視座
スポーツイベントと地域振興の要諦を考える
公益財団法人日本交通公社 観光文化振興部長 吉澤清良
はじめに
規模の大小はあるものの、全国各地で様々なスポーツ大会や競技会が開催され、当該競技の技術力向上や地域の健康づくりに寄与している。さらに、スポーツは地域に人を呼び込み、交流人口の拡大や地域経済の活性化の観点においても、大きな役割を担っている。多くの参加者や観客が集まるプロ野球やサッカー、また国際的なスポーツイベントはその好例であると言える。そして、こうしたスポーツによって地域を活性化しようとする地域も多く存在する。
日本でスポーツを中心に地域づくりをしようという考え方が広まる契機となったのは、1993年の地域密着を掲げたJリーグの発足と、「2002FIFAワールドカップ」の誘致活動であると言われている。近年では2019年に開催された「ラグビーワールドカップ2019日本大会」での盛り上がりが思い出される。
2021年に入っても、コロナ禍は依然として収束の兆しを見せなかったが、夏季には一年延期となった「東京オリンピック・パラリンピック」が開催され、各地で熱戦が繰り広げられた。
今回の「観光文化」では、「国際スポーツイベントと地域振興」を特集テーマとした。ここでは、各特集を振り返り、スポーツイベントと地域振興、その要諦を考えてみることとしたい。
スポーツと観光、スポーツツーリズムの推進の流れ
観光庁が「スポーツ観光」という方向性を打ち出したのは2010年(表1)。5月には「スポーツツーリズム推進連絡会議」が設置されている。
観光庁資料より「スポーツ観光の趣旨」をみると、インバウンド促進と地域活性化の観点から、スポーツを「観るスポーツ」、「するスポーツ」、「支えるスポーツ」3つに区分している(図1)。スポーツ観戦、スポーツへの参加と周辺地域の観光促進、観光産業やスポーツ・健康産業等の需要喚起を含めて、地域活性化を図ること、また「支えるスポーツ」では、スポーツチームの地域経営、市民ボランティアとしての大会支援、国際競技大会・キャンプの誘致などによる地域活性化、地域・国の観光魅力の発信を目指すとある。
スポーツツーリズムについては、2011年6月に策定された「スポーツツーリズム推進基本方針」の中で、「スポーツを『観る』『する』ための旅行そのものや周辺地域観光に加え、スポーツを『支える』人々との交流、あるいは生涯スポーツの観点からビジネスなどの多目的での旅行者に対し、旅行先の地域でも主体的にスポーツに親しむことのできる環境の整備、そしてMICE推進の要となる国際競技大会の招致・開催、合宿の招致も包含した、複合的でこれまでにない『豊かな旅行スタイルの創造』を目指すもの」と規定されている。
2015年10月には、「スポーツ基本法」及び「スポーツ基本計画」に基づいたスポーツ振興施策を総合的に推進するため、文部科学省の外局として「スポーツ庁」が設置された。スポーツ基本法の理念である「スポーツを通じて『国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む』ことができる社会の実現」を目指し、スポーツ庁が中核となり、他省庁とも連携して、スポーツ行政の総合的な推進を図ることとなった。
本号では、スポーツ庁より「スポーツによる地方創生・まちづくりに向けた取組」と題して、その取り組みの一端をご紹介いただいた。
その中では、特に「地域SC(スポーツコミッション)」の重要性が説かれ、「地域SCが全国各地に増えていくことにより、地域ならではの資源の棚卸しや磨き上げ、ネットワークを活用した多様な取り組みの推進が図られ、スポーツを活用した持続的なまちづくりが活性化してくことが期待される。」と述べられている。
そして現在は、「オリパラ・レガシーとして、全国各地で、スポーツを活用した特色のあるまちづくりの創出・定着を促進させるために『スポーツ×地方創生・まちづくりプロジェクト』を推進している。」とある。
スポーツと観光の関係、スポーツイベントによる観光レガシー
スポーツと観光、観光地とは、非常に密接な関係にあり、親和性が高い。身近な例で言えば、山岳や高原、海浜リゾート地には、テニスやゴルフ、スキー、マリンスポーツなどのスポーツが楽しめる環境を整えている施設も多い。
オリンピック・パラリンピックやワールドカップといった国際的なスポーツイベントとの関係では、イベント開催を契機に、交通、宿泊施設などの観光関連インフラが整備され、都市の認知度やイメージが高まることなどは、巻頭言「国際スポーツイベントと観光振興〜「無観客」のレガシーを考える」(梅川智也氏)や特別寄稿「東京2020大会から、その先へ」(増田明美氏)でも、異口同音に触れられている。
梅川氏は、1964年に開催された「東京オリンピック」を例に挙げて、「高速交通網の整備や東京の都市機能の飛躍的発展などインフラ整備だけでなく、観光基本法の制定や海外旅行の自由化、都市ホテルの国民利用の広がり、外食産業の発展、大学での観光教育の始動など日本の観光振興に多くのレガシーを残した。」と記している。
元陸上・マラソン選手で、現在スポーツジャーナリストとして活躍されている増田氏は、今回のオリンピック・パラリンピックについて、「2020東京大会は、国立競技場などの施設はもちろんだが、一番は多様性を尊重する気持がレガシーとして残るのではないか。」、「東京パラリンピックで大きな感動が広がった。この機運を終わらせることなくパラスポーツを観る、する、支えることが日常になるようにつなげていきたい。パラスポーツの大会の開催は、障がい者や高齢者に優しい街の実現につながる。」などと述べている。
地域の事例に学ぶ、スポーツイベントと地域振興の要諦
本号では、これまで長い年月をかけて地域のスポーツ振興や国際交流事業に取り組んできた5つの地域に、取り組みの歴史、現状と課題、今後の展開を、コロナ禍で開催された東京オリンピック・パラリンピックにどのように向き合ってきたかなども含めてご寄稿いただいた。
表2には、各特集を振り返り、筆者が特に関心を持った事項を整理しているが、今回、特に感じたことは、いずれの地域も確固たる信念を持って地域のスポーツ振興や国際交流事業に取り組み、そしてその取り組みの背景には多くの住民の理解と共感、参画があったということである。
特集2(大分県日田市中津江村)の「日々の暮らしの再評価や新たな価値付けが、その地域の振興につながる最良の道」との言葉は力強い。東京オリンピック・パラリンピックの事前合宿における市民の自発的な取り組みは、地域への愛着と誇りに裏打ちされている。
特集3(岩手県釜石市)では、市民の「ラグビーのまち釜石」としての誇り、住民のラグビー愛は、東日本大震災を経ても変わることなく、むしろ広がりと深さをもって、ワールドカップの開催、その後の東京2020ホストタウン交流事業の実施へとつながった。
特集4(大分国際車いすマラソン)では、障がい者スポーツの父とも呼ばれる故・中村裕博士の想いが結実し、今に受け継がれ、これほどに世界的な大会が、無数のボランティアの協力を得て開催されている。
特集5(石川県金沢市)では、東京オリンピック・パラリンピックの事前合宿を安心・安全な環境下で受け入れたほか、動画の活用など様々に工夫を凝らした交流事業を展開し、市民、関係者、選手団が対面での交流を誓う、深い関係が構築されている。
特集6(長野県野沢温泉村)の「『地域振興は人材育成から』を是とする我々は、スポーツイベントを人材育成の為のツールとしても捉えている。」、「スキークラブが選手を育成し、選手引退後は大会運営や次の人材育成に関わり地域の発展に貢献する。そんな循環が長い間行われてきた。」との言葉からは、自負と覚悟が感じられた。
それぞれの地域の事例が、スポーツイベントと地域振興を考える際に、忘れてはならない視点を示唆している。
おわりに
スポーツは、住民の体力維持・向上に加えて、青少年の健全な育成や高齢化社会における社会保障費の削減、障がいへの理解などを促す。また、特にトップアスリートの国際舞台での活躍は見る者に大きな活力をもたらし、多様化・複雑化する国際社会における相互理解を高めることにもつながる。東京オリンピック・パラリンピックは、残念ながら原則無観客となったが、アスリートの活躍に魅了され、国際交流の重要性をも改めて認識した人も多かったのではないだろうか。
東京オリンピック・パラリンピックのような国際的なスポーツイベントばかりではなくても、競技会や事前合宿等の誘致による地域活性化への期待は、特に人口減少・少子高齢化の進展する地方を中心に高まっていくものと思われる。地域間競争も激しくなってくることだろう。
しかし、その際には、いわゆる「アウター政策(地域外からスポーツへの参加者や観戦者などを呼び込み、地域に経済・社会効果を生むことを主たる目的としたもの)」と、「インナー政策(住民のスポーツ実施率の向上や健康増進など、住民のウェルビーイング(※1)を高めることを主たる目的としたもの)」のバランスを意識することが大切となる。
巻頭言(国際スポーツイベントと観光振興〜「無観客」のレガシーを考える)で、梅川氏は、「(アウターとインナー)両者のバランスが大切なのだが、これからはより一層生活の質を向上させるという点で後者が重要となってくる。遠回りかもしれないが、身近なスポーツ環境の充実が地域の観光振興にも繋がるレガシーとなっていくことを期待したい。」と述べている。
そのような環境が日本全国に広がることを切に願う。
(よしざわ きよよし)
※参考資料:『国際文化研修(2020年春第107号)』(全国市町村国際文化研修所)
特集/研修紹介 研修1 スポーツと地域の活性化「スポーツによるまちづくり戦略」(早稲田大学スポーツ科学学術院教授 原田宗彦)
※1:ウェルビーイング:個人の権利や自己実現が保障され、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念。世界保健機構(WHO)の憲章(1947年)で「健康」を定義する記述の中で初めて用いられたもの。