❽宮崎県 串間市

「エコツーリズムの日常化」に向かって

秋田 優(串間市商工観光スポーツランド推進課 エコツーリズム推進室 主査)

〝素材〞だけでは地域の魅力は伝わらない

 串間市は宮崎県の最南端に位置し、沿岸は風光明媚な日南海岸国定公園に指定され、南国植物と青い海、白い砂浜が、南国情緒あふれる素晴らしい景観を形成しています。地域資源に目を向ければ、江戸時代の武士の馬が野生化して暮らす『都井岬』をはじめ、豊富な自然資源が中心市街地から車で30〜40分の圏内にある自然観光都市となっています。串間市は、これらの資源を持続可能な形で保護、活用するエコツーリズムに取り組んでいます。
 昭和40年代には、新婚旅行ブームによって多くの観光客で賑わった宮崎県ですが、近年の観光は『観る観光』から『参加体験型の観光』に嗜好が変化しているといわれて久しく、宮崎県内でも各地で様々な体験メニューが開発されてきました。豊かな自然があるだけでは素材でしかなく、具体的に楽しめるメニューの提供がなければ、地域の魅力を十分に伝えることが難しくなったという実感がありました。串間市も参加体験型観光を推進すべく、2011年頃から人材育成や商品開発が行われてきましたが、次のステップとして、それらの商品群の『質』について、農産品のように一定の規格を設けて体験メニューをブランド化しようという取り組みが始まりました。その規格となる理念に、エコツーリズムの導入が試みられたのです。串間市では、2014年に『串間エコツーリズム推進協議会』を組織し、2017年には推進全体構想が国の認定を受けることも出来ました。国の認定によって、各種のメディアで報道され、航空会社の機内誌等でも特集が組まれるなど、国認定は大きな機運作りになったと感じています。
 串間のエコツーリズムは、自然資源や生活文化を守りながら活用し、その恩恵を次世代にも送り届けることを目的としています。必須条件は、地域の素材を具体的な楽しみ方(参加体験型観光メニュー)として提供してくれる『人』が居ることですが、『持続可能な地域』をテーマに、他にも様々な定義(規格)があります。串間市でエコツアーを冠するメニューについては、協議会で事前協議制度を設けていて、様々な審査項目を経て登録しています。その定義については、一部を下記に抜粋します。

串間で初エコツアー、都井岬の「野生馬ガイド」
 串間市が参加体験型観光の開発で最初に着手したのは、都井岬の『野生馬ガイド』でした。江戸時代の武士の馬が野生化して現存する都井岬は、他地域にはない特色を持っており、研究の歴史も古く、馬の戸籍と家系図のデータは半世紀分の記録があって、これを背景とした観光ガ
イドが出来るという利点がありました。また、都井岬は観光地なので馬は人に慣れていて、他の野生動物のように逃げることがない一方、餌も与えないため飼育馬のようには人に関心を示しません。さらに草原は観察が容易で安全であり、団体で訪れても人の存在が動物に影響を与
えにくいという特徴は、エコツアーの対象として魅力的でした。
 岬馬は一夫多妻のハーレム群を形成し、繁殖期にはオス同士の戦いなど興味深い行動を気軽に見せてくれます。草原にはオキナグサなど希少種の草花もあり、馬のフンには、これを分解するキノコやフン虫も発生します。これらの営みが数百年も維持されてきた都井岬はまさに草原生態系の縮図であり、設備費不要の『箱物でない自然博物館』です。こうした都井岬の魅力は、現地でのガイドがなければ十分に楽しめないことでしょう。また、ガイドには地域資源を守る役割も期待されます。
多数の人が訪れる都井岬では、観光客と馬が過剰に接近して怪我をしたり、動物に餌を与えたり、ゴミを投棄するなどの問題も発生します。ガイドが増えれば、これらの問題を防ぐ監視員としての機能も期待されるため、今後さらにガイド養成が必要だと考えています。
 次に、都井岬で誕生したエコツアーは『都井岬・馬追い体験』です。馬追いは当初、江戸時代の都井岬で生産された軍馬を捕獲・搬出するために始まった伝統作業で、現代では馬を守る保護活動(寄生虫の駆除や健康診断)として年1回実施されます。黒潮を望む緑の草原に、人海戦術で馬の群れを追う作業は雄大で、これまでは一部の保存会や研究者しか参加できませんでしたが、保存会の高齢化によって、この伝統作業の継続が危惧される状況でした。
 この作業をエコツアーにしたところ、全国から参加を頂くことができ、『ただ眺めるだけでなく馬のために何かできないのか』という潜在的な野生馬ファンの受け皿として最適だったようです。当日は、保護の担い手である保存会がリーダーとなって参加者の引率・指導を行います。参加者はあくまでもサポーターで、支え手として参加します。参加者に刺激されたのか、保存会も例年より声が大きく活気があったように感じたのが印象的でした。馬追いは終日の作業となり、遠方からの参加者には宿泊もして頂けます。伝統作業を継続するとともに、保護の担い手には活気を与え、非日常の貴重な体験でコアなファンを獲得し、地域にお金も落ちる。これは私が理想とするエコツアーです。
 串間エコツーリズムは、住民が地域の深い魅力を伝える素材の料理人となってコアなファンを獲得する取り組みです。
その過程で郷土愛が醸成され、やがては地域住民から『お国自慢』が自然と溢れるような地域にしたいと考え、エコツーリズムに取り組んできました。全体構想の国認定も、そうした機運作りの契機と考え、認定から5年経過しましたが、依然として難しさも感じています。エコツーリズムは何が成功なのか、その事業成果や達成目標の設定が難しく、なおかつ、非常に守備範囲が広いため、ともすれば事業目的や目指す方向性が散漫になる傾向があります。今後はこの全体構想をいかに実現してゆくか、理想は「エコツーリズムの日常化」ですが、まだまだ道半ばです。

秋田 優(あきた・まさる)
1978年(午年)生まれ。栃木県那須塩原市出身。都井岬の野生馬に憧れて宮崎県串間市へ移住。宮崎大学大学院農学研究科卒。串間市文化財専門員として2008年串間市役所へ入庁。2022年から現職。