❿沖縄県 竹富町(西表島)

西表島 エコツーリズム取り組みの実情

通事太一郎(竹富町自然観光課長)

西表島におけるエコツーリズムの歴史

 イリオモテヤマネコに代表される豊かな自然環境を有する西表島は、同時に国内最初のエコツーリズムの事例として語られることが多い。これは、沖縄の本土復帰当時、開発の圧力の中にあった西表島で危機感を感じた島の青年たちと研究者が「西表をほりおこす会」を結成し、島おこしを始めた中で提案された島の自然や文化を保全しつつそれらを生かした観光がここで言うエコツーリズムであったことが挙げられる。
 また、1990年に当時の環境庁が国立公園周辺地域への利用者増と経済波及効果を高めることを目的に「自然体験活動推進方策検討調査」を国内5か所の国立公園で実施した際、西表国立公園でエコツーリズムの推進を目標に据えた資源調査が行われ、1994年にエコツーリズムガイドブックが発行された。このような調査としくみづくりを行ったのちに住民主体の準備会が立ち上がり、1996年に正式に西表島エコツーリズム協会としての活動が始まった事に由来する。
 このように西表島におけるエコツーリズムの導入と推進は、国の思惑と地元の活動の両輪であったが、竹富町においても2007年にはエコツーリズムを、キャリングキャパシティ(環境容量)を考慮した持続可能な観光の形態の一つとして観光振興基本計画で位置付けている。
 以降、全国的な動きを横目に見ながら、エコツーリズムが再度議論に上がってきたのは西表島の世界自然遺産への登録に向けた動きの中である。

世界自然遺産登録に向けての課題
 西表島の世界自然遺産登録に向けては『適正利用とエコツーリズムの推進』が重要課題とされた。特に属人的な課題と属地的な課題である。
 これは、西表島を訪れる観光客及びガイド事業者の急増によって既存のルールがうまく機能しない上に過剰利用状態にあるフィールドが出現した中で新たな利用フィールドの無秩序な拡大が発生し、ガイドツアーの安全性・品質の低下が危惧されたためで、フィールドの実態に応じた利用ルールの設定・コントロール手段の確保・ガイドを統括する体制の整備が必要となった。
 そこで登録と並行して西表島におけるエコツーリズムのガイドラインを作成すると共に適正利用と推進体制を構築するため、2016年度からエコツーリズム推進法による保全・活用体制の確立に向けた検討が開始された。
 このなかで、2018年1月には「自主ルール等での対応は難しく、強制力のある制度の適用が必要であり、行政に対して検討を強く要請する」ことについて合意がなされ、2019年2月には「エコツーリズム推進全体構想の作成に向けて、エコツーリズム推進協議会を立ち上げる」ことに合意。そして2019年10月に「竹富町西表島エコツーリズム推進協議会」が立ち上がっている。
 それまで行われてきた議論の中で属人的な課題としてガイドの存在が挙げられていた。西表島の観光客の約8割がガイドツアーに参加する形で自然体験型の観光を行っており、ガイド事業の在り方は西表島の観光全体に大きな影響を与える。そこで、ガイド事業の免許制度である竹富町観光案内人条例を2020年度よりスタートさせた。ガイド事業の開業に当たっては、西表島において一定期間以上の経験を持つガイドの配置、救急救命技術に係る講習の受講や資格の取得、賠償保険の加入等を義務づけるとともに、免許取得後も、年一度の活動報告、法令等の講習会の受講等を義務づけるなど、西表島のガイド事業全体で自然環境や住民生活に配慮した質の高い自然体験の提供を目指している。
 2022年12月に国から認定を受けた「竹富町西表島エコツーリズム推進全体構想」は、この竹富町観光案内人条例に基づき免許を取得したガイドや観光客における利用ルールとして位置付けている。この全体構想では西表島のゾーニングを行い、自然体験型の観光利用を行う「自然体験ゾーン」と原則観光利用を行わない「保護ゾーン」、集落や農地等生活の場になっている「一般利用ゾーン」の3つに区分した上で、いままで特定の団体内の自主ルールや紳士協定等の形で存在していたフィールド毎の利用ルールを再構成し公式ルールとして定めるとともに、それら利用フィールドにおける観光利用による自然環境への影響のモニタリングと評価方法を設定しており、これによって属地的な課題の解決を図るものである。

自然観光資源の持続的利用を実現するために
 この全体構想の中でも重要なのが、特定自然観光資源の指定による立入承認及び人数制限である。
 これは利用が集中しているエリアや希少な動植物が生息・生育しており観光利用が集中した場合に自然環境保全上影響の大きいエリアにおいて、一日当たりに立ち入れる観光客の上限人数や資格を満たしたガイドの同行や事前の講習の受講等を義務づけるもので、2024年2月頃からの開始を予定している。
 実はこれまでの議論では、特定自然観光資源による指定以外にも利用実態や土地所有、事業者等の意見等を踏まえて、利用ルールの遵守の実効性をより高めるための制度的担保の手法について検討を行っていた。
 自然公園法による利用調整地区は、国立公園の利用上核心的な自然景観を有し、原生的な雰囲気が保たれている地区において将来にわたる持続的な利用を実現するため、利用人数の調整等を行うことによって、 自然景観や生物の多様性の維持を推進することを目的にしており、一見、西表島にも適した制度と思われたが、本件においては、その条件のうち、土地所有者の合意と協力が得られる地区での設定について、その条件の厳しさから制度利用を見送らざるを得なかった。
 また、沖縄県においては沖縄振興特別措置法に基づく保全利用協定が存在しており、特に西表島では仲間川においてすでに適用され運用が行われている。これは同じフィールドを利用するエコツアー事業者が利用ルール等について協定を結び、県知事の認定を受けることができる仕組みだが、これが効力を有するのは協定を結んだ事業者のみであり、協定に参加しない事業者や個人利用者には適用されないため、これを西表島全域に拡大適用することはできなかった。
 このように特定の場所に特定のルールを定め、保全していく仕組みにはいくつか既存の枠組みが存在しているが、西表島においてはエコツーリズム推進法だからこそ適用が可能だったと言える。しかし、それでも制度導入にはいくつかの課題があり、特に運用に関しては詳細が定められていないため、実施自治体で多くの試行錯誤をしなければならない。
 西表島は、観光の制度について大きく変わろうとしている。いつまでも素晴らしい自然を楽しめる場所としてあり続けられるよう、観光客や旅行業者の皆様にも「責任ある観光」にご協力をいただければ幸いである。

通事太一郎(とうじ・たいいちろう)
1969年沖縄県那覇市出身。日本動物植物専門学院卒後、専門学校のフィールド講師、NPO法人事務局長を経て2005年に竹富町役場採用。商工観光課、政策推進課長から防災危機管理課長、世界遺産推進室長を経て現職。