【特集】…⑤ 石川県金沢市
金沢グループの整備について

「スポーツで人とまちを元気にする」金沢市が実践してきたこと
金沢がめざすのは、スポーツをする、支える、応援する、語り合うなどが日常となり、受け継がれていくこと。金沢プールは、そのシンボルだ。

金沢市文化スポーツ局スポーツ振興課
金沢市文化スポーツ局オリンピック関連事業推進室

1 .「金沢プール」整備の背景と目的

施設整備の経緯

「金沢市営総合プール」は、金沢市の大規模プールとして金沢南総合運動公園内に昭和34(1959)年にオープンし、石川国体やインターハイなど数多くの全国大会の舞台となってきた。また、これまで多くの市民や水泳愛好者に親しまれてきた。しかしながら、供用から50年以上経過し、施設設備の老朽化が顕在化していた。
 金沢市では平成27(2015)年3月に「金沢市スポーツ推進計画」を策定し、「スポーツで人とまちを元気にするまちづくり」を推進し、スポーツが文化として認識される社会の確立をめざしている。この計画実現の中核を担うのが金沢城北市民運動公園で、「市民スポーツの推進及びスポーツ交流の拠点」として、「金沢市営総合プール」を移転新築するかたちで「金沢プール」が整備されることとなり、平成29(2017)年4月9日にオープンを迎えた。

施設の整備方針

 本施設の整備に当たっては、次の5つの整備方針を基に計画、施工している。
(1)「トップアスリートから一般の市民利用のニーズまで幅広く対応した、いつ来ても泳げるプール」とし、屋内国際公認プールとしてのハイグレードな品質の確保と、大会開催・一般利用・併用利用に配慮した利便性の高い「いつでも・だれでも泳ぎに来られるプール」を整備。
(2)「公園施設との連携による、新たな「健康」と「スポーツ」への架け橋となる施設づくり」とし、屋内広場を含む公園施設との連携により、健康増進・親水促進の核となる施設を整備。
(3)「都市公園施設として、公園内外の景観、周辺環境と調和したデザイン」とし、金沢の3つの台地と、新たなプールの屋根の稜線が呼応する、金沢の原風景と調和するスカイラインを形成。
(4)「金沢の歴史的・文化的文脈を感じる木ウォールによる伝統工芸をモチーフとしたデザイン」とし、伝統工芸である指物(さしもの)(木工)をモチーフとした地場産の木仕上材による織物のような外観デザイン。
(5)「環境負荷の低減や自然との共生、運営コストを考慮した施設整備」とし、気候・風土・施設特性に合致した「環境共存型プール」の整備。

施設の概要

 本施設は、鉄骨鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造)、地上3階、地下1階、延床面積14148.42㎡の通年屋内型プールで、50mプール、飛び込みプール、25mサブプール及び諸室で構成されている。観客席は仮設を含め2500人の収容が可能であり、日本水泳連盟主催の主要な国内大会が開催可能である。
 50mプールは、50m×25m×水深2.0m、10レーンの国際基準プールで、可動壁により25mプール(短水路公認)及び多目的プールの2面に区分することができる。全床が可動床となっており、水深0〜2.0mに調整することができ、水球競技にも対応している。
 飛び込みプールは、25m×20m×水深5.0mの国際基準プールで、高飛込用(10m、7.5m、5m各1台)及び飛板飛込用(3m、1m各2基)の飛込台を有する。アーティスティックスイミングにも対応するほか、競泳大会時にはウォーミングアップ用としても利用される。
 25mサブプールは、25m×14m×水深1.1m又は1.35m(2段オーバーフロー)、7レーンで、主に一般開放して利用され、大規模大会時にはウォーミングアップ用としても利用される。

施設を活用したスポーツ振興

 本施設は、大規模屋内プールの管理運営実績のある事業者を中心に、地元フィットネスクラブ等で構成された「金沢プール共同事業体」が管理運営を行っており、民間ノウハウを生かした質の高いサービスや、豊富なプログラムを展開することで地域振興や市民の健康な身体づくりの促進をめざしている。
 また、オープン以来、県レベルの競技会が続々と開催される中、全国的なイベントとして「水泳の日2017・金沢」が開催された。このイベントは、日本水泳連盟が、水泳のさらなる普及と発展、競技力の向上と競技人口の拡大を目的として開催しており、地方において行政と連携した初の開催となり、総勢30人を超えるオリンピアンや日本代表選手がゲストで登場し、参加者と一緒に泳ぎ、レッスンを行うことで交流を深めた。ほか、2017年9月の日本選手権水泳競技大会(飛込競技)や、2018年福井しあわせ元気国体(飛込・水球・アーティスティックスイミング)などの大規模大会が開催され、トップレベルの競技を間近に感じることで、競技力の向上や地域の活性化が期待される。

2.東京オリ・パラのホストタウンとしての取り組み

 ホストタウンとは、東京オリンピック・パラリンピックの開催効果を地方にも波及させるために国が設けた制度であり、「参加国と地域の住民がスポーツ・文化・経済等の多様な分野で交流することを通じて地域の活性化に活かし、末永い交流を実現することを目的とする」と説明され、全国で約530の自治体・地域が登録されている。
 金沢市は姉妹都市であるフランス・ナンシー市とロシア・イルクーツク市との縁から、フランスとロシアのホストタウンに登録し、フランスの水泳3種目(競泳、飛込、マラソンスイミング)、ウエイトリフティング、パラ水泳と、ロシアの飛込種目の、計6チーム、92名の選手団の事前合宿を受け入れた。


 実施体制として、平成29(2017)年に文化スポーツ局にオリンピック関連事業推進室を設け、フランスとロシアの各競技連盟による練習会場や宿泊施設等の視察を経て、事前合宿を金沢市で行う旨の協定を締結した。その後、2020年の大会直前の事前合宿に向けた予行練習として、令和元(2019)年度までに延べ5チーム、59名がプレ合宿を行った。プレ合宿では、練習時間帯、食事の素材と分量、オフの日の過ごし方、好まれる観光スポットや文化体験など、準備すべき事項を確認しながら経験を積み重ねるとともに、相手国選手団との人間関係も築いてきた。
 また、プレ合宿にあたっては、地元の競技団体に練習機材の調達や合同練習の相手役を務めていただいたほか、一般市民、スポーツ団体、通訳、学生、経済団体等から96名のボランティアを登録するなど、2020年の事前合宿に向けた準備と体制を整えてきた。
 ところが、新型コロナウィルス感染症の世界的な拡大により、2020年の東京大会は延期となった。1年のブランクにより「相手国選手団との人間関係の維持」と「東京大会に対する市民の機運の持続」に危機感が生じたことから始めたのが、相手国との動画交流である。まずは、これまでのプレ合宿で選手団と面識のある市職員とボランティア等が相手国チームに向けて「2021年に待ってるよ!」と動画を撮影して送信したところ、相手国選手団からも「金沢に行くのが待ち遠しい!」といった動画が返信されてきた。フランスのアーティスティックスイミング選手団から送られてきた自宅でのトレーニングの様子を地元のジュニアチームが実践し、その様子を撮影した動画をフランスへ送ったところ、「かわいい」との反応が返ってきたこともあった。このような交流が始まり、寄せられた動画は60本以上、参加者は300人超に達した。この様子を市民にも知ってもらい、オリンピック・パラリンピックへの機運を高めてもらおうと、動画に字幕を付けて公式ホームページに掲載することとした。この動画交流には、事前合宿に直接関係しない地元の音楽家、文化芸能家、寿司職人、学生なども加わり交流の裾野が拡大したほか、金沢市のホストタウン活動についての市民の認知も高まるなど、「相手国との人間関係の維持」と「市民の機運の持続」が解決しただけでなく、相互の理解が更に深まった1年となった。


 さて、2021年の東京オリンピック・パラリンピックは、厳しい入国制限、バブル方式による感染防止対策、無観客など、前例のない大会となり、ホストタウンの事前合宿も感染防止対策を徹底しての実施となった。多くの制約がある中で、金沢市が行った取り組みの一部を紹介する。

① マニュアルの整備

 国は令和2(2020)年11月に「ホストタウン等における選手等受け入れマニュアル作成の手引き」を発表し、全国のホストタウンはこれに基づいてマニュアルの作成を開始した。しかし、金沢市ではその4か月前から、感染リスクの高いパラ選手団にも対応できるマニュアルの作成に着手しており、これをベースに、国や大会組織委員会が発表する手引きやプレイブック等の内容を織り込みながらリバイスを重ねてきた。また、相手国選手団とのリモート会議を開催して選手団の意見や経験を取り入れるとともに、このマニュアルに実効性があるのか、机上の空論になっていないかなどの議論も交わした。更に、市職員、通訳、練習施設・宿泊施設などの関係者が参加して図上訓練や実地訓練なども実施した。このことにより、選手団はバブル方式等による制約を理解し、双方の信頼関係の中で事前合宿が順調かつ安全に実施できた。

② 合宿受入体制の見直しと日本航空からの出向職員の活躍

 コロナ感染拡大以前は、合宿受入のためのスタッフ数を最低限とするために、午前はA選手団、午後はB選手団のサポートに入るというようなアメーバー方式でスタッフが従事する計画としていたが、その方法では、どこかの選手団に感染が発生したら他の選手団にも感染させてしまう危険性があることから、計画を変更し、選手団ごとに専属チームを編成し、他の選手団とは接触しない体制を作ることとした。しかし、この方法ではスタッフの必要人数は2倍以上必要となるにもかかわらず、毎日の行動を制限できないボランティアはバブルの中に入れることができないため、戦力としてカウントできない。更に、いざ陽性者が発生すると保健所や病院に付き添う通訳も必要となるなど、スタッフの確保が課題となった。そこで外部の人材を「助っ人」として仲間に入ってもらうこととした。この「助っ人」に求められる資質は、「外国語が話せる」「外国人と接することに慣れている」「感染防止対策に慣れている」という3点であり、これらを全て備えている国際線客室乗務員を7名、日本航空から出向職員として迎え入れた。彼らは選手団が搭乗する航空便の手配やまとまった客席の確保、空港内の選手団の導線確保や案内など、事前合宿期間中だけでなく選手団の母国出発から帰国までをサポートした。異例づくめの東京大会に不安を感じる選手団にとっても救世主となり、絶大な信頼を得ることとなった。

③ 市民との交流

 コロナ禍にあって、事前合宿中は対面での交流や接触型の文化体験などはできなかったものの、距離を確保しての対話やリモートでの交流の機会を設け、地元の競技団体やジュニア選手、障がい者スポーツ団体や小中学生などが一流選手と交流した。また、練習を一般公開することにより、無観客となった東京とは異なり、選手の生の姿を見ることができると多くの市民が練習会場を訪れ、選手団と手を振り合うなど心を交わした。
 市内12の小中学校からは、練習会場と宿泊施設の往復しかできない選手団のストレスを和らげようとユニークな動画が届き、選手団の食事中に放映した。選手団一人ひとりにメッセージカードを届けた学校もあり、選手団から感謝の動画や寄せ書きなども届いている。文化体験として、和食や金箔貼り、人形の絵付けなどを用意したほか、宿泊施設内に土産品を陳列して注文を受け付けるショッピングも味わってもらった。なかでも好評だったのは小学生が用意したこまや折り紙、書道などの日本文化体験であり、選手団が鉢巻きをしながら書道をする姿などが彼らのSNSで紹介されている。このように、金沢では事前合宿の段階から盛り上がりを見せ、東京大会の開幕を迎えた。

3.スポーツを通じて国際交流を成功させるには

 コロナ禍で様々な環境が変化する中、試行錯誤を繰り返しながら選手団との交流や受け入れ体制を整えた。特に今回は、動画交流によって選手団と合宿受入スタッフの人間関係がより深まったとともに、動画に参加した市民層がスポーツ関係者だけでなく多様な分野に拡がったことや、小中学生や地元ジュニア選手が動画を作成するなどの時間的余裕が生まれたこと、合宿受入マニュアルを相手国選手団と議論しながら作成したことなど、東京オリンピック・パラリンピックが1年延期されたからこそ得られた成果は数えきれない。もし、予定どおり2020年に大会が開催されていたら、ここまで相手国と我々スタッフや市民との強い信頼関係が生まれずに過ぎ去っていたかもしれない。2021年の事前合宿を振り返ると、「開催のめどが立たない」「無観客」「選手団は自由に外出できない」「市民との対面での接触ができない」など、ないものづくしだった。しかし、そんな状況下でも与えられた条件のなかで工夫を繰り返しながら取り組んだことが実を結び、事前合宿は成功した。パラリンピックの父と呼ばれるルートヴィヒ・グットマン博士の「失ったものを数えるな、残されたものを最大限生かせ」の教えどおりの結果となった。
 今回の事前合宿を通じた国際交流が成功した理由は、スポーツだけを目的とするのではなく、芸術・文化・教育・経済など様々な関係者がそれぞれの手法で参加し、核となるスポーツを盛り上げるために協力し合ったことにある。このことにより、我々市民と相手国選手団との間で、「コロナ禍が明けたら、再度、対面で交流しよう」との共通認識が生まれたのである。その結果うれしい協議が成立した。来年(2022年)5月に福岡で開催されるFINA世界水泳選手権の事前合宿を再び金沢市で行い、改めて市民との交流の場を検討することになったのである。その際には、多様な市民が参加し、スポーツ以外の分野でも草の根の交流が展開されることを期待している。

4.今後の取り組み

 金沢市では、本市の文化に更に厚みを持たせ、発展させていくために、新たな価値としての「スポーツ文化」を推進し、後代に引き継いでいくことが重要であると考え、その決意や、市、市民及び事業者などの役割、基本理念を示した「金沢市スポーツ文化推進条例」を平成30(2018)年4月に制定した。「スポーツで人とまちを元気にする」ことに積極的に取り組むことにより、活力と魅力のあるまちとしていくため、スポーツを行うことはもとより、観ること、支えること、応援すること、語り合うことなどが日常的に行われ、これらが人々の生活の中に溶け込むとともに、その状態が風土として根付き、受け継がれていくことをめざしている。また、同年7月には、金沢の文化とスポーツによる地域コミュニティ・地域経済の活性化、文化とスポーツの活用・振興、そして金沢ブランドの醸成・発信を目的として「金沢文化スポーツコミッション」を設立した。
 このような取り組みの中、金沢プールでは、金沢市出身にして日本の飛込の礎を築き、7人のオリンピック代表選手を育てた中田周三氏の功績を讃える「中田周三杯飛込競技大会」の開催、金沢文化スポーツコミッションによる「日本マスターズ水泳選手権大会」の誘致、日本代表選手や大学の合宿・キャンプでの利用など、スポーツ文化の推進を担っている。
 今後も金沢プールは、本市における健康づくりや体力向上、または競技力向上の拠点であるとともに、屋内国際公認プールという資源と本市の地域資源を掛け合わせることで国内外のスポーツイベントの誘致につなげ、本市のスポーツにおける交流人口の拡大と地域活性化を図る中心的役割を果たしていく。