❶北海道 弟子屈町

エコツーリズム大賞受賞までの15年にわたる取り組み
白石奈津美(弟子屈町観光商工課観光振興係主任)

北海道初「エコツーリズム推進全体構想」認定
 弟子屈町は、北海道東部に位置する人口約6700人の町である。町面積の65%が阿寒摩周国立公園に位置する自然豊かな地域だ。
 町を代表する景勝地として、「世界有数の透明度を誇る摩周湖」、「日本最大のカルデラ湖である屈斜路湖」、「今もなお噴気を上げる生きた火山 硫黄山(アイヌ語でアトサヌプリ)」が挙げられる。
代表的なアクティビティとしては、屈斜路湖から始まる釧路川源流域カヌー、アトサヌプリトレッキングツアー、摩周湖での星空観察などがある。
 2022年3月に、(一社)摩周湖観光協会が地域DMOとして観光庁に認定。翌月には、「弟子屈町観光振興計画」が策定された。これは国際基準に準拠した持続可能な観光ガイドラインに基づく計画であり、持続可能な観光を推進する体制が整備された。
 弟子屈町では持続可能な観光の実現に向けた取り組みを、以前から行ってきた。
その取り組みの中心となったのが、2008年に誕生した、全国であまり例を見ない、住民主体の観光を基軸としたまちづくりに取り組む「てしかがえこまち推進協議会(以下、えこまち推進協議会)」である。「誰もが自慢し、誰もが誇れるまち」を目指し、町内の関係団体のほか、地域住民が参画する8つの専門部会にて構成されている。今年で活動16年目を迎えた、非常に歴史ある地域協議会だ。
 本協議会では、持続可能な観光の実現を目指し、自然を保全しながら観光振興を進めるため、住民も参画し地域の自然保護・活用について指針となるルールづくりを始めることとなった。それは地域の関係者が共通認識の下に取り組めるよう、エコツーリズム推進法(以下、エコツー法)に基づきまとめられ、2016年11月、弟子屈町の「エコツーリズム推進全体構想」が北海道で初めて国の認定を受けた。

アトサヌプリ登山再開に向けて
 現在、アトサヌプリトレッキングツアーが行われているアトサヌプリは、明治10年から昭和38年にかけて硫黄の採掘が行われていた山で、現在のJR釧網本線(網走〜釧路間の線路)の基となる鉄道が敷設されるなど歴史的・文化的にも貴重な場所。地域住民にとっては、気軽に登れる山として親しまれた山であったが、2000年の落石事故以来、山の麓までしか立ち入ることができなくなってしまった。
 そのアトサヌプリの約2km先には、名湯「川湯温泉」がある。アトサヌプリを源とする、この温泉の泉質は強酸性で、phは1・7程度、五寸釘を2週間程度で溶かしてしまうほど。
 温泉から立ちのぼる湯気は、風情のある温泉街をより一層引き立てる一方で、成分が非常に強いため、この地域の電化製品は長く持たず、車のエンブレムは1年程度で変色してしまう。地域の人にとって過酷な環境を生み出している山であるが、この温泉街になくてはならない山でもある。
 そんな中で、地域住民から「あの山に再び登れるようにしたい」という声があった。閉鎖されたアトサヌプリを活用して、川湯温泉のシンボル的なアクティビティを開発すべく、当時動き始めた国立公園満喫プロジェクトとも関連付けながら、登山再開に向けた検討が本格的にはじまった。
 従来どおりの利用方法であれば登山再開が叶わず、また落石事故により入山が禁止されていたこともあり、登山に関する利用ルールだけでなく、保全に関するルールを十分に検討する必要があった。
その際に、アトサヌプリをエコツー法に基づく特定自然観光資源として指定をし、立入制限等のルールを設けられないかという話が地域で持ち上がった。
 エコツー法に基づく特定自然観光資源の指定のほか、利用調整地区制度の活用という選択肢もあった。この制度は、国立公園・国定公園の風致又は景観の維持とその適正な利用のために利用調整地区を指定し、国立公園の場合は環境大臣の認定または許可を受けなければ立ち入っ
てはならないというもの。周辺地域でこの制度を活用し、立入制限や人数制限を設けているのが、世界自然遺産にも登録されている知床だ。
 しかし、冒頭に紹介したえこまち推進協議会がエコツーリズムを推進していく中で、利用調整地区制度による環境大臣の許認可を受けるシステムではなく、地域独自のルールを地域で決め、地域が責任を持って運用する道を選んだ。
 特定自然観光資源の指定により立入制限や人数制限を実施している例は、検討を始めた当時、国内のエコツーリズム推進全体構想認定地域内にはなく、関係者間の調整や協議、現地調査については少なくとも5年以上行われた。特に保全が必要な地域資源の見直しや、保全する上でのエビデンスの整理に苦慮したと、当時の担当より聞いている。
 地域の努力が実を結び、2020年9月に環境省を含めた4省庁(環境省、国土交通省、農林水産省、文部科学省)より、特定自然観光資源の指定を新たに加えた全体構想の変更認定がなされた。

人数制限とガイド認定制度を整備
 特定自然観光資源に指定した資源は「硫黄山の噴気孔」。硫黄山には1500あまりの噴気孔が存在し、今もなお火山活動が続いていることを体感できる。また、遥か昔から長い時間をかけてできた鮮やかな黄色の硫黄結晶も点在しており、それらが不特定多数の登山者の踏み荒らしで損壊されないよう、入山については立入制限、1日あたりの入山人数制限のほか、えこまち推進協議会に認定されたガイドが必ず同行することとなった。認定ガイドは公的なガイド資格だけでなく、協議会が独自に定めた条件をクリアしなければ認定を受けることができない。自然に関する知識だけでなく、硫黄山の歴史的な背景を学ぶ講座の受講も必須だ。2023年7月1日時点で認定を受けているガイドは5名。資源保護や安全対策の観点から、ツアーはガイド1名につき6名まで参加可能となっている。
 2023年2月、こうした取り組みが第18回エコツーリズム大賞に選ばれた。
ここにしかない地域資源の保全・管理の仕組みとともに、利用者に高付加価値な特別な体験を提供する取り組みが高く評価されたものである。本町におけるエコツーリズム推進にあたっての強みは、まさに地域の住民が主となって取り組み、それが10年以上、えこまち推進協議会として継続された活動であると考える。

持続的・発展的なエコツーリズム推進を目指して
 今年6月22日に香川県まんのう町が全国で23件目の全体構想地域に認定された。全体構想認定地域は今もなお増え続け、中には「特定自然観光資源の指定」に向け取り組んでいるところやこれから前向きに検討をするところもあり、本町への問い合わせも増えている。
 エコツー法に基づく特定自然観光資源の指定のメリットは、地域が「将来にわたり守りたい」と思う貴重な資源を、エコツーリズム推進全体構想に基づき地域独自のルールで保全・利用ができるところと考える。
 この仕組みは、エコツーリズム推進全体構想を策定し認定を受けた地域であれば、自然公園の有無にかかわらず活用が可能だ(ただし他の法令等により既に保護されている資源についてはエコツー法第8条により原則として認められない)。
今、全国各地で問題になっている「オーバーツーリズム」による希少な自然や生態系への影響だけでなく、自然環境と密接な関係にある貴重な文化財等の損失を防ぐための、解決の一助となることが期待される。
 エコツーリズムの取り組みが国の主導で始まり20年。地域ではいかに持続的にエコツーリズムの推進を継続させていくかが課題となっている。本町でも引き続き、環境省をはじめとする関係省庁や、全体構想認定地域の様々な事例、知見をお借りしながら、持続的、発展的なエコツーリズムの推進を目指したい。

白石奈津美(しらいし・なつみ)
2013年に弟子屈町役場入職、2017年に環境省へ出向し、全国のエコツーリズムの推進や星空観察を通じた大気環境保全に係る業務を担当。2020年に帰任、2022年より観光商工課にて「てしかがえこまち推進協議会」の事務局を担当。