甲州市立勝沼図書館
ワイン王国の歴史と産業を繋いでいく
甲州市立勝沼図書館司書 古屋美智留
古屋美智留(ふるや・みちる)
甲州市立勝沼図書館司書。1995年塩山市役所(現・甲州市役所)入庁。教育委員会教育総務課学校図書館担当を経て2011年度から生涯学習課図書館担当となる。勝沼図書館開館以来20年以上にわたり、館の特徴であるぶとうとワインに関する資料収集と地域研究、毎年実施している「ぶどうとワインの資料展」に携わる。

歴史と資料をツナグ
JR勝沼ぶどう郷駅を降りると、眼下に広がる葡萄畑。なだらかなこの扇状地は、葡萄の葉でおおわれている。
ここ勝沼は日本屈指のブドウ産地、ワイン産地である。その歴史は深く、武田信玄の時代以前に山梨県固有種である「甲州ぶどう」が大陸より伝わり、栽培が始まったとされる。甲州ぶどうの発祥については「大善寺のぶどう伝説」と「雨宮勘解由伝説」の二種類があるのも産地ならでは。明治には村の青年、高野正誠・土屋龍憲の2人が県令の命を受けてワインの醸造を学ぶためフランスへと旅立ち、現在まで「ぶどうとワイン」の歴史が続く場所である。
甲州市立勝沼図書館は23年前、合併前の勝沼町に「ぶどうの国資料館」として設立された。開館当初から、スタッフの熱意と「地域に根差した図書館であろう」とのコンセプトのもと、地域の基幹産業である「ぶどう・ワイン」の資料収集・提供・保存を、この地の図書館としての目標に掲げた。以来、ワイナリーの密集地でもあることから、研究書や関連洋書などの収集も行い、各農家・会社などに眠る資料の寄贈も呼び掛けた。開館当初は約3万点であった資料数も今は約12万点、うち約3万点が『ぶどうとワイン』の資料となった。内容は多岐に渡り、一般流通している書籍・雑誌資料はもちろんのこと、図書館ではあまり置くことのないソムリエ・ワインアドバイザーの教本や試験問題集、農業資料、葡萄酒技術研究所資料、ソムリエ会員雑誌、学会誌だけではなく、貴重資料の農書、物品資料として「ブドウの葉の拓本」
も所蔵。最近では市文化財課と協力体制を組み、貴重な資料データの共有、デジタルデータ化なども進めている。
専門書も多く所蔵しているということで、県内外ワイナリー、ブドウ農家、そして多くのワインファンが歓喜する場所でもある。「勝沼図書館の閲覧室で、よく勉強しましたよ。」以前取材に行った、日本トップクラスのワインアドバイザーさんから言われた一言が全てを物語っていると感じる。

地域観光とツナグ
20年以上つづく『ぶどうとワインの資料展』は、毎年テーマを変えて10、11月の2か月間開催しているが、この資料展の裏テーマは「地域再発見」である。地域資源「ぶどう・ワイン」を軸に繋がり、広がっていく人々、産業や時代のニーズ、歴史の中で先人が残した文化と次世代への継承などを知ってもらうことで、もう一度地域を見直す・誇りを持ってもらうことを意識しながら、今日まで行ってきた。
資料展のスタート時は手探りであったため、自館資料、新聞記事などからテーマを見つけて行ったが、近年日本ワインの注目度やその年の新しい情報をキャッチするため、スタッフが取材へと出向くようになった。『資料展』として厚みを出したのが9軒のぶどう農家から畑の土を採取させてもらった、いわゆる「テロワール」を扱った資料展である。同品種でも栽培方法に違いがあること、土壌の違いなどを聞き取りと調査で行い、パネルと関連書籍・資料を並べ展示を行った。ぶどう・ワイン関連図書はもちろん、自館の所蔵資料を幅広く知ってもらえることも意図して展示を行っている。「甲州ワンとルーツ」「ぶどう伝搬と現在の新種」「地元でワイン文化を繋ぐ人々」など、テーマには事欠かない。
企画するうえで気を付けているのは、一般目線を忘れないことだ。専門資料展は、好きな人には大変喜んでいただけるが、そうではない方にはなかなか受け入れてもらえない。我々は本のエキスパートであってワインのエキスパートではないので、興味の入り口となるよう心掛けている。近年、ワインツーリズムとの連携事業も大きなものとなり、今では資料展用の観光マップに図書館を掲載していただいている。受付では「ワインのことをより知ってからまわるのも大事なことですよ」と、声をかけてくれている。
来館され、資料の説明を聞くだけではなく書籍を借りていかれる参加者もいる。特に自館資料として作成している、市内全ワイナリーのファイルが大変喜ばれる。このファイルには、各社のパンフレットだけではなく、図書館に所蔵していない雑誌の記事、地方紙の記事、広告などを入れ込んでいる。
「ブドウ県内・県外」「ワイン県内・県外」の4種を、新聞のクリッピング資料収集も行っているが、ワイナリーファイルとともに、それぞれのアーカイブ資料として活躍している。また地域の観光も合わせて紹介できるマップもあるため、観光案内の役目も果たしていると感じる。

多方面からツナグ
紙資料をベースとする図書館では、基本飲食が禁止である。しかし、これだけ『ワイン』の資料を持つ図書館としては「味を知ってもらうこと」が必要だった。そこで企画したのが地元ワイナリー若手集団の話を聞き、試飲を行うイベント。
その日の夜だけ、貸出カウンターはバーカウンターへと変化する。今ではすっかり定着し、地元の野菜ソムリエが出す「合わせ」を食しながら「産地ワイン」と「醸造家の話」、「資料」そして「ワインにあう音楽」を楽しむイベントとなった。
図書館のイメージは「書籍を借りる」ことだろう。しかし本来、様々な資料が揃っている図書館だからこそ、多角的な繋がりが持てる場所だと思っている。もちろん、飲食や音楽にも。勝沼図書館は地域産業に特化した資料収集を行っているため、観光とも結びつくことができる。以前、勝沼のワインの歴史をお客様に聞かれたワイナリーの方が話してくれた、「勝沼図書館に行けば全部わかるよ」。この言葉とともに、全てをツナグ、全国の葡萄・ワインファンに愛される、地元『勝沼』の根を支える、唯一無二の図書館でありたい。