観光を学ぶということ
ゼミを通して見る大学の今
第19回阪南大学国際観光学部

森重ゼミ
論理的思考の実践に向けて学び続ける

観光学の優れた特徴

 観光は一般的に「楽しみのための旅行」と理解されています。しかし、観光学が対象とする範囲は、決してそれだけではありません。では、この連載のテーマである〝観光を学ぶ〞とは、どういうことなのでしょうか。
 例えば、ある高校生が進路相談の時に「経済学部に進みたい」と言ったら、先生は「君は経済学を勉強したいのだね」と答えるでしょう。法学部や教育学部、理学部、工学部、看護学部などと答えても、恐らく先生は同じように受け止めるでしょう。ところが、「観光学部に進みたい」と言った途端、先生は「君は観光を勉強したいのか」と逆に尋ねられてしまいます。観光学を学ぶ学部・学科は増えていますが、カリキュラムは学部・学科によってさまざまで、統一したイメージがつかみにくいのかもしれません。中には、「観光学部は観光業界で働きたい人が進むところ」という誤解もしばしば見受けられます。
これは、「観光学は何を学ぶ学問なのか」を十分伝えられていない、われわれに課せられた問題ともいえます。
 「観光学とは何か」にすぐに答えることは難しいですが、観光学には優れた特徴が備わっています。一つは、誰もがわかりやすい現象を研究対象にしている点です。家族旅行や修学旅行など、ほとんどの人びとが旅行に出かけた経験を持っています。例えば、観光による地域活性化と聞けば、観光客がその地域を訪れて賑わいが生まれることは容易に想像できます。また、観光におけるホスピタリティというと、お客さまをおもてなしする場面のイメージを共有できます。このように、観光は「楽しみ」をベースとした、誰もが経験したことのある現象を研究対象としており、初めて学ぶ人にとって、とてもわかりやすい学問といえます。
 もう一つの特徴は、現場で学ぶという点です。本学は「実学教育」を重視していますが、現場で起こっている現象をつぶさに捉え、地域の人びとや観光客の声を拾い、地域社会や企業と協働しながら問題解決をめざします。ここでは、もちろん普遍的な科学的知識も大切ですが、ローカルな知が重要になってきます。こうした専門知とローカルな知の組み合わせに加え、新たな資源を見つけ出す知的好奇心や他者に積極的に話しかけるコミュニケーション力、仲間と議論しながらまとめていく協調性など、座学だけでは養えない、多様な実践力も求められます。これらは社会を生き抜く上で必要な力であり、観光学は学生の新たな力を引き出す可能性を秘めた学問でもあります。
 もちろん観光学だけがこのような特徴を備えているわけではありませんが、こうした特徴を生かすことで観光学の学びが広がると考えています。

論理的思考の実践

 ずいぶん前置きが長くなってしまいましたが、筆者のゼミ活動について紹介させていただきます。本学部では、2年次前期にゼミの配属先が決まります。そして、学生は2年次後期から4年次後期までの2年半、同一ゼミに所属することになります。ゼミ生の人数は年度によって異なりますが、平均すると約13人です。ゼミでは、フィールドワークや研究指導、卒論指導はもちろん、就職活動をはじめとする諸々の相談に乗ることも多いので、ゼミ生とは2年半濃密な時間を過ごし、卒業後も関係が続くこともよくあります。
 このゼミのテーマは、「地域の魅力を発掘し、活用することで、地域課題の解決に挑む」です。筆者が観光資源論を担当しているので、学生の視点から地域の魅力や価値を見つけ出す取り組みを行います。内容自体はオーソドックスですが、このゼミで重視していることは考えること、つまり「論理的思考の実践」です。2年半のゼミ活動では、まず2年次に個人の基礎的スキルの向上、3年次にグループ内でのスキルの発揮、そして4年次に自律に向けた判断力の養成を通して、最終的に論理的思考の実践をめざします。

ゼミ生自身で決める調査対象地域

 本学部の多くのゼミでは、あらかじめ調査対象地域が決まっており、それに基づいてフィールドワークを進めていきます。しかし、このゼミでは調査対象地域を2年次後期にゼミ生全員で話し合って決めることにしています。
まず、ゼミ生それぞれが興味や関心を持っている地域について調べ、どこで、どのような調査を行い、どのように課題解決をめざすのか、具体的に提案します。現在の3年生の場合、12人がそれぞれ1ヶ所ずつ、計12ヶ所の調査対象地域を提案しました。それらの中から調査対象地域を決めるのですが、ここで一つ条件をあげています。それは、多数決ではなく、ゼミ生の全員一致で決めるということです。これがかなり大変で、最終的に1ヶ所に絞るまで2〜3ヶ月かかります。正規の授業時間だけでは決められず、補講を行うこともたびたびあります。
 調査対象地域の決定は、正解となる基準がない中で合意形成を図り、意思決定しなければなりません。実際の社会はそのようなもので、そもそも「問題」と書かれた問題などはなく、自分自身が問題と認識するかどうかが大事です。高校まで正解のある問題を与えられ、それを解く練習を重ねてきたゼミ生は、ここでかなり戸惑います。実は、これは筆者の学生時代のゼミ活動に由来しています。そのゼミでは、大学のキャンパスの駐車場問題をテーマに選んだのですが、その時に恩師から「何が問題なのか」とよく尋ねられました。一見すると矮小な大学の駐車場問題がより上位の地域の交通問題、さらに都市構造とどのように結びついているのか考える、つまり問題をシステム的に把握する必要性を指導されました。そうした経験があり、このゼミ活動でも「考える」ということを大切にしています。
 さて、ゼミ生はまず、一人ずつ提案した地域と調査内容について具体的に説明します。その後、ゼミ生全員で取り組みたいと思う地域を選びます。先ほど述べたように、多数決で決めてはならないので、1票でも入った地域は選択肢として残します。逆に、1票も入らなかった地域は、提案した本人も選んでいないことになるので選択肢から外し、少しずつ選択肢を減らしていきます。
 話し合いを繰り返し、選択肢が2〜3ヶ所に絞られてきたらグループに分かれ、それぞれの地域についてより詳細な下調べを行います。そして、下調べの結果を発表し、それらを踏まえた上で、最終的に1つの調査対象地域を決定します。最終的な決定方法は年度によってさまざまで、単純に全員一致で決まることもあれば、最後まで反対するゼミ生のアイディアを取り入れて調査内容の妥協を図ることや、あるゼミ生が思い入れを熱く語り、共感を得て決まることもあります。こうした困難なプロセスを経て調査対象地域を決めるので、最終的に決まった地域に後から不満を言うゼミ生はいません。
 5年前、大学の広報担当者が現地調査に同行し、ゼミ生が取材を受けることがありました。その時、広報担当者からの「現地調査で一番大変だったことは何か」という質問に対し、そのゼミ生は「ここに来るまでが大変でした」と答えました。つまり、現地調査よりも調査対象地域を1ヶ所に絞り込むことの方が大変であったということです。正解がない中で合意形成を図るには、相手に論理的に説明したり、理解を求めたり、相手を説得したりすることが必要です。それはとても難しいことですが、大事であるということをここで学んでいます。
 参考までに、これまでゼミ生が選んだ調査対象地域と調査内容をまとめました(図1)。ゼミ生は熱心に調査対象地域を探しており、筆者が知らなかった地域や訪れたことのない地域があげられることも珍しくありません。今年度の3年生は、長崎県西彼杵半島の西に位置する池島を調査対象地域に選んでいます。

現地調査と成果の還元

 2年次に調査対象地域が決まると、3年次から調査対象地域の現状把握と課題抽出のためのデータ収集を行います。図書資料やウェブサイトなど、大学で集められるデータをできるだけ集めた上で、現地に行かないとわからないことを整理しながら、現地調査の準備を進めていきます。そして、現地で話をうかがう場合は対象者の選定、質問項目の作成、アポイントメントをゼミ生自身が行います。さらに、交通手段の予約や宿泊場所の手配、費用の算出、調査スケジュールの作成などもすべてゼミ生が手分けして準備します。
調査対象地域が大阪から近い場合は、週末に下見を兼ねた現地調査を行い、夏期休暇に本格的な現地調査に行くこともあります。しかし、遠い地域の場合は旅費の負担も大きくなるので、しっかりと準備した上で、夏期休暇期間中に現地に長期間滞在して調査を行います(写真1・2)。この辺りのプロセスは、他のゼミ活動と大きな違いはないのではないでしょうか。

 現地調査を通してさまざまなデータを集めたら、ゼミ生全員で議論しながら、地域の課題解決に向けた提案をまとめていきます。ゼミ生がたった1〜2回現地調査を行っただけでは、わかることも限られます。しかし、ここでは誰もが納得できるような立派な提案よりも、ゼミ生が実際に見て、聞いて、感じたことをもとに、どのような考え方に基づいて提案したのか、論理的に説明できることを重視しています。そして、学内外の研究発表の機会を利用してたくさんの質問や意見をいただき、提案内容を改善し、最終的にお世話になった現地の方々に成果を還元するための発表を行います(写真3)。
コロナ禍では、オンラインで聞き取り調査や成果発表を行ったこともあります。このプロセスを通して、見やすい発表資料のつくり方、わかりやすいプレゼンテーションの方法などを身につけていきます。ゼミ活動は決して現地の方々に喜んでいただくために行うものではありませんが、やはり現地の方々に評価していただけると、ゼミ生の喜びもひとしおです。

論理的思考の集大成としての卒業研究

 4年次になると、ゼミ生は卒業研究に取り組みます。基本的には3年次に取り組んだ調査対象地域の設定と地域課題の解決というプロセスを繰り返すことになります。しかし、3年次のフィールドワークがゼミ生全員で取り組むグループ学習であったのに対し、卒業研究はゼミ生一人一人がテーマを設定し、調査、分析、考察を進める個人学習になります。テーマをある程度自由に設定できる半面、すべてのプロセスを一人で進めていかなければならない大変さがあります。このゼミの卒業研究では、2万字以上の論理的に構成された文章を要求しており、ここでもゼミ生は苦労しながら進めています。卒業研究については、2〜3年次ゼミ生も参加して、7月頃に中間発表会、1〜2月に最終発表会を行っています(写真4)。本学には学生懸賞論文の制度がありますが、このゼミではこれまで3人が、全学トップの優秀賞を受賞しています。
 このように、このゼミではゼミ生の論理的思考の実践に力を入れており、考えるということを大事にしています。
調査対象地域を決めるのに時間がかかり、現地調査も1〜2回程度しか実施できないので、最初から調査対象地域が決まっているゼミや毎年同じ地域で調査するゼミのように、地域に深くかかわることはできません。しかし、問題は決して与えられるものではなく、自ら考えて見つけ出すもの、そして解決をめざすことを重視しています。
 一方、あらかじめテーマが与えられた活動に取り組みたいという学生に関しては、ゼミ活動ではなく、授業とは別のプロジェクト活動を立ち上げ、興味や関心を持つ学生とともに取り組んでいます。例えば、北海道標津町へは2014年度からかかわり、さまざまな提案を行ってきたほか、現地での発表会にも参加しています。また、熊本県阿蘇市で活動を行ったことがあるほか、来年度は沖縄県石垣市でも活動を行う予定です。
 ここで紹介したゼミ活動が、果たして〝観光を学ぶ〞という連載のテーマに応えられているのか、わかりません。
ただ、観光学の持つ優れた特徴を生かしながらゼミ活動を行うことで、「観光業界で働きたい人が学ぶところ」という誤解を解き、より幅広い観光の理解につなげられているのではないかと考えています。「学不可以已(学は以て已むべからず)」。これからも論理的思考の実践に向け、筆者自身も学生とともに学び続けていきます。


森重昌之(もりしげ・まさゆき)
阪南大学国際観光学部教授。大阪府豊中市出身。金沢大学経済学部、同大学院経済学研究科修士課程を経て、パシフィックコンサルタンツ株式会社、株式会社計画情報研究所に勤務。その間に北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士後期課程を修了、博士(観光学)号を取得。2011年に阪南大学国際観光学部に着任、2018年より現職。専門は観光資源論、観光まちづくり、観光ガバナンス。著書に『観光による地域社会の再生』(現代図書、2014年)、『はじめて学ぶ生物文化多様性』(共編著、講談社、2020年)、『移動縁が変える地域社会』(共編著、水曜社、2023年)など。