視座 DMに組み込まれるMICE戦略

公益財団法人日本交通公社
理事・観光研究部長・
旅の図書館長
山田雄一

「地域ホスピタリティ産業の生産性を高める手法があるのに、日本ではほとんど認識されていない」という思いを持ってから、早15年。それが、本号で取り上げたMICEである。
 このタイミングで特集とした理由は、三つ。
 一つ目は、パンデミック後に力強く訪日観光が復活し、勢いを増すようになったことで、観光領域での民間投資が活発となったこと。二つ目は、需要の急回復もあり各地でオーバーツーリズムが囁かれるようになったこと。三つ目は、観光振興の持続と安定した財源として宿泊税の導入が拡がりを見せていることだ。
 長らく経済が停滞状態にあった我が国において、民間投資が旺盛となるのは好ましいことである。しかしながら、過去の事例が示すように、不動産投資は徐々に大規模化し、スプロール開発につながりやすい。観光需要が力強く復活してきたとはいえ、経済社会情勢に大きく左右される市場であることを考えれば、そうした「過熱した」投資が将来的にもたらすリスクについて、過去から学ぶ必要があるだろう。ただ、デベロッパー側からすると、大規模化することには一定の理由がある。それは、「観光」は季節や曜日によって需要変動が大きいということである。まず、人気の高い地域に新規に参入する後発組は、先行組との差別化のために、設備を充実させたり、付帯サービスを設けたりすることが必要となる。現在であれば、国際的なホテルチェーンのブランドを冠するということも、その一つだろう。そうした取り組みは「競争」に勝つために必要であるが、同時に投資額や運営費を上昇させ、損益分岐点を高めることになる。一方で、観光需要は季節や曜日で大きく増減することは避けれない。誰も、不快な季節や多忙な時期には余暇需要旅行を行おうとは思わないからだ。今日では、需要に合わせて価格を変動させるダイナミック・プライシングが一般化しているが、この仕組みでは需要が集中する時期の価格は青天井となる一方で、需要が低減する時期は、競合施設との際限のない価格競争となる。ホテルブランドによっては、ブランド毀損を避けるために一定の価格以下では販売しないルールを持っているところもあり、そうしたホテルでは各日に空室を抱えることになる。そのため、事業者としては、トップシーズンにできるだけ高く、できるだけ多く販売したいと考える。そのためには、人気の高い地域に、できるだけ多くのベッド数を確保するということが基本戦略となる。しかし、人気地域の既存開発エリアでは大規模な開発を新たに行うことは難しい。結果、隣接する郊外にスプロールして拠点開発するか、簡易宿所の規制緩和を利用して、既存開発エリアにある住宅や商店をリプレースして小規模・多店舗展開するかという選択となる。
 もともと人気の高い地域において供給量が増えることで、地域は多くの需要を抱えることとなり、都市計画上のバランスを崩し、交通渋滞や住環境悪化、場合によって治安の悪化といった問題を引き起こす。いわゆるオーバーツーリズムである。ここで留意したいのは、ここで生じる地域の負担とは、単純に、定住人口や就業人口に観光による交流人口が上乗せされるものではないということだ。仮に、単純に加算されるだけなら、都市計画の基本を更新し、地域の受け入れ可能限界値を高めればいいからだ。実際、観光需要を想定した新規の都市開発では、従来よりも歩道の幅を広げたり、滞留できるオープンスペースを設けたりといった措置が取られている。問題なのは、前述したように観光需要はピーキーな動きをみせるし、特定の地域と時間に極端に偏在するため、集中日(時間)に対応するキャパシティを用意することは、事実上、不可能だということである。例えば、道路計画においては「30番目時間交通量」という概念がある。
これは、1年間の総時間数8760時間を交通量の多い順に並べ、その30番目の交通量のことであり、道路計画時の一般的な基準としているものである。1番目交通量に対応できるように道路を造れば渋滞のない道路とすることができるが、それでは費用がかかりすぎる。公共投資の経済性と、渋滞回避とのバランスを考えると、30番目交通量あたりが妥当(年間、30時間は渋滞するが、それは許容する)とされている。しかしながら、観光需要が生じる道路の場合、交通量が特定日(時間)に集中的に上乗せされるため、30番目時間交通量では費用がかかりすぎ、経済性からは50〜200番目時間交通量を用いるべきだという指摘もある。これは道路という社会インフラは、ピーキーな観光需要によって生じる渋滞まではフォローできないことを示す事例である。
 また、ピーキーな需要の存在は、本来、地域で獲得できるはずの需要を域外に漏出することにもなる。イメージとして、ここでは1万ベッドと潜在的に年間200万人泊の需要を持つ都市を想定してみよう。仮に1年間で2割の日に需要の8割が集中する場合(ケース1)では、集中日に発生する需要が約2・2万人泊/日となり、地域のベッド数1万を超えてしまう。このオーバー分の宿泊需要は隣接地域に流れていくことになる(日帰りでの需要に転化する)。一方で、非集中日の需要はわずかに1370人泊/日にとどまることになる。集中日と非集中日で、宿泊客だけで7倍。日帰りへの転化分も含めれば、実に16倍という比率となる。これでは、交通や飲食などの対応は困難である。一方で、1年間の4割の日に需要の6割が集中する場合(ケース2)では、集中日に発生する需要は約8千人泊/日となり、1万のベッド数に収まることになる。さらに、非集中日にも3・7千人泊/日の需要が存在する。これであれば、集中日と非集中日での比率は2倍強に収まり、かつ、すべての需要を地域に取り込むことができる。この程度の繁閑差であれば、地域側の対応も可能だろう。さらに、宿泊収入にも影響する。両ケースとも、集中日は2万円/人泊、非集中日は1万円/人泊とした場合、ケース2では320億円に達するのに対し、ケース1では186億円にとどまってしまうからだ。ケース1において、ケース2と同等の売上を上げるには集中日の料金を4万円にまで高める必要がある(図1)。
 これらからわかることは、バランスの取れた観光振興を実現していくためには、観光需要のピーキーさを抑えることが重要だということである。
 そして、その対策として有効なのがMICEである。
 まず、特集で示してきたようにMICEは、適切に展開することで、ピーキーな需要を抑える効果を持つ。
沖縄県でのプロ野球キャンプや修学旅行誘致、米オーランドでの会議場を起点としたMICE誘致は、その好例である。特に、ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートをはじめ世界的なテーマパークがひしめき、1年を通じて温暖な気候を持つオーランドにおいて、MICEが戦略的な市場となっているということは「余暇需要旅行の促進だけでは、地域産業の発展にはつながらない」ということを示すものだろう。
 さらに、MICEは、地域側がその開催日程や内容、顧客属性を、一定程度、規定/誘導できるという特性を持つ。余暇需要に基づく旅行は、地域側は魅力の提示はできても、訪問日や現地での行動についての選択権はすべて顧客にあり、それを制御することはできない。郷土料理を食べてほしくても、コンビニで済ませてしまう人を止めることはできない。一方、MICEは、会議場やユニークベニューの提供などを通じて、主催者とコーディネーター、地域との間で事前に様々な調整が可能となっている。これによって、地域側は、事前に、誰がいつ来るのか、どこで、何をするのかということを知ることが可能であり、必要に応じて、地域側の働きかけ(例:会議場の利用料を割引する)によって日程を調整することも可能である。
 こうした特性に注目し、特に北米のDMOではMICEをどのように展開するかが大きなミッションとなっている。
 しかしながら、日本においてMICEは、あまたある「形容詞観光」の一つとして意識されることが多く、その中でも地味な存在とみなされることも少なくない。しかも、MICEの一つであるイベントについて言えば「費用がかかりすぎる」「交通渋滞などを招く」といったことを理由に、抑制される傾向にすらある。
 そこで第三の理由。宿泊税導入である。MICEに関する成果が「見えにくい」理由に、MICEを誘致する主体と、そこで利益を上げる主体が異なっていることがある。例えば、多くの場合、会議場は公共投資の一つとして行われる。すなわち、我々の税金である。
一方で、その会議場が利用されることで利益を得るのは、参加者が宿泊する宿泊施設や食事をする飲食店などである。が、その効果は薄く広がるものであるために、認識することが難しく、「なんのために造ったのか」「箱物行政は止めるべきだ」という意見がでてきてしまう。そのため、行政は、公共投資の効果を示すために、会議場などの運営KPIとして稼働率を設定することが少なくない。これは一見、正しいが、会議場が稼働したとしても、それがピークシーズン(集中日)であれば、混雑を増すだけである。また、日帰り客だけが集まるような展示会を開催しても、需要の平準化にはつながらないということを考えれば、稼働率がパフォーマンスのすべてではないことは明らかだろう。
 イベントなどの人数目標も同様である。人数を目標とすれば、人々が集まりやすい土日や休日に設定するのが合理的判断である。しかしながら、そもそも土日が集中日となっているのであれば、地域キャパシティをオーバーしてしまい、地域がイベントを実施して呼び込んだ需要の多くが、域外に漏出してしまう。
 実際、MICEをこのように運用している地域が少なくないため、宿泊事業者などの立場からすれば「ただでさえ混み合う時に、さらに混雑させてどうするんだ」という評価になってしまう。

 ここで宿泊税が入ってくると、話が少し変わってくる。宿泊税は、定額制/定率制があるが、いずれにしても、需要の平準化を行っていくことで、仮に提供するベッド総数が変わらなくても、その税収は伸びることになるからだ。例えば、先程の試算でいえば、ケース1では113万人泊だが、ケース2では200万人泊と1・8倍に増えている。つまり、税収も1・8倍になるということだ。しかも、オーバーツーリズム対策への予算も削減することができる。
 これまで、地域は、MICEの取り組みにかかるコストを回収する術を持たなかったが、「宿泊税のある世界」では、需要の平準化を実現する=宿泊施設の稼働率を底上げすることで、ストレートに税収増となる。これは、従来の経済波及効果からの効果測定とは大きな違いである。
 言い方を変えれば、MICEを地域、特にDMOが戦略的に展開していくためには、宿泊税という仕組みが必要だったということである。
 とはいえ、宿泊税があったとしても、MICEの展開についてのハードルは高い。例えば、需要平準化に取り組むのであれば、大前提として宿泊施設の稼働率に関する情報を事前に得ておくことが必須であるが、そうした情報を有している地域/DMOは非常に少ない。宿泊税が導入されることで、原理上、月別の人泊数の把握は可能となるが、税情報であるため、そのままでは観光地マーケティングに活用することはできない。しかも、MICE展開を考えれば月別では不十分であり、日別のデータが必要となってくる。実際、欧米DMOでは、日別データを取得することで、将来的な需要予測を日別に実施し、それによってMICEの開催日程や内容を動かしているところもある。
DMOが、宿泊施設の稼働情報を得ていくためには、DMOと事業者とのパートナーシップの確立が必要となる。
 また、DMOがMICE関連施設について、どこまで影響力を持てるかという問題もある。例えば、地域に大型会議場があっても、その管理は県が行っており、地元市町村では直接的なやり取りが難しいという場合がある。また、多くの場合、観光は商工系に属するが、運動競技場は教育系、道路使用許可は警察といったいわゆる「縦割り」問題も発生しがちである。
 さらに、本号ではあまり触れなかったが、MICEの誘導/誘致はDMOが実施するとしても、実際の受け入れに係るロジ作業までDMOが行うことは難しい。ロジ作業は、営利事業であるが、その展開にはノウハウとネットワークが必要だからだ。現状、日本ではこの役回りは発地型の旅行会社が担っているが、旅行会社にとっては一般の旅行同様に「人数」と「価格」が重要であるため、需要の平準化についての関心は低い。また、地域に対する理解が浅くなり、例えば、ホテル前の道路が何時くらいから混み合うのかといった地元であれば暗黙知であるような情報に弱くなる。MICEが社会的に発達している北米では、都市やリゾートにDMCという法人が複数立地しており、彼らが、実際のロジ作業を行っている。DMCは、地域密着のため、地域事情に精通しているし、DMOや民間企業とも強いパイプを持っているため、全体最適な動きを展開しやすい。当然、会議主催者、参加者の満足度も上がりやすいし、優秀なDMCがいるかどうかは、地域のMICE誘致においても大きな鍵となっている。日本でも展開が望まれるDMCであるが、北米の着地において営利企業であるDMCが成立するのは、MICEが安定的、戦略的市場として各地域に存在しているということの表れでもあることを考えれば、彼我の差は大きい。
 観光は、光を観るということが語源とされる言葉である。観光はその語源通り、文化的、社会的に多様な側面を有しており、現代社会において、さらに注目が高まってきている。しかしながら、そこに、ある意味「高尚」な概念が付与されたために、余暇、自由時間に基づかない旅行についての関心が薄くなってきたのではないだろうか。
 観光による地域づくりにおいて、交流が生み出していく文化は重要な存在である。しかし同時に、その交流を支えるには経済的なエコシステムも必要であり、それも同時に動かしていかなければ、歪な形となってしまう。
 MICEに代表される非余暇需要旅行、端的にいえば、業務需要旅行も含めて需要を捉え、それと相対する産業、事業者とのバランスを総体として行っていくことが必要であろう。
 前号でも整理したように、訪日客の増大、宿泊税導入の拡がりといった環境変化において、観光地域づくりの手法も変化させていくことが求められている。
 本号が、そうした検討や実践のヒントになれば幸いである。