小笠原諸島(東京都小笠原村)は、東京都の南約1000㎞に位置する父島列島及び母島列島、硫黄列島など太平洋上に散在する多くの島々で構成されています。
これまでに一度も陸続きになったことのない海洋島として独自の進化を遂げてきました。
戦後、1968年に米国の統治から日本に復帰し小笠原村が設置されます。復帰から55周年を迎えていますが、いまも小笠原への交通手段は海路に限られ、現在は3代目の「おがさわら丸」が東京竹芝港と父島を約週に1便、片道24時間、で結んでいます。
村では、1988年に小笠原諸島返還20周年記念事業のイベントとして母島でホエールウォッチングを開催しました。その翌年、事業化に向けて小笠原ホエールウォッチング協会を設立するとともに、クジラへの接近方法などを決めたホエールウォッチング自主ルールをつくり、改定を重ねながらいまも運用しています。これが小笠原エコツーリズムの始まりです。
その後、2000年に策定した『小笠原諸島観光振興計画(ブルーダイヤモンドプラン)』では、エコツーリズムを観光振興の基軸に据え、「かけがえのない小笠原の自然をまもりながら、旅行者がその自然と自然にはぐくまれた歴史文化に親しみ、小笠原の村民が豊かに暮らせる島づくり」を目標としました。
繰り返しになりますが小笠原エコツーリズムの特徴として、観光利用行動を調整・制御するルール(法律や条例から制度、申し合わせ程度までも含みます。)が挙げられます。例えば、1989年にはホエールウオッチングの自主ルールが定められたり、2002年に東京都知事と小笠原村長の間で「小笠原諸島における自然環境保全促進地域の適正な利用に関する協定書」を締結し、南島と母島石門における入域制限を始めました。2004年には小笠原村観光協会がオガサワラオオコウモリウォッチングなどの自主ルール、翌年にはドルフィンウォッチング・スイムのルールなどを相次いで設定するなど、観光事業者らが率先して自主ルールをつくっています。ちょうどこの頃、環境省エコツーリズム推進モデル地区の指定を受け、環境省や専門家らにも数々の支援をいただきました。
2011年には、小笠原における生物進化の過程を示す生態系の価値が認められ世界自然遺産に登録されました。
調査研究やルールによって自然環境を保護・保全しながら、ガイドの専門的な解説によってその価値を来島者に伝え、深みのある観光を楽しんでもらうことが小笠原における観光の使命です。こうした取組みをエコツーリズム推進法に基づく『小笠原村エコツーリズム推進全体構想』としてとりまとめ、2016年に環境大臣の認定を受けました。
私が今回の「エコツーリズムの本質」という特集の巻頭言の依頼をお受けして改めて思うことは、これまで長年自然環境を対象にしたエコツーリズムの振興を図ってはきたものの、そこに介在するのはそれを守る人であり、利用する人であるということです。
今般、村の観光関係者らとともに、これからの小笠原村の観光振興の方向性を示した『小笠原村観光振興ビジョン』を策定しました。このビジョンでは、訪れる人、観光振興に携わる人、自然を守り育む人、そして村民が観光と関わり・つながる「人が主役の観光振興」を柱とし、小笠原村が目指す観光を「Ogasawara SMILE Tourism(スマイルツーリズム)」と呼ぶことにしました。SMILEはSlow Meet IsLand Ecoです。これを皆で共有し、一人一人が小笠原の観光を支え、小笠原の将来に向けて協働して、諸活動に取組んでいきたいと思います。「小笠原の観光資源は自然と人」という基本を忘れず、「心豊かに訪れ、暮らし続けられる島」の実現に向けて観光振興を進めてまいります。