1964年、アジア初の東京オリンピックは、高速交通網の整備や東京の都市機能の飛躍的発展などインフラ整備だけでなく、観光基本法の制定や海外旅行の自由化、都市ホテルの国民利用の広がり、外食産業の発展、大学での観光教育の始動など日本の観光振興に多くのレガシーを残した。
 2002年のサッカーワールドカップは、地域密着を掲げたJリーグの発足もあり、スポーツを地域振興に結びつけるという発想が社会的に注目された。海外からの観戦者数は予想を下回り、経済的な効果は期待通りとは言えなかったが、わずか8日間のカメルーンチームの滞在によって一躍脚光をあびた大分県中津江村の例などスポーツが地域振興に結びつくことを社会に認知させた。また、観光振興の新たな試みとして地方都市や温泉地などが「ベースキャンプ誘致」に取り組んだ。誘致に成功した自治体は全国で27カ所。各地で選手と子供達などとの国際スポーツ交流が進められた。
 2019年のラグビーワールドカップは、日本のラグビー界にとって画期的な年として歴史に刻まれたことであろう。低調なまま始まったが、日本チームの活躍とともに大きな盛り上がりをみせた。観光面では、はじめてインバウンドによる地域振興効果が確認された国際スポーツイベントといえるだろう。正確な訪日観戦者数は明らかとなっていないが、観戦者と非観戦者の消費額の違いは2.4倍に達した。中高年層を中心に経済的にも余裕のあるラクビーファンが長期間にわたって日本各地で観戦していたことが分かる。
 そして一年延期となった2021年。歴史上はじめて「無観客」のオリンピック・パラリンピックとなった。万全な準備を進めてきた地域の関係者の喪失感は計り知れず、未曾有の国難ということで自らを納得させた方々も多かったと拝察される。ただ、コロナ禍の度重なる移動制限を経験し、集客やビジネスとしてのスポーツとは別に、日常生活圏でのスポーツの大切さを改めて考えたのは私だけではなかろう。いつでも誰でも手軽にスポーツができる施設、気軽に指導してもらえるスポーツクラブ、その周辺に広がる美しい緑の芝生や歩き易い快適な散策路などがイメージされる。
 かつてドイツのゴールデンプラン(※)によるスポーツ施設の整備やフェラインという地域に密着したスポーツクラブの存在などが観光研究として盛んに行われた時代があった。スポーツを大規模な国際イベントとして捉える外貨獲得的な考え方と身近な生活空間のスポーツ環境向上という域内循環的な考え方。無論、両者のバランスが大切なのだが、これからはより一層生活の質を向上させるという点で後者が重要となってくる。遠回りかもしれないが、身近なスポーツ環境の充実が地域の観光振興にも繋がるレガシーとなっていくことを期待したい。

梅川智也
(うめかわ・ともや)
日本観光研究学会会長。國學院大學研究開発推進機構教授。筑波大学第三学群社会工学類卒。1981年財団法人日本交通公社入社、地域計画室長、研究調査部長、理事・観光政策研究部長。その後、立教大学観光学部特任教授などを経て、2020年4月から現職。技術士(都市及び地方計画)。主な著書に『観光地経営の視点と実績[第2版]』(丸善出版、共著、2019年)、『観光計画論Ⅰ』(原書房、編著、2018年)など。

※1960年にドイツで始まった地域のスポーツ施設整備政策。