活動報告
第17回「たびとしょCafe」

Guest speaker 櫻庭佑輔氏(さくらば・ゆうすけ)
1977年生まれ。
環境省東北地方環境事務所自然環境整備課 課長補佐。
北海道函館市出身。 高校・大学では山岳部に所属し、北アルプスなどの山々を踏破。
「みちのく潮風トレイル」の構想が生まれた2011年当時は本省の国立公園課に在籍。
「良いトレイルづくりのためには自分の足で調査することが不可欠」と、11年11月から13年3月にかけて、のべ47日間をかけて青森県八戸市蕪島から福島県相馬市松川浦までを歩く。13年4月からは東北地方環境事務所に勤務し、東北の現地でトレイルづくりに奔走。

「東北1000 をつなぐ〝みちのく潮風トレイル〞〜自然資源を生かした地域の活躍の場づくり〜」
2019年7月24日(水)、「東北1,000kmをつなぐ〝みちのく潮風トレイル〞〜自然資源を生かした地域の活躍の場づくり〜」をテーマに、第17回たびとしょCafeを開催しました。「みちのく潮風トレイル」は、東日本大震災からの復興に資するため、環境省が2011年から取り組んでいる「グリーン復興プロジェクト」のひとつです。歩くことで、その土地の自然と暮らしに出会い、震災の記憶に触れ、地域ににぎわいが生まれることを目指しています。
今回は、構想段階から全線開通まで、第一線で担当した環境省の櫻庭氏をお招きし、みちのく潮風トレイルの魅力、構想のきっかけ、検討過程、意義などをお話しいただきました。
後半の意見交換では、情報提供、ルート整備、安全管理、交通事業者との連携、ガイド育成、地域住民の意識醸成、インバウンドなど、様々な視点からの質問が飛び交い、非常に熱気に満ちた会となりました。

【第1部】話題提供
みちのく潮風トレイルの概要
●みちのく潮風トレイルは、北の玄関口:青森県八戸市蕪島から南の玄関口:福島県相馬市松川浦までをつなぐ、総延長1,025㎞のロングトレイル。ロングトレイルとは、歩いて旅をするための長い道のこと。具体的な距離数の定義はないが、日本ロングトレイル協会登録のトレイルの中で、みちのく潮風トレイルは圧倒的に最長。海岸沿いに設定されていることも大きな特徴。2019年6月9日に全線開通した。

 

みちのく潮風トレイル構想のきっかけ〜加藤則芳氏の存在〜
●みちのく潮風トレイルは、日本にロングトレイル文化を紹介した第一人者と言われる作家、加藤則芳氏のアイディアにより生まれた。加藤氏は自然保護に関する造詣が深く、国立公園制度の父であるジョン・ミューアの研究でも知られる。人間は自然の中で生まれ、自然と調和を図りながら生きてきた生き物であり、そのことを忘れてはならないという意味で「人は本来、自然人であったはずだ」という言葉を残している。
●2011年3月の東日本大震災発生直後、環境省に加藤氏が訪れ、震災復興のために東北太平洋沿岸にロングトレイルを作ってはどうかと提言された。世界的に見ても海岸部のロングトレイルは珍しく、海外からの来訪も期待できるとのことだった。また、三陸の厳しい崖の海岸線を上り下りしたり、満潮時には通行不可になるようなトレイルをあえて設定する、つまりゲーム性を取り入れたアドベンチャートレイルとするべきと主張された。この提言を受けて、みちのく潮風トレイル構想がスタートした。
●みちのく潮風トレイルを提言された当時、加藤氏はすでにALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症しており、トレイルの全線開通を目にすることなく2013年4月に亡くなられた。動けなくなる直前まで車いすで全国各地に講演に回り、人と自然が触れ合う場としてロングトレイルがいかに素晴らしいかを広めていた。
●トレイルの設定にあたっては、設定者が自ら歩いて自分で体感することが必要だという加藤氏の指示を受け、自分がのべ47日間かけて現地を歩き、それを加藤氏に報告し、アドバイスを受けるという形でルートの構想を練っていった。
●東日本大震災後、環境省としては、自然の脅威とそれへの対抗という面だけではなく、自然から受けている恩恵の面もきちんと見つめながら復興を進めるよう提案してきた。三陸沿岸には南北に長い三陸復興国立公園(旧陸中海岸国立公園)があり、ロングトレイルとの相性も良いということで事業が進められた。

みちのく潮風トレイルの検討過程
●みちのく潮風トレイルの大きな特徴は、地域の意見でルートを作り上げたという点。地域住民が参加するワークショップの場で情報を持ち寄り、現地調査を行い、現地調査の結果を踏まえてルート案を決定するという流れで進めた。開催したワークショップは全線で200回を超える。このように地域住民自ら作り上げたトレイルというのは、日本の他のトレイルでは聞いたことがない。
●みちのく潮風トレイルは自然の中を通る道であり、夏場は下草刈りが欠かせない。こうした維持管理作業は、多くはボランティアを募ってイベント形式で実施している。1泊2日の草刈りイベントに30〜50人の申し込みがあり、過去には大阪や九州からの参加もあった。

 

●トレイルの維持管理にはもちろん地域住民も参加し、外の人と地域住民の交流の場になっている。外の人からの「こうした取り組みはぜひ続けるべきだ」という反応が、地域住民のトレイルに対する愛着の醸成につながっている。

みちのく潮風トレイルの意義
●観光とは、地域に存在する資源の魅力を体感することであり、優れた観光とは、旅行者が地域を学ぶ、理解するというプロセスを経ることだと考えている。みちのく潮風トレイルを通して実現したいことは、歩く旅の復権である。長距離を時間をかけて歩くことで地域の人たちとの交流が生まれ、そのなかで様々な思いを巡らせることのできるロングトレイルは、地域に対する深い理解につながるものであり、非常に満足度が高い旅になると考えている。
●観光関連事業の費用対効果の説明に際しては、一般的には利用者数や経済効果が指標となるが、本来的な意味での震災復興を考えたときに、経済が回れば地域がすごく良くなるかというと必ずしもそうではない。利用者がいかに満足したかが問われるべきであろう。
●震災という大きなダメージを受けた地域を通るトレイルにとって、地域振興にどのように貢献できるかは非常に重要な命題。みちのく潮風トレイルを歩いて地域資源の魅力を体感することで、地域に伝わる知恵や生活様式といった価値に気づいてもらい、都会に地域を応援する気持ちの人を増やしたい。また、そうした応援者が増えることで、地域に住まう人が地域の価値に気づく機会を生み出したい。
●ロングトレイルという長い時間をかけた旅では、抜きつ抜かれつ何度もすれ違うハイカー同士の心のつながりが生まれる。また、歩く速度だからこそ、ハイカーと地域との触れ合いも生まれる。これがロングトレイルの本質的な魅力である。
●今後の展開を考える際、三陸には雪が降らないというのは大きなアドバンテージだと考えている。冬山登山は難しいがハイキング程度なら楽しみたいという方は、冬季の東北観光にとってうってつけのターゲットになるだろう。また、1,000㎞を超える長いトレイルであることがリピーター化にもつながると期待している。

 

加藤則芳氏が目指したもの
●現代社会は、団体に加わって得られる利益が成員の関心の中心になって結合される利益社会=「ゲゼルシャフト」が中心となっている。加藤氏は、自然的・直接的に打算抜きで結合した共同社会=「ゲマインシャフト」の価値観を顧みることが、現代人の暮らしを豊かにすることにつながると考え、ロングトレイルを日本に紹介し続けた。
●自然体験の提供においては、フロントカントリーとバックカントリーという2つの考え方がある。フロントカントリーは、観光地として整備され管理責任者がいる場。一方、バックカントリーは強烈な自然体験を提供する場であり、自己判断・自己責任での行動が求められる。加藤氏は、バックカントリーをみちのく潮風トレイルに組み込むべきだと主張していた。満潮になると通れないようなところにトレイルを設定すれば、満潮か干潮をあらかじめ判断する必要が生じ、長旅であれば潮の干満時刻を踏まえた行動計画も必要となる。現時点のみちのく潮風トレイルには、バックカントリーの要素はあまり組み込めていないが、今後は、一歩進んだアウトドアの楽しみ方も提案していきたい。

【第2部】意見交換
参加者…宿泊施設に関する情報提供はどうなっているか。
櫻庭氏…名取トレイルセンター(宮城県名取市に環境省が設置)を運営している「NPO法人みちのくトレイルクラブ」にて、宿泊施設や観光サービスを紹介するガイドブックの作成を進めている。WEBにも掲載する予定。同センターは現地の観光推進団体ともつながりを持って情報収集しており、今後、みちのく潮風トレイルのワンストップ窓口として機能するよう準備を進めている。インバウンド対応も拡充予定。
参加者…ルートサインや案内版、スマホ対応マップ作成の予定はあるか。
櫻庭氏…今年度中にみちのく潮風トレイル全線にサインが整備される予定。スマホ対応マップについても今年度中の公開を目指して作成を進めている。
プロハイカーの現地調査を踏まえて必要な情報をピックアップし、現在取りまとめ作業を進めている段階。
参加者…いいとこ取りで楽しみたい場合のおすすめ区間はどこか。
櫻庭氏…〝海のアルプス〞と言われるだけあり、岩手県の区間は崖の上り下りもあってかなり厳しいルートになっている。青森県、宮城県、福島県はフラットな区間が多く、年配の方でも歩いていただけるだろう。
人気があるのは八戸の種差海岸。二次交通が充実しているため区間を分けて歩きやすく、民宿も多い。また、民宿の方たちの多くがルート設定のワークショップにも参加しているため、ハイカーに対する理解度が高く、お弁当付きプランなどハイカー向けのサービスも充実している。

参加者…交通事業者と連携した日帰りコースの設定などの取り組みはあるか。
櫻庭氏…みちのく潮風トレイルの3分の2程度は、二次交通を利用しながら歩けるようになっており、JRの「駅からハイキング」にもマッチするだろう。
また、環境省や三陸鉄道、岩手県北バス職員の有志で「俺たち歩こう会」を結成し、トレイル以外にも旧街道や塩の道などを歩いてツアー造成を検討するという会を開いている。こうした情報共有が下地となり、三陸鉄道でもトレイルツアーの試行を始めたところ。
参加者…トレイルの楽しみ方を伝えるための取り組みを知りたい。
櫻庭氏…トレイルの魅力を分かりやすく伝えるのはなかなか難しい。コンテンツづくりは精力的に進めてきたが、広報はまだこれからという状況。最近は年に3・4回、アウトドアグッズ製造会社のイベントなどでPRしている。広報は行政が苦手とする分野であり、民間セクターが中心となって進めていく必要があるだろう。また、地域側の認知度を高めることも重要で、地域住民の購読率が高いローカル紙の取材は
積極的に受けるようにした。
ガイド事業者については、現在プロとしてトレイルガイドを行っているのは八戸くらい。他には、ルート設定ワークショップに参加していた方たちが、副業的にガイドを引き受けるという動きが少しずつ見られ始めている。
参加者…実際にトレイルを歩いてみて、地域の中でもトレイルに対する認知度に差があるのではないかと感じた。
櫻庭氏…ハイカーの存在が当たり前になってくると、トレイルに対する認知度が高まり、様々な活動の広がりが生まれてくるだろう。世界で最初にできたロングトレイルであるアメリカのアパラチアントレイルでは、地域住民がハイカーに対して宿や食事を提供することが日常的に行われており、彼らはトレイルエンジェルと呼ばれている。こうした取り組みが成立する理由は、国認定第一号のロングトレイルが自分たちのふるさとにあることを非常に誇りに思い、ハイカーたちを尊敬していることにある。また、こうしたトレイルエンジェルの存在が、全世界のトレイルの中でアパラチアントレイルが最も格式が高いと、ハイカーたちが認める理由になっている。日本では、四国遍路が近いイメージだろう。みちのく潮風トレイルも、アパラチアントレイルやお遍路さんのように、存在として定着し、文化として熟成され、その地域と一体化したトレイルに育てていきたいと思う。
参加者…フランス人はトレイルに対する関心が高い。外国人に対する情報発信はどうなっているか。
櫻庭氏…実際に欧米系の方がトレイルを歩いているという報告もある。トレイルセンターに英語ができるスタッフを配置しているほか、今後はテレワークで多言語対応化も進める予定。イギリスやシンガポールの記者から取材を受けたことがあり、その記事が広告媒体となっている。
参加者…既存の道をつないで新たなトレイルとすることに対して、地域住民には何をつくると説明したのか(地域住民のモチベーションはどこにあったのか)。
櫻庭氏…このエリアは陸中海岸国立公園(現在は三陸復興国立公園)という国立公園エリアで、素晴らしい海岸景観をいいとこ取りで楽しむための遊歩道がもともとあった。地域の方には、「この遊歩道を昔みなさんが使った道でつないでください」と呼びかけた。道を思い出す作業を通じて、道がつながるだけでなく、道にまつわる自分自身の物語も抽出されていった。地域の方にとっては、自分と関わった道が復活するという期待感があり、トレイルの設定やその後の維持管理に参加するモチベーションになっている。
参加者…みちのく潮風トレイルのルートと復興工事の関係は?
櫻庭氏…沿岸部には万里の長城のごとく防潮堤が建設されており、一部は海が見えない区間もある。防潮堤の上にルートを通している区間もある。山あり谷あり海岸ありと歩き、里に下りると防潮堤、防潮堤を越えて町場に入り必要なサービスを受けた後、再び防潮堤を越えて山側に戻るというルートになっている。自然が好きな方は八戸〜金華山までのルートがまさにロングトレイルらしいルートとなっている。南側のルートは町場と近く、気軽に食べ歩きなども楽しめるルートとなっている。区間ごとに特徴があり、好みに応じて選択してもらいたい。
参加者…安全管理体制について知りたい。
櫻庭氏…地域にもともとある救命や防災システムと連携しての対応を基本と考えており、今後各地区の消防や消防団との情報共有を強めていく必要がある。全線サイン整備後、各サインにナンバリングを行い、その番号で自分の場所を識別し、救助側にスムーズに伝えられるようにする予定。また、ハイカーにはラジオやクマ鈴、スズメバチに刺されたとき用のリムーバーなどを携行するように注意喚起している。
参加者…ワークショップの集客方法、ワークショップで掘り起こした情報の扱いについて知りたい。
櫻庭氏…ワークショップの集客は役場が発行する広報誌が主な手段。その際、その後の合意形成がスムーズになるよう、各地区の区長には必ず参加してもらうようにした。地域の歴史に詳しい教育委員会出身の方も議論において重要だった。役場の協力を得るために、各市町村の首長の理解を得ることは非常に重要。
また、ワークショップで掘り起こした情報の裏付けや蓄積は、他の担当者は行っていたかもしれないが自分はしてこなかった。この情報はトレイルの魅力を伝える貴重な情報源で、今後何らかの形で情報共有が必要だと思う。
司会…日本交通公社では、みちのく潮風トレイルと同じグリーン復興プロジェクトのひとつである、復興エコツーリズム推進モデル事業を担当していた。岩手県久慈市、洋野町、山田町、宮城県気仙沼市唐桑半島、塩竈市浦戸諸島、福島県相馬市松川浦の6か所のモデル地域のうち、浦戸諸島において、地域の方へのインタビューと図書館資料の情報を整理して、地域の隠れた魅力を掘り起こしたガイドブックを作成したことがある。トレイルやエコツアーのガイドさんのヒントブックになるだけでなく、このガイドブックが地域の方自身が地域の魅力に気づくきっかけになった。また、学校の教材としても使われている。
参加者…入込客数以外に、効果測定手法として想定しているものはあるか。
櫻庭氏…現状ではトレイルマップの配布数でカウントしたり、ハイカー自身に数取器を押してもらってカウントしているが、いずれも正確な数値ではないため、赤外線カウンターの導入を検討している。適切な設置場所が難しいが、90%程度の精度で間違いなくトレイルを歩いている方をカウントできそうな箇所を、10地点ほどピックアップして設置することになるだろう。

みちのく潮風トレイルにかける想い
司会…みちのく潮風トレイルにここまで熱心に取り組める理由を聞かせてもらいたい。
櫻庭氏…長崎県の五島列島に駐在時、九州自然歩道を五島列島まで延伸することになった。自分が赴任した時点でルート計画はある程度固まっていたが、設定者自らによる現地調査を踏まえず机上だけで引いた道、歩く人の目線に立って考えられていない道だったため、非常につまらない道となっていた。
困った私が上司に相談したところ、加藤則芳氏を紹介され、実際に五島列島まで来ていただいた。その時にはすでにALSを発症しており、かなり体は辛かったはずなのだが、自分が生きている間にロングトレイル文化を日本に定着させたいという意気込みで、熱心に指導いただいた。
五島列島での任期をまもなく終える頃、東日本大震災が発生し、環境省本省では加藤氏の提言を受けてみちのく潮風トレイル構想が産声を上げていた。年度が変わり、4月1日付で本省勤務になると、トレイルをはじめとする三陸復興推進チームに加わることとなり、加藤氏と再会することになった。
加藤氏本人の熱意はもちろん、その周囲の人たちも、とてつもないエネルギーを持っていた。それは加藤氏が亡くなられた今でも変わらずに続いている。そうした人たちの中にあって、これは生半可な気持ちでは関わってはいけないと思うし、公務員だから自分だけ先に抜けます、という気にも全くならない。人事面での配慮もあり、みちのく潮風トレイル構想が生まれてから全線開通までの8年間半にわたって関わり続けることができたのは、仕事冥利に尽きると感じている。

おわりに
終了後、参加者の皆さまからは、「トレイルについてほぼ初めて知ったが理解が深まった」「歩く旅の復権という主張に心から共感する」
「加藤則芳氏の熱意を受けて取り組みを続けていらっしゃる方々の物語自体に感動した」といった感想をいただきました。
私自身は復興エコツーリズム推進モデル事業で東北太平洋沿岸地域に関わった経験があり、そこで知り合った素敵な人たちの取り組
みを紹介したいという思いで、今回のたびとしょCafeを企画しました。一人でも多くの方に、東北の魅力が伝わることを願っています。
(文:観光文化情報センター企画室副主任研究員 門脇茉海)