東近江市立八日市図書館
まちの魅力を集めて発信 〜地域とつながる図書館づくり〜
東近江市立永源寺図書館館長 山梶瑞穂
山梶瑞穂(やまかじ・みずほ)
東近江市立永源寺図書館館長。 1995年滋賀県湖東町入庁。 2005年の市町村合併に伴い、東近江市立八日市図書館に。 その後、東近江市立能登川図書館を経て、2015年八日市図書館副館長、2019年4月から現職。

東近江市立図書館が大切にしていること
近年、図書館を人が集まる「にぎわい拠点」や「観光施設」として捉える動きがある。しかし、図書館はひとづくりを支える「教育施設」である。図書館として一番大切なことは、市民の要求に応えるだけの資料を整備できているか、利用者と資料を結ぶ有資格の専門職員(司書)がいるか、人と人、人と資料が出会う快適な利用環境が整えられているかといった基本的要件を満たしているかどうかである。
元気で活気あるまちづくりを実現するためには、そのまちに暮らす人々が元気であらねばならない。「まちづくり」は「ひとづくり」からなのである。
「よりよいまちづくりとひとづくりを進める図書館活動の推進」を実現するための手立ての一つとして、私たちは6年前から図書館外の人々とともに地域情報誌「そこら」を発行している。それについて紹介したい。

地域を知ることの大切さ
地域に根差した質の高いサービスの実現には、職員が地域のことを深く知ることが大切であり、そのために職員が地域に出ていくことが欠かせない。
目を凝らし、耳を澄ませば、内からだけでは見えない地域の課題や日々の様子が見えてくる。見聞きしてきたことや経験は、図書館サービスの根幹を支える選書に必要不可欠な情報となる。
また図書館資料の中で大切な郷土の歴史資料や行政資料などは出来る限り幅広く収集しているが、改めて書架全体を見渡すと「地域の今」を扱った資料が少ないことに気付かされる。地域の今の課題は何か、どんな動きがあるのか、どんな人がいるのか、それを知る有効な資料が殆ど無いのである。無いならつくればよい。これがリトルプレスづくりを始めたきっかけだった。

 

地域情報誌「そこら」の誕生
以前から、「地域の今」と「地域の魅力」を発信したい、という職員たちの思いはあった。
つくるにあたって、図書館に編集などのノウハウはある、でも印刷費は無い、広く情報を集め記事にしたい、等々の思いから、図書館以外の人や機関と連携することとした。
東近江では「総寄り」と言う、市民や各種団体と行政職員がゆるくつながるまちづくりのネットワークがあり、図書館職員も参画している。年数回の懇親会では「総寄り」のメンバーが一同に会し、何かのときには協力しあえる頼りになる仲間を見つけることができる。この「総寄り」で出会った市役所の「緑の分権改革課」(当時)の職員が、地域で活躍する人々を紹介する冊子を作っていた。その冊子をリトルプレスに発展させようと意気投合したのが「そこら」の始まりである。ちなみに「そこら」とは近辺をあらわす方言「そこらへん」を略したもので、地域の魅力を、まず地元の人に知ってもらいたい、という思いから命名した。

リトルプレスづくりの現場から
「そこら」は現在、年1回のペースで発行している。当初は取材に行っても断られたり警戒されることが多かったが、号を重ねるにつれ認知度が高まり、市民の協力も得やすくなっていった。
図書館には今も予算は無いが、「そこら」の高い情報発信力に期待を寄せ、経費を負担してくれる市役所内の課や団体が現れた。2号がNPO法人「まちづくりネット東近江」、3号が市総務課、4号は「東近江エコツーリズム推進協議会」、5号は「ローカルサミットin東近江実行委員会」、6号は市観光物産課。そして現在編集中の7号は市広報課が予算を確保してくれた。
資金面だけでなく、市の職員は編集委員として協力してくれるようになった。6号からは地元新聞の関係者やフリーのカメラマンも参加している。皆、楽しんで携わり、編集会議はいつも和気あいあいとしている。
「そこら」では、執筆者自身が必ず体験や取材し、記事にする。記事や写真の使いまわしはしない。幻のイヌワシを探して厳冬の山を登ったが見つからなかったことや、SUPという湖上で楽しむスポーツでは何度も冷たい湖に落ちたりした経験も記事にした。そして取材した人には必ず、東近江市のおすすめスポットを教えてもらっている。
それが隠れたスポットであったり風景だったりすることがあり、取材する我々も興味深い。
「そこら」は市の様々な場面で活躍している。市観光物産課はまちの魅力を市民や都会の人々に伝える場で配布している。広報課は市内の各高校に「そこら」を持参してPRし、新たな書き手=高校生ライターを生んでいる。森と水政策課では2017年度に本市で開催された「ローカルサミット東近江」の様子を伝える場として「そこら」を活用した。

「そこら」取り組みの成果
「そこら」の直接的成果は、取材を通じて得た情報を選書に活かせたことや、魅力的な催しや展示につなげたことであるが、より大きな成果は、人的ネットワークの拡大である。地域の活動に欠かせない大きな財産となった。
「そこら」を毎号心待ちにしてくれている市民は多い。2016年に八日市図書館で開催した「そこら展」(「そこら」で取り上げた人やモノを紹介するための企画事業)には、多くの市民が来場し、「そこら」に登場した人と直接話をしたり、作品に触れたりと市民が交流を深める機会となった。
図書館は様々な年代の人が立ち寄れる場所だ。「そこら」づくりで培った経験と人脈を活かした地域密着の取り組みを図書館が進めることで、市民に東近江のことをより深く知ってもらう機会となっている。地域の魅力に気づいた市民は東近江の魅力をPRする人になってくれるのではないかと考えている。これも図書館が地域の振興に寄与できる一つの成果ではないだろうか。
「そこら」5号では、「高校生と考える、このまちの未来」という企画でワークショップを行った様子や、地域の大学生が観光物産につけるロゴマークを作成する過程を記事している。また6号では、市内の高校生ライターがまちを取材し、高校生の目線でまちの魅力を紹介している。若い世代が今後、地域の魅力を伝える人材になってくれることを楽しみにしている。