③…❸ 高崎経済大学
観光振興に貢献する地方公立大学の取組み

高崎経済大学について

 高崎経済大学は、群馬県の中核市・高崎に位置し、創立64年を迎える社会科学系の公立大学で、4千人の学生が経済学部・地域政策学部の2学部6学科で学んでいる。観光政策学科は、2006年の高崎市と周辺5町村との合併を機に、今後の地方観光政策を担う人材の育成を目指して設立された。

 観光政策学科のカリキュラム上の特徴は、観光を深く学ぶというよりは地域を担う人材に求められる諸学問を幅広く網羅的に4年間で学ぶ点で、経済学、社会学、農学、民俗学など地方政策に関わる科目群が多くなっている。また、2年次から所属するゼミはフィールドワークが多く、常にゼミ定員を超える希望者がいるほど人気がある。学生のグローバルな視点を涵養するため、留学や海外での活動も推奨されており、フィールドワークで渡航する際、航空券代の半額と現地滞在費の一部が大学と後援会から補助されるという恵まれた制度もあり、毎年多くの学生が海外へ飛び立っている。中には、海外での生活に刺激を受け、1〜2年間休学をして長期留学やワーキングホリデーを目指す学生も毎年のようにいる。
 群馬県出身者の比率は約25%と低めで、全国47都道府県出身者が在籍し、地方にありながら全国区の大学でもある。地元国立大学を第一志望としながら公立大学中・後期日程を受験して入学する学生も少なくないが、指定校制を取らない自己推薦式の推薦入試を導入していることもあり、地域政策学部は入学者の過半数を第一志望の学生が占めている。
 卒業生は、4割ほどが東京本社の企業に就職していくが、U・Iターン者も多く、伝統的に地方公務員と金融関係の比率が高い。群馬県には入学者の比率とほぼ同じ25%程度が就職する。特に地元金融機関やJR東日本には本学卒業生が多く在籍している。
 毎年3千人もの学生が高崎に移住してくることを考えても地方公立大学の役割は大きい。在学中は、高崎市や市内企業との共同研究やPBLの機会もあり、大学では地域貢献白書というブックレットを毎年発行するほど、地域と連携した活動は多い。

データから始まる観光学修

 群馬県をはじめとする北関東の観光の課題のひとつは、首都圏という大市場が控えているため首都圏依存型で、マーケット拡大が必要と考えられる点である。地域ブランドを示すランキングで、北関東3県はいつも低めだとよく揶揄されるが、公益財団法人日本交通公社の旅行者動向のデータも参考に分析すると、地域ブランド指数は、マーケットの小さな都道府県ほど低くなる傾向が見られる。これは、観光地が、地元マーケットに合わせてサービスを組み立てる傾向があるためだろう。群馬県の温泉地では、よく刺身にマグロが出ることから「山でなぜマグロ」と指摘を受けることもある。これはマグロ消費量の多い県が周辺に多く、マグロ好きの地元市場からの旅行者が中心であるためで、北関東の名産を食べられると期待した遠方からの旅行者に不思議がられるのは仕方ない。そのため、首都圏だけを対象とした調査なら低くならないかもしれないが、広く全国の評価になると高い平均点は得られないと推察できる。そのため、狭い近郊市場に依存し、地元に合わせたサービスをしている限り、地域ブランドは高まらない。地域ブランドを高めるためには、いかにマーケットを広げ、サービスも変えていくかという仮説に行きつく。
 というようなことは、在学中に扱う数々の仮説のひとつにすぎない。大切な点は、社会に正解はなく、データを扱いながら仮説を組み立てていくという手法を意識することである。本学入試の小論文では、毎年データを読み込む必要があり、受験生時代からわかってもらっていればうれしい。昨今、データサイエンスやプログラミングを学びたいという学生の意識も高まっている。そこで、学生もデータには興味はあるだろうと思うとハシゴを外される。残念ながら、エクセルを触らせると指が止まり、意識と行動の差を埋めていくことが、大学の学びになっていく。本学にはマーケティングやデータを扱う科目も多く、地域で活躍するためにもデータから地域の事情を学び始める。
 私の1年次向けの授業(観光政策を学ぶ)で最初に扱うデータは、地方自治体の財政力指数である。自分の出身地の財政がどうなっているか、なぜ赤字(黒字)なのか。財政力指数の高い市町村の理由は何か。そうした疑問の中から、事業所や固定資産税等の存在や、観光の意義を学んでいく。実際に、観光地のある市町村の財政力指数は高い。
 その授業では、ある地域を紹介する。それが、島根県の隠岐郡。国境にも接する離島で、財政力指数の低い県の中で、低い町村が集まっている。すなわち、日本で最も財政力指数の低い島々といえる。隠岐の方々には申し訳ない表現だが、こうして毎夏、隠岐に興味を持ち、隠岐へと向かう学生が生まれてくる。学生には、「何を学んだか」より「何ができるようになったか」を自分に問う4年間にしてほしいと伝えているが、観光を学ぶ自分が隠岐で何ができるのかを考えてもらう。
 観光を学ぶ学生にとって、何ができるようになるべきか。現場でのサービススキルもそのひとつかもしれないが、それよりも大切なことは、社会人と関わりながら、主体的に行動し、時には叱られながら、社会の仕組みや観光地の矛盾を感じ取り、人口減少時代のリーダーとしての考え方と行動力を身につけることだと思っている。

地方インターンシップの取組み

 ここからは筆者のゼミの取組みについて紹介していく。
 各学年12名のゼミ生は、大学の出身地構成とほぼ同じで、自宅生が3〜4名、下宿生が8〜9名と、大学周辺に一人暮らしをしている学生が多い。新型コロナ感染症のもと、ゼミは2か月だけオンラインとなったが、20年6月より対面に戻り、感染症対策を行いながら教室でのゼミを続けている。この点は、比較的陽性者の少ない地方の大学の有難さを感じている。しかし、毎年夏には海外プロジェクトがあり、ベトナムやカンボジアに出かけていたが、2年連続して海外渡航はできず、学生は貴重な機会を失ってしまった。ただし、観光政策学科らしく、国内での実践を続けている。
 ゼミは2年次の秋から始まるが、井門ゼミではその前の夏休みに隠岐インターンシップがある。インターンシップは希望制だが、ほぼ全員が希望し、毎年隠岐には7〜8名の学生が飛び立っていく。そのほか、ゼミ独自に開発した全国15か所のインターン先があり、2〜4年生が自らの研究テーマや興味に合わせて選択し、それぞれ3週間の業務体験を実践する。業務の多くは繁忙期の旅館・ホテル勤務だが、中には観光協会やイベント企画等もあり、受入れ地の皆さんとの打ち合わせで決めていく。こちらからお願いしている関係上、アルバイトと違い、原則として報酬はない。理屈としては、報酬を滞在費や指導費等様々な原価として充てている。また、報酬をいただくタイプのインターンシップでは、期待されたコンピテンシー(社会人基礎力)を発揮しにくいためという理由もある。
 インターンシップというと希望する業界の就業体験というイメージが強い。しかし、残念ながら人事がよほど手厚くもてなさない限り、現実のリアルな就業体験をしてしまうと、学生はその業界の印象を悪くし、逆に就業先から外してしまう。そのため、インターンシップの目的や意義が曖昧になりかけている。
 その背景には、近年、学生の社会に出るまでの社会化プロセスが不充分であることがある。この点を、文部科学省では学生の「生きる力」の不足、経済産業省では「社会人基礎力」の不足と表現し、学校側も社会側も問題視している。国際連合国際児童緊急基金(ユニセフ)の調査によると、OECD加盟37か国中、15歳以下の日本の子供たちの健康状況は、フィジカルが第1位である一方、メンタルは最下位という極端なランキングになっている。学校で友達を作りにくいという子供たちがそのまま育ち、学生となり、自分たちをして「自己肯定感の低いメンヘラ(心に闇を抱えている人)」と評価していたりする。叱られた経験が少なく、母子の絆ばかりが強い傾向を感じる。
 こうした若者を生んだ原因の探索は別の機会に譲るとして、公立大学には、国公立に入りたいと願って入学した学生も多く、家庭の事情を抱える学生も少なくない。そうした学生を支え、強くなりたいと願う彼らの期待にかなう学びの機会を提供することも大学の役割であり、そのひとつが地方でのインターンシップなのである。

インターンシップの目的

 学生は、インターンシップに参加する前にコンピテンシー(社会人基礎力)テストを受ける。その結果、大きく9つの力のどれが自分に不足しているか、どの力が強みなのかを把握する。多くの学生が強みとして持っているのが、気配りを表す「親和力」や、協力的に仕事を進める「協働力」である。これらは、学校活動やアルバイト等で培ってきた力だ。一方、弱みとしては、問題の所在を明らかにし、必要な情報分析を行う「課題発見力」や、ポジティブな考え方やモチベーションを維持する「自信創出力」等がある。
 もし、何も意識せず、意図もせずにインターンシップを実施した場合、おそらく学生は、自分の強みである親和力や協働力ばかりを発揮し、弱みの力を発揮しなくてはならないような活動をあえて避けるだろう。その結果、何の力も得ないまま、無給のアルバイトをやったように感じ、不完全燃焼に終わる。

 インターンシップ先にはそうした点や参加学生の力の分布を事前に伝えておく。また、学生は日報アプリ(図4)をスマホにダウンロードし、日々の業務報告に加えて、毎日のモチベーションやその日発揮した力を選択して入力していく。

 多くの場合、参加して数日でモチベーションが下がり始める。もう少し社会は楽だと思っていたのだろう。アルバイト先は、人手不足の折に辞めてもらっては困るのではれ物に触るように優しく接してくれていたことを学生は後から気づくことになる。着いて早々、パートで働く島のお母さんたちの洗礼を浴び、冷房の止まった旅館の館内で汗を垂らしながらリネンの交換をしていく。水筒をいつも携帯するようにと指示を受けた意味を日々実感し、これが観光の現場なら働きたくないという思いとともに、へとへとになりながら初めての裏方を経験する。まずは、人間関係を築くためにも指示された通りに働き続けることにより、弱みのひとつである「行動持続力」が発揮されるようになればよい。
 こちらにも日々30人もの日報データがオンラインで届くので、管理画面を見ながら学生の感想にコメントを返していく。もし体調不良や弱いモチベーションが続く学生がいた場合は現地に連絡をして、シフトや業務を変えるなり、休日を入れるなりの対応をしてもらう。この点はアルバイトではないので、学生本位にシフトを組んでいただくことをお願いしてある。
 そして慣れ始める2週間目から、少し主体的な行動を入れるようにする。地元のお祭りへの出し物だったり、売店の改装だったり、学生のやりたいことをさせてみる。学生は、指示されたことをうまくできることよりも、多少の失敗をしても自分なりに考えたことがうまくいった時、大きな達成感を得る。そのモチベーションこそが、成長の原動力となり、社会に出てもくじけない力となっていく。3週間目になると、人間関係が確立し、島を出る際には皆が見送りに来てくれ、帰りたくないという思いとともに島に別れを告げる。いかに、最後に最高のモチベーションにして帰すかが、地方インターンシップの成功の鍵となり、その経験が観光を学ぶ上でのハイ・インパクト・プラクティスとなっていく。

成功するインターンシップとは

 ちなみに、昨年度実施したインターンシップの中で、最も平均モチベーションが高かったのが、学生だけで1か月間一軒の旅館の運営を任せたチームだった。事前に1週間旅館でトレーニングしてサービススキルを学び、1か月間のサービススタイルを自分たちなりに考えて実践した。もちろん、収益目標も共有し、お客様アンケートも日々取った。その結果、コロナの影響下でありながら、キャンペーンの後押しもあり、高めに見積もっていた目標売上を達成し、営業利益の一部を報酬として得ることができた。もちろん、その間にはお客様や社長、調理場からのお叱りも受けたが、他のインターン先にはない、学生の弱みの筆頭である「統率力」をも発揮し合える結果となった。
 次いでモチベーションが高かったのは、地元住民も多い小さな温泉地で、高齢住民の方々に旅館を居酒屋代わりにしてもらおうとイベントを企画したチームだった。このチームは、若者が温泉地に来ることに対して住民投票で反対を受け、2週間地元ゲストハウスで待機してからのインターンシップとなった。いかに、地元の高齢者の集まりである自治会を説得し、集客が途絶えた旅館へ地元の人たちの小さな消費を生み出そうと提案を続けた。結果として、最後まで自治会長の賛同は得られなかったが、多くの住民の方々がその活動を観察されており、自分たちだけでも盛り上がろうと企画した旅館の縁側での赤提灯に、思いがけず多くのお客様に来ていただいた。この企画は地元で評判を呼び、群馬から来た学生が帰った後にも、地元の公立大学に相談して継続して実施されることになった。このインターンシップでは、「課題発見力」や「計画立案力」が発揮されていた。
 中には、報酬をいただきながら、実質はアルバイトと同じ環境で行うインターンシップもある。こうしたチームも、報酬をいただける分、モチベーションは比較的高めに推移するのだが、発揮する弱みは「行動持続力」ばかりで、帰ってからの学生の評価は高くない傾向がある。本来は、報酬をあげたいと感じるのはインターンシップ先も同じで、最後にこっそりと小遣いを渡してくれる方もいる。しかし、学生が望んでいるのは、観光の現場を通じて培える自らの社会人基礎力の向上であり、その達成感こそが何ものにも代えがたい学生時代の勲章となる。
 地方公立大学の学生たちは、近所のアパートに住む学生が比較的多いこともあり、教室以外での仲間での集まりが多いのも隠れた特徴であろう。ゼミのプロジェクトも教室以外での集まりが多く、海外実習も自分たちで企画したりする。そうした環境は、都市部の大学にはない人脈と経験づくりにも役立っている。

井門隆夫(いかど・たかお)
高崎経済大学地域政策学部観光政策学科・同大学院地域政策研究科教授。専門は観光マーケティング、宿泊業経営。(株)JTB、(株)ツーリズム・マーケティング研究所、関西国際大学准教授、高崎経済大学准教授を経て現職。人口減少時代の観光地や宿泊業経営のあり方を研究テーマとし、宿泊業の持つ非財務指標の可視化や旅館業法に拠らない新しい宿泊業態のあり方等を研究している。旅館業界とのパイプも太く、各地での自治体や宿泊業と共同して学生インターンシップを実践している。(一社)観光教育・インターンシップセンター理事も務める。著書に「地域観光事業のススメ方‐観光立国実現に向けた処方箋」。