【特集】…①
「スポーツによる地方創生・まちづくりに向けた取組」
「まちづくり」の実現に向けて「スポーツ」を最大限活用する。スポーツ庁を核とした、地方創生の新しい取組が始まっている。

原口大志
スポーツ庁地域振興担当参事官

スポーツによる地方創生・まちづくりとは?
 「スポーツ」という言葉を聞いた時、多くの国民が想像するのは、オリンピック・パラリンピックや国際競技大会などの競技振興、スポーツ「の」振興ではないでしょうか。
 実際に、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下「東京2020大会」という。)では、新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」という。)の拡大により多くの会場が無観客開催となったものの、限界に挑む選手たちの姿、笑顔や涙、そこから発せられるメッセージにより、世界中を感動の渦に包みました。
 一方、スポーツには、こうしたスポーツ「の」振興という側面に加え、他の目的の実現のためにスポーツを活用する、スポーツ「による」振興という側面もあります。
 スポーツ庁では、競技としてのスポーツだけでなく、体を動かす日常的な身体活動全般を広くスポーツと捉えることが可能と考えています。例えば、散歩や草刈り、防災訓練、ゴミ拾い、雪下ろしなど、あらゆる身体活動を、スポーツと捉えていくことが可能です。
 スポーツを「する」「みる」「支える」といった形でそれ自体を楽しむだけでなく、地域の少子高齢化、地域住民の健康増進、地域の過疎化、地域経済の衰退といった、今多くの地域が抱えるさまざまな社会課題を解決に導くツールとして活用していこうという考え方が、「スポーツによる地方創生・まちづくり」です。
 地方を中心とした人口減少、経済衰退が言われる中、「地方創生」はスポーツ庁だけでなく政府全体の国家的課題となっています。スポーツ庁としても、スポーツという素晴らしいツールを積極的に活用して、全国各地での「地方創生」のお手伝いをしたいと考えています。

これまでのスポーツ庁の取組…❶
メインはスポーツツーリズム

 まず、これまでのスポーツ庁の取組を振り返りたいと思います。
 スポーツ庁が創設された2015年以降を振り返ると、地域振興施策として主に取り組んできたのが「スポーツツーリズム」でした。
 スポーツ庁が取り組むべき基本的方針を定めた「第2期スポーツ基本計画」においても、スポーツを通じた地域振興の具体的施策として「スポーツツーリズム」の推進がメインに記載されています。
 スポーツ大会・合宿・イベント等への参加や観戦、地域資源とスポーツが融合した観光を楽しむスポーツツーリズムは、地方誘客による交流人口の拡大、幅広い関連産業の活性化や関連消費の拡大等、地域活性化に大きく寄与するポテンシャルがあるとされてきました。
 実際に、ラグビーW杯や東京2020大会等の国際スポーツ大会の開催に加え、政府の観光立国の推進に伴い、体験型観光であるスポーツツーリズムは大きな注目を集め、その需要を拡大させるとともに、大きな経済効果や社会的効果を創出しています。
 こうした中、スポーツ庁では、主にスポーツツーリズムに関するコンテンツ磨き上げのためのモデル事業(実証)や、国内外向けのデジタルプロモーション(認知度向上)、関連団体のネットワークの強化(土台作り)などに取り組み、スポーツを通じた地方誘客の一翼を担ってきました。
 一つ例をあげると、2018年にスポーツ庁が重点テーマに設定した「武道ツーリズム」の取組があります。
 「武道ツーリズム」は、武道発祥の地である日本でしか体験できないスポーツと文化(伝統文化・精神文化)が融合した希少性の高いツーリズムとして、インバウンドの拡大のみならず、武道の国際的認知の向上や国内外への普及・発信を目的に、国としてはスポーツ庁が初めて取組を開始しました。
 初年度の2018年度、まず手を付けたのが動画を活用したデジタルプロモーションでした。国内外の認知度向上とともに、属性情報(国・年齢等)ごとのニーズ把握、国内関係者への普及・啓発を狙って実施し、武道の根幹である心技体を神秘的な音楽とともに表現し、海外からも大きな反響を呼びました。と同時に、実際に体験できるコンテンツが不足しているという指摘も多くありました。
 2019年度には、武道ツーリズムの基本的な取組方針の策定を目的に「武道ツーリズム研究会」を開催しました。
 初めて幅広い武道・観光関係者が一堂に会し様々な議論が行われ、受入側の整備が何よりも急務であるとの意見が多くなされました。年度末には「武道ツーリズム推進方針」が策定され、その後の武道ツーリズム推進の指針となっています。
 2020年度になると、高付加価値コンテンツを生み出すための地域別モデル事業(体験機会の創出)、これまでに存在しなかった武道施設のデータベース化(見える化)、外国人ニーズを把握するための海外マーケティング調査、事業者向けベーシックプログラム(空手ツーリズム用の動画及びテキスト)の策定、疑似体験(VR)コンテンツの作成、特設WEBサイトの構築など、次々と新たな取組を展開しました。
 また、スポーツツーリズムの全国推進組織である(一社)日本スポーツツーリズム推進機構(JSTA)の中に、「JSTA武道ツーリズム推進部会」が創設され、国と一体となって推進する体制が作られました。
 こうした動きに呼応するように、徐々に地域での武道ツーリズムの取組も生まれてきました。
 沖縄空手ツーリズム、金沢版武道ツーリズム(弓道)、宮崎県武道ツーリズム(剣道、弓道)、九州全域SAMURAIツーリズム(剣道、居合道)など。
 その中でも、スポーツ庁がモデル事業としても支援した「沖縄空手ツーリズム」は武道ツーリズムの先駆的な存在として他を牽引しています。
 モデル事業では、琉球空手4流派体験や聖地巡礼ツアーなどの高段者まで大満足なコアな内容から、空手エクササイズや空手ラテ(カフェ)などの初心者・無関心者までを取り込むライトな内容まで、40以上の体験コンテンツを創出し、それを取り扱う10以上の事業者を開拓しました。
 残念ながら、コロナの影響により、インバウンドがストップしている状況が続いています。こうした中でも、コロナ終息後にまた多くの世界各国の方々が日本を訪れたくなるよう、引き続き魅力あるコンテンツの磨き上げ等を実施していく予定です。

これまでのスポーツ庁の取組…❷
担い手たる地域スポーツコミッション

 スポーツ庁では、スポーツツーリズムを中心に、持続的にスポーツによるまちづくりを発展させていくための司令塔「地域スポーツコミッション(以下「地域SC」という。)」の設立促進や設立後の活動の支援にも力を入れてきました。

 地域SCとは、地方公共団体、スポーツ団体、観光団体、商工団体、大学、企業等が一体となり、スポーツによるまちづくり・地域活性化を推進するネットワーク組織です。
 各地域によって組織形態や活動内容も様々で、スポーツツーリズムの発展とともに、スポーツによる地方創生の担い手となる存在に成長してきました。
 地域SCの主な取組は、地域外から参加者を呼び込む「地域スポーツ大会・イベントの開催」、国内外の大規模な「スポーツ大会の誘致」、プロチームや大学などの「スポーツ合宿・キャンプの誘致」、「アクティビティコンテンツの創出」などですが、最近では、地域住民向けの「地域スポーツクラブの運営」、「健康増進・地域交流イベントの開催」、「地域企業と連携したイノベーションの創出」などにも取組を拡大させています。
 東京2020大会を契機に、各地で地域SCが設立されており、2017年の56団体から2020年の159団体まで、約4年間でその数は3倍近くまで増加しています。
 例えば、2020年に新規設立された笠間SC(茨城県笠間市)は、主要な観光資源が笠間焼をはじめとする伝統・文化に関わるものが多いため、若年層への訴求が低いという地域課題に対し、東京2020大会で新種目となり話題性も高い「スケートボード」のパーク整備を契機にソフト事業を推進するための地域SCを立ち上げました。(ハード×ソフト)
 スケートボードやBMXは一般的な国内大会では、多くの集客が期待できるスポーツとの認識が現在はまだ低いですが、都市型スポーツの国際大会では、トップ選手の演技に加え、「音楽」「グルメ」といった異分野とのコラボレーションによって、3日間で10万人以上を動員することが可能なメガイベントであり、大きなポテンシャルを秘めています。
 この様なイベントを実現するためには、競技団体の実情に詳しい団体との連携だけではなく、イベントの誘致・運営等のコーディネート、宿泊施設の整備、広報活動、ボランティアの組織化等の様々な競技とはかけ離れた業務が存在します。
 このような課題に対応するためには、各分野に精通する人材と連携し、参加者や観光客にみあったサービスを考えていく必要があります。また、スケートボード特有のカルチャー面と競技スポーツとしての面とのバランス感覚が求められます。
 このような異業種間の人材、組織、知見、ノウハウを連携・共有する場が地域SCのネットワークです。笠間SCは、事務局を笠間市が担い、その構成団体に体育協会、観光協会、商工会、民間団体・企業(JR、(株)ムラサキスポーツ、茨城新聞社、笠間自転車de街づくり協会、明治安田生命保険相互会社等)と多種多様な団体が参画し、アドバイザーという立場に大学教授や競技団体、その他民間企業等を置いています。
 東京2020大会以降、スケートボード競技の施設建設は他自治体でも増加していますが、まだ少ない競技人口に加えて、10代の若者中心の利用客層という特殊な競技特性に対応出来ている自治体は多くありません。
 スケートパーク運営にはそのマーケットに精通した民間業者を専任し、ビジネス感覚をもった経営が期待されているため、笠間市のような地域SCのネットワークは、今後のスポーツ大会やイベント誘致等への活用とともに、地域外からの訪問者の増加、スケートボードという競技振興につなげるためにも期待は大きくなっています。
 また、笠間市の場合は、県と市の連携も機能しており、「茨城県まちづくりシンポジウム」や「スケートパークオープニングイベント」において茨城県からの支援を受けている点も特徴的です。
 東京2020大会では、フランスのスケートボードのホストタウンとしても笠間SCは様々な役割を果たしました。今後スケートボードの聖地化を目指すだけではなく、地域に根付いているゴルフ、合気道などの競技や、恵まれた自然環境を生かしたアウトドアスポーツへと波及させ、地域を巻き込んだ大きな取組にしていくことを目指し今後も取り組んでいく予定です。
 こうした地域SCが全国各地に増えていくことにより、地域ならではの資源の棚卸しや磨き上げ、ネットワークを活用した多様な取組の推進が図られ、スポーツを活用した持続的なまちづくりが活性化してくことが期待されます。

政府の「スポーツによる地方創生」施策の登場
スポーツ・健康まちづくり

 こうしたスポーツを活用した地域振興施策≒スポーツツーリズムという流れが大きく変わったのが、2019年に政府決定された「第2期まち・ひと・しごと創生総合戦略(以下「総合戦略」という。)」です。
 これは、東京2020大会を起爆剤に、「オリパラ・レガシー」として、本格的に、スポーツを活用した特色ある「まちづくり」の全国的なムーブメント(政府では「スポーツ・健康まちづくり」と呼称)を創出していこうというものです。
「オリパラ・レガシー」には、競技施設のような有形の遺産だけでなく、無形の社会的・経済的・文化的影響も忘れてはいけません。スポーツ庁では、この政府決定以降、関係省庁を主導して、「オリパラ・レガシー」として、全国各地で、「スポーツ」を活用した特色ある「まちづくり」の創出・定着を促進させるために「スポーツ×地方創生・まちづくりプロジェクト」を推進しています。
 本プロジェクトでは、前途のスポーツツーリズムのような外から人を呼び込む「アウター政策」だけでなく、例えば、健康スポーツ教室や総合型地域スポーツクラブなどのような地域住民向けの「インナー政策」、更には、障害者スポーツ、地元プロスポーツ、地元アスリート、国体、スポーツ産業なども「地方創生」のツールとして、スポーツを活用した特色ある「まちづくり」を、自治体をあげて取り組んでいくことを想定しています。
 自治体をあげてと記載したのは、従来のスポーツ部局、観光部局、健康福祉部局等がタテ割りの既存の枠の中で行ってきた取組を、地方創生・まちづくりという観点からヨコ串を入れることが重要だからです。
 極端に言ってしまえば、「スポーツ」から「まちづくり」にアプローチするのではなく、「まちづくり」から「スポーツ」にアプローチしていく、というくらいの逆転の発想が大事だと思っています。
 そこから、「まちづくり」の実現に向けて、「スポーツ」を最大限活用する発想が出てくるのではないでしょうか。

室伏スポーツ庁長官表彰
「スポーツ・健康まちづくり優良自治体認定表彰制度」の創設

 スポーツ庁では、東京2020大会後、スポーツを活用した地方創生・まちづくりに積極的に取り組もうとする自治体を応援するため、今年1月に「スポーツ・健康まちづくり優良自治体認定表彰制度」を創設しました。
 第1回目の表彰となる2021年は、7月から9月まで募集を行い、現在応募案件の審査を行っております。審査に通った自治体については、12月上旬に都内で開催する式典にて、室伏広治スポーツ庁長官から各自治体の首長様に直接表彰状を授与するとともに、先進的なモデル地域として、スポーツ庁が中心となって積極的に広く全国へアピールします。
 本表彰は、来年以降も第2回、第3回と続けていく予定ですので、今回応募に至らなかった自治体の皆様にも是非ご応募いただきたいと思っています。関係者の皆様も積極的に連携を図っていただけますと幸いです。
 東京2020大会は終わりましたが、国の「スポーツによる地方創生・まちづくり」の取組は始まったばかりです。
 ご興味ある自治体、スポーツ団体、関係団体の皆様からのご連絡をお待ちしております。一緒に取組を推進してまいりましょう。

原口大志(はらぐち・だいし)
スポーツ庁地域振興担当参事官。1974年広島県生まれ。1999年農林水産省入省。食品流通行政、農協行政等に携わるとともに、内閣官房・内閣府において地域再生法の策定を担当。水産庁漁業保険管理官補佐、在カナダ日本国大使館1等書記官、水産庁企画課総括補佐、経営局総務課総括、水産庁漁政課総括等を歴任。2016年から水産庁資源管理部国際課漁業交渉官、在中華人民共和国日本国大使館参事官を経て、2020から現職。(写真提供:『月刊事業構想』

スポーツ庁WEBサイト「JAPAN BUDO TOURISM」:
https://budotourism-japan.com/
モデル事業の詳細情報:
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop09/jsa_00047.html
地域スポーツコミッションへの支援:
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop09/list/detail/1372561.htm