わたしの1冊
第23回
『観光先進国をめざして』
田川博己・著/中央経済社 2018年

株式会社加賀屋相談役
小田禎彦

 コロナ禍が常態化してもうすぐ2年になる。当たり前の日常を取り戻すまでにはもう少し時間がかかりそうだ。人の往来が制限されているため観光業界は非常に大きなダメージを受けている。特にインバウンドとアウトバウンドヘの影響は甚大で完全に時が止まってしまった。TOKYO2020から黄金の時が始まると期待していた観光業界の失望は計り知れない。しかしながら、大交流時代は必ず復恬するはずだ。なぜなら、「旅は人生、人生は旅である」からだ。この言葉は、株式会社JTB取締役相談役田川博己氏が唱えた言葉だ。
 田川さんとは、お互い駆け出しの頃に出会った。送り手側と受け手側という立場で年齢も違ったが不思議と馬が合い、観光を基軸とした経済成長や日本のプレゼンス向上を語り合った。田川さんは海外勤務を経てJTB取締役に就任。私が宿の経営をなんとか軌道に乗せた頃に再会した。私は、中国易経にある「観光とは国の光を観ること」という概念で観光を考えていたが、その頃の田川さんは、それを発展させた「ツーリズム」という概念をもっていた。「観光先進国をめざして」にも書かれているが、人の流れ(交流)を創出して新たな価値観を創り出すという考えだ。レジャーだけではなく、経済、人、文化全てが国の光であり、それを活用して人の流れを創ることで消費を伴う価値が生まれるという総合的、複合的な概念だ。集客と売上のことばかり考えてしまう自分を反省し、人の流れや文化の交流を創ってみたいと志を定め、歴史的に日本とのつながりが深い台湾とのビジネスを本格的にスタートさせた。JTBと台湾東南旅行社の協力によって実現した台湾・能登の2WAYチャーターは大評判で、日本のお客様が台湾に興味を持っていただき本当に嬉しかった。これが縁で持ち上がった加賀屋の台湾進出は構想から7年をかけて台湾北投温泉で実現し、「おもてなしの輸出」と大々的に報道されオープニングには田川さんも駆けつけてくれた。日本旅館の海外進出には苦労も多かったが、今では台湾国内のみならず近隣アジア諸国から多くのお客様にご利用いただき日本文化の発信に僅かながらお役に立てているのではないかと思っている。
 和倉、台湾両方の加賀屋で最も大切にしているのは当然ながら「おもてなし」である。おもてなしとは、「表には意を表さず、心には意をもってお客様の欲することをして差し上げる術をもつこと」と私なりに定義している。社員には「笑顔で気働き」とわかりやすい言葉で伝えているが、思いやりだけではなく行動が伴ってはじめておもてなしですよという意味だ。日本人には生まれながらにおもてなし力が備わっている。こんな国は他になく、言い換えれば「おもてなし大国、日本」だ。コロナ終息後には、オールジャパンのおもてなし力と旅の力、宿の力で国内、そして海外との交流が大いに盛り上がることに期待している。

小田禎彦(おだ・さだひこ)
株式会社加賀屋相談役。1940年石川県生まれ。立教大学経済学部卒。1962年株式会社加賀屋専務取締役。その後、株式会社タイコ食産代表取締役社長、株式会社加賀屋代表取締役社長、同代表取締役会長、代表取締役相談役を経て2017年から現職。和倉温泉旅館協同組合理事長、石川県人事委員、JTB協定旅館ホテル連盟会長、石川県観光連盟理事長等を歴任。現在、石川県観光連盟顧問、能登半島広域観光協会名誉理事長、株式会社香島津(能登食祭市場七尾フィッシャーマンズ・ワーフ)代表取締役でもある。