大好物は郷土資料
眞鍋じゅんこ
「博物館にママが住む〜♪」と、幼い頃の娘は妙な自作の歌をよく口ずさんだ。
取材旅行先で私だけ地元の郷土博物館や図書館に籠ってしまうからだ。その間、写真家の夫は娘を連れて風景写真を撮りに行ったものだ。
インターネット情報が飛び交う現代でも、地元資料の量と奥深さには絶対かなわない。特に図書館の郷土資料コーナーは宝の山だ。分厚い市町村史に郷土博物館や教育委員会発行の図録や資料集。小中学生向けの副読本「私たちの郷土」もわかりやすい。さらに足で情報を集めたタウン誌やミニコミ誌、商店街や町会、企業の周年記念誌や「草加せんべいの歴史」といった業界記念誌など、その土地の図書館でしかお目にかかれない冊子の数々も大好物だ。地元住人による自費出版の「わが人生」的な本もあなどれない。
それから観光パンフレット数十年分も土地の変遷がわかりそうだ。ことに市町村合併した自治体では合併以前の資料も残せればよいのに、と思う。
こうした貴重本(私にとっては)の数々を机に積み上げ、コピーしまくる。もう至福のひとときだ。外で待ちわびる家族のことも忘れて。
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もうひとつ、私が好きなのは地図だ。江戸切絵図に村地図、明治時代から現代までの比較図、歴代のゼンリン住宅地図。古い「町内会地図」や「商店街地図」を発見した日には狂喜乱舞だ。
戦火を免れた江東区深川図書館の郷土資料室では、貴重な地図の数々を閲覧できる。ここで戦後の築地市場内の店舗が細かく記された地図を見つけて、コピーを該当する知り合いの店に進呈したことがある。すると数年後、別な店で「これすごいですよ」と同じ地図が出て来た。よく見ると私のメモ書きまでコピー、苦笑した。どうやら市場内で回覧されているらしい。古い地図は当人たちにも大切な思い出なのだ。

現代だけじゃなく百年後の人のために
「人の生活を記録する」テーマを、私が強く意識し始めたきっかけは、30数年前に小笠原母島の民宿で読んだ1冊の薄い自費出版本だった。確か学校教師が団体で東京諸島を巡った紀行文で、定期船から上陸する島々での驚きや感想がさらっと記されている。中でも息を飲んだのが硫黄島だった。戦前の集落の様子が描写されているのだ。
今では一般人が上陸することすら出来ない、失われた風景がそこにあった。
別に学術論文でなくても、ただ見た事実を記せば後世の人に役立つかもしれない。これが私たちの仕事の原点だ。
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さらに日本交通公社旅の図書館副館長の大隅一志さんとの何気ない会話のひと言に、背中を押された。
「巷にあふれる情報も、ウェブでは数年先に見ることも出来ない可能性があります。でも紙媒体ならいつまでも残せます」。
出版不況といわれても可能な限り印刷物への執筆を続けようと心に誓った。
だから図書館も、未来人のために「昔」と「今」を出来る限り保存していただければ、と願っている。いっそ市民と一緒に「地元地図」を作ってみてはいかがだろう。図書館だけに資料なら山ほどあるわけだし。
全国津々浦々、興味深い郷土資料を見つけてはワクワクさせてほしい!

眞鍋じゅんこ(まなべ・じゅんこ) ノンフィクションライター。 写真家の夫鴇田康則と共に、国内外の「人の生活を記録」して30年来旅を続け、雑誌や書籍、スライドトークや講演などで発表。 NHK文化センター等でまち歩きの講師も務める。 著書に「ニッポンの村へゆこう」(筑摩書房)、「うまい江戸前漁師町」「中古民家主義」(共に交通新聞社など)。 現在月刊誌「散歩の達人」(交通新聞社)にて、「1964年↓2020年東京オリンピックを歩く」連載中。