観光を学ぶということ
ゼミを通して見る大学の今
第18回北海道大学大学院農学研究院

花卉・緑地計画学研究室
みどりを体験し、研究する

〜さまざまな体験が多くの引き出しをつくってくれる〜
圃場整備とジンパ
 緑が豊かなことで知られる本学のキャンパスで、夏の風物詩と言えば「ジンパ」でしょうか。6月から9月くらいにかけて、学内のあちらこちらでジンギスカンパーティが開かれ、炭火の煙と香ばしい羊肉の香りが漂います。事前予約制で学生・教職員が利用できる火気使用可のスペースが、キャンパス中央といくつかの学部に設けられていますが、そんな施設があるのは北大くらいかもしれませんね。澄み切った青空の下、研究室の仲間や先生たち、クラブ・サークルの仲間とジンギスカン鍋を囲むのは北大生の思い出に残る体験です。
 当研究室も、今年の7月に4年ぶりに恒例のジンパを再開しました。他のジンパと異なり、圃場(実験農場)での庭園整備の実習の後に行います。7月末は札幌でも最高気温が30度を超えます。午前中に2時間ほど、ポプラ並木前にある庭園で樹木の剪定や除草などの作業を終えて楽しむジンギスカンとビールは格別の味わいです。この整備は、2006年に研究室を卒業した先輩方の助けがあり始まったものです。最大3名ほどいた技官の配置減や教員・学生の研究テーマの変化にともない、手入れが滞っていた状況を憂えた先輩方に4月から11月まで月に2回、ボランティア作業をしていただいています。月に1回を学生実習に位置づけ、OB・OGと現役の大学院生・学部生、教員が合同で作業を行っています(写真1)。参加されているOB・OGの中には、造園分野でご活躍されてきた方も少なくありません。特に、指導役の笠康三郎さんは、北海道内の様々なガーデンの計画やアドバイスに携わられてきた方で、技術的な指導はもちろんのこと、作業の合間の先輩方との会話や交流が学生たちにとっては大変貴重な機会です。研究の対象が公園や緑地ですから、もともと外に出かけることが多く、学生たちには様々な機会をとおして、多くの体験や交流をしてもらいたいというのが、私が最も重視していることです。

造園を学ぶ
 さて、これまでにも観光文化のこのコーナーにご依頼をいただきながら、果たして当研究室の活動が「観光を学ぶ」という連載の趣旨にあうのかどうか自信が持てず、何回かお断りしたこともありました。これまでの連載にあったような先生方のゼミとも異なりますが、いわば旧態依然とした理系の小講座制を維持している農学部の研究室の存在は逆に珍しいかもと思い、学生との研究や様々な活動などを紹介させていただこうと思います。
 札幌農学校が1876年に開学した当初から園芸学は教えられていましたが、当研究室は花卉学と造園学を教育・研究する園芸第二教室として1936年に設立されました。その後、何度かの組織改編にともない、花卉造園学講座から花卉・緑地計画学研究室となり現在に至っています。いまだに私たちから上の世代は、園二と呼んでいます。大学院の組織改編ではそれまでの作物生産を主体とした枠組みから離れ、生態系管理学、森林政策学などからなる森林緑地管理学というユニットで大学院生の教育を行うようになりました。以前は、チューリップやユリ、ランなどの栽培や育種といった研究が主流でしたが、以前の先生方の業績には研究論文の他に、北海道内の緑地の計画や公園の設計に様々な形で係わってこられた記録が残っています。観賞用の作物の育種や栽培を研究する花卉園芸学と、花卉を栽培する場所となる公園や緑地の計画や管理を研究する造園学は今でも講義や教育の主要テーマです。学生の就職先は、国土交通省や環境省といった国家公務員、都道府県・政令市の造園担当部署、都市計画・造園緑化コンサルタント、環境調査会社などが多いですが、造園施工管理業界や食品関連に進む学生もいます。

 当研究室が所属する学科では、3年生から研究室に分属されます。一説には作物の栽培で人手が多く必要だからと言われ、他の学科よりも研究室分属が早いです。年により変動しますが定員の上限は5名で、3年生は花卉園芸学や造園学の講義のほか、造園設計、庭園管理の実習、ゼミナールでの専門書や論文の読解やディスカッションを行います。造園設計の実習で取り組む花壇の計画は、ここ最近は札幌市みどりの推進部の依頼もあり、全国都市緑化フェアの自治体出展花壇の構想をたてています。昨年、恵庭市で全国都市緑化フェアが開催された際には、花壇の施工にも学生・教員が携わり、作図した提案が実際に形になるまでを体験することができました(写真2)。
 4年生になると大学院生と一緒にゼミを行い、卒業論文のための文献の紹介、自身の研究の計画や進捗報告などを行います。学生・教員の研究は、私の恩師である浅川昭一郎先生が教授になった頃から、公園の計画や管理、在来種を利用した緑化、生態学的な景観計画などに研究の中心がシフトしてきました。私自身が4年生になった1989年に、当時の大学院環境科学研究科の小野有五先生と浅川先生が大雪山の適正収容力の共同研究を開始されました。数年にわたるプロジェクトであったのに加え、私が博士課程まで進学して、そのまま助手として採用されたこともあり、大雪山および山岳地の国立公園の適正収容力をはじめとしたアウトドアレクリエーションの研究は代々引き継がれています。
 現在は、准教授の私、講師の松島肇先生、博士研究員、学術研究員、社会人博士、博士課程学生2名(1名は中国からの留学生)、修士2年が4名、修士1年が1名、学部4年生が4名、3年生が5名、韓国からの交換留学生1名という体制です。
松島先生は、私の後輩にあたりますが、景観生態学を専門としており、北海道石狩浜や東北地方の砂浜海岸の海岸植生の保全に関する研究をすすめています。相談したわけでもないですが、山と海に棲み分け、分担しています。卒業研究、修士論文、学位論文の主担当は決めますが、ゼミは全員で行っています。

最近の研究から
 ここでいくつか、最近の研究例をご紹介しましょう。修士課程の二人の大学院生が連続して行ってきた研究は、大雪山国立公園で荒廃した登山道を補修する市民団体の活動と連動したものです。大雪山の主峰旭岳の裾野にチングルマが一面に広がる裾合平や黒岳石室近くの風衝地
群落では、木道の劣化や豪雨により登山道の路肩が洗掘され、植生も荒廃していました。近自然工法を応用した登山道整備を専門とする岡崎哲三さんが代表をつとめる一般社団法人大雪山・山守隊が一般登山者を募集し、その路肩にヤシ製のマットを敷設し、土壌侵食を防止して、高山植物の種子を補足して植生回復を期待する施工を行いました。私たちは、その施工後の高山植物の回復をモニタリングしています(写真3)。現地に複数の調査区を設けて、毎年決まった時期に、マット上の実生の数やサイズをカウントしています。多くの登山者も係わるこの協働の国立公園管理の取り組みにおいて、研究機関としての役割を果たすと同時に、学生たちも実際の作業に参加し、地元の関係者や登山者との交流を深めています。研究の成果は、毎年行われている地域の関係者向けの勉強会で共有しています。
 知床国立公園においても、継続して様々な取り組みのモニタリングに協力してきました。自然公園法による知床五湖における利用調整地区の設定、知床連山の携帯トイレ導入、知床五湖の駐車場の拡張、カムイワッカ湯の滝へのシャトルバスの走行区間の延長などです。私自身が知床世界自然遺産科学委員会委員を務めていることもあり、環境省や自治体で検討される新たな取り組みのアドバイス、モニタリング調査の計画、実際の調査の実施などを引き受けて、それを研究室の学生が研究テーマにしています。特に、カムイワッカ湯の滝までのシャトルバスを、知床自然センターから知床五湖の区間にも延長するという2020年からの3年間の社会実験には、多くの大学院生・学生が調査に係わりました。なかでも、中心的に社会実験のアンケート調査を担当した修士課程の大学院生は、夏から秋まで知床財団にアルバイトとして雇用していただき、現地で生活しました。
彼は、現在は環境省で自然保護官として働いています。学生たちは、地域関係者との会議や下打ち合わせにも参加しますし、調査の実施においても様々な方々にお世話になります。自分たちの研究の成果が会議の場で報告され、その後の地元関係者の議論や施策の決定にも活かされるというのはなかなか貴重な勉強なのではと思っています。
 北海道余市町に、持続可能な暮らしと社会を創造するための技術や学びを広めることに取り組んでいるNPO法人北海道エコビレッジ推進プロジェクトがあります。私の後輩で、当研究室の卒業生が代表を務めていることもあり、ここ数年、修学旅行の高校生向けの研修プログラム作成のモニター役、研修参加者やNPO法人の会員の意識調査の実施と分析、ワインブドウの苗を植えるための畑の整備といった肉体労働など、様々な形で学生も係わっています。札幌から近いため日帰りも可能ですが、宿泊できる施設もあり、寝食をともにし、余市の食材や自分たちが収穫した山野草を調理し、環境に配慮したコンポストトイレや薪ストーブにも学生たちは目を輝かせます(写真4)。代表の坂本純科さんは、当研究室を卒業して札幌市役所での13年の造園職の勤務の後に、一念発起してヨーロッパに渡りエコビレッジを学び、そのアイデアを日本に普及させようと取り組んでいます。エネルギーにあふれる坂本さんら、いろいろな経験をもつスタッフや会員、余市町の農家の方々と交流すること、自分の研究対象以外の作物や作業に立ち会うこと、地方での生活を垣間見る機会はなかなかありません。札幌のまちなかでの自分自身の暮らしや日常的に食べているものの由来について、思いをはせるきっかけにもなっているかもしれません。
 他にも、札幌市における公園の再整備、公園が少ない地域での子どもの遊び場づくり、東北の海岸における砂丘植生の復元など、教員が行政や地域から依頼される案件などを研究のネタとしてだけではなく、学生たちの体験の機会としてとらえています。研究室の取り組み自体が、学生たちにはこれからの地域社会や観光のあり方を考える場になっているのではと改めて思っています。

体験から学ぶこと
 冒頭で紹介した圃場整備後のジンパですが、今年は準備段階から学生たちが苦労しました。考えてみると4年生の入学が2020年ですから、講義も最初からオンライン、学内での活動も大きく制限された時期です。研究室の圃場整備も、2021年から人数を減らして再開し、高齢の方もいるのでOB・OGと学生の接触機会もできるだけ減らしました。4年ぶりに再開することになった圃場整備後のジンパの段取りを知っていたのは、博士2年生と教員の3名のみでした。ジンパを行うにも、参加者の人数確認、お肉・野菜・炭などの買い出し、七輪・炭・鍋の準備、場所の用意、火起こし、終わった後の片付けなど様々な手間がかかります。北海道出身者も少なく、ジンパの体験もないので、ジンギスカン鍋の用意や食材の買い出しにかなり苦労し、ハプニングが多発しました。なぜか網でバーベキューをイメージしたらしく、買い出しにもやしがなかったのは、私にとっては衝撃でした。いつもの倍以上の時間がかかりましたが、七輪の火起こしや、鍋に野菜からのせるという順序などを先輩方に教えてもらいながら、こんがり焼けた肉をほおばることができた学生たちは、とてもよい顔をしていました(写真5)。
 思い返してみると、自分自身も様々な体験を先生・先輩方にさせていただきました。なかには結構無茶な要求もあり、それに応えようと必死で、新たな技術や知識を身につけ、周りの人に助けられながら、それなりに成長し
てきたという実感があります。学術的、理論的に説明することは私には無理ですが、とにかく様々な体験が多くの引き出しをつくってくれるというのは、学生たちに身をもって伝えていきたいと思っています。私自身も、まだまだ知らないことが多く、学生たちと様々な体験をしながら、新しい研究にチャレンジしていきたいと思っています。

愛甲哲也(あいこう・てつや)
北海道大学大学院農学研究院・准教授。博士(農学)。鹿児島県生まれ。1994年10月、北海道大学大学院環境科学研究科博士後期課程中途退学。1994年11月、北海道大学農学部助手。2002年11月〜2003年12月マサチューセッツ州立大学客員研究員。2008年4月より現職。