③…❾ 北九州市立大学
「地域振興のためのフットパス観光」に取り組む地方公立大学の挑戦

変わる大学の役割

 大学とは元来、「研究」とそれに基づいた「教育」の場として社会的な使命を果たしてきた。しかし、2005年の中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像」において、大学の第三の使命として、「社会貢献」がうたわれるようになり、より直接的な貢献も求められるようになってきた。
 殊に公立大学である北九州市立大学においては、より強く社会貢献・地域貢献が求められている。その社会的要請に応じて本学では、「地域社会の核となる教育機関」として、様々な取り組みを展開している。その成果として、日本経済新聞社による「大学の地域貢献度に関する全国調査2019」総合ランキングでは公立大学で第4位を獲得し、イギリスの高等教育専門誌Times Higher Education(THE)が発表する「SDGsをもとにした大学の社会貢献力を表す大学ランキング(2020年度日本版)」では公立大学第2位という評価を得ている。
 このような評価を得られた理由として、「地域共生教育センター(421Lab)」の存在がある。この組織は、多くの大学で設置されているボランティアセンターの機能を担っている。2020年度には421Labの登録学生数が1672名になり、文系の北方キャンパスの学生数が5065名(2020年度)である事からすると、おおよそ3人に1人の学生が地域に出て、地域課題解決に向けたボランティア活動に取り組んでいる。
 このように北九州市立大学では多くの大学生が「地域で学ぶ」というオフ・キャンパスの取り組みが盛んであり、「まち全体がキャンパス」という理念のもと、多くの地域課題解決に向けた活動を行っている。

「地域で学ぶ」教育法

 このような「地域で学ぶ」という教育モデルを作り上げたのは、2009年に開設された地域創生学群である。地域創生学群の学生は入学してすぐ大学1年生の4月から、実習授業として地域活動に参加し、商店街活性化や農村部の過疎高齢化問題、耕作放棄地問題、さらには独居高齢者や障がい者の社会福祉問題、子ども食堂の運営などに関する活動を、地域内の多様なステイクホルダー(受入団体)と共に、1か月平均70〜120時間程度の地域活動を実施している。地域創生学群ではこのような「日常的な地域活動による学び」を4年間通じて経験することによって、高度なコミュニケーション能力や課題発見・解決能力、主体性の醸成などの能力を身に付ける。
 地域の日常的な活動を「サービス・ラーニング(SL)」として行い、地域のありのままの実情を理解する。その後、学年が上がるにしたがって「問題解決型学習(Problem-Based-Learning)」に移行し、主体的に各地域が抱える地域課題を解決できるように、地域の方々と協業しながら地域課題の解決に向けて取り組む学習モデルを採用している。さらに並行して大学2年生からは「専門ゼミ」に入り、専門的知見を得つつグループで新たな知を生み出すクリエイティブな活動を「プロジェクト型学習(Project-Based-Learning)」として展開している。
 つまり、地域創生学群における学習は、①地域の実情を理解する、②地域課題の解決に向けて主体的に学ぶ、③これまでの経験を持ち寄りグループでクリエイティブな活動をするという3段階の構成で、大学生の学びをデザインしているのである。



廣川ゼミが取り組む「地域振興としての観光」教育

 筆者はこの「プロジェクト型学習」の一環として、専門ゼミで「持続可能な地域づくり」に向けた取り組みを行っている。具体的には「フットパスづくり」というものである。フットパスとは、英国発祥の「森林や田園地帯、古い街並みなど、地域に昔からあるありのままの風景を楽しみながら歩くこと【Foot】ができる小径(こみち)【Path】のこと」(日本フットパス協会HPより)を指す。観光客の誘致のために、地域で何か特別のことをするのではなく、あくまでも「ありのまま」の地域を楽しむことが意図されている。この地域のありのままの文化や景観を歩くことで楽しむ観光形態は、近年のコロナ禍で広く認知されてきた「マイクロツーリズム」の方向性と合致している。身近で日常的な生活空間を歩き回る事で、参加者は日頃気付かない魅力的な地域資源を発見したり、地域の方々との交流ができたりし、その地域のことが好きになるのである。
 しかし、日本においては英国と異なり、地域に必ずしもPublic Footpath(リクリエーションのための公設歩道)があるわけでも、法律によって歩く権利(TheRight of Way)が万人に保証されているわけでもない。そのため、地域の方々の理解を得ながら、ともに地域の小径を外部者に開いていく「フットパスづくり」を行う必要がある。
 我々の調査・研究手法として、まずは大学生が地域に入り込みエスノグラフィー(行動観察調査)を行う。これはすでに地域で行われているお祭り(祭事)や町内会の活動などの地域行事にスタッフとして参加し、住民と同じ立場に立って、地域の実情を理解するためである。フットパスコースをつくるためには、地域の方々との信頼関係を構築するとともに、埋没してしまっている魅力的な地域資源を発掘する必要がある。私たちはこの活動に1年間から2年間もの歳月をかけて行っている。
 この段階で地域の方々と十分な信頼関係を築けていなければ、いざフットパスづくりを行う段階になって、外部者が地域の生活空間を歩くことに対して、地域住民からクレームが出てしまう。お祭りのお手伝いや高齢者を対象とした健康体操教室などへの参加など、地道な地域活動を続ける中で、地域課題の発見と解決に向けての糸口を模索するのである(問題解決型学習)。そしてその後ようやく地域に「フットパス」という社会制度を提案し、創造的取り組みとして地域の方々と共にフットパスづくりに入るのである(プロジェクト型学習)。この時点では、活動地域の方々は「フットパス」の意味も深く理解していない状態ではあるものの、大学生たちと地域住民が培ってきた互いの信頼関係によって、「これまでお世話になってきたから、今度は自分たちが協力するか」という気持ちを地域住民に持っていただくことができる。なぜ、このような中長期的な視点に立って、活動をプランニングするかというと、フットパスコースとなる「地域の生活空間」はあくまで地域の方々のものであり、地域の方々(ホスト)が外部から歩きにやってくる人(ゲスト)を快く迎え入れることができなければ、地域振興のためのフットパス観光は成立しえないと考えるからである。

地域を主役にしたフットパスツーリズム

 フットパス観光が「地域に根付いた地域振興のためのツーリズム」として機能するためには、ホストとゲストの関係性が重要となる。つまり、ホストはサービス業としてフットパス観光に携わる人ではなく、あくまで地域住民として日常生活を送っている人々なのである。したがって、ゲスト(フットパス客)としても、これまでの観光形態におけるサービスを一方的に受ける受動的なゲスト像ではなく、「地域を歩かせて頂いている」という意識をゲストが持つ必要がある。
「『観光文化』が生み出される背景には、観光という場における観光者と地元の人びと、つまりゲストとホストの間のコミュニケーションのプロセスという問題がある」(岡本編2001・180頁)とし、「2つの異なる文化コードをもった者どうしの出会いの場と考えると、そこでは両者の間の文化コードのギャップを埋め、コミュニケーションの円滑化を図ることが求められる」(同上)のである。そのギャップを埋めるのが、フットパスづくりを行う我々、大学生である。我々はフットパスづくりに取り組む中で、地域の方々との信頼関係を構築し、フットパスの効果やこれまでの観光との違いを地域住民に説明する。さらには地域住民(ホスト)向けにフットパスガイドの養成にも取り組んでいる。一方で、フットパス参加者(ゲスト)には、「地域を歩かせて頂く」意識と、至れり尽くせりのこれまでの観光形態とは異なる「地域の楽しみ方」を大学生が伝えていかなければならない。
 したがって、フットパス観光は、これまでのマス・ツーリズムやオルタナティブ・ツーリズム(エコツーリズム・グリーンツーリズムなど)とは異なる、新たな「ポストモダン・ツーリズム」の一形態であると考える。ポストモダン・ツーリズムとは、「近代の特徴であったツーリストと対象との厳然とした区分とは異なり、主客の境界があいまいな観光の状態を指す。自他の関係性を重ね合わせることで生じる観光のリアリティは、対象を自らの内部に取り込むことで成立しており、観光におけるポストモダニティの一例ということができよう」(岡本編2001・253頁)と説明されている。つまり、フットパス観光において、ホストとゲストの関係性は対等であり、ホストはゲストにサービスを提供する主体ではない。ホストは「地域を開放して、自分たちの生活圏内を歩くことを許可」し、ゲストは「地域を自由に、勝手に楽しみながら、ありのままを歩かせて頂く」という関係性の構築がなされている。まさに、ホストとゲストがともに「楽しいから」やっているという、主客一体的な観光スタイルと言える。

縁側カフェとフットパス大学

 フットパス観光では、多くの人が訪れるイベント時などには、地域のご婦人方が集会所や自宅に集まり、「縁側カフェ」というものが開催される。買ってきた市販のものは出されず、自分たちの手作りの料理がテーブルを埋め尽くす(写真1)。縁側カフェを行う最大の理由は、「自分たちが楽しいから」であるという。フットパスコースが整備される前までは、家でテレビを見て過ごしていたことが多い方が、縁側カフェを行うことで近所の人たちと一緒に料理を作ることができ、また「××さんの家のおばあちゃんは〇〇がうまいのよ」という社会的評価も得られる。そして何より、都市部で生活する人が多いフットパス客にとっては、手間暇かけた田舎の郷土料理が何よりもごちそうであり、自分たちの作った料理をほめてくれることに対する喜びもあるのである。

 つまり、「一見すると、サービスをする側とされる側との区別がしっかりされているようであるが、そうではない。料理を作り終わると、ご婦人方はフットパス客と一緒に食事をし、一緒に語らう。サービスをしているという意識はなく、楽しいから一緒にやっている、好きだからしているという関係性が構築されており、これは貨幣を媒介とした繋がりによって作られたものではない」(廣川2013・67頁)。この点においても、サービスを提供する側とされる側というホストとゲストの関係性を越えた「主客一体的な関係性」となっていると言える。
 このようなホストとゲストの関係性を越えた「関係人口」の創出は、フットパス観光による地域振興の意図するところである。地域のファンづくりによる関係人口の増加は、その地に居住していなくとも、地域を構成する「重要な地域の応援団」となる。地域の小径(道)を繋げてフットパスづくりを手掛けるが、その効果としては地域内外の多様な「人と人とを繋げていく」取り組みであると言える。
 このようなフットパスの普及活動や、フットパスづくりのノウハウを身に付けるために、フットパスネットワーク九州(FNQ)による「フットパス大学」が開講されている。FNQは、九州においてフットパスづくりを牽引する美里フットパス協会の主要メンバーが中心となって、2014年4月に設立した九州を中心としたフットパスに関するネットワーク組織である。筆者もFNQの幹事の一人として、フットパスづくりの人材育成に関わっている。
 2014年8月から始まった「フットパス大学」は、2020年現在、計15回が実施されている(表1)。開催場所の内訳は、熊本県7回、佐賀県3回、福岡県2回、鹿児島県1回、大分県1回、北海道1回である。受講生は、その講座の全課程を修了することによって「フットパスリーダー」という資格を得ることができる。本講座は1泊2日の日程で行われ、1日目は座学を中心に6時間程度の講義を受講し、フットパスの正しい理解や、具体的なフットパスづくりの手法などを理論的に学ぶ(写真2)。2日目は、実習として現地調査を行う。4名・5名でグループをつくり、開催地の地域に出て自分たちで地域を歩き回り、フットパスコースを考え提案するというプログラムである(写真3)。フットパス大学の修了者でフットパスリーダーの資格取得者は、279名(内、大学生・大学院生が107名)にも及ぶ。フットパスリーダーの有資格者が、各地域でフットパスづくりの説明会や活動を行えば、その地域はFNQの定める「正しい」フットパスづくりがなされている地域として「フットパスコースの質保証」にもなる。



 フットパスリーダーは地域で活動を続けつつ、地域の方々からのフットパスづくりに対する理解を得るための方法や、魅力的なフットパスコースとするための工夫の仕方などのノウハウを身につけ、地域の楽しい歩き方を広げる伝道師として各地で活躍している。近年、九州でフットパスづくりが活性化しているのは、このフットパス大学の修了生の増加によるものであるといえる。廣川ゼミでは、卒業するまでに必ずフットパスリーダーの資格を取得することにしている。この資格を得て、正式にフットパスガイドとしてデビューする方も多く、地域振興としてのフットパスづくりが広がり、その人材育成にも寄与できていると私は感じている。
 私たちは大学としての社会貢献・地域貢献のノウハウを、フットパス観光の人材育成にも援用している。実際に九州を中心に様々な地域で大学生が地域の方々と協業しながら、ともに学び、成長していく、このような仕組みを私は今後も広げていきたいと思う。

廣川祐司(ひろかわ・ゆうじ)
公立大学法人北九州市立大学地域創生学群准教授。同大学基盤教育センター講師、准教授等を経て2014年から現職。専門は法社会学、地域資源管理論(コモンズ論)。著書に『コモンズと公共空間―都市と農漁村の再生にむけて』(共著、昭和堂、2013年)

<参考文献>
岡本伸之(2001)『観光学入門』有斐閣.
廣川祐司(2013)「地域活性化のツールとしてのフットパス観光」、北九州市立大学地域戦略研究所『2013年度 地域課題研究』,pp.59-75.