❼京都府 南丹市(美山町)青田真樹

行政ではなく民間主導による観光の深化

青田真樹(南丹市美山観光まちづくり協会)

美山には100日魅力がある

 南丹市美山町は、京都市内より北に約50㎞のところに位置し、北は、福井県(おおい町)東は、滋賀県(高島市)に隣接しています。日本海型と太平洋型の気候帯が混ざり合う珍しい自然条件であるため、四季折々に豊かな表情を見せると共に、多くの種類の植物や動物、昆虫などが見られます。
 同時に、「美山には100日魅力がある」と言われるように、文化・伝承・歴史など人の営みによって生み出される地域の多彩な顔や色をもっています。また、茅葺きに代表される職人の技、各家庭でつくる家庭料理や保存食を加工する知恵など有形無形の地域資源も多く存在しています。
 このため2016年の京都丹波高原国定公園指定の際には、自然と文化が融合した風致がユニークであるとのことで美山町全域が国定公園エリアに指定されています。特に、美山町の代表的な観光資は、かやぶきの里と芦生の森です。これらのエリアで提供される体験は、地域の文化や自然を尊重し、継承しつつ訪れる人々に魅力を伝えています。
 地域コミュニティの伝統と文化を保全するために、観光の強みを活かした優良事例の実践地として国連世界観光機関(UNWTO)が、2021年12月に、加盟国の75か国・174地域の中から日本からは北海道ニセコ町とともにベスト・ツーリズム・ビレッジとして選定されました。

「日本一の田舎」を掲げ、農山村の風景を活かす
 美山町が観光に取り組み始めたきっかけは、1960年代の主産業であった林業の低迷による過疎化・高齢化でした。
1950年代に1万人いた人口は、1970年頃には6千人台へと落ち込み、急速に地域機能の低下に拍車をかけていました。加えて、高度成長期における工場誘致やリゾート開発等が周辺の地域で進む中、美山町の96%が森林であり、その森林の多くは急峻であるために、工場誘致や新規開発など、外部資本を活用した地域活性化が困難な状況でした。
 そこで、町役場が中心となり、年間約200日のタウンミーティングを重ね、地域の強み・弱み、また住民が望む町のあり方をまとめていきました。結果、社会環境の変化に惑わされず、自分たちが大切にしている風景を、守り活かすまちづくりを目指したことが、現在の町の姿につながっています。
 当時、周辺市町と比べると前近代的な田園風景を守ることは、「世の中の動向から、一周遅れであるようにも見えるが、見方を変えれば、時代が後ろから追いついてきている」と見えなくもない。だからこそ、「日本一の田舎」を掲げ、農山村の風景を活かすことこそが、これからの地域づくりのトップランナーになりうると考え取り組みました。この発想こそ、美山町らしさであり、住民のアイデンティティにもつながっています。
 当然、観光もこの発想に基づきながら、「地域の持続性」を目的に取り組み始めました。特に、「次の世代に、風景や伝統文化をつなぐ人材と支える経済や社会的仕組みを持ち合わせること」、また、「住民の意識と意欲を高めながら住民参加型の活動と位置づけること」が考え方の軸となっています。

 当初は、来訪者にとっては「農村地域において、自然、文化、人々との交流を楽しむ、滞在型の余暇活動」であり、農村に住む人にとっても「クオリティライフ」を享受できるグリーンツーリズムでしたが、2007年の観光立国推進基本法および翌2008年のエコツーリズム推進法の施行を受け、美山町における観光は、自然・文化的資源の保全と活用を目指したエコツーリズムに舵をきることになります。
 2010年に、住民組織・観光事業者・NPO団体・行政等で構成した「南丹市美山エコツーリズム推進協議会」を立ち上げ、エコツアーガイド養成講座初級の開催などを行いつつ、全体構想認定のための準備を始め、2014年に全体構想の認定を受けるのに至るまでの間、市民参画や地域との連携を重視し、地域の魅力を最大限に活用したエコツーリズムの普及を推進していきました。
 エコツーリズムの推進、その中でも全体構想について、多くの市町村では行政が主導して行うケースもありますが、美山町においては、外部の力に頼らず、地域事業者と住民たちが協議会をつくり、自らの手で作り上げました。これは前に記載した観光の考え方が浸透していることの一例であります。現在では、観光は、地域の自然や文化を活かした持続可能な地域づくりの取り組みの一つであることを住民や事業者らも認知しています。
 さらに、2016年には、地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役を目指して、エコツーリズム推進協議会と観光協会が一体となったDMO(観光まちづくり法人)を設立し、これまで以上に多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた戦略(2021年には観光ビジョンを策定)の中に、エコツーリズムの考え方を取り入れながら、着実に実施する体制も構築してきました。

今後に向けて、地域の持続性を目指した観光を
 ただ、美山町のエコツーリズムの推進において全てがうまくいっているわけではありません。
 観光はじめ、まちおこしのきっかけとなった過疎化・高齢化は止まりません。かやぶきの里をはじめとした風景は守られ、地域の特産品の販売促進や地元の宿泊施設・飲食店などの活性化は図られつつありますが、地域維持を行うまでの経済活動には至っていません。また、メディアの露出が増え、観光入込客数の増加に伴い、新規参入の観光関連事業者は増えつつありますが、美山町のこれまでの取り組みが理解されぬまま、地域不在の観光が見られることも増えてきました。
 今後、エコツーリズム推進法が持つ、「利用・活用」と「保護」の機能のうち、自然のみならず風景を含んだ「保護」の意味を理解したエコツーリズムの推進を重視するとともに、他の省庁が取り組んでいる政策と相互リンクし、時代に応じて変化させていく必要があります。あわせて、観光が多様化し、エコツーリズムに類似する「サステイナブルツーリズム」や「レスポンシブツーリズム」などの呼称に囚われず、地域が大切にしてきた観光の本質を常に確認しながら取り組むことが重要だと考えます。
 一周遅れの美山町が取り組んだ軌跡は、今まさに「地方創生」として全国で取り組まれている観光の一周後の姿ではないかと感じることがあります。もしそうだとすれば、他地域にとっての参考なる示唆に富んだ事例になりうるとともに、持続可能な観光地として美山町がありつづけることで、過疎化・高齢化等の地域課題に対する処方箋となる可能性を示すことができるかもしれないと考えています。
 約40年間取り組んできた美山町の観光は道半ばですが、引き続き「人の暮らしが息づく風景」を次の世代に引き継ぐために地域が一体となって取り組んでいきたいです。

青田真樹(あおた・まさき)
旅、教育、地域づくりが活動領域。現在は、一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会をはじめとした地域活動組織に関わりながら住民と行政、企業等の架け橋となる活動を行う。南丹市美山町在住。