特集③-❺ 京都市ビジターズホスト(KVH) インバウンド加速で求められる通訳ガイドの質と量の向上

スペイン語を武器に専業の通訳ガイドへ

―通訳ガイドを始めるまでのご経歴をお聞かせください

湯浅 私は京都生まれの京都育ちです。旅行が好きだったこと、大学時代のメキシコ留学で改めて感じた日本の魅力が常に心にあり、通訳案内士の資格を取得。当初は副業で英語・スペイン語の通訳ガイドを始め、次第にスペイン語圏の方からの依頼も増えてきたため、2019年11月から専業にしました。その後も順調に予約は増えましたが、コロナ禍でガイド予約は全てキャンセルとなったため、オンラインで現地から史跡名勝の案内や茶道体験を開催し、国内外の方を対象に京都の魅力発信に努めました。

 2022年以降、入国制限の緩和に伴い旅行会社や個人の方からの問い合わせも増え、来春まで多くの月が予約でいっぱいの状況です。そのほとんどが初めて京都に来られる方なので「金閣寺・伏見稲荷大社・八坂の塔・清水寺・祇園」を1日8時間で巡るプランをご希望されることが多いです。限られた京都滞在で多くの有名観光地をカバーする旅程が人気なのはコロナ前と変わりません。各スポットを深く知り、京都の伝統産業品にふれ、地元の味も楽しむ、そんな色濃い一日をご提供できるよう心がけています。

コロナ前と変わらない旅行者ニーズと課題

―アフターコロナのなか、多くの外国人観光客が京都を訪れていますが、コロナ前と比べて変化は感じますか?

湯浅 リモコンに例えると、コロナ前のオーバーツーリズムがコロナ禍の間「一時停止」され、また「再生」された印象です。観光地の混雑は相変わらずです。先日、JAPAN RAIL PASSのアクティベートを行うため京都駅を訪れたところ、みどりの窓口から30m以上つづく長蛇の列に衝撃を受けました。
 コロナ前からオーバーツーリズムは京都に限らず、国内外の多くの都市で課題として挙げられており、様々な議論がされてきたはずでした。しかしながら、ガイドとして日々案内しているとコロナ前とあまり変わっていないというのが率直な印象です。バスの増便や、地元向け・旅行者向けに分かれたバスダイヤがあれば、旅行者も地元の方も快適になるだろうな…と思いますが、市バス路線の80%が赤字という現状では簡単な解決策はないようにも思えます。
 私がツアーガイドとしてできることは、インバウンドの方にリピーターとして京都に2回、3回と戻ってきてもらうことです。初来日の方に「金閣寺は混雑しているから避けましょう」とお伝えしても、諦める方はまずいないですし、混雑を避けて早朝や夜に訪問できる史跡名所が少ないことも事実です。
最近、アメリカのお客様をお迎えしました。去年の春以来の訪日で今回が2度目のアテンド。前回は初めての京都訪問ということで、金閣寺や嵐山の竹林など定番スポットを中心にご案内しましたが、今回は高雄、苔寺、宇治など定番とは異なる場所を巡りました。
いずれも京都を代表する名勝ですが、混雑もなく穏やかな時間を過ごされました。このような経験から、リピーターを増やすことが実は観光客の分散につながるのではないかと感じています。

通訳ガイドの質と量の向上がこれからの課題

―通訳ガイドとして日々感じておられる課題についてお聞かせください

湯浅 観光地として日本の人気はコロナ前に増して高く、スペインでは「新婚旅行といえば日本」といわれるほどのブームだそうです。特にコロナ禍で旅行ができない期間が長く、多くの人が旅費に充てられるお金を多く蓄えているため、遙か遠くの日本を行き先として選ぶケースが多いそうです。
 通訳ガイドのニーズが以前にも増して高まっている今だからこそ、私を含めた通訳ガイドの質と量の向上が必要です。ガイドの質と量の向上のために取り組めるポイントは3つあると考えています。
 1つ目は、フリーランスの通訳ガイドのサポート体制の構築です。私のような個人事業主の場合は、ガイドの時間以外にもメール対応や経理などの事務作業がたくさんあります。一晩で返信できるメールの数にも限りがあり、ときには予約の受付を一時的に停止することもあります。私の場合、幸い事務作業をサポートしてくれている家族に恵まれプレイヤーに専念できていますが、多くの通訳ガイドは事務作業を一人でこなすため負担も増えます。こうした様々な事務作業に対応してくれるマネージャーのような存在がいれば、ガイドスキルの向上に多くの時間を充てられるのではないでしょうか。
 2つ目は、個人で活動している通訳ガイドのネットワークの構築です。旅行会社に所属するガイドの方であれば、急な欠勤をカバーするバックアップ体制が整っていますが、私のように個人で仕事を請け負っている場合は、急遽ツアーに出られなくなったとき、代わりのガイドを探すことが困難でお客様にご迷惑をおかけすることもあり得ます。日々万全の体調管理を心がけていますが、万が一の時に安心して自分のお客様をお任せできるネットワークがあれば、安心して多くのツアーの依頼を受けられると思います。
 3つ目は、通訳ガイドの収入の向上です。通訳ガイド市場に対する旅行者の高い関心を維持していくために、市場に活気を与える新しい人材の継続的な参入が必要です。しかし、いくら魅力的な職種であっても、収入が低ければ良い人材は集まりません。観光庁が2014年に発表した「全国通訳案内士の就業実態等について」によると、通訳ガイドの年収割合は200万円以下が約半数を占めています。ガイドを本業として取り組まれている方の多くは、プレイヤーとして専念するために旅行会社等に所属して働くことを好む傾向がありますが、十分な収入を得るのは難しいようです。先述したガイドのマネジメントサービスがあれば業務量を削減でき、ツアーの準備やガイドスキルの向上に注力できます。ガイドの質が向上すれば、依頼が増え収入アップが期待できます。十分な収入が見込めれば、通訳ガイドを目指す方が増え市場全体が活気づくと思います。

―最後に湯浅さんが思い描く通訳ガイドの未来像についてお聞かせください

湯浅 将来は通訳ガイドの活動を通して得た経験を活かし、京都の伝統産業を広く世界に発信する仕事を模索したいです。今は日々のツアーでゲストと京都の伝統産業を繋げることを心がけています。京都に代々伝わる技法を紹介したり、ゲストに合った使い方をご提案することで、ゲストに付加価値が伝わり購入につながることがよくあります。私の名刺は和紙でできており、におい袋でお香をまとわせています。
お客様にお渡しすると、多くの方がお香についてお尋ねになり、お買い求めになります。また、筆ペンを持ち歩き、ゲストのお名前を日本語で書いたり、通訳としてイベントに参加する時は西陣織のイヤリングを身につけたり、少しでも京都の伝統産業にふれる機会を設けるようにしています。
 ゲストの中には、伝統産業に高い関心を持たれている方も多く、ご希望があれば工房見学へご案内することもあります。忙しい合間を縫って見学を受け入れてくださる工房もあり、ある西陣織の職人の方は「商品を売るために工房を見ていただくのではなく、今のこの時代に西陣織の技術を一人でも多くの方に知っていただきたい」とおっしゃっていました。その言葉に強い感銘を受けました。私の小さな取り組みが、京都の伝統産業の継続や発展に少しでも力になり、京都でお仕事をさせていただいている通訳ガイドとしての恩返しになればと考えています。

○聞き手:福永香織(京都市観光協会):後藤健太郎(JTBF)


京都市認定通訳ガイド
湯浅真也子(ゆあさ・まやこ)