“観光を学ぶ”ということゼミを通して見る大学の今
第22回 高崎経済大学 地域政策学部観光政策学科
外山ゼミ
群馬の地で観光マーケティングを学ぶ
外山昌樹(とやま・まさき)
高崎経済大学地域政策学部
観光政策学科・准教授。
1984年北海道生まれ。筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。公益財団法人日本交通公社、淑徳大学を経て2023年4月より現職。専門は観光マーケティング、消費者行動
はじめに
高崎経済大学は、1957年に開学した公立大学である。開学以降、長らく経済学部のみの単科大学であったが、1996年に「地方分権社会を担う地域リーダーの育成」を目的として、全国で初めて「地域政策学」を学部名に用いた地域政策学部が設立された。地域政策学部は、地域政策学科、地域づくり学科、観光政策学科の3学科から構成されており、筆者は観光政策学科に所属している。
公立大学というと、地元出身の学生や近隣都道府県出身の学生が大多数を占める印象があるかもしれない。しかしながら、本学の場合、群馬県出身者の割合は例年20%台にとどまっており、埼玉や茨城、長野といった近隣県の出身者を除いても、多くは群馬から離れた地域出身の学生である。最近では、東京都内の有名大学も首都圏出身者が多くを占めるようになっていると聞く。
そうした中で、様々な地域から学生が集まり、学びや交流を深められる点は、本学の大きな特徴になっていると思う。
本学の地域政策学部におけるゼミの概要について見ていくと、ゼミは必修科目であり、1つのゼミあたりの所属人数は12人前後である。本学の学生は、2年生の後期から「基礎演習」を履修し、その後、3年生と4年生は通年で「演習Ⅰ」「演習Ⅱ」という科目を履修することになっている。4年生のゼミでは、卒業論文を執筆する。
学生にとってゼミ活動の始まりとなるのは、2年前期のゼミ選考である。
学生は、所属を希望するゼミを選択するのだが、希望者多数のゼミでは選抜がある。本学の場合、ゼミ選びの参考となる機会が多い。学生団体が主催するゼミ説明会では、先輩学生が主体となってゼミ活動を紹介する。また、各教員によって3年以降のゼミの授業を開放して見学できるようにする「オープンゼミ」が行われている。加えて、学生が教員にアポイントメントを取り、個別にゼミ活動について質問する「研究室訪問」が推奨されている。
本学に着任してから初めて研究室訪問の依頼を受けたとき、学生のゼミ活動への関心の高さに驚いた記憶がある。ゼミ選考にあたっての活動が充実している点は、本学の地域政策学部においてゼミが重要な位置を占める文化を反映しているように感じる。
これまでの活動紹介
ここからは、筆者が主宰するゼミについて紹介したい。ゼミのテーマは、「観光マーケティング」である。すなわち、観光地および観光関連産業における集客に関連するあらゆるテーマを研究対象としている。
なお、筆者は2023年4月に本学へ着任したことから、2024年6月現在は、1期生である3年生のゼミしか担当していない。これまでの活動紹介ということで、昨年度の「基礎演習」の授業内容と、今年度の「演習Ⅰ」の授業内容の一部についてまとめることとする。
(1)専門書の輪読
2年生の「基礎演習」の前半部分では、オーストラリアの研究者が執筆した大学生向けの教科書の翻訳版である「観光マネジメント(DAVID WEAVER,LAURA LAWTON 著、国枝よしみ監訳、千倉書房)という本(図2)について輪読を行った。具体的には、毎週2人の担当者が、本の中の章の一部についてまとめた資料を作成し、その内容に関する個人発表を行った後、意見交換を行うという形式で進めた。
輪読というと退屈というイメージがあるかもしれないし、実際に退屈な側面がなきにしもあらずだが、筆者はそれでも輪読をゼミ活動に取り入れている。その理由は、学術的な研究を行うにせよ、現場での活動を行うにせよ、基本的な知識をインプットしておく必要があると考えているためである。
また、卒業論文という長くて論理的な文章を書けるようになるためには、多くの本を読む必要がある。専門的な本を読むことに対して慣れてもらうことも、輪読を導入している理由の一つである。学生たちが自らの知識を深め、将来の研究や実務に役立てるための重要なステップとして、輪読の時間を大切にしている。
(2)観光関連のニュースの発表
2年生の「基礎演習」の前半部分では、輪読と並行して、観光分野のニュースに関する個人発表も行った。具体的には、観光専門のニュースサイト「トラベルボイス」(https://www.travelvoice.jp/)の中から、毎週1人の担当者が興味のあるニュースを選び、そのニュースについてまとめた5分程度の発表資料をPowerPoint で作成し、授業時間内にプレゼンテーションを行うという形式で進めた。本学では、2年生までにプレゼンテーションを行う授業が意外と少ないという話を聞いたため、プレゼンテーションの経験を積んでもらうことを意図してゼミ活動の中に取り入れた次第である。なお、最近の学生のPowerPointのスライド作成技術は非常に高く、見栄えがよくて洗練されたスライドが毎回用意されている。
(3)東京都内観光地の日帰り視察
観光について学ぶ上では、当然ながら実際の現場を見ることも大切である。本学が所在する高崎という街はまぎれもない地方都市だが、東京からある程度近いという面もある。新幹線を使えば片道50分、在来線に乗っても2時間で東京に行くことができる。この地理的な好条件を生かし、「基礎演習」の課外活動として、2023年の秋に東京都内観光地をめぐる日帰り視察を実施した。
具体的な視察場所については学生に候補を出してもらい、最終的に希望が多かった築地・豊洲エリアを巡った。当日のスケジュールや視察ルートは、幹事役の学生を中心に決定してもらい、なるべく学生主体で取り組みを進めてもらった。視察時には、観光マーケティングに携わる供給側としての視点を持ってもらうことを意図し、旅行者の客層や、観光資源や観光施設として優れている点や改善すべき点を考えてもらうようにした。なお、これらの点は、筆者自身が日本交通公社在籍時に、出張で各地域を視察した際に意識していたことであったりする。
実際に視察に行ってみると、築地場外市場や豊洲の「チームラボプラネッツ TOKYO DMM」に多くの外国人観光客が訪れている様子を目の当たりにし、学生にとってインバウンドの活気を肌で感じる良い機会になったように思う。
(4)グループ研究
2年生の「基礎演習」の後半部分では、グループワークを行った。近年の大学では、企業や地域が抱える課題についてグループワークを行いながら解決していくスタイルの授業が多く見られる。そうした実践的なプロジェクトの教育的効果を否定するわけではまったくないのだが、実務の現場において大事なのは、与えられた課題を解決することに加えて、課題を発見することなのではないだろうか。
こうした思いのもと、昨年度のグループワークは、かなり学術研究に寄せた形で、各グループで任意の研究テーマを設定し、関連する先行研究を調査した上で、解決すべき研究課題を見つけ出すことをゴールにした。学生にとってはかなりチャレンジングな取り組みであったと思うが、最終的にはどのグループも研究課題の発見までたどり着くことができた。
実践的なテーマは社会に出てから触れる機会は数多いが、学術的なテーマについて取り組む機会は、社会人向けの大学院に進まない限りはほとんどない。理想論かもしれないが、大学生の時だからこそできる経験を積んでもらいながら、様々な分野の実務につながる力を身につけてもらうことを目指している。
(5)アンケート調査実習
筆者が最も得意とする調査手法は、アンケート調査である。観光分野においても、顧客データの収集・分析スキルは重要視されているところである。
こうした点を踏まえて、3年生の「演習Ⅰ」の序盤では、アンケート調査の実習を行った。
具体的には、「観光地のイメージ調査」という共通テーマを設定し、各グループで興味のある観光地を1つ選び、その地域についてのイメージ項目を作成した。ちなみに各グループの調査対象は、それぞれ横浜、金沢、熱海であった。調査項目を作成した後は、Webで回答できるアンケート調査ツールを活用し、学生が友人らに回答を依頼してデータを収集した。
収集したデータについては、消費者の属性など様々な軸を用いてクロス集計を行い、属性による違いが見られた項目については、なぜそうした違いが生まれたのかについての考察を行うこととした。最後に、分析結果のプレゼンテーションを行った(図3)。
時間の都合上、分析手法についてはクロス集計しか教えることができなかった点が課題であったが、得られたデータの考察を深める経験を積むことができたことは収穫であった。
おわりに
ここまで、ゼミ活動の概要を紹介してきた。先に述べた通り、ゼミのテーマは「観光マーケティング」であるが、観光について学ぶと同時に、将来、学生が観光以外の分野に就職したとしても活かせるような能力の育成を心がけている。
学生と向き合いながら、今後もゼミ活動をアップデートできるように精進していきたい。