特集③-❼ 京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)
コロナ禍を乗り越え未来に繋ぐ花街文化

コロナ禍が続けば解散の可能性もあった

―コロナ禍での取組について具体的に教えていただけますか

糟谷 公益財団法人京都伝統伎芸振興財団は、京都の伝統文化や花街が誇る伝統伎芸の保存・継承を目的として1996年に発足しました。「おおきに財団」という愛称は、五花街に息づくおもてなしや感謝の心を表す四つの言葉、「おたがいに」「おもいやり」「きくばりして」「にこやかに」の頭文字を冠したものです。
 コロナ禍で京都にある五花街(祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東)もそれぞれ深刻な状況に陥り、おおきに財団もあと1年コロナ禍が続くようなら解散に追い込まれるのではないかと危惧していました。しかしながら、行政からの補助金の他にも多くの方からご賛同いただいた寄付やクラウドファンディングに参加していただいた方々のおかげもあり、なんとか乗り切ることができました。

―コロナ前と後で変えられたことはありますか

糟谷 2023年3月には、新たに建設された祇園甲部歌舞練場小劇場において、京舞や茶の湯、いけばななど京都の伝統文化を公演の形で紹介するギオンコーナーの公演を再開しています。観光客の皆様に楽しんでいただく一方で、特に、ギオンコーナーが、文化の継承を担う若い方々の活躍の場としての役割を果たしていければ、と考えています。また、日本の伝統文化を全国の子供たちに伝えていくためにも、修学旅行生の受入れに力を入れています。修学旅行がきっかけで芸妓さん舞妓さんに憧れ、舞妓さんになった人もいて、花街文化の継承にも繋がっています。
 お客様の入りはコロナ禍前と比べると65%とまだ戻ってはいませんが、プレミアムシートの設置や予約システムの導入、出演料の引上げを行うために、観覧料を値上げしたこともあり、収益はほぼコロナ禍前に戻っている状況です。
 また以前は友の会の会員の方々を対象とした、芸妓さん舞妓さんの舞踊とおもてなしが楽しめる「おおきにパーティー」を開いていましたが、より多くの方に五花街の魅力を知っていただこうと「五花街の宴」という、どなたでも参加できる催しを新たに2021年12月から年に1回開催していて、京都の花街文化を知っていただくきっかけにしています。
 ギオンコーナーは、おおきに財団の収益の柱。花街支援を充実させていくためにも、このギオンコーナーでいかにして収益を上げていくかが、私たちに課せられた命題です。

観光客のマナー問題は観光事業者が対策を

―インバウンドの現状について以前と比べて変化はありますか

糟谷 コロナ禍前は中国人観光客が多く訪れていましたが、まだ以前のようには戻っていません。現状は欧米やスペイン語圏の方が多いですが、今後は南アジアからの旅行者の増加も見込まれ、お客様の変化に対して柔軟な対応が求められます。外国人観光客が戻るにつれ、花街での観光客のマナー問題も再燃しています。
 また、花街の催事ではカメラを持った人が撮影に熱中してしまうあまりルールを逸脱してしまう事例が後を絶ちませんが、芸妓さん舞妓さんも花街のブランドを守るためにキツイことは言えずに我慢しているのが現状です。
ただ、「観光客のマナー問題」では観光客を悪者にする風潮がありますが、マナー問題の解決を行政や観光協会任せにするのではなく、旅行会社や飲食店・土産物店など観光で収益を上げている事業者が率先してマナー周知の徹底を行う必要があるのではないでしょうか。京都が誇る景観や文化は、先人たちのたゆまぬ努力によって守り伝えられてきました。京都の老舗の観光事業者の皆様は、当たり前のこととして、文化継承のためのご奉仕をしておられます。京都の魅力を次の世代に繋げるためにも、観光事業者の皆様には、積極的に貢献していただきたい。そう願っています。

花街文化の継承のために求められること

―コロナ禍を通じて生じた新たな課題についてお聞かせいただけませんか

糟谷 「舞妓さんのなり手不足」が五花街共通の課題となっています。舞妓さんを育てようと思ったら1年はかかりますが、コロナ禍の期間中はお預かりしても先の見通しが立たなかったため、置屋さんも断り続ける状況でした。舞妓さんが増えないと芸妓さんも増えず、このままではお座敷に呼ばれても対応できない状態に陥ってしまいます。
 各花街も舞妓さんを募っていますし、おおきに財団でも窓口を設け、問い合わせも結構いただいています。ただ舞妓さんといえば、華やかなイメージが先行してしまうこともあり、理想と現実のギャップに苦しんでしまうかもしれません。日本舞踊や三味線などの芸事が好きな人で、尚且つお客さまとの会話を楽しいと感じられる人でないと務まりません。「一番向いている子は素直で教えてもらった色々なことを吸収する子」と、五花街のみなさんもおっしゃっています。
 芸妓さん舞妓さんの本分である芸をもっと見ていただくのが私たちの役割です。そこで、コロナ禍の期間中に、子どもにもわかりやすい五花街の芸妓さん舞妓さんのインタビュー動画を制作しました。併せて踊りや三味線を披露してもらい、美しい芸妓さん、可愛らしい舞妓さんに秘められた本当の魅力を知っていただくことを狙いにしています。この動画を見て、一人でも多くの若い方が芸妓さん舞妓さんの素晴らしさに触れていただければと思います。
 また花街を常に陰で支えていただいているお道具や日本髪結など、京都の伝統産業に携わる方のためにも舞妓さんを増やさなければいけません。花街で何よりも大切なのは「信頼」。長くお取引を続け、応援していただいているからこそ、期待に応えなければいけないと考えています。
 芸妓さん舞妓さんのステータスを高めるための支援も必要です。その一つが肖像権です。写真撮影会のために出て行ってもお花代をいただくだけで、撮影した写真が何十年もポスターとして使われているというケースもあります。これが芸能人の方であれば広告などで使用する際に広告効果にふさわしい契約金が必要になるのですから、きちんと契約を結んで芸妓さん舞妓さんの権利を守っていこう、と五花街が連携して動き始めています。
 現状、日本伝統文化入門公演であるギオンコーナーのお客さまはインバウンドの方が大半ですが、今回のコロナ禍のような感染症に限らず為替変動や天災などが理由で、またインバウンドが大きく落ち込む時が来ると思っています。そうした事態に備えて、日本人のお客さまに楽しんでいただけるように、入門公演ではなく、もっと深く伝統文化を楽しんでいただく提案をしなければいけません。ホテルとタイアップした富裕層向け公演を企画したり、花街文化を楽しむワークショップを開いたり、インバウンド需要に頼ることなく、安定的な運営に結びつける必要があります。おおきに財団の運営基盤の中核を成すギオンコーナーは1962年の開館以来同じスキームで運営を続けてきましたが、今はその転換期にある。そう考えています。

○聞き手:福永香織(京都市観光協会):後藤健太郎(JTBF)


専務理事
糟谷範子(かすや・のりこ)