観光研究最前線 自主研究報告これからの観光政策に関する研究2023

渋谷区のハロウィーン対策から学ぶ

多様性と包摂を基本理念に据える成熟都市の訪問者管理

公益財団法人日本交通公社
観光研究部主任研究員
後藤健太郎

1.はじめに―訪問者の量と質の適正管理

 国連世界観光機関(UN Tourism)によると、2023年の国際観光客到着数は、強力な繰越需要に支えられ、パンデミック前のレベルの89%に回復。観光による輸出収入は96%に回復し、観光直接GDPは2019年と同じレベルに達した。2024年第1四半期の国際観光客到着数は、2023年から約20%増加、2019年の97%に達している。2024年は、パンデミック前の水準に完全に回復すると予想されており、2019年の水準を2%上回る成長が示されている。※1
 こうした中、国内外の観光地でオーバーツーリズムの再燃が懸念されている。既に問題現象が顕れている地域も見受けられ、コロナ禍明けの刻々と状況が変化する中で、効果的な対策を見出すことが求められている。本稿では、その一例として渋谷区のハロウィーン対策を取り上げる。
 渋谷区のハロウィーン対策とオーバーツーリズム対策の主な共通点は、以下の通りである。
◎公共空間で自然発生的に人が集うことに伴う問題現象への対策であること
―主催者不在の、自然発生的な混雑(量)と行動(質)を適切に管理し、住民、訪問者、両者の安全・安心を確保すること
◎複合的な対策を講じていること
―問題現象を分解し、様々な対策を組み合わせて全体最適を図ること、そのための体制構築を通じて総力で対応すること

 オーバーツーリズム対策は、やや長期的で連続した対応が求められる一方で、ハロウィーン対策は短期・特定期間で講じられるため、やや異なるように思えるかもしれない。しかしながら、オーバーツーリズムも、ある特定の場所、特定の時期・時間に発生する問題、との指摘がこれまでになされている。※2
また、渋谷区自身も、ハロウィーンなどの期間には来街者が集中し、オーバーツーリズムの状態にあると認識していることが確認される。※3
 渋谷ハロウィーンに対する渋谷区の政策対応は、長年にわたり継続されており、問題現象の変容や重要な局面において区がどのような考え、姿勢のもと対応してきたかが把握できる。行政としての関与、そして行政の代表である区長のリーダーシップという観点からも参考になる実践事例である。
2023年は、コロナ禍前及びコロナ禍で培われた対策に加えて、新たな取り組みも行われた。渋谷区の取り組みは、国内外で同様の問題を抱えている地域の参考になるだろう。ここでは、訪問者の適正管理という観点から、取り組みの概要を整理する。
 なお、調査研究にあたっては、文献資料調査のほか、現地調査やヒアリング調査を実施した。※4

2.渋谷区の基本理念と未来像

 ハロウィーン対策は、渋谷区が描く未来像実現に向けた取り組みの一環として実施されている。この視点を持たずして、これまでの対策やその変遷を正しく理解することはできない。まずここでは、渋谷区の特徴と、基本理念及び未来像を整理する。

2‐1 渋谷区の概要、特徴

 渋谷区は、東京都23区のうちの一つで、渋谷、原宿、表参道、明治神宮、代々木、恵比寿、代官山など、独自の魅力を持つ街、資源が渋谷区全体の多様性と活気を生み出している。中でも渋谷は、国内外から多くの人々を惹きつける、我が国を代表するデスティネーションの一つである【写真1】。2022年及び2023年の東京都の調査によると、訪都外国人旅行者が都内で訪問した場所の一位は渋谷であった【表1】。
 渋谷は、ストリートカルチャーや若者文化、商業の中心地として知られ、我が国の都市を象徴する渋谷スクランブル交差点は、世界で唯一無二の空間である。巨大ターミナル駅を擁し、国内外を問わず多くの人々が訪れる。セレクトショップや商業施設、ライブハウス、劇場、映画館などの文化・エンタテイメント施設が集積し、独自のファッションや音楽を通じて、多様な人々のエネルギー溢れる文化を発信している。多様な人々が集うことで生まれる寛容でオープンな雰囲気も街の特徴の一つである。ファッションやデザイン産業をはじめ、情報通信産業も集積。渋谷は、カルチャーを育む豊かな土壌を持ち、クリエイティブコンテンツ産業が盛んな創造都市、文化・ビジネスを生みだす世界的な拠点である。近年は多くの大規模開発が進行し、ダイナミックに変化を続ける街として注目を集めている。

2‐2 「ちがいを ちからに変える街。渋谷区」

―混ざり合って生まれる価値、シティプライドの醸成

 2016年、渋谷区は、長期的且つ世界的視野で基本理念に「ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)」を据え、20年後を展望した未来像「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」を掲げた。渋谷区が持つ独特の気風や経験を渋谷区にしかない財産と捉え、その価値観を発信する、「渋谷らしさ」を磨いていく区政運営を行っている。『渋谷区長期基本計画2017‐2026』(2017年2月策定)で定める3つの視点のうちの一つは、「来街者を含む協働型まちづくり」である。区民だけでなく来街者と「街の魅力と誇りを育む」。それは多様性を受容するというだけでなく、あらゆる多様性を受け入れそれをエネルギーに変えていくこと、文化の掛け算、多文化の化学反応を通じて、シティプライドを醸成する、ということである。※5
 その後、策定された区の計画のうち、例えば、『渋谷区まちづくりマスタープラン』(2019年12月策定)では、渋谷区に住む人だけではなく、渋谷で働く人、渋谷で学ぶ人、渋谷を訪れる人、渋谷が好きな人など、渋谷に関わるさまざまな人を「渋谷民」と称し、内外から「同区に集まるすべての人の力を、まちづくりの原動力にしていく」という考えと姿勢を明確に打ち出している。

3.渋谷ハロウィーンの概要、渋谷区による対応及び条例制定

 ハロウィーン期間は、若者を中心に渋谷スクランブル交差点周辺やセンター街などに多くの人が集まり、街全体が仮装やパフォーマンスで賑わう。
渋谷ハロウィーンは、国内外から注目を集める一大イベントに成長。自然発生的に来街者が増加し、規模は拡大していったが、2018年の軽トラック横転事件発生等の事態を受けて、渋谷区は、2019年6月に「渋谷駅周辺地域の安全で安心な環境の確保に関する条例」を制定した。ここでは条例制定に至る経緯、背景を区長等のメッセージ・発言とともに整理する【表2】。

3‐1 渋谷駅周辺での迷惑行為が社会問題化

●渋谷ハロウィーンの規模の急速な拡大
 渋谷駅周辺でのハロウィーンは、2010年前後にハロウィーンの時期に仮装した人々が集うようになり、2010年代中盤には、その規模が急速に拡大し、国内外から注目されるようになった。これに伴い、民間の商業施設や店舗等も参加し、仮装イベントやキャンペーンを展開するようになった。
 しかし、急速な拡大とともに、問題現象も大きくなっていった。密集による歩行困難な状況の発生やごみの大量放置、着替えによる商業施設のトイレ占拠のほか、喧嘩や騒音、屋外での排泄・放尿、嘔吐による汚染、店舗ガラス等の破損などが社会問題化していった。渋谷ハロウィーンは、主催者がいない中で自然発生的に来街者が増加・群衆化し、無秩序に危険行為やトラブルが繰り返された。
 警察は、2014年よりハロウィーン時期に「DJポリス」や交通規制を導入・実施し安全対策を強化。
2015年からは、区は仮設トイレやフィッティングルーム、ごみステーションなどを設置。瓶入りのアルコール類の販売自粛要請などの対策も行った。
 その後もハロウィーン期間中の来街者の急速な増加は止まらず、年々その規模は拡大。渋谷ハロウィーンは全国的に認知されるようになり、国内外からますます多くの人々が訪れるようになっていった。区は、2017年時点では「問題を起こす人の集まりから、渋谷から世界に発信するにぎわいに集うイベントへ意識を変えていくことにより、国内外の来街者が触れる機会が最も多い公共空間等を活用した、人々が秩序を持って楽しめるまちの実現」を目指す方向で進めていた。※6

●「節度を持って遊んでほしい」「街の安心・安全と賑わいの両立は、地方公共団体のトップとして大事な責務」(2018年)
 2018年は、その後の渋谷ハロウィーン対策の転換点となる年であった。ハロウィーン期間前、区長は記者会見で、人が集まり過ぎて危険になっていること、渋谷ハロウィーンを本物の文化にするには皆の努力が必要、節度を持ってマナーを守って遊んでほしいと訴えた。加えて、状況に変化がない、さらに悪化した場合は、規制を考えないといけないと発言していた。
 しかし、それらメッセージとは裏腹に、軽トラック横転事件が発生。痴漢や盗撮、暴行、窃盗なども発生し、2018年は逮捕者が出るなど、より事態は深刻化した。※7世界中で報道され、渋谷の治安について疑問の声が上がった。
 区長は、翌29日、強い憤りの声明を発表。健全に楽しんでいる人々の存在を認めつつ、一方でルール、マナー違反をしている人たちを「渋谷を愛し、この街を誇れるものにしていく思いのない人たち」と、同区の描く未来像と照らし合わせて、望ましくない来街者層について発言した。そして、「日頃から真に渋谷を愛し、この街を誇れるようにする努力をしている方々の努力や思いを踏みにじる一連の行為は、到底許せるものではない」「街の安心・安全と賑わいの両立は、地方公共団体のトップとして大事な責務」と述べ、解決に向けて強い意志を持って取り組んでいくことを表明した。

●検討会の設置 ― 中間報告「区は積極的に対処を」(2019年)
 2019年に入り、区長は、新たに会議体を設置し、イベント開催などによる渋谷駅周辺地域に集まる群衆の人数制限や、路上における飲酒禁止を含む規制、交通規制のあり方などを検討し、具体的な方策に向けて動き出すことを表明。2018年のような事態を看過することはできないとした。区は、2019年2月に地元の商店会や町会、青少年対策地区委員会、民間の関係者、警察で構成される「渋谷ハロウィーン対策検討会」を設置。同検討会は、計7回の会議を経て、5月15日に条例制定の必要性を含む検討内容を中間報告した。「区の基本方針として、今後、不測の事態がおこらないよう積極的に対処すべき」との意見のもと、以下を提言した。
〇必要な責務とルールを盛り込んだ条例の制定と周知
〇区、警視庁、地元の関係者等との連携を密にした、効果的な警察力の運用等の検討
〇渋谷に集う若者のエネルギーを包容する新たな取り組みの検討
〇多くの諸課題についての検討、実現するための区、警察、地元商店街等メンバーによる、「渋谷ハロウィーン対策実施連絡会(仮称)」の立ち上げ など
 区は周知期間を鑑み、6月に開催された第二回区議会に「渋谷駅周辺地域の安全で安心な環境の確保に関する条例」(以下、同条例)を上程、多数の賛成を得て可決成立。同条例は、「受容の限界を超えた人々が密集する状況で発生した、犯罪行為や迷惑防止を未然防止する必要が生じた背景から、渋谷駅周辺地域における区民、事業者及び来街者の安全・安心を確保して、マナーの向上及び迷惑行為の防止を推進することにより、渋谷区が成熟した国際都市へと進化していくこと」を目的とするものである。※8特定期間における必要な責務とルールを明らかにし、公共の場所での路上飲酒を制限する。それは、路上飲酒が起因となって迷惑行為等が発生している状況にあったからである。

3‐2 条例の概要、意図

 同条例は前文と第1〜9条で構成される【表3】。ここでは、渋谷区議会会議録等から条文に込められた意図や具体的な想定等を補足説明する。
 同条例では、最初に前文が設けられていることが特徴である。渋谷区の基本理念や未来像、近年の状況、条例を制定する理由が謳われている。条例制定までのハロウィーン等を巡る各種状況は渋谷区の安全な街というイメージを著しく損ねる状況にあった。再び同じような事態を招かないよう、原点に立ち返り、基本構想を再認識するという趣旨と、渋谷の街、自分たちの街は自分たちで守るという渋谷区として強いメッセージを発することは必要、との考えのもと意識的に盛り込まれた。
 第2条では、渋谷駅周辺地域、事業者、来街者の3つを定義している。渋谷駅周辺地域については、検討会の中間報告を受けて、区が条例づくりの中で、ハロウィーンの実態を踏まえて人が多く集まっている区域、さらに犯罪行為や迷惑行為が散見された地域を選定。ハロウィーンと同様、不測で危険性があるような事態にも対応できるようやや広範に設定している。※9
 第4条では、事業者の責務として、「区が実施する酒類の販売自粛等の施策に協力しなければならない」としている。第2条では、飲食店等を設置する者若しくは運営する者又はその従事者を事業者として定義しているが、酒類の販売自粛等の協力は、あくまで店頭で酒類等を販売する店舗に限られる。
 第6条では、飲酒を制限する場所と期間を定めている。公共の場所とは、区規則で定める区域内の道路、公園、広場などである。制限期間は、ハロウィーンに関しては1号で定める期間のほか、「区長が特に必要と認める期間」であり、区長が時間帯も限定し、告示する。飲酒の制限については、第8条の通り、違反行為が認められる者に対して指導することができる。罰則や過料徴収は設けていないものの、公共の場所における飲酒制限を広く来街者等のモラルに訴え、ルールやマナーの遵守につなげていくことにより条例の実効性を確保し、渋谷駅周辺地域の平穏と来街者等の安全・安心の確保に寄与していきたいとのことである。

 第7条では、迷惑行為等の禁止として具体的なものが1〜3号に掲げられている。期間や時間は限定されていない。刑罰法等の法令や東京都の条例で既に規制、禁止されているものであるが、街の方々の強い要望を受けて、条文に盛り込まれた。メッセージを発信する意味で例示として設けられたものである。社会通念上、一般的には許容されない行為で、指導に関する規定は設けていないが、迷惑行為があった場合、刑罰法令に触れるものは警察と連携して対処。犯罪行為として逮捕される、あるいは罰則を科せられる。刑罰法令に触れない迷惑行為については、実質的なパトロール活動によって注意や指導を行う。4号の「他人に迷惑を及ぼす行為」とは、道路上に車座になって座り込んだり道路上で踊ったりするなどして通行の妨げになるなど、客観的に人が迷惑を被るような行為を想定している。
 なお、同条例は、人が集まること自体を否定はしていない。2018年の事件等はあったものの、「決して秩序維持のためだけに条例をつくるのではなく、このまちの賑わいと秩序の維持の両方をいかに保つことが大事」(安全対策課長)であり、「自分たちが自主的にまちを楽しめるということは、すごく素晴らしいこと」(委員)「自然発生的に生まれてきた動きを自然発生的にモラルとマナーを守ったムーブメントに変わっていくかの背中を押していきたい」(区長)「自主的に集まる方たちが自らが楽しい催しだということで、自主的にこういうことはやってはいけないというような雰囲気なりができてくることが一番いいこと」(委員)だと期待、望んでいたのである。

3‐3 条例制定後のハロウィーン対策と成果

●実施・連絡体制
 2019年8月、同条例に基づき、区は、地元商店街、関係事業者、警察等により構成された「渋谷ハロウィーン対策実施連絡会」を発足。警備体制をはじめ、群集対策のあり方、トイレやごみ問題への対応、酒類販売の自粛要請、公共の場所における飲酒制限の周知方法など、具体的な対策について検討がなされた。
 対策当初は、土木部が中心となった。
土木部は、道路上の利活用を扱う。カウントダウンの交通規制をそれ以前から行っており、その知見や経験を活かしてハロウィーン対策を行おうとした。実施体制としては、民間のほか、区役所内では、土木部を含む6部で役割分担、それぞれの視点から対応を行った【表4】。対策は多岐にわたり、その総体として実行される。
●基本理念
「渋谷ハロウィーン 渋谷プライド」
 2019年のハロウィーン対策で着目すべきは、基本理念「渋谷ハロウィーン 渋谷プライド」のもと、「ハロウィー103122ンを渋谷の誇りに」とのスローガンが発信されたことである。これらは、渋谷駅周辺に集まる人々がマナーとモラルを守りつつ、渋谷を愛する人々の力が原動力となり、世界に誇れるイベントに成長させる、ハロウィーンを通じてシティプライドを醸成し、渋谷の価値を高める、という決意表明でもある。
同スローガンを多くの人々と共有し、街を守る取組とシティプライドの醸成を並行して行うことで、秩序を保ちつつ賑わいを創出し、成熟した魅力ある国際都市への進化を追求するという想いが込められている。なお、「渋谷の誇りに」する渋谷ハロウィーンとは、例えば、2015年から開始された「ハロウィーンごみゼロ大作戦」などを含めた、渋谷を愛する人々の活動及びハロウィーン翌日朝の最もきれいな状態を含めたハロウィーン全体を指す。

●ハロウィーン対策の成果
 2019年は、条例に基づき初めて対策が講じられた年であった。オウンドメディア等を通じた啓発情報の発信を行うとともに、区職員による巡回指導、警備事業者に委託しての警備等、各種対策が事前、当日、事後に行われた。その結果、路上での飲酒行為が減少し、さらにその波及効果として缶や瓶などのごみの減少、路上での排泄行為等が見られなくなるなど、これまでの課題であった迷惑行為の減少にもつながった。安全・安心に関する課題は残ったものの、前年に比べて大きな問題は発生せず、大きな成果を上げることができた。ハロウィーン後には、「「渋谷ハロウィーン 渋谷プライド」の輪を広げていきたい」と今後の方向性が区長より発せられた。※10
 そうした中、新型コロナウイルス感染症が発生し、ハロウィーン対策は次の局面を迎えた。

4.2023年のハロウィーン対策

4‐1 コロナ禍のハロウィーン対策

 コロナ禍では、区職員による夜間巡回指導、警備要員による路上飲酒の自粛要請、駅前大型ビジョンによる啓発情報の発信、ビジョンの夜8時以降の消灯などの対策が取られ【表5】、大きな混乱には至らなかった。「集まらないハロウィーン」を呼びかけつつ、アフターコロナにおいては、「皆がマナーとルールを守り、秩序とにぎわいが同居するハロウィーンにしていきたい」(区長)とのことであった。
 しかし、2022年、ハロウィーン直前の週末(10月29日夜)、韓国ソウル梨泰院にて群衆雑踏事故(クラウドクラッシュ)が発生。150人以上の死者が出る大惨事となった。梨泰院のハロウィーンも渋谷と同様に主催者不在のものであった。同事故を受けて、区長は、通常通りの楽しみ方を予定する人々には楽しんでいただきたいとしつつ、ハロウィーン目的での人々には来街を控えるように呼びかけた。

4‐2 2023年に講じられた対策の特徴

 2023年5月に新型コロナウイルス感染症の感染症法上の分類が5類へ移行。2023年のハロウィーンは、移行後初めてであり、インバウンドを含めた来街者も急増し、ここ数年の人流動向を大きく上回る多くの来街者が、若者や外国人を中心に自然発生的に集まることが予想された。行動制限や営業自粛がなくなったため、コロナ禍での抑制から解放された群衆心理による混乱が懸念された。コロナ禍の影響で路上飲酒が常態化。路上飲酒が来街者の通行を妨げ、ごみの散乱や騒音などの問題行為を引き起こすなど、街の秩序を乱し、区民及び来街者の安全を脅かしていた。そこで区は、5月以降に新たな対策を講じた。
 ここでは、同年に講じられた対策のうち、訪問者の量と質という観点から次の4つの対策に焦点を当てて、その内容と意図を整理する。
①来街者の抑制
―特定の対象者への来街自粛のお願い
「渋谷はハロウィーンイベントの会場ではありません。」
 2023年、区長は「【注意】渋谷はハロウィーンイベントの会場ではありません。」という明確な強いメッセージを発した。これは、ハロウィーン目的でハロウィーン期間に渋谷駅周辺の公共空間に来ないでほしいという意味である。主催者なき群集の発生は人命に関わる重大な危険事項であり、当面の間は、渋谷駅周辺における対策は必要、という考えからであった。

 なお、区長として「来ないでほしい」と発信することは本意ではないが、区民及び来街者の安全を第一に考えた場合、国内外の人々に要請せざるを得ない状況であった。例年より約一か月以上早い9月12日に記者会見を行い、来街自粛をお願い。10月5日には新たに作成した外国語の動画を公開、外国特派員協会において記者会見を開くなど、外国人旅行者に対しても区のメッセージが明確に届くように工夫がなされた【図1】。また、来街自粛やマナー啓発の呼びかけだけではなく、「バーチャル渋谷」の活用など、来訪せずにハロウィーンを楽しめる取り組みも重ねながら、安全・安心の確保が目指された。
 なお、「渋谷はハロウィーンイベントの会場ではありません。」は、2022年に行われた「コピーライターズサミット」の応募作品の中から、2023年に新たに区と東京コピーライターズクラブ(TCC)が検討を行い、厳しい表現のメッセージとして敢えて選定したものである。区は、本当はこのような発信を望んではいないが、2022年に韓国ソウル梨泰院での雑踏事故があり、命を落とす危険を回避するため、安全を守るためにそのようなコピーをピックアップした。同メッセージは、順次、商店街のフラッグや渋谷区民憲章ボードなどで掲出され、ハロウィーン目的での来街を予定している人々や、区民、通常の来街者にも伝えられた。
②来街者の迷惑行為等の抑制
― コロナ禍で定着した路上飲酒への対応等
 新型コロナの5類移行後、より目立つようになった路上飲酒。区では、5月より民間警備会社に委託して迷惑行為に対するパトロールを実施【写真2・3】。さらにハロウィーン103122に先立って「迷惑路上飲酒ゼロ」を宣言し、9月1日よりパトロールを強化するなど、環境づくりを進め、ハロウィーン当日を迎えた。これまでも行っていた酒類の販売自粛要請や、ごみ対策及びたばこ等のマナー啓発も行われた。ハロウィーン当日は、区職員、警備員を増員して早朝まで巡回が行われた。
③来街者等の流動の管理
―一方通行化等による誘導
 5類移行後、平時の人流がコロナ前を超えたことから、ハロウィーン期間の更なる混雑が危惧された。ハロウィーン目的の来街者には、仮装する人を見に来る人も含まれる。彼らは見るために同じエリアを回遊するため、滞留を引き起こす一因にもなる。区は、渋谷警察やJRをはじめとする関係機関と警備について協議を重ね、センター街入口では、中央に柵を設置し一方通行化を行うとともに、渋谷駅では、ハチ公改札口は出場不可とし、入場のみの規制とした。渋谷駅前広場に直接出られない、宮益坂口から出る動線としたのである。
 「DJポリス」のほか、区職員及び警備員により滞留しないよう誘導する呼びかけも行い人々がスムーズに流れるような対策を取るとともに、爆音車などの迷惑車両が駐車しないようにカラーコーンを設置するなど、新たに対策も講じた。
④滞留地点の一時閉鎖
― ハチ公像の仮囲いの設置
 同じく、区は渋谷警察やJRをはじめとする関係機関と協議を重ね、渋谷駅のハチ公像周辺や渋谷区民憲章ボード前など広場の一部に仮囲いを設置【写真4】。観光対象を一時的に閉鎖することを通じて、来街者の滞留を抑制し、人々がスムーズに流れるよう対策を講じた。
あわせてハロウィーン期間終了後に見に来てもらうよう呼びかけも行った。

4‐3 対策の結果、成果

 ハロウィーン期間中のピーク時の来街者は、10月31日22時で約1・5万人、2022年の約6割に留まり、大きな混乱は生じなかった。動線設定によりハチ公前広場には出られないことから密度は例年より下がるとともに、破壊行為等は発生しなかった。2023年は「渋谷はハロウィーンイベントの会場ではありません。」と強いメッセージを打ち出し、「来訪自粛を促す対策を行ったことで来街者数(量)を例年より抑制することができ、その結果、シャッターの破損等、質的な問題も大きく顕れなかったのではないか」「対策を実施しても路上飲酒がゼロになるわけではなく一定数は確認されるが」(区)とのことであった。実際には、路上飲酒制限エリア外のコンビニに外国人が集中し、店舗前で飲酒している状況も確認されたとのことである。※11
 なお路上飲酒に対しては、条例に基¥づき区長が告示する期間・時間以外にも区職員及び警備員によりパトロールが実施、強化された。制限期間・時間外であるため、同行為を現認した場合、「酒を飲んでごみを路上で出さないでね」と間接的に路上飲酒をしないよう促す等、現場で工夫するなど施行錯誤しながら対策したとのことであった。※12

5.結びにかえて―明確な未来像の設定、再認識が不可欠

 渋谷区のハロウィーン対策は、主催者不在の自然発生的な参加者の群衆化に伴う過密混雑や迷惑行為等に対して、行政が区民及び来街者の安全・安心確保のために講じたものである。渋谷区のハロウィーン対策を俯瞰して見ると、以下の点が今後の我が国の地域観光政策への示唆となるだろう。
◎問題現象の発生及び変容に対する即応型管理
 詳細は【表2・5】に譲るが、渋谷ハロウィーンでは規模が拡大にするにつれて問題現象は変化していった。当初は、ごみのポイ捨て、汚染等、来街者の行為、行動が引き起こす質的な問題であったが、徐々に人々が集まり過ぎること、海外からの外国人旅行者なども来街し、量的な問題も顕在化。仮装する人だけでなく、仮装見物等を目的とした人々の増加など、来街者層も変化していった。迷惑行為については、規模が拡大するにつれて逮捕者も出るなど、初期に比べて事態は質的な面で深刻化していった。また、渋谷ハロウィーンは街の経済にも寄与しない状況が明らかになっていた。さらにコロナ禍を経て路上飲酒が定着。コロナ明けは、2019年よりも多い来街者数となり、人流が再び問題になった。
 このように問題現象は変容する。こうした状況の変化に対して、渋谷区では、複数年にわたりハロウィーンの事前・当日・事後も含めて量的、質的な問題に対して様々な対策を講じてきた。また、2018年の軽トラック横転事件、2022年の梨泰院雑踏事故などが発生した局面で、即時にメッセージの発信と対策・対応の修正変更を行ってきた。2018年は、検討会の設置、条例の制定・施行と非常に速いスピードで対策がなされた。
 各局面に応じて、また多岐にわたる問題に対して即応型管理と未然防止対応を巧みに組み合わせて行っている。そのために区役所内においては、横断的な役割分担体制を敷いており、さらに現場で具体的に反映、工夫しながら進めている。
◎明確な未来像の設定とそれに基づく決断
 渋谷区のハロウィーン対策の根底には、常に基本理念「ダイバーシティ&インクルージョン」や明確な未来像「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」が据えられている。これらは、渋谷という街が持つ特性、地域固有の渋谷らしさ等を踏まえて世界的視野を持って導出されたものであり、この実現に資するか否かという観点から、対象と対策が設定されている。
 例えば、2017年は、「盛り上がりを活かすのが渋谷らしさ」とし、「秩序を作りながら、他の街とも連携して地域活性化につなげていくことができれば素晴らしい」と、同区に集まる多様な人々の力をまちづくりの原動力にしていく考えが確認できる。2018年は、犯罪行為に至らなくても、ルール、マナー違反をしている人たちは、「渋谷を愛し、この街を誇れるものにしていく思いのない人たち」と、同区の描く未来像から、シティプライドを醸成し、渋谷の価値をともに高める存在ではないと非対象設定していることが確認される。具体策やメッセージの内容は、対処する問題、状況に応じて変化するが、決断の拠り所は「未来像」である。近年のハロウィーン対策は制限、抑制策が注目されるが、ブレーキ(規制)を踏むか、アクセル(促進)を踏むか、どの程度減速するか加速するか、これら全ての対応策はハンドルとなる未来像(ビジョン)と照らし合わせて、判断、決断することが求められる。※13
 最後に、渋谷区は、ロンドン、パリ、ニューヨークと並ぶ、世界に誇れるような魅力溢れる「成熟した国際都市」を目指して現在も歩み続けている。
2024年5月31日には、多種多様な民族と文化が共生するホノルル市と姉妹都市提携に関する協定を締結した。
観光産業、スポーツウェルネス、多様性、世界に誇れるアート、自然保護、音楽・ファッション、文化継承、スタートアップ企業支援などの多方面において、多様な分野での知識及び経験の交換、事業連携が期待されている。
 また、6月17日の渋谷区議会では、路上飲酒の制限期間を通年とする「渋谷駅周辺地域の安全で安心な環境の確保に関する条例」改正案が全会一致で可決された。制限エリアも拡大される(10月1日施行)【表6】。渋谷区政による現在進行形の取組に寄り添いながら、未来像が実現する日を願って、今後も同区のハロウィーン対策の状況を見守っていきたい。※14

【謝辞】
本研究の実施にあたっては、渋谷区危機管理対策部安全対策課、土木部企画管理課、デジタルサービス部広報コミュニケーション課にヒアリング調査等、ご協力いただきました。ここに感謝申し上げます。

【ヒアリング調査概要】
日時:2024年3月8日(金)11: 00〜12:00
場所:渋谷区役所
取材者:後藤健太郎、後藤伸一
((公財)日本交通公社)

※注1…UN Tourism(2024):International tourism reached 97% of pre-pandemic
levels in the first quarter of 2024
https://www.unwto.org/news/international-tourism-reached-97-of-pre-pandemic-levels-in-the-first-quarter-of-2024
※注2…後藤健太郎(2020):「由布院―生活型観光地が模索する暮らしと観光の距離感」、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』、p171〜192
※注3…渋谷区議会会議録 令和1年 定例会(第4回)11月22日‐14号。また、『渋谷区産業・観光ビジョン』(2020年4月策定)では、30の具体的施策のうち、来街者へのマナー啓発とオーバーツーリズム対策の2つが掲げられている。
※注4…現地調査は、2023年9月9日(渋谷区民憲章ボード等掲出前)、10月22日(ハロウィーン期間開始前)、31日(当日、飲酒制限開始時間前)に実施。ヒアリング調査は、2024年3月8日に実施。
※注5…『渋谷区実施計画2020』、p132。「文化の掛け算はいっそう加速するはず。渋谷区はその掛け算を誘発する文化のスクランブル交差点としてのまちづくり」をすすめるとしている。
※注6…『渋谷区実施計画2017』、p59。なお、コロナ禍前、2018年の軽トラック横転事件の前、そして2019年の渋谷ハロウィーン対策検討会において、渋谷ハロウィーンをイベントとして開催する方向性について検討が行われた。具体的には、代々木公園で開催するなど検討、シミュレーションが行われたものの、センター街から代々木公園まで距離があること、動線、地形の影響を受け狭い道もあり厳しいこと、結局渋谷スクランブル交差点周辺やセンター街などに戻ってくること、ハロウィーンは他のイベントと異なり、数日間に及ぶためずっと誘導し続けるのは難しいこと等が挙げられた。
※注7…近隣の商店街では、同時間帯に商売ができずに、シャッターを閉めざるを得ないような事案が起きていること、売り上げは3分の1となり、ハロウィーンが街の経済にも寄与していない状況となっていた。
※注8…渋谷区議会会議録、令和1年 定例会(第2回)6月6日‐06号
※注9…エリアの拡大が修正提案される一方、最低限にすべきとの議論があったことが確認される。
※注10…渋谷区議会会議録、令和1年 定例会(第4回) 11月21日‐13号
※注11…2024年3月8日ヒアリング調査より
※注12…2024年3月8日ヒアリング調査より
※注13…オーバーツーリズムに関する議論の中で、観光政策としてアクセルを踏んでいるのか、ブレーキを踏んでいるのか、どちらなのかという声が聞かれるが、それはハンドルとなる未来像(ビジョン)と照らし合わせて、状況に応じて判断すべきと筆者は考える。時間軸で見ると全体としてアクセルを踏んでいることも、その逆のブレーキを踏んでいることもあるのは、普通のことと言えよう。
※注14…ハロウィーン対策は、区民及び来街者の安全・安心確保のための対策ではあるものの、対策自体は、ハロウィーン目的での来街者や仮装を見に来た来街者等に対して行われる。渋谷ハロウィーンへの区民の参加はほとんどない状況とのこと。同対策に税金を充当することに対しては、条例制定当初より、区長、区議会、区民等から本意ではないと発せられており、今後の課題である。

<参考文献>
1) 渋谷区公式サイト
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/
2) 渋谷区公式SNS(X(旧twitter)、Instagram、Facebook)
3) 渋谷区(2016):渋谷区基本構想
4) 渋谷区(2017):渋谷区長期基本計画2017-2026
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/shibuyaku-plan/basicplan.html
5) 渋谷区(2017):渋谷区実施計画2017
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/shibuyaku-plan/action2023.html
6) 渋谷区(2020):渋谷区実施計画2020
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/shibuyaku-plan/action2023.html
7) 渋谷区(2021):渋谷区長期基本計画2017-2026中間評価
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/shibuyaku-plan/basicplan.html
8) 渋谷区(2023):渋谷区実施計画2023
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/shibuyaku-plan/action2023.html
9) 渋谷区議会会議録検索システム
https://ssp.kaigiroku.net/tenant/shibuya/SpTop.html
10) 渋谷区(2019):渋谷区まちづくりマスタープラン
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/shibuyaku-design-plan/machi_mas.html
11) 渋谷区(2020):渋谷区産業・観光ビジョン
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/kusei/shisaku/shibuyaku-sangyo-plan/sangyokanko_vision.html
12) 菊地悠人(2016):ハロウィーン迷惑行為、渋谷区の対策とは?アンチを味方にして、市場を育てていけるか、東洋経済ONLINE
https://toyokeizai.net/articles/-/143584
13) 木曽崇(2017):渋谷駅前が「荒れた所」から観光地化した事情 仕掛け人は元博報堂の40代異色区長だった!、東洋経済ONLINE
https://toyokeizai.net/articles/-/181002?display=b
14) 菊地映輝(2020):渋谷ハロウィンへの批判を乗り越え社会のアップデートの契機にしよう、GLOCOM OPINION PAPER、No.30
https://www.glocom.ac.jp/publicity/opinion/5059
15) 中谷健太郎(2024):地域のブレンド力を磨く―この土地に運ばれたものを暮らしに編み込む、観光文化、260号、pp.52-59
https://www.jtb.or.jp/tourism-culture/bunka260/260-18/