイヤーとなった。座学の講義はもとより演習や実習、とりわけ地域と関わるフィールドワークをともなうゼミ活動は様々な制約を受けることになった。
 大谷研究室では、事例で紹介したように地域の観光事業と連携した活動が多かったため一時的な方向転換を余儀なくされ、オンライン上でも大学外と関われる活動の模索のなか、内閣府が運営する沖縄観光情報サイトOKINAWA41に掲載する学生記事の作成に取り組んだ。厳密に言うと連携先は内閣府やサイト運営事業者となるが、学生が作成した沖縄観光への意見や感染予防の中で人と人の接触を極力回避できる観光スポットの紹介記事を通して、観光に関する情報の発信という形で地域との関わりを持つことを試みた。限られた状況の中で、とくに沖縄県北部地域に所在するダムの観光的要素をリポートする記事作成は、本来の目的や役割ではない要素に観光的魅力を見出すコンテンツツーリズム、そしてフィールドワークを通して地元地域で学ぶという活動が行えたのではないかと考えている。
 今後の地域連携としての活動も、沖縄県の感染状況等も踏まえると当面は現地踏査や対面でのインタビュー調査等はある程度限られるだろう。その中で、リモートでのレクチャーやインタビュー、オンライン上のアプリを用いたディスカッションや共有ファイルによるコンテンツ作成など、リモート環境でも活動できる連携を今後も模索する必要がある。

7 地域に立地する公立大学と観光に関わる教育研究を通した地域貢献の展望

 これまで名桜大学と観光産業専攻、そして大谷研究室の地域連携事業を通した地域貢献の取組みを中心に紹介してきた。名桜大学は設立団体が北部広域市町村圏事務組合という地域全体を代表する団体であるので、必然的に沖縄県北部地域全体への貢献が大きな使命となる。コロナ禍により活動と連携の方法は今後も検討が必要であるが、使命には変わりがない。今回、事例の一つとして取り上げた観光に対する住民意識調査での教育効果と地域貢献については、大谷(2012)においても整理されている。学生が実際の住民に対してアンケート調査を行うためには、調査趣旨や質問の意図などを説明する必要があり、コミュニケーション効果も醸成される。地域が抱える問題と課題を認識した後に集計分析によって考察を深め、データだけではない課題を肌で感じ、調査研究のフィードバックを実感することでの教育効果は大きいと考えられる。教育効果の計測は困難な面もあるが、学生は今後の講義での目的意識や卒業研究における問題意識、地域振興に関する考え方にアウトプットすることができるであろう。
 さらに、調査結果は研究室の研究にも繋がり、地域は観光政策や施策の検討のための基礎資料や学生のアイディアなどを得ることができる。これが図1にある考え方であり、大学の地域貢献と学生の学びを通して地域の観光振興に寄与できると考えている。
 観光分野では、学問分野の学際性にも起因して多分野での実践教育モデルが存在する。とくに、社会科学系および人文科学系でのインターンシップやフィールドワーク、自然科学系での環境調査や生態学的調査などをあげることができ、学問としての観光学が持つ実学よび実践的要素から地域と密接に関わるテーマに対応することができる。また、地域における政策では、地域のシンクタンクとしての大学が果たすべき役割も大きく、地域貢献として積極的に地域政策に関与していく考え方が定着している。このように、公立大学は出資者である地域に教育と研究を通した成果の還元が今後もより求められるであろう。

大谷健太郎(おおたに・けんたろう)
公立大学法人名桜大学国際学群教授。3期生として名桜大学国際学部観光産業学科を卒業。2007年、博士(政策科学)。2021年現在、国際交流センター長などに併任。専門分野は政策科学および観光研究で、テーマは観光政策論、観光事業論、観光振興論など。主な公職歴は万座毛周辺整備基本計画委員会委員長、那覇市観光審議会副会長、内閣府沖縄総合事務局重点道の駅「許田」推進協議会長など、その他多数。詳しくはhttps://researchmap.jp/otani1978を確認下さい。

引用文献
大谷健太郎(2012)「観光政策形成における住民意向調査の有用性と地域貢献」
『淑徳大学サービスラーニングセンター年報』(2)、pp.23-29
大谷健太郎、比嘉和志、嘉手苅健、末吉司、他(2014)「産官学連携による観光ガイドブック制作事業とその評価-
「やんばる観光ガイドブック」における地域貢献と教育的取組み-」『名桜大学紀要』第19号、pp.179-187
見上崇洋・森裕之・吉田友彦・高村学人編著(2011)『地域共創と政策科学-立命館大学の取組-』晃洋書房