特集② 観光開発の公益性を問う

〜ツーリズムを通じた地域課題の解決〜

西山徳明
北海道大学
観光学高等研究センター教授

確実な時代はあったのか?

「不確実な時代」の観光を考えるのであれば、「確実な時代」の観光というものがあったのか、あったとすればそれはいつ、どのようなものであったかを考えておく必要がある。しかし一方で、「確実な時代」などなかったことは自明である。強いて言えば、20世紀の高度経済成長期は、頑張れば経済は確実に成長するものと社会が信じ、迷うことなく働くことができた時代であったかもしれない。
 そうした時代の中で観光は、国民が健全に暮らし社会全体の生産性を上げる手段としてのレクリエーションや慰安、インセンティブを、企業や団体にパッケージで提供するものとして成長した。ものづくりを中心とした日本の産業の中で、労働者の余暇を担当する部門として観光産業は扱われてきた。誤解を恐れずに言えば、そうした観光産業とは、社会全体の中の「遊び」を提供する一セクターに過ぎず、政治やアカデミズムがまともに取り合う対象でもなかった。民間の経済原理に任せておけばよいと考えられていたのである。
 筆者の記憶でも1990年代まで、産業・実業系のいくつかの観光関連学会を除き、例えば筆者の属する建築学や都市計画学のようなオーソドックスな学会において、「観光」をキーワードとする論文はまずなく、また国の政策においても、バブルの申し子であったリゾート法は例外として、確とした観光政策はみられない。政治家や学者にとって観光は対応すべきものとして認識されていなかった証左である。
 言うまでもなく欧米では、戦時中や戦後すぐから観光は重要な国策として扱われていたし、北米では『Hosts and Guests』の人類学・民族学の研究グループに代表されるように、1960年代からツーリズムは学問の対象とされるようになっていた。

観光に対する認識の転換

 こうして官学ともに出遅れていた日本であったが、2003年に当時の小泉純一郎首相が施政方針演説の原稿に日本の首相として初めて「観光」の言葉を入れ、観光立国を宣言したことで一気に潮目が変わった。
 バブル崩壊から失われた10年が過ぎ、ものづくりが衰退し、天然資源も無い国が頼るべき重要な産業が観光であることにやっと気付いたのである。
この時から日本社会の観光に対する態度は一変したと言ってよい。様々な学会の論文に「観光」の文字が躍るようになった。「観光まちづくり」「着地型観光」「DMO」などのキーワードが、観光系学会以外の様々な分野でも取り扱われるようになった。
 話を戻すと、「確実な時代」などはそもそもないが、不確実要素には、温暖化や感染症のような自然界がもたらす不可避な要素だけでなく、価値観の多様化や個人旅行の隆盛、SNSの浸透、災害予測技術の進展によるリスクヘッジ理念の拡充など、人間側の事情からの要素もある。前記のような団体旅行やパッケージツアーからなる20世紀型の観光を続けようとする立場からすれば、こうした「不確実性」が増大していることは恐怖であろう。

観光の公益性を問う

 結論的に言えば、こうした時代に観光研究者がなすべきことは、観光の公益性に関する議論であると考えている。前述したように21世紀になってようやく日本も、観光が国の将来を担う産業になることには気付いたが、相変わらず観光産業をいかに発展させ企業や地域がいかに収益を上げるかばかりに傾注しているように見える。もちろんそれも重要な側面であるが、観光そのものが有する公益性(公益に資する力)について論じられていない。
 教育や福祉に税を注ぐことには誰も疑問を持たないが、公共が観光に投資する公益目的が明示できていないのである。観光には、経済振興を通じた税収増といった間接的な公益への貢献だけではなく、観光そのものによる地域や国家の課題解決という直接的な貢献力がある。21世紀になり、観光には明らかに新たな風が吹き始めている。このせっかくのチャンスに、観光研究者はそのことをしっかりと認識し対応できているだろうか。
 社会はそれが何かわからないながら、明らかに観光に対して大きな期待を寄せている。一方で、観光事業者や観光を監督する行政等は、その力を計りかねているか、あるいはどのように利用すれば良いのか戸惑っている。まず観光に何ができるのかを社会に示すことが研究者の仕事となろう。社会的認識における観光の地位を高めるためには、観光に携わる関係者自身に改善すべき考えや行動を指摘する研究も必要であろう。しかしより必要なのは、これまで観光に関わっていなかった人々が、観光はただ遊びを提供する営みではなく、地域の多面的発展を推進する重要なエンジンであると思えるよう、観光に対する信頼を勝ち取り、社会の認識を変えさせるための研究である。
 観光には、新たな雇用を創出し、高齢者や有閑市民に活躍の場を与え、地域プライドを醸成し、地域アイデンティティの強化や地域ブランド化を通して定住や移住、様々なビジネスや投資の誘致を推進する力がある。そして巨視的に見れば、個々の地域の営みに支えられた国際的な人的交流は国家間の安全保障の基盤ともなるのであることを示したい。

デスティネーション・マネジメント再考

 DMO政策に基づいて全国に設置された地域DMOや連携DMO、広域DMOなどは数多いが、結果としてその多くが既存観光商品のマーケティングやプロモーションのための組織、あるいはイベント屋になってしまっている。従来の観光協会などと変わらぬ観光事業者の組織という社会的認識は変わらないままで、所詮、観光事業者の利益を守る組織としてしか見られておらず、行政の認識さえもそうかもしれない。
 筆者はここ20年、JICAによる途上国への観光開発国際協力事業に参画し、様々な途上国のこれから観光に取り組む地域、あるいは一定程度観光開発が進んでいる地域において、技術協力を行ってきた。そこでわかったことは、どの発展段階にある地域であっても、しっかりとしたデスティネーション・マネジメントをする組織を立ち上げることが必要であること、そしてそれは社会から見て明確な公益ミッションを掲げている組織でなければならないということであった。
 基本的に途上国は支援を受ける立場であることから、支援する側(ドナー)からすると、その当該観光開発への支援が、その地域や国のいかなる公益につながるかに納得できることが支援の論理として重要になる。しかしこれは途上国だけの問題ではないだろう。日本のような先進国であっても、立ち上げるDMOがしっかりとした公益目的、公益ミッションを掲げているのであれば、堂々とそこに税金を投入して観光開発を行うことができるからである。そうしたミッションを真剣に考えて掲げることもせず「財政も苦しいし、せっかく客が来ているから税制を用いて観光税を頂こう。少額であれば文句を言わずに払うだろうし、使い道は金がいくら集まるかで後から考えよう」というのでは話にならない。
 その公益性とは当然、設定する地域の範囲やコンテクストによっても異なってくる。しかし単に観光事業によって民間の収益が増え税収が増えるという構図ではない。研究的視点に立てば、その地域が観光振興に取り組むことによって、従来は公共の仕事としてなされるべきとされてきた様々な課題、具体的には文化遺産や自然環境の保護、そのための人材育成、地場産業振興、定住・移住の促進、景観保全、市民の活躍の場づくりなどを、デスティネーション・マネジメント(DM)のなかで解決できるとする仮説として立てることができよう。そのような公益性を個々の地域においてどのように設定できるのかを考える研究が求められているのである。
 紙面の関係で内容は割愛するが、筆者のよく知る事例としては、世界遺産白川郷合掌造り保存財団(岐阜県白川村)や大内宿保存整備財団(福島県下郷町)、NPO萩まちじゅう博物館(萩市)、丘のまちびえい活性化協会(北海道美瑛町)、サルトエコミュージアム(ヨルダン)などは、公益ミッションを明示してDMに取り組んでいる。

リスクヘッジと観光戦略研究

 マスコミの扱う観光報道に対しても研究者の適切な対応が望まれる。
 オーバーツーリズムとは、需要予測を怠ってプロモーションや誘致に傾注した自治体や政府あるいは民間事業者の非を指摘する言葉であると筆者は理解している。白川郷では世界遺産になった当初、年間入込み客が60万人台から一気に100万人に増え、住民の生活交通や緊急車両をも巻き込む大変な交通渋滞を引き起こした。これは白川郷という山間地域の地域特性を考えず、そこで起きる観光爆発を予測もしないまま世界遺産に登録した政府の責任、そうしたことを地域で予測できなかった自治体白川村の責任、そして白川郷を大いに宣伝したマスコミの責任でもある。
 かつて北海道の美瑛町において、観光名所となっていた「哲学の木」がその畑の所有者によって伐採される出来事があった。これは農業者に十分な相談もなく、観光振興を考えた行政や観光事業者がパンフレットや観光マップにそうした有名木の名前を書き込み、プロモーションを行ったことに端を発する。農業者には観光による利益はなく迷惑だけが生じた。このようなことも単なる量的な問題を超えたオーバーツーリズムと言って良い。京都市の住民がバスに乗れないという問題も、まさにオーバーツーリズムといえる。
 一方で、コンビニ越しに見る富士山がSNSで拡散されインバウンド客が突然訪れるようになった事例や、漫画スラムダンクの聖地巡礼先となった鎌倉の踏切りのような事例は、本質的な意味でオーバーツーリズムではない。オーバーツーリズムの名のもとに、的外れな現象をやり玉に挙げたり、観光そのものを悪者扱いしたりするようなマスコミの風潮は、まさに観光に対する誤った社会的認識のひとつの顕れである。バルセロナ市の人混み規制という画期的な施策を生む元となった「オーバーツーリズム」の語を、額面の意味だけ輸入し、何でもそのせいにしようとする傾向を正すのも研究者の仕事である。ここで生じる観光研究者の役割とは、オーバーツーリズムと呼ばれている目の前の現象を引き起こした原因の解明と、被害者の実態の解明に基づく正しい見解を示すことであろう。
 もう少し引いて見た役割としては、近い将来起こりうるインバウンドの過剰流入といった観光現象を事前に予測すること、あるいはプロモーションする事業者がそうした現象を予測できるような手法を開発すること、さらには行政がそうした現象をモニタリングしてオーバーツーリズムの発生を未然に防ぐ施策のあり方を科学し、解明していくことなどが挙げられる。その意味ではキャリングキャパシティ研究も深化させねばならない。
 こうしたアセスメントは民間事業者から発することが難しく、かといって行政任せで済むものとも考え難い。一方でそうした観光戦略手法の普及は、研究者が現場での経験と分析を通じて社会に問うことができる内容ではないだろうか。
 いやむしろそうしたリスクヘッジ研究を超えた、公益性を主張できる観光政策そのものの戦略研究が求められていると言えよう。


西山徳明(にしやま・のりあき)
北海道大学観光学高等研究センター教授
1961年福岡市生まれ。京都大学博士(工学)、九州芸術工科大学・九州大学教授を経て2010年より現職。専門分野は建築・都市計画学、観光デザイン、文化遺産マネジメント。文化遺産地域での観光・遺産マネジメントに関するフィールド研究、ヨルダン、フィジー、ペルー等の世界遺産地域での観光開発国際協力を展開中。下郷町伝統的建造物群保存審議会委員、白川村景観審議会会長など。