特集④ 沖縄の旅行需要平準化策
公益財団法人日本交通公社 観光研究部副主任研究員
川村竜之介
1.はじめに
自然資源が強い魅力を持つ観光地において、旅行需要の平準化は避けることのできない課題である。国内においては、こうした観光資源由来の季節性に加えて、長期休みによる季節性が重なることで、より大きな繁閑差が生じている地域が多い。その代表例が、海のリゾート地として圧倒的な強さを誇る沖縄である。夏に大きなピークを迎える季節性を有しており、その平準化は長年にわたり大きな課題であり続けている。しかしその分、平準化に対する取組みの蓄積があり、参考になる点も多い。そこで本稿では、沖縄の季節性と平準化について取り上げ、データによる現状整理や、代表的な取組みとその効果、そして沖縄県による今後の平準化策について紹介したい。
2.沖縄県の季節性の現状
まずは、沖縄県の季節性の現状について整理をする。具体的には、旅行者数、一人当たり消費単価、旅行消費額の季節性である。本稿執筆時点で揃っている最新のデータは2022年分であるが、当年は新型コロナウイルス感染症拡大(以下、コロナ)による影響が残っているため、コロナ前の2019年のデータを用いる。また参考のため、米国ハワイ州のデータとも比較を行う。
沖縄県の旅行者数(入域観光客数)は、夏休みの7〜8月に大きなピーク期、春休みの3月に小さなピーク期があり、冬の12〜2月がオフ期になる特徴を有する(図1)。また、これを、国内客と外国客に分解すると、外国客は国内客ほどの季節性は有しておらず、旅行者数の季節性を生じさせている要因は、ほぼ国内客にあることがわかる。
次に、一人当たり消費単価である(図2)。消費単価も旅行者数と同様に、7〜9月期が高く、1〜3月期が低い傾向にある。この主因となっているのが宿泊料金である。特にリゾートホテルにおける平均客室単価の季節変動が大きく、7〜8月期は他の月の2倍以上に達する(図3)。
最後に旅行消費額(観光収入)である(図4)。旅行消費額の季節変動は更に大きく、7〜9月期に特に大きなピーク期を迎える特徴がある。旅行消費額は旅行者数と消費単価の積であるため、旅行者数の季節性が消費単価の季節性により増幅され、より大きな季節性を生じさせている。
続いて、ハワイ州の季節性について整理をする。まず、旅行者数(到着数)については、沖縄県と同程度の変動が見られる(図5)。国内客と外国客に分解すると、ハワイ州においても、人数の季節性を生じさせている主因は国内客にあることがわかる。一方、宿泊施設の平均客室単価は、12月にやや上昇する傾向にあるが、小さな変動に留まっている(図7)。その結果、一人当たり消費単価と旅行消費額は、四半期別でみればほぼ一定となっている(図6・8)。
気候条件などが異なるため単純に比較することはできないが、沖縄県と比較すると、ハワイ州は概ね平準化していると言うことができる。
以上が、沖縄県の季節性についての現状である。平準化は大きな課題であるが、それでも長年に渡って季節性の緩和に寄与する様々な取り組みが行われてきた。もし、こうした取り組みが行われていなかったとしたら、現在は更に大きな季節性が生じていた可能性が高い。本稿では代表的な取組みとして、修学旅行、プロ野球キャンプ・スポーツイベント、MICEについて取り上げたい。
3.取り組み(1) 修学旅行
まずは修学旅行である。県外から受け入れている修学旅行の多くが高等学校であり、内容としては、自然体験や環境学習、平和学習の人気が高い。受け入れのピークは10〜11月と5月頃であり、一般の観光客がピークを迎える7〜8月は非常に少ない(図9)。修学旅行市場の季節性は安定しており、2019年までの過去10年間において大きな変動はみられない。コロナ前までは年間約40〜45万人を受け入れており、ショルダー期〜オフ期の需要底上げに寄与している。
修学旅行の季節性は学校暦によるところが大きい。全国における高校生の国内修学旅行実施件数は10〜12月が※1ピーク期で、4月と7〜8月がオフ期となる。長期休みの期間を避けて実施される傾向にあり、かつ航空運賃(学校研修割引運賃)が比較的安く設定される時期が選ばれやすいため、沖縄のような観光地の場合、修学旅行を受け入れることは、そのままオフシーズン対策となる。
沖縄の修学旅行誘致の歴史は、1975年の沖縄国際海洋博覧会からはじまる。※2海洋博覧会後に予想されていた観光需要の減少を補うため、新たなターゲットとして修学旅行の誘致活動がはじまった。また当時、8月における沖縄観光が本格化し始めた時期で、既にオフシーズン対策としても期待されていた。誘致活動としては、県と沖縄県観光連盟(現在の沖縄観光コンベンションビューロー)とが連携をしながら、招待旅行や宣伝隊の派遣などを行い、1977年に約1万4000人を受け入れた。以降、平和ガイドなど、修学旅行生の受け入れに適した平和学習の環境が整備されてきたことや、1987年に修学旅行における航空機利用の制約緩和がなされたことで、受け入れ人数が大きく伸びた。※3
そして近年は、コロナ前まで安定的な受け入れを維持してきた。
このように修学旅行は、約50年前からはじまった取り組みが奏功して、現在の沖縄観光における平準化策の土台となっている。
4.取り組み(2) プロ野球キャンプ
続いて、例年2月頃に県内各地で実施されるプロ野球キャンプである。2023年は12球団中9球団が実施した。延べ観客数は約37万9000人、このうち県外客が4万9000人と推計されており、オフ期の底上げに対するインパクトとしては大きい。※4ちなみに、同時期には韓国や台湾のプロチームもキャンプを行っている。
キャンプの主な日程は、前半が練習や交流イベント、後半がオープン戦や練習試合となっているところが多い。県外客の多くはプロ野球や球団に対するコアなファン層で、リピーターが多く、特に前半の交流イベントが人気である。県外客の宿泊地は、那覇や西海岸などの宿泊施設が集積しているエリアであるが、キャンプを受け入れている市町村では出店やコンサートなど様々なイベントを開催しており、各地域にも一定の経済効果が生じている。
キャンプ地と球団との限定コラボグッズを販売している地域もあり、期間中に完売することもあるほど人気である。
沖縄県のプロ野球キャンプの歴史は、1979年の名護市での日本ハムファイターズ投手陣のキャンプから始まる。そこから、1981年の同チームによる本格的な1軍キャンプにつながり、以降、沖縄市での広島東洋カープ、宜野湾市での横浜ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)など、徐々にキャンプの開催が増えていった。更に1990年台は5球団、2000年台は6〜9球団となり、2011年には読売ジャイアンツが那覇市を第2キャンプ地として加えたことで、10球団が開催するに至った。
沖縄で、これだけの数のプロ野球キャンプの受け入れができるようになった要因としては、気候条件に加えて、プロスポーツを受け入れ可能なインフラが整備されてきたことが大きい。宮城は、※5キャンプ開催における沖縄県の優位性として、①温暖な気候、②遅い日没時間、③大規模球場の分散立地、④市町村の積極的な施設整備を挙げている。県内各地では長年にわたり、プロ仕様の球場整備が行われてきたことで、盤石な受け入れ態勢が整えられてきた。
また、県民の「野球愛」が受け入れの土壌になったことも指摘されている。※6沖縄に野球が伝わったとされている1890年台以降、子供たちの草野球や社会人野球などを通じて、野球は本土以上に、沖縄県民に浸透していったとされている。そして1958年の甲子園初出場以降、高校野球の人気が高まったことで、県民的スポーツとしての地位を確立した。
こうした、ハード・ソフト両面での受け入れの土壌があったことで、各地でのプロ野球キャンプ開催につながってきたと言えるだろう。
スポーツイベント
加えて、県内各地では、他にも様々なスポーツイベントが行われており、県外からの参加者数が数千人規模に上るものもある(表1)。沖縄観光のオフ期は、こうした数々のスポーツイベントのおかげで、需要が下支えされている状況となっている。
5.取り組み(3) MICE
ビジネス需要も平準化に寄与している。業務目的客は比較的10〜12月期に多く、7〜9月期に少ない(図11)。
MICEの誘致も積極的に行われており、月別のMICEビジネスイベントの参加者数は、4月、9月、11月などが多い(図12)。
沖縄がMICE開催地として認知されるようになったきっかけのひとつとして、2000年に開催された九州・沖縄サミット(第26回主要国首脳会議)を挙げることができる。下地※2はサミット開催の効果として、①沖縄の知名度向上、②外国人観光客受け入れ体制の強化、③国際会議の開催地としての知名度向上、④県産品販路拡大、⑤教育効果を挙げている。事実、サミット開催に合わせてコンベンション施設「万国津梁館」が整備され、MICEの受け入れ体制が強化された。そしてサミット開催以降は、様々な国際会議が行われるようになっている。
サミットの誘致活動は、1996年の県経済界による要望書の提出から始まった。翌年には県議会で「主要国首脳会議の沖縄県開催に関する要請決議」が採択され、県庁に「2000年サミット誘致推進プロジェクト班」が設置された。そして、県知事の国に対する最終要請を経て、最終的には小渕首相の決断により開催の決定につながっている。※2
世界のウチナーンチュ大会
沖縄の象徴的かつユニークなイベントとしては、「世界のウチナーンチュ大会」を挙げることができる。世界のウチナーンチュ大会は、海外に住む沖縄出身者やその子孫である県系人など、沖縄にゆかりのある人が集まる県主催のイベントで、1990年からおよそ5年に1回程度のペースで開催されている。直近では第7回大会が2022年10月3日から4日間開催され、24か国2地域から約4000人が参加した。※7県内で開催されるイベントとしては大規模な部類に入り、県民も含めた参加者数は約43万人に上る。期間中は、民族衣装を身にまとった各国の県系人によるパレード、沖縄にゆかりのあるアーティストによるコンサート、エイサーや三線のステージ、空手の演武、スポーツ交流イベント、ワークショップ、バザール、シンポジウム、そして参加者が一堂に会する閉会イベントなど様々な催しが行われ、大きな盛り上がりを見せる。積極的な海外移民政策を行ってきた歴史を持ち、海外に住む県系人がおよそ42万人※8と言われている沖縄だからこそできるMICEイベントであると言える。
6.沖縄県の政策における観光需要の平準化
最後に、沖縄県の政策において、観光需要の平準化がどのように扱われているのかを整理する。従来から、県の観光計画等では平準化についての記載があり、様々な施策が展開されてきたが、近年は「稼ぐ」ための重要課題としても位置付けられており、より一歩進んだ議論と施策の展開につながっている。
沖縄県では2020年に、県内企業の成長や県民の給与所得向上のための施策について議論する「『稼ぐ力』に関する万国津梁会議」を設置した。「万国津梁会議」は、知事が示す県の重要なテーマについての政策提言を行う会議体である。この提言のなかで、観光はリーディング産業のひとつとして位置づけられており、観光産業の生産性・収益力を向上させるためには、具体的方策として「観光需要の年間平準化による稼ぐ力の強化」が必要であることが示された。それを受け、より具体的な議論を行う「稼ぐ力の強化に向けた観光需要の年間平準化に関する万国津梁会議」を設置し、有識者による議論を経て、提言書が取りまとめられた。
この提言の中では、平準化に向けた考え方として、従来の「人数の平準化」だけではなく「観光収入の平準化」を目指すことが明記された。人数は、ダイナミックプライシング(変動価格制)によって、ある程度はコントロールすることが可能であるが、オンシーズンの価格が上昇するため、結局は観光収入(旅行消費額)の季節変動が大きくなってしまう。前述のデータで確認したとおりである。宿泊業などの観光産業の生産性を高めるためには、収益の平準化が必要であり、そのためにはオフ期の需要を高めることで、「観光収入」を平準化させることが必要になるという考え方である。
平準化策の方針としては「季節性の異なる市場/コンテンツの戦略的な組み合わせ」「観光コンテンツの分散化による時期と場所の平準化」などが示された。市場ミックス策としては、シティリゾート(都市観光)、MICE、訪日外国人市場の組み合わせのほか、団体旅行需要が特定の時期に偏ると大型バスの不足などが課題となることから、修学旅行の2〜3月シフトや、クルーズ船、団体旅行等との組み合わせの必要性なども示された。また、スポーツコンテンツとしては、今後も成長が期待できる領域としてラグビーやバスケットボールの強化や、そのためのインフラ整備の重要性も明記されている。こうした提言を受けて、県では順次、施策の検討が進められている。
7.おわりに
以上のように、沖縄県では修学旅行やプロ野球キャンプ、スポーツイベント、MICEなどの長期間にわたる取り組みが、旅行需要の平準化に寄与してきた。いずれも、沖縄の特徴をうまく活用したものであり、競争優位性は高い。現在でも、行政・民間においては、これらの需要を維持・強化するための様々な取り組みが行われている。そして今後は、前述の提言にもあるとおり、「稼ぐ」観光にするための、より戦略的な市場ミックス策として、新たな取り組みが展開されていくだろう。
<参考文献>
※1……公益財団法人日本修学旅行協会:2019年度実施国内修学旅行の実態とまとめ(高等学校)、2020年
※2……下地芳郎:沖縄観光進化論 大航海時代から大空海時代へ、琉球書房、2012年
※3……櫻澤誠:沖縄観光産業の近現代史、人文書院、2021年
※4……りゅうぎん総合研究所:調査レポート 沖縄県内における2023年プロ野球春季キャンプの経済効果、2023年
※5……宮城彰仁:沖縄県におけるプロ野球キャンプ開催の地理的要因、沖縄地理 (7)、p111-124、2018年
※6……阿佐智:今やキャンプ銀座、沖縄の野球の歴史、Yahoo!JAPANニュース、2022年2月7日記事、
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/773e561dfb34fde5e98fb25b1d754e6df95f23b9(2024年5月最終閲覧)
※7……ウチナーンチュ大会の経済効果、10億円 来場者は24カ国2地域から42万人、琉球新報, 2023年3月29日、https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1685677.html
※8……沖縄県:沖縄県の国際交流(交流推進課業務概要)、2022年
※9……稼ぐ力に関する万国津梁会議委員会:稼ぐ力に関する万国津梁会議提言, 2021年
※10 …観光需要の年間平準化に関する万国津梁会議委員会:稼ぐ力の強化に向けた観光需要の年間平準化に関する万国津梁会議提
言、2023年