観光を学ぶということ
ゼミを通して見る大学の今
第21回亜細亜大学 経営学部 ホスピタリティ・マネジメント学科

久保田ゼミ
どのような進路を選ぼうとも、旅行の魅力や観光と地域のかかわりについての学びが役立つことは多い


久保田美穂子(くぼた・みほこ)
亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科准教授。長野県長野市出身。東京外国語大学ドイツ語学科卒業後(株)日本交通公社入社、(財)日本交通公社へ移籍後研究員として旅行者マーケティング調査、旅館・温泉地活性化調査等に従事。「旅の図書館」館長も兼務した。2017年より現職。2019年3月法政大学大学院政策創造研究科修了。地域の観光振興、ユニバーサルツーリズムにかかわる観光庁委員会等に参画

1.ホスピタリティ・マネジメント学科〝トラベルゼミ〞

 亜細亜大学のホスピタリティ・マネジメント学科は、2009年に開設された1学年約150人の学科です。学科設置に先んじて2004年にはホスピタリティ専攻というコースが立ち上がっており、以来約20年、ホスピタリティ産業界への人材輩出に取り組んできました。
 特徴は、学科の専任教員のほとんどがホテルや旅行会社、航空会社などの実務家出身であることと、2年間とする大学が多い演習科目(ゼミ)を2年生から卒業までの3年間設置していること、そしてゼミは必修で、全員どこかのゼミに所属していることです。
 教員の実務経験に紐づく6領域のホスピタリティ産業(ホテル、旅行会社、エアライン、ブライダル、フードビジネス、スポーツホスピタリティビジネス)とマネジメントをテーマとする11のゼミがあり、入学当初からどの分野に進みたいかを意識してきた1年生が、2年生に進級する際にゼミを選択、選考されます。
 このような枠組みの中、私は、旅行会社(株式会社JTB)と観光を専門とする調査研究機関(公益財団法人日本交通公社)での職務経験から、通称「トラベルゼミ」と呼ばれるゼミを担当しています。ゼミ生は学年ごとに15〜20人です。
 トラベルゼミというネーミングは学科設立以来のもので、主に旅行会社や宿泊業界への進路を考えている学生が多く集まりますが、一方で、進路については迷いつつも旅行が好きだからという理由で当ゼミを希望し、卒業時には一般企業へ進む学生も少なくありません。しかし今日、どのような進路を選ぼうとも、旅行の魅力や観光と地域のかかわりについての学びが役立つことは多く、旅行・観光を通じて視野を広げることができるだろうと考えています。そこで久保田ゼミでは、
○旅行会社をはじめとする観光産業、観光地活性化に関する基礎的・専門的な知識と考え方
○事例研究やプランニングを通じて課題解決力、提案力を身に付けていただくことを目標に掲げています。
 そもそも「ホスピタリティ」への関心が高い学生が多いことから、多くは他者のために何かすることやコミュニケーションに対して積極的で、大学内で募集されるボランティア活動への参加率も高く、助けられることもしばしばあります。

2.現場で感じて考えるゼミ活動

 2023年度の例から具体的な活動を紹介します。

① 2年生(基礎演習)…
  「The観光?」「え?観光?」

 2年生はゼミとしては初年度ですので、以降3年間をともに活動するチームづくりを重視し、観光の広がりや課題に触れていきます。旅行者ニーズの広がりや、地域や社会との関係の中で旅行・観光をとらえる視野を広げるため、まずは情報源となるデータや資料、業界ニュースやプレスリリースなどの読み込みや発表を繰り返します。

 2023年度は2つの学外活動を実施しました。1つ目は、夏休みの京都視察旅行の企画・実践です。多くの報道により「最近の観光の課題といえばオーバーツーリズムで、京都がたいへんらしい」と認識している学生は多いのですが、そこで思考停止しているケースが多くみられます。そこで、現場へ行って自分で確かめ、どのような対策が行われているのかを学ぶことを目的に、「京都への旅行」プランを考えてもらいました。私からのオーダーは、「京都市内に1泊すること」と「京都の観光施策について学んでくること」として、訪問先、宿泊先、ヒアリング内容などを企画するゼミ内コンペを開催。選ばれたプランを実行に移すための予約・手配と現地での案内を全員で役割分担して実施しました。

 2つ目の活動は、大学の所在する東京都武蔵野市及びその周辺を対象とする「森の地図スタンプラリー」への参加と関連イベントでの手伝いと提案です。武蔵野地域の自然や歴史・文化的資源の豊富さに魅了された個人の想いをきっかけに始まったこのスタンプラリーは2023年で20回を数え、市民活動的な広がりを見せながら、最近ではJRや京王電鉄なども協力団体に加わっています。主催の実行委員会は、公益財団法人東京都公園協会、武蔵野の公園パートナーズ、一般社団法人武蔵野コッツウォルズから構成されています。
 スタンプラリーは、スタンプ集めをきっかけとした訪問機会創出や滞在時間の伸長、消費活動を誘発する効果があることから※1全国各地で多数行われていますが、参加者は親子やシニア層が多く、20歳前後のゼミ生にとっては当初全く興味が持てなかったようです。
しかし、ラリー期間中の休日に公園で実施されるイベントの手伝いに出かけ、身近にある豊かな緑やラリー参加者と接したことで、有名観光地への旅行とは趣の違う時間を過ごすこととなりました。
 教室では、「森の地図スタンプラリーに若者の参加を促す方法は?」という課題を提示し、彼らなりのアイディアを出してもらい、京都旅行とは対照的な経験から考え学ぶ機会としました。
いずれも短い期間での取り組みで、成果と呼べるものが大きいとは言い難いのですが、学生達の感想やささやかな提案はお世話になった方々にお届けし、喜んでいただくことができました。

② 3年生(応用演習)…
  「経験がないです、難しいです、もう一度考えます」

 3年生は、1年をかけてじっくり一つのプロジェクト(課題)に取り組み、解決策までを丁寧にまとめるようにしています。大テーマは首都圏から離れた地域の観光振興で、さらにこの数年は私の研究テーマの一つでもあるユニバーサルツーリズムの視点を取り入れた活動を行っています。ユニバーサルツーリズム(以下UT)とは、観光庁が「すべての人が楽しめるよう創られた旅行であり、年齢、性別、国籍、障害の有無などにかかわらず、誰もが気兼ねなく参加できる旅行」と定義しています。UTの進展策には様々な側面がありますが、私自身は、「ユニバーサルとは?」といった定義の追究と、特に視覚に障害のある方に触発される観光の面白さのようなものに関心があり、その問題意識を学生達と共有したいと試みてきました。「観光は五感で」とはよく聞くフレーズですが、実際には視覚に頼る、あるいは視覚偏重の観光が行われているのではないでしょうか。

 まず、ゼミ生のほとんどが受講する「トラベル研修」という担当科目にて、2年次に「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(東京都港区)(以下DID)を体験してもらってから、3年生のゼミにて『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗著、光文社、2015)をテキストとして輪読し、ディスカッションを行いました。
 DIDは、ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれ、世界47カ国以上で開催されているエンターテイメントです。日本では1999年に開設され、普段から目を使わない視覚障害者がトレーニングを経て、健常者にとっては未知の世界である暗闇へと導き、視覚以外の様々な感覚やコミュニケーションを楽しませる体験施設です。私は、通常は助けられる存在として位置付けられることが多い障害者(ここでは視覚障害者)と健常者の関係がここでは逆転している点に注目し、ここに「ユニバーサルとは?」を考えるヒントがあると考えています。
 次に、研究活動を縁に知り合った富山国際大学の一井崇准教授のゼミと合同で、富山県立山町にて3泊4日の夏休み合宿を行いました。立山町は立山黒部アルペンルートという超有名観光地を有していますが、通過型になっているという課題があります。また、知る人ぞ知る伝統的な越中瀬戸焼の存在や立山信仰の拠点として大繁栄した歴史など、五感とのかかわりや目には見えない世界とのつながりが深い点で、「ユニバーサルとは?」について考える素材が豊富です。合宿には、全盲の文化人類学者である国立民族学博物館の広瀬浩二郎教授にもご参加いただいて、視覚以外の感覚を研ぎ澄ますワークショップを実施しました。※2
 東京と富山という異なる環境下で観光を学ぶ学生どうしの交流も大いに意義があることと考え、数日の合同合宿だけで終わらせず、両ゼミ生が混在するグループ活動として、オンライン会議等を利用しながら、立山町の観光課題解決に貢献するプランを考えてもらいました。経験の浅い学生に対して複層的な狙いを入れ込んでいることもあって、「難しすぎる」と抵抗もされましたが、最後には3つのプランにまとめることができました。家族層をターゲットにした、同町で酒を造り10年後にリピートして完成品を飲んでもらうプラン、五感を使って江戸時代を体験する巡礼スタンプラリー、信仰・親交・新興・振興の4つのSHINKOをテーマにしたプランです。2024年2月、東京富山会館(東京都文京区)にて東京在住の富山県関係者を招いて発表会(合同フィールドワーク成果発表会『Z世代が考える五感の観光inTATEYAMA2023』)を行い、その様子は北日本新聞にも掲載されました。

 もちろん提案内容は重要ですが、毎年感じるのは、プランを考えるプロセスにある苦労からの学びです。最初はたいてい、巷の観光情報を集めてきれいにまとめたツギハギプランが出てきます。徐々に自分たちの体験や感じたことを活かすようになり、最終的には音やにおい、手触りや味などの感覚にもこだわったユニークな内容になりました。グループワークの難しさに悩み、発表会の緊張を乗り越えた達成感がそれぞれの自信へつながっていく様を見ることは、私の密かな喜びになっています。

③ 4年生(総合演習)…
  「やってみたら、できました」

 4年生は就職活動と並行し、各自が卒業論文を書きあげることを目標としています。本学科では卒論は必修ではありませんが、久保田ゼミではこれまでの集大成として全員に取り組んでもらいます。いわゆる「コミュ力高め」でありながら、文章作成には苦手意識のある学生も多いので、着手までに時間がかかる点は苦労します。
 最近の大学生が関心を持つテーマ例として2023年度の論文タイトルを紹介すると次のとおりです。

 テーマは、観光や地域活性化に関連していればなんでも自由に設定してよいとしているので、特にゼミとしては取り扱っていないにもかかわらず、アニメ、音楽(フェス)、ファン(アイドル)、スポーツについて深めたいというゼミ生は毎年多く見られます。廃墟やゴースト、平和といったテーマから観光について考えたいという着想やまとめが面白く、ハッとさせられることもありました。いずれにせよ自分が選んだ一つのテーマと課題について時間をかけて調べ、自分なりの解決策を考え出すことは今後の人生においても役に立つでしょう。最後には「やってみたら、できました」とすがすがしい表情で卒業していきます。

3.おわりに

 今年は旅行会社やホテル、空港や運輸機関等におけるサービス業界へ8人のゼミ生が進み、コロナ禍を乗り越えた〝トラベルゼミ〞らしさを呈しましたが、DID体験やUTを意識した活動をきっかけに障害者の職業に関心を持って卒論をまとめた学生は、障害者の雇用支援事業を行う企業へ就職しました。私に提供できる知見や機会には限りがありますが、観光に関わる学びが持っている広がりと可能性を再認識しています。
 本連載の趣旨は、ゼミという窓を通じて観光を学ぶ学生の姿を知るとのことですが、本稿執筆を通じ、私にとってはゼミ生が未知や未来への窓となっているとあらためて気づかされました。

※1… スタンプラリーの効果
https://fun.shachihata.co.jp/rally/about/effect.php
※2… ユニバーサルツーリズムの定義に関する拡張的分析視角の検討―富山県立山町における観光素材探究フィールドワーク実践を通じて―(久保田美穂子、2023、第38回日本観光研究学会全国大会学術論文集)