特集②-❶ スイスにおける自然地域の保護制度

観光研究部 副主任研究員
那須 將

1.はじめに

 公衆に開かれた空間である公園には、公園を管理する当局が用地を所有する営造物公園と、土地の所有に関わらず指定を行う地域制公園がある。自然の生物多様性およびその基盤となる生態学的構造、環境プロセスの保護と、教育・レクリエーションの促進を主目的として指定される国立公園(i)は、比較的大規模な面積を以て指定・運営される公園の一つである。
 日本の国立公園においては地域制が採用されており、地権者は所管省庁である環境省のほか、国有林など他の省庁が所管する国有地、自治体等が所有する公有地、民間事業者や個人が所有する民有地など多様である。公園域内に居住する住民や、官民それぞれの施策や事業を展開する主体も複数存在し、その利害関係者は多岐にわたる。このため、国立公園の運営にあたっては、関係者間での合意形成に基づく協働型管理運営が行われ、各公園または管理区等を単位として設置される総合型協議会が、合意形成の場として機能する。
 当財団は受託業務を通じて、各地の国立公園に係る協議会(地域協議会)の運営に関与する機会を得てきたが、筆者個人の経験においては、地域協議会においては特に「多数の関係者に、どのようにして現状や課題感を共有して頂き、目標や指針を共有して取組を進められるか」という点に難しさを感じることが多かった。営造物公園と地域制公園にはそれぞれに制度としての長所と短所があるが、右記の点は地域制公園における協働型管理が、ある種必然的に抱える弱点であるようにも思われる。
 そこで今回の視察では、スイスにおける自然地域の保護制度に着目した。
スイス国内全域を対象とする自然地域や風景地の保護制度としては、『景観と記念物に係る連邦目録』『スイス景観コンセプト』『国家重要公園』等が挙げられるが、特に『国家重要公園』『地域自然公園』に着目し、保護地域の運営に関係者を巻き込む仕組みについて調査した。
 なお、本稿で取り上げる施設や制度等の名称は、スイス公用語以外による表記が確立されていないものを含む。
文中における表記のうち、右記の『国家重要公園』のように二重かぎ括弧を付した語句については、筆者による日本語への仮訳を含む点に留意されたい。

2.国家重要公園の概要と公園認定のプロセス

 『国家重要公園』は、連邦法および関連条例により、自然地域の公園を認定する制度である。同制度に依拠する公園として、『国立公園』『地域自然公園』『郊外自然公園』の3種がある。
2023年時点の公園数は、『国立公園』が1箇所、『地域自然公園』は17箇所、『郊外自然公園』は2箇所である。
 『国立公園』は人間の影響を排除し、自然を自由に発展・変化させることを目的とする公園であり、観光開発、農林業、畜産業、鉱業等は厳しく制限される。スイス南東部に1箇所のみが設置されており、これは1914年に設立された欧州でもっとも歴史ある自然公園の一つである。連邦環境局、州、基礎自治体、NGO、学術団体の代表者等が参加する『国立公園委員会』が、管理当局として自治体から長期にわたる土地のリースを受けており、実質的な営造物公園といえる。人為影響を極力排除した“Open Air Laboratory”として運営されており、研究成果の一部をビジターセンターで見学することができる。園路や施設の整備も最低限だが立ち入りは可能であり、一部ではガイドツアー等も提供されている。
 『地域自然公園』と『郊外自然公園』は、2007年の法整備後に設定されたカテゴリーであり、公園制度としては比較的若い。『地域自然公園』は、高質な自然と景観の維持ならびに地域経済の持続可能な発展を目的とする公園であり、住民の居住地を含む田園風景地のうち、資源性の高い自然、景観、文化を含む地域が認定される。『郊外自然公園』は主として都市住民のQOLの向上や自然学習の提供、緩衝地帯の確保等を目的とする公園であり、都市部から20㎞以内の、公共交通によるアクセスが可能な準自然地域が認定される。
 公園の新規設置はスイス連邦当局が決定するのではなく、認定を目指す地域内の主体が必要な組織の形成や計画等の作成を行い、連邦当局がこれを審査・認定するプロセスにより行われる。
まず公園の設立に向けた『経営計画』が作成され、続いて『経営計画』に記載された取組の推進と並行して、公園としての契約と認定後の管理計画を定めた『公園憲章』が作成される。『経営計画』を完遂し、『公園憲章』に基づく対象地域の運営が開始された段階で、対象となる地域は連邦によって『国家重要公園』として認定され、専用のラベルが付与される。『経営計画』の実行に着手した段階から認定まで、『国立公園』では最長8年、『地域自然公園』および『郊外自然公園』では最長4年を要する。
 『公園憲章』の計画期間は10年間であり、管理計画を補完する4箇年計画が含まれる。連邦による認定の期間は有限であり、継続して認定を受けたい場合は10年間ごとに『公園憲章』を更新し、認定を更新する必要がある。
 『国家重要公園』としての認定を受けると、地域の情報発信や基準を満たす製品などに付与できる専用のラベルの使用が認められる。また、管理計画に基づく取組については、連邦当局からの財政支援を受けることができる。これらは地域側が享受可能なメリットではあるものの、認定以降に必要な人員や予算がすべて保障されるものではない。地域側は公園の設立に向けた『経営計画』の作成段階から、対象地の自然性や管理計画といった公園の資源性に係る事項に加えて、民主的な住民参加の体制、継続的な管理体制や資金プロセスなど、公園としての持続性についても必要な要件を満たすことが求められる。

3.地域自然公園の事例:Biosfera Val Müstair

 現地の事例として、スイス南東部に位置するBiosfera Val Müstairを訪問した。同公園は2011年に認定された『地域自然公園』であり、隣接する『スイス国立公園』のバッファーゾーンとしても機能する。域内に多数の農地や集落、世界文化遺産などを含む、地域制公園である。

 現行の『公園憲章』は2021年から2030年までを計画期間とし、基礎自治体であるVal Müstairが事務局を設置して公園管理の実務を担うほか、行政機関の長、基礎自治体の首長、観光団体・農業者・飲食事業者・市民等の代表者などの14名から構成される委員会が、戦略的な意思決定を行う。

 公園域内では河川の流路復元、地域の伝統的な織物に用いる亜麻の栽培復活に向けた取組(文化的景観の復元)など、さまざまな取組が実施されている。公園東部のMüstairに位置するザンクト・ヨハン修道院はユネスコ世界文化遺産の指定を受けており、考古学的な調査が実施されている。公園当局および連邦環境局はこれらの調査に出資を行っており、調査の成果の一部は院内に展示されている。

4.まとめ

 スイスの『国家重要公園』は、地域の発意に基づく計画を連邦当局が認定することにより、公園が設置される制度である。公園としての保護管理体制、資金を含めた持続性の確保、管理者の設置や住民参加の体制については、認定に先立って地域側が行う制度設計となっており、認定にあたっては計画作成や体制構築を完遂できるレベルの高い水準での合意形成が求められる。率直に表現すれば、地域として関係者間での調整ができていなければ、そもそも公園としてのスタートラインに立てないとも言える。一方で、公園事業としての取組の対象は自然資源の範囲に限られないため、関係者はそれぞれの立場から動機と目的を持って公園計画の運営に参加できるものと考えられる。
 日本の国立公園において、地域協議会に参加する関係者の熱意や、公園事業に対する理解度はさまざまである。
現場で活動する環境省担当官の努力により、関係者の当事者意識が醸成される事例も見られるものの、逆に言えば、同じ方向を向くための過程がシステム化されているとは言い難いと感じる。
連邦制国家であるスイスと日本は、国としての前提や自然公園に係る歴史的な経緯が異なり、スイスの公園制度の設計やその運用をそのまま輸入することはできないものの、今回の調査では協働型管理の手法と共通する要素も複数見られ、参考となる点も多いと感じた。
 なお、今回取り上げた『国立公園』については一定の情報が蓄積されているが、『地域自然公園』や『郊外自然公園』の事例、およびこれらを含めた『国家重要公園』全体の枠組みについては、入手可能な情報が限られている。
2007年の制度開始から、17年間で19の公園が新設されてきたスイスは、自然地域を中心とした地域制公園の設置と運営において、世界でも屈指のダイナミックなフィールドであると考えられる。このような視点からも、引き続き動向に注目したい。

〈脚注・出所〉
(i) IUCN(2012): 保護地域管理カテゴリー適用ガイドライン:
https://portals.iucn.org/library/sites/library/files/documents/PAPS-016-Ja.pdf
(ii) https://www.val-muestair.ch/en/naturpark/portrait/biosfera-val-muestair
〈参考文献〉
1)Jean-David Gerber, Peter Knoepfel(2008): Towards Integrated Governance of Landscape Development:
Mountain Research and Development 28(2), pp110-115
2)Teil C. Managementplan für den Betrieb eines Regionalen Naturparks(2021): Charta 2021 – 2030 Naturpark Biosfera Val Müstair:
https://www.val-muestair.ch/sites/valmuestair/files/2021-01/charta_2021-30_0.pdf
3)FOEN(2010): Parcs d’importance nationale: Manuel de la marque – 1re et 2e partie: https://www.bafu.admin.ch/bafu/fr/home/themes/paysage/publications-etudes/publications/
parcs-d-importance-nationale-manuel-de-la-marque.html

4)FOEN (2018): Manuel de création et de gestion de parcs d’importance nationale: https://www.bafu.admin.ch/bafu/fr/home/themes/paysage/publications-etudes/publications/manuel-de-creation-et-de-gestion-de-parcs-d-importance-nationale.html