視座 観光振興のダイナミズムへ

 公益財団法人日本交通公社 理事・観光研究部長・旅の図書館長 山田雄一

力強く回復する観光

 IATA(International Air Transport Association)によれば、国際航空旅客数は2020年4月にほぼゼロ水準にまで落ち込んだ。観光のみならず、人類にとって初めての事態となったが、2020年の下期には回復基調へ転じ、2021年の秋からは、コロナワクチンの普及に合わせるように回復率を高め、2023年10月には2019年水準の98・2%にまで回復を果たした。
 対して、日本はパンデミック中もGo To トラベルや全国旅行支援によって、国内需要の確保には成功し、2023年下期には2019年並みまで回復する状況となっている(観光庁発表)。しかしながら、海外からの入国制限緩和は2022年秋、エンデミックへの移行(5類への変更)は2023年の春と、COVID-19からの社会的回復は欧米よりも年単位で遅れた。
それでも、日本へのインバウンドは、「再」開国から1年強となる2023年12月末には2019年比で約8割となる2500万人まで回復し、特に10月以降は、2019年同月を超える水準で推移している(JNTO発表)。筆者は、2022年9月時点で、開国時には1500万人/年程度の回復と見ていたが、これを大きく上回るペースでの回復となっている。
 パンデミックは収まったとはいえ、2022年2月に勃発したウクライナ侵攻に加え、原油価格の高騰による物価上昇、世界的な人手不足など、観光を取り巻く環境は決して恵まれた状況にはない。しかしながら、世界的に観光需要がここまで回復してきたことは、人々の観光に対する欲求、需要の底堅さを物語っている。
 一方で、アムステルダムや、ヴェネツィアではオーバーツーリズム問題も再燃してきており、国内でも、観光文化259号で取り上げた京都市のように、供給側である地域では各種の問題が生じてきている。さらに、観光文化257号で特集したように日本人の海外旅行の戻りは鈍いままである。
 需要は戻ってきているが、パンデミック前の社会とは異なる世界に、我々は置かれている。

国際的な学術研究の動向

 では、この期間、学術界ではどのような動きがあったのだろうか。
 国際的に代表性のある研究ジャーナル「Journal of Travel Research」を取り上げて、パンデミックが始まった2020年から2023年までの研究テーマを概観すると、DXや環境(カーボン)、観光客集中(オーバーツーリズム)、または、観光地選好といったものが研究テーマとなっている。これらは、それぞれが研究領域を形成しているが、その上で相互にリンクしているのが特徴である。例えば、観光の現場で利用され、研究テーマの一つにもなっているビッグデータ活用は、様々な情報がデジタル化されていく中で生まれてきた新しい研究手法であるが、それを来訪者数予測に転換するだけでなく、その知見を、オーバーツーリズム形成のプロセス形成、将来予測につなげていく可能性を持っている。
 また、観光地選好に関するWOM(口コミ/ Word of Mouth)の重要性は以前から指摘されてきたが、そのSNS版であるeWOM(ネット上のWOM)が、観光地選好とどのように関係しているのかという研究も複数出てきている。SNSの普及によって、WOMがeWOMへと移行していくことは必然であり、これによって、デスティネーション・マーケティング、デスティネーション・ブランディングは大きく質的な変化をしていくことになるだろう。その一つが、eWOMによるコミュニケーションが、脱カーボンのような社会的なイシューと、どのように関係しているのかといった研究テーマも生まれてきている。例えば、Ettinger他(2020)では、グリーン・ウォッシュ批判を避けるために、事業者が自ら行っている環境対策を「敢えて」公表しない動き(グリーン・ハッシング)が出ていることをふまえ、適切なCSRコミュニケーションを行う方が、グリーン・ハッシングするよりも、顧客からの支持が高まることを指摘している。また、Cohen他(2021)では、インスタグラムへの裕福な若年層&富裕層の投稿(The Rich Kids of Instagram)内容を分析し、彼らが紡ぎ出している観光のイメージが、脱炭素の動きとは真逆(例:炭素を大量排出するプライベートジェット利用を投稿する)であることを明らかにしている。
 その他、我が国でも関心が高まっている宿泊税について、累進的な宿泊税が、観光地選好に与える影響を分析した研究や、観光地間の連携がオーバーツーリズム対策(訪問先の分散)につながるのかといった研究も確認できた。
 当然、コロナ禍、パンデミックと観光との関係についても研究が行われている。この領域については、2020年には研究が始まり、翌年にはジャーナルに掲載されるようになっており、2021年末までの2年間で、12本の関連論文が確認できた。これらの論文では、観光客数とCOVID-19の感染者数/死亡者数との関係から、パンデミック下での観光需要、価格下落および観光地選好の構造、インフォデミック(誤った情報の拡散)による観光への影響など、多岐にわたっている。
さらに、通常、国際ジャーナルに掲載される論文は有料、それも、かなり高額となっているが、これらパンデミック関連の論文についてはオープン・アクセス、無料での公開となっている。
未曽有のパンデミックにおいて、世界から知見が集められ共有されたと言えるだろう。
 それぞれの地域が抱える問題は多種多様である。しかしながら、これらの研究テーマの多くが、そのまま日本の現場においても活用できる知見であることは、観光が国際的なイシューとなっており、その多くは、様々な地域に共通する普遍性の高い事項であり、研究対象となっていることを示している。ここから、いわゆる「車輪の再発明」を行うのではなく、すでに社会に示されている研究と実践の事例、トレンド、現状を世界的な視野を持って把握することが、具体的な解決策を示していくことにつながると考えている。
 こうした展望を持って、2023年度、当財団では全研究員を対象に3つの方面に向けて海外視察を実施した。
そこで研究員が感じたことを取りまとめたものが、本号である。

観光が創り出すインタラクション

 3方面を視察して、改めて強く感じたのは、観光というのは多様な主体が織りなすインタラクションであり、それは様々に変化し、それに対する対応
が求められているということである。
 観光の語源は「国の光を見る」という意味だとされ、我々は、需要側、観光客の人数や行動に注目しがちである。しかしながら、実際の観光の現場では、観光客(訪問者)、産業、地域住民の相互作用、インタラクション(作用・反作用)によって様々な変化が起こっていく。それが、観光地域づくりであり、ツーリズムである。すなわち、パンデミックによって観光が止まったということは、単に観光客が来なくなるだけではなく、観光客という作用から生み出されていた反作用(例:雇用やB2B取引)も止まることを意味している。
 今回の視察で明らかになったのは、先進地と呼ばれる観光リゾートは、このインタラクションが止まった時間、パンデミック後を展望し、準備を進めてきたということである。ハワイ州のリジェネラティブ・ツーリズムおよび、各島で策定したDMAP(デスティネーション・マネジメント・アクション・プラン)はその代表例であるが、NZでもNTOがリーダーとなり、各観光リゾートでDMP(デスティネーション・マネジメント・プラン)を策定(改定)している。こうした動きは、京都市など、国内でも見られたが、観光振興においては、多様な主体を調整していくデスティネーション・マネジメントという概念が重要であるということが国際的な共通見解となっていることが確認できる。
 パンデミックによってインタラクションが止まったことが、観光が地域に及ぼしていた影響、ステークホルダーを明示することとなったことの影響も大きいだろう。観光が止まった状態の中で、関係者で「今後」に向けての議論を積み重ねてきたということは、各所で聞かれた。
 一方で、DMOのMのもう一つの意味であるマーケティングについては、どの地域も、控えめなトーンとなっていたことも特筆できる。その好例はハワイ州である。ハワイ州は、デスティネーション・マーケティングの先進地として象徴的な地域であったが、パンデミック中に大きく方向を転換し、デスティネーション・マネジメントへと転換している。こうした動きは、今回の視察対象先以外の地域においても確認できている。
 これは、世界レベルで観光需要が増大しているために、ブランド力のある地域においては人を呼び込むことの難易度は低下し、むしろ、観光によるインタラクション(良い面も悪い面も)の制御が重要となってきたという背景もあるだろう。
 ただ、オーバーツーリズム対策として取り上げられることの多い「責任ある観光」と訳されるレスポンシブル・ツーリズムでは、誰が来訪するのかということが重要であり、これは、マーケティング、顧客とのコミュニケーション領域となる。ハワイ州では、リジェネラティブ・ツーリズムとして、来訪者の入場制約や、公式サイトでの観光スポットの限定などを行い、同時に、ハワイの文化、環境を強く押し出したプログラムの提供を進めているが、現地が意識や行動変容を促したかった顧客セグメントには必ずしも伝わっていない。一方で、従前より「よき来訪者」であった顧客セグメントには強く刺さり過ぎ「今は旅行をやめておこう」という意識を醸成してしまい、回復を遅らせる結果ともなっている。
 これは、デスティネーション・マーケティングの限界なのではとする指摘もある。例えば、スイス・ザンクトガレン大学のPietro Beritelli 教授は、DMOのマーケティングは無意味であると主張している。教授は、来訪経験者に対してインタビューを行い、DMOが展開する各種のプロモーション・情報発信の、利用経験・接触経験が、ほとんどないことを明らかにしている。このことは、地域からの「公式」な情報発信が、ほとんど機能していないことを示しており、もって、マーケティングは機能していないと主張する。
 また、NZの100% Pure New Zea landをキャッチフレーズとしたマーケティングは、教科書にも載るレベルの成功事例とされるが、複数の現地関係者からは、その有効性を認めつつ、果たして本当に「100%Pure」なのか、それを掲げるだけの資格があるのかということに対する疑念が聞かれた。世界的に見ても、環境や文化に対する取り組みを行っているにもかかわらず、そうした声が出るのは、強力すぎるブランディングが、パンデミック前に中国から多数の来訪者を呼び寄せ、様々な混乱を生じさせたことが、一因であろう。
 これらの事象は、デスティネーション・マネジメント、マーケティングも確立されたものではなく、変化していくものであることを示している。特集2のまとめにおいて、菅野がデスティネーション・ガバナンスへの広がりについて言及しているが、複雑さが増す「インタラクション」の調整を行っていく上で、本領域は、大きな研究領域となっていくだろう。

ライフスタイル

 もう一つ、今回の視察を通じて感じたのは、各地の「ライフスタイル」の存在である。
 今回の視察先であるハワイ州、スイス・オーストリア、そして、NZのいずれも、強烈なライフスタイルを有する地域である。前述したように、観光は、観光客と地域とのインタラクションで動いていくものであるが、ライフスタイルと対外的な観光魅力(来訪動機)との関係によって、そのインタラクションが変わることを感じた。
 筆頭は、スイス・オーストリアである。大戦前から国際的なリゾートを形成していた同地は、地域のライフスタイルと観光魅力が渾然一体となっている。その一つが、非動力系交通ネットワークである「スイス・モビリティ」であり、独自の自然公園制度である。これらはスイス観光の大きな魅力の一つであると同時に、アウトドア活動が深くライフスタイルに結びついた地元の人々の生活とつながっている。さらに、いわゆる外資の参入は抑制され、施設規模も制限されている。結果、地元の人々が、楽しいと思うこと、美しいと思うことが、地元の人々の手によってそのまま観光客に届けられ、観光客が一緒になって楽しんでいる。これは、ある意味観光の理想形だろう。
 一方、ハワイ州は、リジェネラティブ・ツーリズムの取り組みで、観光魅力を地域のライフスタイル、さらには、地域が持つ価値観に寄せていこうとしている。が、前述したように、必ずしも順調ではない。これは、地域の経済活動に比して、観光投資(資本)と、観光客数が多いということが原因の一つと考えることができる。観光資本(事業者)としては、施設稼働率を確保するためには絶対的な客数が必要となるが、絶対的な人数が多ければ、観光客が地元のライフスタイルに敬意を持ち、一緒に楽しもうと思っても、どうしても「オーバー」してしまうからだ。
観光資本の投資規模が大きくなった地域が、観光によるインタラクションをどのように制御していくのか。その難しさに直面しているのがハワイ州であろう。
 NZは、スイス・オーストリアと、ハワイ州の間にあると言える。NZの観光魅力は、地元住民のライフスタイルに沿ったものであるが、前述した「100% Pure New Zealand が正しいのか」という疑問は、事業的な成功とライフスタイルの充実との微妙な齟齬の存在を示している。ハワイ州ほど問題が大きくならなかったのは、外資参入は生じているものの、ハワイ州ほど観光資本の集積が進んでおらず、小中規模なものが主体となっているという側面があるからだろう。さらに、NZでは、地域の「歴史」を掘り起こし、住民で共有しながら観光コンテンツとしても育てていくという取り組みが行われていることも指摘できる。住民も観光客も一緒にNZらしいライフスタイルをつくられるようになってきている。
 地域の魅力的なライフスタイルは、観光魅力としても強烈である。しかしながら、これは同時に、地元住民と空間や設備、時間を共有することになり、ハレーションの原因ともなる。一方で、ライフスタイルから離れ過ぎた観光魅力は、商業主義的となり、今日的とは言い難くなっている。前項のデスティネーション・マネジメント再考とあわせ、そもそも、観光魅力をどのように設定し、インタラクションをどのように動かしていくのか。パンデミック後の観光を考えていく上で、大きな課題となっていくだろう。

高まるベースライン

 今回の視察は、観光関連サービスのベースラインが高まっていることを実感するものでもあった。例えばライドシェアは、今回の3方面、全てにおいて用意されており、ラストワンマイルを支えるサービス(自転車やキックボードのレンタル)も普及している。
公共交通となるバスも、電動化が進み、安価もしくは無料で利用できる。観光地の中心部は、基本的にウォーカブルな空間としてデザインされており、賑わいを生み出している。ペットボトルについても、ガラス瓶への転換が進み、同時に、地域のクラフト飲料が多く登場してきている。学術研究において、環境系の取り組みをしっかりと示すことが、顧客との関係性構築において重要であることが指摘されているが、NZやスイスは、まさしく、その実践であったと言えるだろう。
 DXの進展も目覚ましく、スマホさえあれば、ほとんどのことができ、現金を所持する必要もない。かつて、「成功事例」として日本へ紹介されることの多かったNZのi‐SITEは、現在ではその多くが機能を停止しており、ネットに移行している。ハワイ州の人数コントロールもすべてネット、デジタル処理である。スイス・オーストリアの特典カードも、DXが地域として機能しているからこそ実現できるものでもある。もちろん、人的な相談が生み出す価値は未だ残っているが、コミュニケーションの舞台はデジタルに確実に切り替わっている。
 さらに、彼我の差が大きいのは景観の処理である。スイスでは、農業、林業、国立公園などを文化的自然景観として扱い、どこもかしこも「美しい」景観を創造している。特筆すべきは、多くの家庭が自主的に花々を飾り、それがまた、非常に美しいことだ。これは、人々の美意識、デザイン力が秀でていることを示している。NZでも、スイス同様に、自然に溶け込み、自然を活かす取り組みが展開されている。例えば、訪問したワインシャトーでは、季節的にぶどうが葉を落としているタイミングだったが、それを補うように花々を畑に植え、華やかさを演出していた。ハワイ州ワイキキは、都市的なエリアであるが、同地域で展開されているエリアマネジメントによって、ゴミ一つ無いビーチ、公園、歩道空間をつくり上げ、人々の集う空間としている。いずれも、屋外広告の類は厳しく規制されており、建物のデザイン、色彩についても制限されている。また、ハワイ州マウイ島で展開されてきたホテルモラトリアムも、膨れ上がる観光需要に対して供給を抑制する手法として注目できる。
 こうした交通サービス、環境対策、景観といったものはライフスタイルとも重なる部分であるが、観光における「世界水準」はこうした水準にあり、かつ、その水準は社会的な要請によって継続的に上昇しているということは理解しておく必要があるだろう。

虫の目・鳥の目・魚の目

 地域は、それぞれにユニークな存在であり、その問題も解決方法も、それぞれである。一方で、問題を分解していけば、要所要所の問題は、他所でも生じている、または生じていた問題となる。さらに、こうした問題は、社会環境の変化によって生じてきた問題であり、常に変化を続けている。
 このように、観光振興を実現していくには、地域の状況をしっかりと観察しつつ(虫の目)、そこだけにとらわれず、視野を広げ全体を俯瞰する(鳥の目)ことで、問題の構造や、すでにチャレンジされてきた解決策などを検討することが重要となる。さらに、常に環境は変化していくと考え、これから、どのような変化が起きていくのかを見極めていく(魚の目)が、必要となるだろう。

 グローカルという言葉があるように、観光が国際的なイシューとなった現在、国際的な視野で発想し、地に足の着いた行動を行っていくことは、今後、さらに重要になっていくだろう。
 問題に直面したら、虫の目、鳥の目、魚の目、それぞれの視座から事象をとらえ、検証、検討していくことが、効率的、効果的な観光地域づくりにつながるポイントとなるだろう。