C O L U M N 1
❶「戦略的に取り組む戦術」による計画論の確立に向けて
公益財団法人日本交通公社観光研究部上席主任研究員
菅野正洋
観光地域づくりには戦略が必要だといわれる。地域として目指すべき将来像やビジョンを描いた上でそこに向けた道筋をバックキャスティング思考によって導き出し、関係者間で共通認識として共有しつつ取り組むプロセスは、ある意味理想とも考えられる。そのため、「戦略」は観光研究分野でも「観光地マネジメント」の主要な要素の一つとされているし、意思決定や合意形成を扱う「観光地ガバナンス」の観点からも、語られることの多いタームである。
実際、当財団でも、そういった観光地としての戦略策定を支援する業務は主要なドメインの一つとなっている。特に、コロナ禍が収束を迎え、インバウンド含めた観光が従前以上に力強く回復している現状において、そのような引き合いを受ける機会は再び増えているような印象もある。
ただ、昨今のように観光地を取り巻く環境変化が著しく、先行きを見通しにくい中では、この戦略も柔軟に見直しながら進める必要があることもまた事実であろう。特に、上記のような地域としての戦略は、行政計画として策定されることが多い。その際には一定の計画期間を有しつつ、数年単位で見直されることが一般的ではあるにせよ、それを上回るスピードで到来する環境変化には柔軟に追随できない部分もある。
例えば、特集3でも中島氏が言及している通り都市計画分野においては、2010年代ごろからアメリカを中心に「タクティカル・アーバニズム」(直訳すると「戦術的都市計画」)という概念が提唱されている。これは「〝意図的に〞長期的な変化を触媒する、短期的で低コストかつ拡大可能なプロジェクトを用いたコミュニティ形成のアプローチ」と定義される。具体的には、長期的に高額な費用が必要となる事業によってではなく、仮設的な構造物や設置物によって都市にアクション(介入)を行うことで、臨機応変に空間の更新を行い、ユーザー(都市空間を利用する住民や事業者、来街者)の経験価値を向上させる取り組みを指す。
ここで重要なのは、タクティカル(戦術的)なアプローチとしながらも、「単発のゲリラ的活動ではなく、戦略的な計画を実現に導くためのもの」とも記述されているように、必ずしも戦略が不要とされているわけではないということである。
このタクティカル・アーバニズムの考え方を応用した取り組みの事例として、八王子市における「フロートビジョン」策定を核としたプロジェクトがある。
これは、中心市街地の魅力を高めるまちづくりを景観行政との連携で取り組む方法として、市民ワークショップと専門家会議で議論をした未来の景観や活動イメージを小冊子(景観絵本「八王子まちなか景観みらいものがたり」)としてまとめ、これに基づくアクションを起こしている一連の取り組みである。(「フロートビジョン」とは、エリアの価値や可能性を光景として具体的かつ積極的に示した将来像とするために、あえて既存の市の計画から〝浮かせておく〞という計画手法の呼称とされる)
さて、ここで観光地に再度視点を戻すと、都市と同じように多様な主体が関係し合い、常に不確実性を内包していることがわかる。
であるならば、観光地マネジメントにおいても、長期的視点に立つ全体としての戦略は共有しながら、実際には短期の戦術レベルで対策を講じていく「戦略的に戦術に取り組む」姿勢が必要になるのではないだろうか。「戦略」と「戦術」は一般的には対義語として用いられることが多いため、この姿勢は矛盾するようにも見えるが、不確実で先が見通せない時代において求められる見識の一つであると考える。
その例が、倶知安町で2019年度に策定された「観光地マスタープラン」と「観光振興計画」である。「マスタープラン」は行政とDMO等の観光関係団体が協働で、どのような観光地を目指したいかという具体的なビジョンを共有し、そのビジョンを達成するための観光産業としてのアプローチを策定したものである。一方で、「観光振興計画」は、倶知安町の観光振興に関する基本的な理念や方針、観光関連産業を支える行政としての取り組みを示している。マスタープランは戦略的要素も含むものの、より詳細な戦術集としての性格が強く、観光振興計画はそれを包含する地域戦略として機能することが意図されている。
今後の観光研究には、上記のような実践事例から学びつつ、「戦略的に取り組む戦術」を一種の計画論として機能させる手法を確立する作業が求められるのではないだろうか。
参考文献○
1)泉山塁威ほか(2021). タクティカル・アーバニズム 小さなアクションから都市を大きく変える. 学芸出版社
2)菅野正洋(2017). 海外の学術研究分野における「 デスティネーション・マネジメント」 の概念の変遷.
3)観光文化= Tourism culture:機関誌, 41(3), 4-14.
4)菅野正洋(2020). 「デスティネーション・ガバナンス」 の研究動向.
5)観光文化= Tourism culture:機関誌, 44(2), 4-9.
6)東京都立大学 観光まちづくり研究室ウェブサイト「八王子中心市街地のフロートビジョンとアクション」
https://ssm.fpark.tmu.ac.jp/study/project/floatvision-of-Central-hachioji.html