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観光振興に貢献する地方公立大学〜現状と課題、そして期待

公益財団法人日本交通公社 観光文化振興部長 吉澤清良

はじめに

 近年、観光に関連する学部・学科の開設が相次いでいる。当財団発行の『旅行年報2020』によると、2020年8月現在、「観光」「ツーリズム」「ホスピタリティ」のいずれかの語をその名称に含む学部・学科を有する大学は43、大学院は11存在している。2022年度にも、國學院大學が観光まちづくり学部観光まちづくり学科(仮称)の開設を申請している。なお、学部・学科名に観光、ツーリズム、ホスピタリティは含まないものの、観光関連のカリキュラムを設けている大学も少なくないと推察される。
 しかし、2019年度後半に発生した新型コロナウイルス感染症は、観光地や観光関連産業ばかりではなく、観光教育の現場にも大きな影響を与え、大学には授業のオンライン化をはじめ、留学や研修・インターンシップの取りやめ、社会貢献の縮小など様々な対応が迫られることになった。そして、2021年度入学の観光学部や学科の受験者数は、観光地や観光関連産業の就職環境の悪化に呼応するように、多くの大学で減少となったとも言われている。
 本号では、「観光振興に貢献する地方公立大学〜現状と課題、そして期待」を特集テーマとした。
 ここで言う地方とは東京圏(一都三県)を除いた地域を指す。地方大学を対象としたのは、政府の「まち・ひと・しごと創生総合戦略(2014年12月閣議決定)」において、施策のひとつに「地方大学等の活性化」が挙げられ、まちづくりにおける地方大学の役割が注目されることになったからである。また、その中でも公立大学としたのは、「地方公共団体が設置・管理するという性格から、地域における高等教育機会の提供と地域社会での知的・文化的拠点として中心的役割を担い、地域における社会・経済・文化への貢献が期待されている(文部科学省)」との理由による。
 ここでは、各特集を振り返るとともに、地域の観光振興における公立大学の役割と期待について改めて考えてみることとしたい。なお、紙面の関係上、各特集からの引用では文意が変わらない範囲で省略、変更等していることをご理解いただきたい。

地方分権の平成期に、地方創生の役割を担う公立大学が登場

 特集1(観光振興と公立大学〜期待される役割と可能性)で、(一社)公立大学協会常務理事・事務局長の中田晃氏は、公立大学は歴史的に国や地方自治体の危機に伴走してきた存在であるとして、その主要な役割を「銃後の医師養成」、「超高齢社会への対応」、「地域振興・地方創生」の3点に絞って整理した。
 このうち「地域振興・地方創生」においては、「平成期は地方分権の時代でもあり、この流れの中で地域振興のための積極政策として公立大学設置の期待も高まり、自治省の政策転換を受けて、地域振興・地方創生を役割として担う公立大学が登場してくる。地域政策、地方創生あるいは観光といったキーワードを名称に含む領域横断型の学部・学科が数多く設置された。」と説明した。
 しかし、早くから政策系の領域横断型学術に取り組んできた公立大学は、様々な領域を分析対象とする「対象の多様性」と、複雑な要素で成り立つ営みを分析する「方法論の多面性」の両方に向き合う必要があったとした。そして、観光学においても特に後者を生涯使える思考の軸として確立し、学生に獲得させることの重要性を説いた。

地域課題の解決は、観光教育の持つ重要な視点のひとつ

 大学で行われる観光教育について、特集2(現代社会における観光教育の役割を考える〜ウィズ/ポストコロナ時代を見据えて)で、日本大学教授の宍戸学氏は、「一般的に観光教育とは、観光の持続可能な発展を支える人材育成を目的とする教育と定義されるが、観光は広く社会に浸透し、旅する意味や人々の交流、まちづくりとの関わりまで含めると、現代社会における観光の健全な発展やそれに関わる様々な事象を題材に学べることから、幅広い教育的意義を有している。」と解説した。
 しかし、学術界では現代社会における観光教育を俯瞰する研究が少ないこと、また、政策面では観光教育の本質的な意義や役割を踏まえ、客観的で論理的な視点で議論されてきたとは言えない点があるとして警鐘を鳴らした。
 そして、地方大学については「まち・ひと・しごと創生基本方針2021(内閣府)」の「魅力ある地方大学の創出」を引き合いに出しつつ、「観光産業志向の実務教育としての観光教育だけではなく、地域課題に向き合う手段として観光教育に取り組むことが増えることが期待される。地域課題の解決に取り組むことは、観光教育がもともと持っている重要な視点である。」と述べた。

観光教育の実践、観光振興への貢献、各大学の事例を振り返る

 2005年1月の中央教育審議会の答申で、大学に「社会貢献機能(地域貢献等)」が位置づけられた。「教育基本法」の改正(2006年12月)、さらには「学校教育法」の改正(2007年6月)により、大学の役割には従来の「学術研究」、「人材育成」に加えて、「社会貢献」が加わることになった。文部科学省の「大学改革実行プラン(2012年6月)」には、求められる人材像として「生涯学び続け、主体的に考え、行動できる人材」など3つ、目指すべき新しい大学像として「学生がしっかり学び、自らの人生と社会の未来を主体的に切り拓く能力を培う大学」、「地域再生の核となる大学」など6つの方向性が挙げられている(表1)。

 その後、文部科学省は、地域再生の核となる大学づくりの補助事業として、2013から2019年度まで、「地(知)の拠点整備事業(COC事業)」、「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+事業)」などを行ってきた(*1)。
 人材育成や社会貢献がますます重視される中で、各大学はその役割を果たしてきた。特集3(観光振興に貢献する地方公立大学の取り組み)では、表2に示す全国各地の地方公立大学10校から、観光教育の実践、地域の観光振興への貢献等についてご寄稿いただいた。なお、今回取り上げた大学には、釧路公立大学のように学部・学科・コース等に「観光」などの名称を持たないものの、実質的に地域の観光振興に寄与している大学も含めている。

 10大学の開学年を見ると、高知女子大学を前身とする高知県立大学の1949年から、芸術文化観光専門職大学の2021年まで様々であり、学生定員も芸術文化観光専門職大学の320名から北九州市立大学の5567名まで幅がある。沿革・ミッションでは、異口同音に、「地域に根ざした公立大学として地域に貢献する」、「地域で活躍する人材を育成する」などが挙げられている。
 地域振興・地方創生が声高に叫ばれ、観光による地域活性化への期待が高まる中、地方の公立大学はどのような観光教育や地域課題の解決に向けた取り組みを行ってきたのか、大学や先生方、学生の奮闘ぶり、その詳細は特集3をご覧いただくとして、ここでは、私が特に関心を持った点を列記しておきたい。

❶ 釧路公立大学 教授 中村研二氏

○「地域経済研究センター」を設置し、地域課題の解決に向けた実践的な政策研究を行っている。同センターの共同研究プロジェクトの特徴は、客員研究員システム、地元の行政スタッフ・民間人の参加、外部資金による効果的な研究の推進である。
○ 釧路市の産業連関表作成に取り組み、各施策の市への経済波及効果分析を行っている。

❷ 岩手県立大学 教授 渋谷晃太郎氏

○ 東日本大震災直後の2012年に開設した「地域政策研究センター」を中心に、産業界や各種団体・行政機関と連携し、震災復興など地域課題の解決を目指しながら、地域貢献に取り組んでいる。
○ 毎年、地域(自治体、企業、NPOなど)から社会課題解決のための研究提案を公募し、各学部の教員とのマッチングを行い、提案者と協働して解決を目指す地域協働研究を行っている。

❸ 高崎経済大学 教授 井門隆夫氏

○ 高崎市や市内企業との共同研究やPBLの機会も多く、大学では『地域・社会貢献白書』を毎年発行している。
○ 学生の「社会人基礎力」不足が指摘されている。インターンシップで大切なことは、社会人と関わりながら、主体的に行動し、時には叱られながら、社会の仕組みや観光地の矛盾を感じ取り、人口減少時代のリーダーとしての考え方と行動力を身につけることだ。

❹ 長野大学 教授 熊谷圭介氏

○ 地域住民及び自治体と手を携えながら、学生を地域から受け入れ送り出す「地域人材の循環システム」と、地域課題を住民組織、地域企業、自治体と協働しながら解決する「地域課題の解決システム」の両輪の構築を目指している。
○ 地域に根ざした人材の育成では、幼少期〜シニアに至る生涯学習において、公立大学、そして観光・まちづくり分野への期待が高まっている。

❺ 静岡県立大学 教授 八木健祥氏

○「ツーリズム研究センター」では、観光教育を担当する教員(5名)すべてが研究員となる等、組織として活動する体制を整えた。
○ 経営情報学部は文理融合セクションである。ゼミではフィールドワーク活動を主軸に据え、ネットや文献等では得られない「気づき」を学生に体感させ、こうした経験を社会人となっても活かしてもらうことを目的としている。

❻ 芸術文化観光専門職大学教授 直井岳人氏

○ 基礎的な知識・技能と対話的コミュニケーション能力を持って、「多様なステイクホルダーの考え方や立場を理解した上、対話を通じて合意形成に導く技能」を身につけることをディプロマポリシーとして謳っている。
○ 地域ニーズと研究シーズのマッチングと、プロジェクトのマネジメントを担う「地域リサーチ&イノベーションセンター」を開学と同時に設置した。

❼ 島根県立大学 准教授 西藤真一氏

○ 地域ニーズと大学の専門性のマッチング、地域の人々への学びの提供、研究成果の地域への還元を一元的に集約する仕組みとして「縁結びプラットフォーム」を設置した。
○ 地域課題に向き合い、解決に向けた行動力のある人材を養成する「しまね地域マイスター」認定制度を創設した。
○ ゼミでの地域活動は、地域にも非常に好意的に受け止めてもらっている。

❽ 高知県立大学 准教授 飯髙伸五氏

○「地域教育研究センター」が地域との窓口となり、コーディネーターが、相談内容を教員に効果的に差配している。
○「域学共生(*2)」の理念のもと、大学も地域社会から学び、変えられるということを念頭においている。
○ 域学共生科目等を修めると、独自の称号「地域共生推進士」に認定される。
○ 学生独自の地域活動を支援する制度「立志社中」も作られた。

❾ 北九州市立大学 准教授 廣川祐司氏

○「地域共生教育センター」は、ボランティアセンターの機能を担っている。
○ 地域創生学群の学生は、地域内の多様なステイクホルダーと月平均70〜120時間の地域活動を実施。コミュニケーション能力や課題発見・解決能力などを身につける。また主体性を醸成する。
○ 専門ゼミの「フットパスづくり」は、年単位の時間をかけて、地域住民との信頼関係を築きながら進めていく。

➓ 名桜大学 教授 大谷健太郎氏

○「地域連携機構」を設置し、教育研究活動を通した地域連携を展開している。
○ ゼミのテーマは「地域における望ましい観光振興のあり方」であり、講義で学んだ理論を応用するために、3・4年生の合同ゼミでフィールドワークを行っている。筆者が研究及び地域貢献として参加する観光政策の審議会や計画検討委員会のプロセスにゼミ学生と共に関わることが基本形である。

公立大学の役割は、地域の“総合医”

 社会的な要請や期待を受けて、全国各地で多くの大学が社会貢献に取り組んでいる。しかし、当初は課題も多かったようだ。特集3で、島根県立大学の西藤氏は、「大学と地域との連携には、今までその経験がなかっただけに多くの課題も指摘されてきた。」として、その課題を取り上げている(表3)。

 これらの課題のうち、❶(資金の継続性の担保)は、引き続き国や地方自治体からの補助金、大学の独自予算、地域からの寄付など様々な形で調達していくことになるのだろう。一方で、❷(組織的な対応の難しさ)、❸(教員や地域双方に連携する動機付け)は、島根県立大学をはじめ多くの大学が設置している、地域ニーズと大学の専門性のマッチング等をコーディネーターが行う仕組みが効果的に機能しているようである。
 巻頭言(地域の総合医)で、長年、釧路公立大学に勤務し、地域課題の解決に尽力されてきた小磯修二氏は、「地域の公立大学の役割は、(中略)専門の研究者と地域をつなぐコーディネート機能であろう。医療の世界でいえばプライマリー・ケアーを行なう総合医だ。」と説いた。
 そして、「そこでは、地域の総合的な知見が求められる。実態を科学的に分析し、地域社会の課題にアカデミズムとして向き合うことは難しい挑戦だが、そこに地域の公立大学の役割と醍醐味があるだろう。」と述べ、エールを送っている。
 地域での社会貢献において公立大学には、コーディネート機能の更なる高度化と効果的な運用が期待されている。

現場での実践を通して身につける、“社会人基礎力”

 一般的に大学の観光教育では、理論と実践の両方が重視される。その実践の手法は、ゼミでのフィールドワークやインターンシップなど様々であるが、その目的は概ね共通のようである。
 特集3で取り上げた公立大学では、その目的を、社会にあって人間関係を円滑に構築するために重要なコミュニケーション能力や、物事の課題を発見し解決に導く力の習得、主体性や行動力の涵養などに置いている。
 高崎経済大学の井門氏は、「学生が望んでいるのは、観光の現場を通じて培える自らの社会人基礎力の向上であり、その達成感こそが何ものにも代えがたい学生時代の勲章となる。」と、その必要性を強調している。また、このことは特集1で中田氏が指摘した「方法論の多面性を生涯使える思考の軸として学生に獲得させること」にもつながるものであろう。
 東京工業大学名誉教授で、観光及びその関係分野に多くの門下生を輩出し、当財団の元評議員でもいらした故・鈴木忠義氏が、「教育とは、将来の目標と夢を持たせることです、それさえできれば、育つんですよ、人間は。」、「実践者は、現場で解決するための知恵が必要だ。知識と知恵は違う。知恵は現場で育つ。」とお話しされていたことを改めて思い出した。

議論が求められる、コロナ後の観光教育

 新型コロナウイルス感染症の拡大が観光教育の現場に与えた影響は本稿の冒頭でも触れたが、特集2の中でも、日本大学の宍戸氏が、4点挙げて整理している(表4)。

 現在、世間ではワクチン接種の進展による感染拡大の収束と日常生活への回帰に期待が高まっているが、❶(オンライン授業)についても、オンラインの長所は活用しつつ、対面授業やフィールドワーク、インターンシップの全面的再開など、一日も早い大学生活の正常化が待たれる。
 ❷(観光業の採用中止による学生の意欲低下)、❸(大学受験者数の減少)に関しては、観光関連産業の復活が不可欠である。当財団発表の「新型コロナウイルス感染症流行下の日本人旅行者の動向(その10)(2021年4月7日)」では、コロナ終息後の旅行意向は、長期的な視点で見ると高まっていることが示唆されている。国内旅行、海外旅行、インバウンド、それぞれの段階的な需要喚起を図るため、国や地方自治体などの関係者には支援策の策定と着実な実行が求められる。
 宍戸氏は、❶❷❸、そして❹(新たな観光教育カリキュラムの開発)、またその他の論点も含めて、コロナ後の観光教育について、改めて議論する必要性を指摘した。
 『地域と大学〜地方創生・地域再生の時代を迎えて』(萩原誠著、南方新社、2016年12月、53頁)の中で、公立大学協会会長(当時)の木苗直秀氏は、「公立大学の強みは、設置団体による政策との連動がしやすいこと、地域課題の把握など地域密着度に違いがあること、学部や学生数が国立大学に比べて少なく小回りが利くため、専門性を深められることです。」と述べている。
 地域振興・地方創生を推進する中で起こった今回のコロナ禍。公立大学は、行政や地域との関係もより近いことから、その実情を目の当たりにしてきたに違いない。当財団は地域の観光振興に関わる業務で地元の大学と接点を持つことも少なくないが、コロナ禍にあってさらに多様化・複雑化した地域課題の解決に資する大学のあり方、観光教育のあり方が、地方の公立大学から提起され議論が深まっていくことを願っている。

おわりに

 人口減少・少子高齢化が進む地方において、「地方創生は地域の総力戦だ」としばしば言われる。その総力戦において観光が果たす役割や期待はますます大きくなっていくことであろう。
 公立大学には、独自の強みをこれまで以上に発揮して、行政、民間事業者、他大学、研究機関をはじめとした多様な関係者等との効果的な連携のもと、地域に根ざした観光教育の実践、また地域協働による社会貢献が待望されている。
(よしざわ・きよよし)

(補足)
*1:COC〜Center of Communityの略語。大学を対象に「地域社会との連携強化による地域の課題解決」などを支援する事業。2015年度には政府の地方創生戦略に対応する形で、目的が「地域のニーズと大学のニーズのマッチングによる地域課題の解決」から「地方の大学群と、地域の自治体・企業やNPO、民間団体等が協働し、地域産業を自ら生み出す人材など地域を担う人材育成を推進」に変更され、名称も「(COC+)」となった。
*2:域学共生〜造語で、地域と大学が互いに手を携え、教え合い、学び合い、育ち合いながら、高知県の地域の再生と活性化を実現したいという想いを込めた言葉。