特集①-❶ ハワイ視察の全体像と利用者管理

観光研究部 上席主任研究員
五木田玲子

1.ハワイ視察の背景と目的

 ハワイは世界を代表するデスティネーションであり、その動向や取り組みについて、当財団は常に注視し、参考にしてきた。コロナ禍においては、観光地マネジメントとしての危機管理をテーマに開催した2020年度観光地経営講座にてハワイ州観光局 理事の木村恭子氏「Beyond Recovery:ハワイ再開にむけて ハワイの経済再開と再生戦略」について講義をいただき、2022年度の旅行動向シンポジウムでハワイ州観光局 日本支局長のミツエ・ヴァーレイ氏に「Mālama Hawai’i:マラマハワイ〜ハワイが問いかけるレスポンシブルの視点〜」と題して講演をいただき、2023年5月に発刊した『観光文化』257号ではハワイ州立大学がん研究センター疫学専門家の岡田悠偉人氏に「ハワイ州における再生型観光『Mālama Hawai’i』」について寄稿いただいた。日本よりも早い段階で観光を再開したハワイについては、前述の講義や講演、寄稿も含め、さまざまな媒体から情報が入ってはいたが、だからこそ、その現状を各研究員が自ら体感することは必然であった。今回のハワイ視察では、コロナ禍を経てハワイ観光にどのような変化が起こったのかといった観点を中心に据え、利用者管理、マーケティング戦略、公共政策の状況や旅行者動向を各研究員の視点から捉えている。このコロナ前後での変化、常に観光とともにあった地域が観光客のいない状況を体験したことで、観光に対するパラダイムシフト(社会の規範や価値観が変わること)が起きたのではないかと考えている。

2.〝ホットスポット〞における利用者管理

 観光資源を持続可能に利用していくためには、資源の保全や利用者の適切な管理が欠かせない。そのためには、利用を調整・制御する法令や、それらの規定に基づいた利用制限の導入、自然環境や利用者のモニタリング等が不可欠である。コロナ禍において、ハワイでは、事前予約制の導入、1日あたりの人数制限、州民の無料化等の各種利用者管理施策が、複数の自然観光地において段階的に行われた。

 これらの管理が行われる起点となったのは、「ハワイ観光戦略プラン2020‐2025」に基づいて島ごとに策定された、観光経済と地域コミュニティ、自然資源と文化資源、住民の生活の質のバランスを保つための3年間(2021〜2023年)の行動計画「Destination Management ActionPlan(以下、DMAP)」である。この計画では、大切な資源を5世代先の世代に残していくことを強く意識した
〝リジェネラティブツーリズム(再生型観光)〞を掲げており、その策定にあたっては、地元のコミュニティも参画して議論を重ねた。どうありたいのか、そのために守るべきものは何か、緩和すべきものは何か、成長させるべきものは何か、必要な行動は何か。こうして策定された計画は、ビジョン、目標、アクションのほか、「ホットスポットリスト」を含むものとなった。ホットスポットとは、その人気から訪問者の過密、渋滞、資源の劣化、安全上の危険、住民と訪問者のネガティブな体験につながる可能性がある場所を指す。オアフ島DMAPでは、特に注視すべき17か所のホットスポットを特定し、継続的なモニタリングや利用者管理など具体的なアクション(表1)として行うこととしている。ここでは、それらの中から、ダイヤモンドヘッド州立記念碑とハナウマ湾自然保護区の2つの自然観光地を取り上げ、管理や利用の現状について紹介する。

事例①ダイヤモンドヘッド州立記念碑

 ダイヤモンドヘッドは、オアフ島のシンボル的存在でもあり、観光客に人気のトレッキングコースである。約30万年前に火山の噴火によって形成された標高232mの山であり、火山口の頂上にある展望台からは絶景が望める。所要時間は往復で1〜2時間程度。
1900年代初頭にはアメリカ海軍の監視基地として利用され、1968年に国定自然記念物に指定された。観光シーズンには大勢の観光客が訪れるため、コースの混雑と待ち時間の解消が大きな課題となっていた。
 オアフ島DMAPでは、ダイヤモンドヘッドについて「収容力(capacity)」および「コミュニティへの影響(communityimpact)」を課題として挙げている。こういった状況をふまえ、管理主体であるハワイ州土地自然資源局は、コロナ禍以降、段階的な利用者管理施策を行った。

 入場料および駐車場料金の値上げ、州民の無料化、事前予約制といった施策はダイヤモンドヘッド単独で行われたものではなく、ハワイ州土地自然資源局が管理するハエナ州立公園(カウアイ島)、ワイアナパナパ州立公園(マウイ島)、イアオ渓谷州立記念碑(マウイ島)においても段階的に導入された。そのため、事前予約システム(図1)は、これらの公園で共通した仕様となっている。今回の視察時期は繁忙期であったこともあり、予約可能となる訪問日の30日前に予約サイトにアクセスしたところ、人気の早朝時間帯6〜8時を抑えることができた。なお、訪問日の約1週間前に確認したところ、6〜8時、8〜10時の予約枠は埋まっていた。頂上の展望地では、多くの人が景色を堪能したり写真を撮ったりなど滞留することから、少し混み合う場面もあったが、トレイル内では階段やすれ違い箇所など特定の場所を除いては足が止まることはなく、総じて快適に楽しむことができた。

事例②ハナウマ湾自然保護区

 ハナウマ湾は、1967年に海洋生物保護区および水中公園として指定されたオアフ島を代表する観光地である。美しいサンゴ礁が広がり、シュノーケリングが楽しめることから、年間約1 0 0 万人の観光客が訪れる。
1987年には年間来訪者360万人とピークを迎え、観光客の増加に伴い、餌付け等による自然破壊が問題視されていた。1990年、ホノルル市が「ハナウマ湾総合計画」を策定し、駐車台数制限や教育プログラムの実施等を開始、その後もハナウマ湾の自然保護を目的としたさまざまなルールを制定。
2002年には「海洋教育センター」を設置し、入場時にハナウマ湾の歴史や環境保護、禁止事項等に関する9分間の教育ビデオの視聴を義務づけている。

 オアフ島DMAPでは、ダイヤモンドヘッドについて「環境(environmental)」を課題として挙げており、管理主体であるホノルル市公園レクリエーション局は、コロナ禍以降、上に記した利用者管理施策を行ってきた。
 ダイヤモンドヘッドの予約開始が訪問日の30日前に対し、ハナウマ湾は2日前の朝7時からとなっている。そのため、ハナウマ湾に行きたいという思いからハワイ旅行を計画したとしても、行くことができるかどうかは2日前までわからない。非常に予約が取りにくいという事前情報を得ていたため、今回の視察では、メンバー全員朝6時台にロビーに集合して予約チャレンジを行った。がしかし、7時の予約開始と同時にアクセスが集中し、予約サイトにアクセスできたのは1名のみという厳しい争奪戦であった。2023年6月にホノルル市監査役室が公表した予約システムの監査報告書によると、「1日あたりの入園者数を制限する一方で、入園料収入は以前の水準よりも増加した」と効果を述べる一方、「予約プロセスには手続き上の問題があり、特定の人々、特にテクノロジーに不慣れな人々に不利となる可能性がある」などの課題を指摘している。今後の改善に期待したい。厳しい管理をしているということもあり、実際に訪れて混雑を感じることはなかった。
 今回策定されたDMAPでは、「住民の生活の質向上への積極的な貢献」を最上位の目標に掲げている。情報収集をする過程では「観光地に地域住民を呼び戻す」といった表現も目にしており、州民無料化、州民の予約不要といった具体的な施策に落とし込まれている。ハワイでは、住民を含む幅広い利用者層に対応した利用者管理の実装が進められている。