エコツーリズムの本質を問う

出会い、つながり、そして「こころざしの共感」
寺崎竜雄(公益財団法人日本交通公社 常務理事)

1.はじめに
 日本にエコツーリズムが伝わったのは1990年頃。小笠原ではホエールウォッチングが始まり、事業化に向けて小笠原ホエールウォッチング協会が設立され、クジラへの接近方法などを決めた自主ルールがつくられた。
 環境省(当時は環境庁)は1990年に西表島をフィールドとした調査事業に着手。環境省として初めてエコツーリズムという言葉を使った事業だという。
 屋久島では1993年の世界自然遺産登録に先駆けて民間のガイド会社が本格的なエコツアーを開始。事業ベースで軌道に乗せ、エコツアーガイドというそれまでなかった職業を屋久島に定着させた。
 それからおよそ10年経った2003年11月、環境省は第1回エコツーリズム推進会議を開催し、エコツーリズムの普及と定着に本腰を入れた。そして2007年にはエコツーリズム推進法(以下、エコツー法)が成立。翌年4月から施行された。
 このように日本でエコツーリズムが始まってから約30年、政府がエコツーリズム推進に本格的に取り組んでから20年、エコツー法の施行から15年が経過した。
今年は節目にあたると考え本誌を企画した。

探ってみたいこと
 これまで観光振興をめぐり幾種ものツーリズムが提唱され、さまざまな施策がとられてきた。その中でもエコツーリズム推進はとても息の長い政策だ。エコツー法に規定するエコツーリズム推進全体構想(以下、全体構想)を作成し認定を目指す地域は後を絶たない。むしろ勢いが増しているように感じる(本誌P 11・図5)。
 地元が主体となり、関係者らを巻き込んで全体構想を描き、諸機関と調整、合意形成を図る。現場の苦労は多大に違いない。一方で、大がかりな支援事業や補助金はあまり期待できないのに、なぜ支持され続けるのか。観光地づくりに大切な何かがあるはずだと考えた。
 エコツーリズム推進政策はなぜ長続きするのか、日本におけるエコツーリズム推進の勘どころを探ってみたい。

エコツーリズムの捉え方
 西表島の調査事業では、島の人にはエコツーリズムというカタカナ言葉は伝わらないので、島おこしだと説明したという。日本を代表する原生的な自然環境をもつ西表島であっても自然保護を前面に出さず、そこでの暮らしに配慮した取り組みに徹したと強調する。その成果をもとに「エコツーリズムとは、その土地の自然や生活文化を傷めることなく持続させていくことを活動の最低条件とする旅行のこと」とまとめている(『西表島エコツーリズム・ガイドブック』西表島エコツーリズム協会刊、1994年)。
 同じ頃、(財)日本自然保護協会が提唱したエコツーリズムの定義は、諸研究に基づき丁寧に整理されている。「環境に配慮した施設および環境教育の提供」に触れている点が特徴の一つだろう。同時にエコツアーも定義づけ、エコツーリズムとの関係を明記している(『NACS‐Jエコツーリズム・ガイドライン』(財)日本自然保護協会刊、1994年)。
 1998年に有志らが設立したエコツーリズム推進協議会(現在の(一社)日本エコツーリズム協会)では、先駆者らが「エコツーリズムの定義は、エコツーリズムを語る人の数だけ存在するといって良いほど多様である」とまとめている(『エコツーリズムの世紀へ』エコツーリズム推進協議会刊、1999年)。実態をうまく表現しており、さらに「資源の持続なくして観光は成立せず、地域住民の参画なくして資源は守れず、経済効果なくして住民の参画は望めず、という三つの認識の上に成り立つ」という書きぶりにも、推進現場の実情が示唆されているように思う。
 ちなみにエコツー法では、「この法律において「エコツーリズム」とは、観光旅行者が、自然観光資源について知識を有する者から案内又は助言を受け、当該自然観光資源の保護に配慮しつつ当該自然観光資源と触れ合い、これに関する知識及び理解を深めるための活動をいう」と定義している。

ゆるやかな概念
 エコツーリズムの定義には多様な見解がある中で、環境省はエコツーリズム推進にあたり「狭い概念で捉えずに広くやる。小難しいのはダメ。こうじゃなきゃいけないと理想を追い求める姿勢はいいが少し重い。現場ではもう少し気軽にできるようにした方がいい(中島:座談会①)」という考え方だった。
 堀上(座談会②)もまた「地域の宝の持続可能な活用には地域ごとに異なる形がある。こうだと決め付けるとうまくいかない」と言い、山本(座談会②)は「エコツーリズムという言葉は器である。言葉の持つ大きさが続いてきた理由だと思う」と続ける。さらに海津(座談会②)は「だからこそ定義の論争が今も続いており最終ゴールに至っていない」とまとめる。
 とかく新たな施策の導入時には、有識者らによる「あるべき論」の主張がみられるが、ここでは概念や定義をゆるやかに捉え、実践こそ重要だという姿勢を示したのはとても有効だった。
 背景にはエコツーリズム推進の主役は地域であり、地元関係者らが地域の実情に応じて主体的に取り組むことこそ、エコツーリズム推進の基本だという考え方が共有されていたからだと思う。

2.認定地域に対する実態調査をもとにしたエコツーリズムの評価
 それでは、各地域は何を目指してエコツーリズムに取り組もうとしたのだろう。全体構想が認定された地域(以下、認定地域)を対象に、聞き取り調査とアンケート調査を行ったので結果を概観してみたい(図2参照)。

エコツーリズムに取り組む目的
 「エコツー法のもとで全体構想を作成し認定を目指した目的やねらい」を複数回答で聞いたところ、回答のあった17地域のうち16地域が「1.観光振興や地域活性化を推進するため」、また15地域が「5.自然環境や地域資源の保護・保全を強化するため」「6.全体構想によって利用のルールを明確にするため」「8.地域資源の保護・保全と観光振興・地域づくりの両立を目指すため」、14地域が「2.地域資源を活かしたエコツアーや体験プログラムの充実を図るため」を選択した。
 エコツーリズムにおける二つの大きな側面である「観光振興の推進」とそれを実現する「エコツアーの充実」、そして「地域資源の保全」とその具体的手法である「ルールの明確化」の両方を挙げた上で、「その両立」を目的としているのである。
 聞き取り調査で得られたキーワードを逃さず選択肢として列挙しようとしたため、同類の選択肢が輻輳するようなアンケートになったのは研究手法としては反省すべきだが、調査結果には諮ったように「利用」と「保全」がバランス良く明示され、少々驚いた。ほぼ全ての認定地域がエコツーリズムの理想像を理解し、そこを目指して真摯に取り組もうとしたことが示されたのではないだろうか。
 また、「その中でも特に重視したことを3つまで」に対する回答(以下、上位3回答)においても「観光振興の推進」「地域資源の保全」と「その両立」が支持されている。一方でその他の項目については、複数回答に比べると分散しており、地域固有の事情があったことがうかがえる。
 その中に「19,自家用有償旅客運送(白ナンバー運送)によるガイドツアーの効率化・利便性の向上を図るため」を特に重視するという回答が2件あったが、聞き取り調査では、特に重要なねらいだったという声を複数聞いた。なお、これは国土交通省「自家用有償旅客運送に関係する通達(2011年3月31日)「宿泊施設及びエコツアー等の事業者が宿泊者及びツアー参加者を対象に行う送迎のための輸送について」」による規制緩和のことである。

全体構想作成と認定の成果
 「全体構想が認定されたことによる成果」を尋ねた質問では、複数回答、上位3回答ともに「6.全体構想によって利用のルールが明文化された」が最も多く、複数回答では回答のあった17地域のうち14地域が選択した。
続いて回答の多い「2.エコツアーや体験プログラムが充実した」「9.エコツーリズムによる地域づくりの方向性が整理・明確化された」「エコツーリズム推進の枠組み・体制が整備・強化された」「全体構想認定によるブランド化・知名度が向上した」「地域の内外への広報・情報発信が拡大・多様化した」は、具体的な成果として見えやすいものだ。
 一方、上位3回答をみると、取り組みの目的と同様に「6.全体構想によって利用のルールが明文化された」に続いて「1.観光振興や地域活性化への効果があった」「8.地域資源の保護・保全と観光振興・地域づくりの両立がすすんだ」といったエコツーリズムの中核となる項目が挙がっている。
 具体的な効果を意識しつつも、観光振興と地域資源の保全がすすんだというところに認定地域の着実な姿勢を感じる。

残された課題
 「全体構想が認定されたものの依然として残された課題」については、全般に質問2より選択された数が少なく、総じて成果が強調される回答傾向となった。
 その中で、「3.ガイドの質・数が不十分だ」「5.ガイドの収入・報酬が低水準だ」が目立つ。一方、「4.ガイドの活動・ガイドツアーの価値に対する理解が進んでいない」を選択した地域が比較的少ないことから、ガイドの重要性に対する理解はすすんだものの、ガイドの活動状況には課題が残る地域が多いことがわかる。
 また、「22,全体構想の見直しができていない」「12,関連組織の運営や諸事業にかかる予算・活動資金が不足している」「11,エコツーリズム推進にあたる体制の整備が不十分だ」といった制度の運用面に関する課題も多く挙げられた。

環境省に対する期待と要望・エコツーリズム推進法の改善点
 この一年間ほどかけて行ってきた認定地域への聞き取り調査では、アンケート調査で聞いた項目に加えて、取り組みの状況、環境省に対する期待や要望、さらにエコツー法の改善点なども尋ねた。このうち要望や改善点を概観する。
 全体構想に記載した枠組みの継続的な運用、全体構想の改定が負担になっているという意見を複数箇所で聞いた。また、財政面での継続的な支援、認定後のフォローアップの強化を望む声も多かった。
全体構想の認定により近隣にしか届かなかった情報が、全国的な媒体に乗ることによって広まった。地域の自信にもつながったので、ぜひ継続・強化してほしいという具体的な要望も複数あった。
 エコツー法の制度面に対して、全体構想の対象範囲を複数の市町村や県をこえて設定しやすくしてほしいという意見があった。例えば、対象の市町村や県がそれぞれ構想を作成し、それらを1つに合冊したもので広域申請できるようにするという提案もあった。
 個別の課題として、エコツアーの魅力向上には自家用有償旅客運送の適用範囲の拡大、柔軟な運用が必要だという要望が複数地域で聞かれた。全体構想の対象範囲の件も、この適用範囲と関連しているようだ。

3.日本型エコツーリズムであること
 認定地域に対する調査からは「地域が主体的に観光振興と地域資源の保全にバランス良く取り組む」という、まさにエコツーリズムの理想像への理解と賛同が、普及と定着を支える大前提となったことが示されたと思う。
 一方で、聞き取り調査をすすめる中では、日本を代表する原生自然地における取り組みから、都市近郊、中山間地域における取り組みまで、フィールドや社会特性によらず、実に多様な環境でエコツーリズムが実践されている姿をあらためて確認した。それぞれ個別の事情を抱えながら、エコツーリズムという器の中で、自分たち流にカスタマイズして取り組んでいる状況が垣間見られた。
 まさに、「地域の実情に応じた多様性の理解」、これをささえた「ゆるやかな概念」が、日本型といわれるエコツーリズムの根本にある。こうした日本型の推進過程をもう少しみてみたい。

地域主体・ボトムアップ型の取り組み
 中島は、エコツー法の検討にあたり「究極のボトムアップ型の枠組みを目指した」とし、「地域で話し合って合意形成するのがスタートだという仕組みを作った」という。
 海津は、エコツー法は「規制法ではない。地域が頑張れるように後押しするものだ。歯車を回しているのは、政策ではなく地域だからエコツーリズムは続いている」と述べる。
 堀上も、だから「地域から自分たちが伝えたいこと、守りたいことの宣言が続いている」と振り返る。
 規制であれば国の方針のもとですすめられるが、観光振興と地域資源の保全は、現場に近い地域が主導したほうが実質的だという考え方だ。
 諸外国のエコツーリズムは、計画ありきで、計画に沿って地域や事業者が動くトップダウン型が中心である。これに対し、日本の法律が示すエコツーリズムは、地域の協議会でものごとを決める枠組みであり、地域の意向が働きやすく、地域がやりたいことができる制度である。こうしたガバナンスの枠組みが日本型エコツーリズムを色濃く特徴づけている。

具体の行動:「ルール」と「ガイダンス」
 エコツーリズムの概念をゆるやかに捉えた一方で、エコツーリズムの成立要件として「ルール」と「ガイダンス」を明示した。エコツーリズム推進会議が発信したこの二つのワードは、独り歩きしたかのように、さまざまな場所や場面で聞かれた。知り合いのガイドらは今も「エコツーリズムというからにはルールとガイダンスが肝心だ」と言い、ガイダンスはできたが、ルールは不十分なので率先して働きかけたという現場も見てきた。
 中島は、サステナブルツーリズムを「そこまでいくと概念だけになる。現場の話が抜けてしまう」といい、エコツーリズムは現場が動くことであると強調する。
また、「サステナブルに寄りすぎると楽しみがなくなり責任だけが残る。楽しむとともに責任を持つというバランスが重要」であり、必要な要素を示したのがこのワードだという。そして「利用者の立場で考えると本質的なのはこの二つ」だと言い切る。
 一般的な観光振興などとの相違点を簡潔明瞭な二つのワードに絞ったこと、それが概念的なことではなく具体的な行動であったことが、日本におけるエコツーリズムの普及と定着のキモになったと思う。

人のつながり・上質なコミュニケーションの仕組み
 東北の震災復興を振り返り、岡野(座談会③)は「地域ごとのワークショップによってコミュニケーションがとられ、地元の魅力を価値あるものと認識し、旅行者を迎え入れる準備と覚悟ができた」、これによって「来訪者が訪れた場所に親しみを感じ、満足度が高まることにつながった」という。
 復興エコツーリズムでは「地域の人の誇りを取り戻すことを目指した」。「人と人が出会う機会を作ることから始め、地域づくりに役に立つのならエコツーリズムという言葉にはこだわらない」のように、「地域を巻き込む手法(海津)」としてエコツーリズムが活用された。
 また、「新しい地域内のつながりをつくるきっかけになった(菅野:座談会②)」というように、復興エコツーリズムへの取り組みでは、人とつながり、話し合うことが重要だということが再確認された。
 エコツーリズムの枠組みは、かつての「寄り合い」のようなコミュニケーションの場づくりになるという認識も、日本型エコツーリズムの特徴だといえるだろう。

4.次のフェーズにむけて
 冒頭には今が節目だと書いた。座談会では「継続できなかった事例も含めてこれまでの20年間を一度整理した上で次につなげる時期だ」という意見や、「多くの人を巻き込めたのは成果」だが「長い間やってきたのに新しいことはなく法律も変えていない」という厳しめの振り返りもあった。認定地域からの控えめな要望には既に触れたが、「期待するなら、こうしてほしいという要望が必ず出てくる」はずだという。
 さて、次のフェーズにおける力点はどうなるだろう。これまでの20年・30年間は、受入地域側の目線でエコツーリズムが推進されてきた。これからは総じてエコツーリズム市場の成長に意識を向けるべきだと考えるが、どうだろうか。

経済効果の向上・市場の拡大
 中島は「国立公園を盛り上げようとすると結局は経済的なところに行き着く」という。「みんなが潤えば、もっと大事にしてくれる。いいことだからやろうではなく、儲かるからやろうでないと社会は動いていかない」という。
 岡野も「現場では、そんなに儲からなくてもいいという人が多いと感じた」と言い、「経済も見ないとエコツーリズムは持続可能ではなくなる。そこを変えていくことが重要だ」と指摘する。
 理想だけでは長続きしない。利益を上げることから目を背けず、必要な議論、対策に向き合うことがこれまで以上に重要になるだろう。
 これまで、エコツーリズムは従来の観光とは異なるものであり、エコツアー参加者は独特な感性をもつ人たちであり、市場性は限られるという意識が一部にあったと思う。しかし、実際には一度体験すると次もまた参加したいという人たちは多い。私はこれまで何度もエコツアーに参加したが、参加者を選ぶ特殊なツアーであるというような感想をもったことはない。
 観光が多様になり、地域の自然環境や生活文化などを実体験とともに深みのある解説を受けながら楽しむエコツアーは、もはやレアな旅行スタイル、ニッチなマーケットということはなく、むしろ市場の中心に座るべき観光形態だという認識でも良いのではないだろうか。
 その上で、商品開発と販売網の拡充、インバウンド需要を含めた幅広いマーケットに対応すべきフェーズにはいったのである。

「ガイド業」の規定
 エコツアー市場の拡大にあたり、ツアー商品の供給者であるガイドの役割と位置づけが気になるところだ。とりわけ、安全管理に対する社会的な目線は厳しくなるだろう。
 細野(座談会③)は、ガイダンスの品質管理のために「ガイドの社会的な価値を明確化すべき」という。その過程で、エコツーリズムがもたらす地域経済への波及効果、社会的な効果を明らかにして公表するべきだと主張する。一年前に「ガイドは持続可能な観光振興の旗手となる(『観光文化Vol. 253』)」を書いたが、ガイド業という仕事が広く認知され、産業として形成されるべきである。
 エコツーリズムに取り組む地域ごとに、ガイドの登録・認定制度の検討・実施に取り組んでいるが、全て順調という事例はなかなか見ない。各地のこれまでの経験を集めた新たな展開が必要だろう。
 これまでの視点はガイド個人の能力に偏りがちだったが、産業として考えるのであれば事業者としての要件、提供する商品(ツアーコース・プログラム)の品質という視点からの枠組みづくりも重要になる。
 また、地域ごとに状況は異なるので、全国一律の枠組みは現実的ではないかもしれない。であれば、あらかじめ定めた基本方針に、各地域でつくるガイド業の枠組みが則したものかどうかを判断基準に、その枠組みを認定するということもできるだろう。
 消費者保護や資源保護という規制の観点からガイド業を規定するのではなく、例えば、エコツアーガイドとは「歩きながら、または専用車で移動しながら来訪者を専門的な知識と技術で案内する業務」と新たに定義づけ、これまでなかった新たな仕事として先にふれた自家用有償旅客運送を弾力的に運用できる業態だ、という整理ができると面白い。

5.とりまとめにあたり
 本誌では、エコツーリズムはなぜ支持されるのかという研究課題に向き合ってきた。総括すると日本独自の取り組み(日本型)にこだわってきたことと、エコツーリズムには普遍的な価値があるということだろう。地域の個性的な自然や文化を、活かしながら継承する観光振興。地域の固有性・多様性を尊重し、地域主体で取り組む地域づくりを、ゆるやかに支えるエコツーリズムの概念が、ちょうどこの30年間(平成時代)にフィットしたのだと思う。
 30年前というと、東西冷戦が終結し民主化が進んだ時期であり、バブルの崩壊によってハード整備からソフトによる観光振興に基軸が切り替わったときである。こうした社会の変化に沿って、地域資源が無秩序に消費されないよう「守りながら」、そこに暮らす「住民のことも考えながら(五木田:座談会③)」観光をすすめるという、これまであったようでなかったことに地域の方々が共鳴したから続いてきたのだろう。

出会い、つながり、そして「こころざしの共感」
 この原稿を書き始めたとき、ちょうど手許に『YNAC通信(No.40)』が届いた。1993年、屋久島で創業した屋久島野外活動総合センターの機関誌だ。これまでエコツーリズム業界のパイオニアとしての歩みが綴られてきた。ところが残念なことに、冒頭には最終号とあり、今年いっぱいで法人としての活動をおえると書いてある。理由はさておき、時の経過を痛感した。これまで30年間の活動には敬意と感謝しかない。
 私が、エコツーリズムの研究に興味をもち始めた頃、当時は東京駅のそばにあった事務所に、YNAC創業者の一人である市川聡さんがふらりと訪ねてきた。聞くと、旅行会社への営業に来てはみたものの、エコツーリズムなどわからぬといわれ、ここを紹介されたのだとか。30年前はそういう状況だった。その後、冬の北海道でのシンポジウムで同じ講師として再会。直後には、偶然にも日本旅行業協会の研修ツアー参加者として、マレーシアのタマンネガラ国立公園に視察に行った。都度つど、学びがあり、よく議論した。
 その後に設立されたエコツーリズム推進協議会の年次大会では、多くの先達からエコツーリズムを教わった。日中は会場でプレゼンを聞き、ご飯を食べながら、酒を飲みながら、毎夜遅くまで語り合った。
 他にも、出向いた先々で現場屋と理論派が集まって議論を重ねた。1990年代は、エコツーリズムへの期待に溢れていた。2000年代になり、政府による施策が本格的に始まると、それまでに溜まった思いが、勢いよく波及していった。
多くの関係者が情熱的に行動し、意気揚々としていたと思う。2010年代は、まさにゆるやかな概念の実践期で、エコツーリズムが観光振興の基盤になったような気がした。
 こうして振り返ると、渋谷(巻頭言)がいうようにエコツーリズムは人のつながりの中で成り立っている。私が、いまもエコツーリズム推進に関わり続けている(関わらせていただいている)のも、出会い、つながり、そして彼らとの「こころざしの共感」があるからだ。
 これもまたエコツーリズムの本質だと思う。

寺崎竜雄(てらさき・たつお)
●公益財団法人日本交通公社常務理事。博士(農学)。専門領域は、持続可能な観光のための地域資源管理、エコツーリズム。近年は、旅行者の行動を調整・制御するローカルルールに興味を持ち、相変わらず現地調査に励んでいる。