特集①-❸ Mālama Hawai’i 成立の背景とその効果に関する考察

観光研究部 上席主任研究員
相澤美穂子

観光研究部 研究員
工藤亜稀

1.研究の背景

 世界の観光客数はリーマンショックなどの一時的な減少を除いて2000年以降増加が続いており、その結果、各地の人気観光地では観光客の来訪が許容範囲を超え、それに伴いさまざまな問題が生じるようになった。
 人気のリゾートであるハワイも例外ではなく、観光客到着数は2009年から2018年のわずか10年足らずで実に53%も増加した。そして、観光客数の増加と反比例するように住民の「観光産業は問題よりも多くのメリットをもたらしてきた」という質問に対して「とても/ややそう思う」と答えた割合は2010年の80%に対し、2018年は59%にまで落ち込んだ1) 【図1】。

 また、観光客数増加にもかかわらず、ハワイのGDPに対する観光産業の割合は20年前の約25% に対して、17%に縮小した。インフレ調整後の観光客の旅行支出額は1人1日当たり消費額、また総支出額のいずれも2018年半ばをピークに減少傾向にあり、観光客増加に見合う経済効果が得られずにいた1)。
 オーバーツーリズムが恒常化するにつれ住民感情は悪化し観光による経済効果も伸び悩む中で、2020年初めにハワイ州観光局(Hawai’i TourismAuthority)は「ハワイ観光戦略プラン2020‐2025」)を発表した。同プランが以前のプランと大きく異なる点は2点あり、一つめは州法によりハワイ州観光局のミッションとして規定されている「マーケティング」から「観光地マネジメント」へと重点を移し、マーケティングとプロモーションに充てられていた予算を観光地マネジメントへとリバランスを実施した点である。もう一つはKPI(重要業績評価指標)を観光客数から観光客/住民の満足度、消費額へ変更した点である。しかし、同プラン発表のわずか数か月で新型コロナウイルス感染症が世界的にまん延し、ハワイにおいても2020年から2021年にかけて二度のロックダウンを含め観光客の来島が大幅に制限され、戦略プランが実行に移されることがないまま時間が経過した。
 その後、米国本土から渡航するワクチン接種完了者の、渡航前の事前検査や到着後の自主隔離義務がようやく撤廃されるタイミングに先駆けて、2021年6月1日に「Mālama Hawai’iキャンペーン」(以下、Mālama Hawai’iとする)が発表された2)
Mālama Hawai’iは文化と環境を尊重するマインドフルな旅行者をターゲットとしたマーケティングキャンペーンであり、業界パートナーや地元組織と連携したボランティアの機会を提供するプログラムを展開する内容となっている。
 Mālama Hawai’iは、「再生型観光」の概念に基づいたマーケティング戦略とプログラムを実装しており、ポスト・コロナの新たな観光の潮流として世界的に注目を集めることとなった。
 また、日本国内の観光地においてもオーバーツーリズムや観光消費の伸び悩みは共通課題であることから、Mālama Hawai’iの成立の背景とその効果について調査することは国内地域にも参考になると考え、今回のハワイ視察における研究テーマとした。
 なお、「ハワイ観光戦略プラン2020‐2025」およびMālama Hawai’i については、本機関紙『観光文化』第257号においてハワイ大学の岡田悠偉人氏が詳しく解説されているので、併せてご覧いただきたい3)

2.発表までの経緯

 Mālama Hawai’iで実装されたボランティアプログラムは、以前からハワイ州観光局が取り組んでいた自然保全のための「アロハ・アイナ・プログラム」、ハワイ文化継承のための「ククル・オラ・プログラム」、多様な旅行体験を提供する団体を支援する「コミュニティ・エンリッチメント・プログラム(CEP)」の3つのプログラムがベースとなっている4)。しかし、これらのプログラムに配分されていた予算は2018年の段階では小規模であった。
 この点に関して、2019年2月にハワイ大学経済研究所(UHERO)がウェブサイトで発表したレポートで、ハワイ州観光局が2018年に「天然資源の保全」と「文化・レクリエーション」で執行した予算が少なすぎると批判していた5)。そして訪問者の体験を向上させるプログラムへの予算の再配分を推奨するとともに、ビッグデータを用いて支出額の多いセグメントを特定し、効果的なマーケティングプログラムを打ち出すべきと提唱した。
 レポートが公開された後に公表された「ハワイ観光戦略プラン2020‐2025」では、前述の3つのプログラムの予算がリバランスされ、2020年予算は前年度より750万ドル増加した。
 ただし、同戦略プランにおいてはMālama Hawai’i やボランティアプログラムについては記載されていない。
 その後、2020年8月のハワイ州観光局マーケティング常任委員会で提議された議題の中で「ボランティア体験」という単語が、筆者がハワイ州観光局の公開資料を確認した限り初めて登場した。
Hawai’i Visitors & Convention Bureau(HVCB)が付議した「Reo pening Communications Strategy Update」という観光再開に向けたコミュニケーション戦略の企画案で6)、「ハワイに恩返しをする時が来ました」というメッセージと、具体的なアクションとして「訪問者がハワイ諸島を有意義な方法で体験できる方法を示すボランティア活動」が提案された。同メッセージはデータ分析の結果をもとに、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ポートランド、シアトルといった米国西海岸に住むボランティアや社会奉仕、エコツーリズム等に興味のある旅行者をターゲットとしている。
 さらに翌月の同委員会で、HVCBの担当者は、宿泊客がボランティアプログラムに参加した場合の無料宿泊等の特典について複数のホテルと協議を行っていると説明すると同時に、同プログラムを通じて観光客数ではなく適切な観光客の受け入れを重視していることを住民に示したいと述べており7)、この時点でほぼMālama Hawai’iのフレームワークができあがっていたことがうかがえる。
 その後、2021年6月にMālama Hawai’iが正式に発表された。

3.Mālama Hawai’iの実装

 ハワイ州観光局がMālama Hawai’iのプログラムとしてHPに掲載しているボランティア活動は多岐にわたるが、主に農業体験、ビーチの清掃、文化体験、サンゴ礁や森林の保全、野生生物保護等が挙げられる。HPには「TAKE A TRIP THAT GIVES BACK(恩返しの旅をしよう)」という言葉とともに、パートナー団体が提供しているボランティア体験が紹介されている。
 表1は、実際にMālama Hawai’iのサイトに掲載されているボランティアの例である。例えば、マウイ島内で自然ガイドツアーを行っているSierra Club of Hawai’iのプログラムは、自然保護区となっている風光明媚な海岸沿いを歩きながら、ゴミの撤去と在来種の植林を行うというものである。また、Pacific Whale Foundationのビーチ清掃ボランティアは、好きな時間に好きなビーチを選び、個人単位で実施できるため、まさに「休暇中に気軽にできる恩返し」であると言える。

 さらに、Mālama Hawai’i に賛同するハワイ州観光局のパートナーホテルでは、観光局のサイトを通じて上記のようなボランティア活動に参加することで、15〜50%程度の宿泊費の割引や、中には無償での延泊を提供しているホテルもある。特典を受けられるパートナーホテルには、世界的な有名ホテルチェーン等も含まれる。

4.戦艦ミズーリ記念館の例

 今回の視察では、ハワイ州観光局のMālama Hawai’iで紹介されているボランティア活動のうち、パールハーバーにある戦艦ミズーリ記念館での清掃ボランティアの活動を実際に体験した。
 戦艦ミズーリは1944年に初めて就役し、太平洋戦争、朝鮮戦争、湾岸戦争等を経て退役、現在はパールハーバーの米軍基地内に係留され、戦艦の内部は歴史を後世へ伝えるための記念館として活用されている。ホノルル空港から車で10〜15分程度の立地であることや、歴史的な背景もあり、コロナ禍前は日本人の来訪者も非常に多い観光施設であった。
 記念館では、ハワイ州観光局が提唱するMālama Hawai’i のコンセプトに基づき、ハワイの自然や文化を守り継ぐレスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)の実現を目指す取り組みとして、ボランティアの募集を行っている。募集の情報は、英語だけでなく、日本語、中国語(簡体字)のサイトでそれぞれ発信されており、問い合わせへの対応も多言語で行われている。同記念館では、一般の観光客を対象としたボランティア活動のほかに、教育旅行の受け入れやボーイスカウト等の宿泊プログラムの提供も行っていることから、元々ボランティア受け入れの素地があった上で、観光局のMālama Hawai’i に参加したものと考えられる。
 今回体験したボランティア活動は、展示エリア内の清掃である。参加には、動きやすい服装や水筒の持参等の注意点はあるものの、実際の清掃活動は屋内の展示エリアのショーケース等についた汚れを拭き取っていくという作業で、誰でもできる簡単なものであった。
 今回、ボランティア参加の特典として、通常は35ドルかかるガイド付きの入場料が無料になるほか、一般客は立ち入り禁止となっている戦艦内のエリアへ、ガイドが同行し立ち入ることができた。さらに、施設内にある土産店では25%の割引を受けることができた。

5.Mālama Hawai’iの効果

 Mālama Hawai’iの効果については、本機関紙『観光文化』第257号の岡田氏の寄稿で紹介されているとおり、ハワイ大学旅行産業管理学部(TIM)のJerry Agrusa教授のグループが2023年に発表したカウアイ島の住民を対象とした調査8)で、〝再生型観光が旅行者を選択することにより、地域での印象が改善される〞として、住民と旅行者の満足度向上に一定の効果があることが示された。
 さらに、同グループの研究をさかのぼると、2021年に発表された論文では、米国本土からの旅行者を対象とした調査の結果、「本物のハワイ文化体験」と「持続可能な体験」をするために追加で料金を払う意思を示したと発表9)、そして翌2022年には米国本土の旅行者が持続可能な観光や自然をベースとしたアクティビティへの参加意欲を調査した結果、プラスチック使用量の削減、クジラの保護やハワイ文化などに関心を持っており、ハワイの持続可能な活動に参加するために追加料金を支払う意向があることを明らかにした。10)
 2021年の論文発表時期から推察するにMālama Hawai’iリリース以前に調査が行われていたと考えられることから、Jerry Agrusa教授のグループによる一連の調査もMālama Hawai’iに何らかの影響を与えた可能性が考えられる。

6.有識者の見解

 このように、Mālama Hawai’iの成立にあたっては、UHEROやTIMといったハワイ大学の有識者の意見が影響したように見られることから、今回のハワイ訪問において、UHEROのレポートの筆者の一人であるFrank Haas氏と、TIMのJerry Agrusa教授に話を伺う機会を得た。
 早速、ハワイ州観光局の方針決定への関与について尋ねたところ、Haas氏もAgrusa教授も直接関与しているわけではないとのことであった。
 ただ、レポートや論文として公表された意見は重視されること、また両氏のような有識者は講演や議員との意見交換等の機会が多くあることから、直接ではないにせよ影響したのが個人的な印象である。Mālama Hawai’i についてどう捉えているか尋ねたところ、両氏ともポジティブに捉えていたことからも、彼らが望む方向に進んでいるように感じた。
 続いて、Mālama Hawai’i がオーバーツーリズムに対して有効であるかについて質問した。質問の背景には、Mālama Hawai’i はマインドフルな旅行者や社会貢献に関心のある旅行者に対しては一定の効果があると示されているが、それ以外の大半の旅行者に対してどのように機能するか個人的に疑問を感じていたからである。
 この質問に対して、両氏とも効果が出るには時間がかかるという見解を示した。さらに、Mālama Hawai’i においては教育が重要であり、プロモーションにおいて必ず教育とセットにすることがポイントになると語った。
 実際、ハワイアン航空ではハワイの天然資源や文化、コミュニティを守るための責任ある行動である「Travel pono」を伝える動画を制作し、機内ビデオで放映している。11)同様の取り組みはハレクラニなどのホテルでも展開されており、ボランティアプログラムに参加しない旅行者にも各所で発信されているメッセージを通じてMālama Hawai’i が徐々に浸透するためには時間を要するのだと感じた。

7.おわりに

 ハワイ州観光局はコロナ禍前に観光客の急増によるオーバーツーリズムや消費単価の伸び悩み、住民感情の悪化に対して議会やメディア、有識者等から批判を受け、「ハワイ観光戦略プラン2020‐2025」ではマーケティングから観光地マネジメントへの方針転換を余儀なくされた。
 さらに、戦略プランの実現のためには、従来から存在していた自然保全、ハワイ文化継承、多様な旅行体験を提供する団体を支援するプログラムが重要であるにもかかわらず、予算配分が少なすぎるとの批判を受け、2020年は大幅にこれらの予算を拡大した。
 そうした状況下で観光の本格再開に向けてプロモーションを展開するには、Mālama Hawai’i のコンセプトに自ずと方向性が絞られたのではないだろうか。
 そして、そのコンセプトを実装していく段階においては、旅行者に対しどのように伝え、どのように受け取られているかが重要となる。一般に、ボランティア活動というのは、無償で労働力を提供することであると考えられるが、Mālama Hawai’i プログラムのサイトで掲載されている各種活動を見ると、それ自体がハワイの自然や文化の中でしか体験できないアクティビティであり、負荷が大きい活動もあるものの、あくまで楽しみながら気軽にできるという点が強調されているプログラムが多い。さらに、ボランティア活動に参加することで、宿泊費や施設入場料に対して大きな割引が受けられることから、旅行者にとっては、時に労働の対価を上回るほどの大きな経済的メリットが得られるという点が印象的である。
 加えて、今回の視察中に実際にボランティアを行った戦艦ミズーリ記念館での体験を通して実感したことは、「ボランティアに参加する人=その地域や特定のテーマに対して(今回で言えば戦艦ミズーリの歴史等に対して)、強く関心を持っている人」であると想定されるため、通常の客として訪れる場合よりも、より手厚く歓迎されるという点である。その結果現地の人との交流も活発になりやすく、来訪者にとってもさらに強く印象に残る経験となるのではないかと考えられる。
 実際には、旅行者の大部分にとっては、ハワイ滞在中にボランティア活動を行うことは選択肢としてまだ一般的ではないという課題が残るが、そのギャップを埋めるため、観光局がボランティアプログラムをウェブサイトで集約し、大手ホテル等を取り込むことで来訪者の経済的メリットも実現することは、「Mālama Hawai’i」という理念の実装に対し、一定の効果を及ぼしていると考えられる。
 単に観光客を増やすのではなく「再生型観光」という形をとったMālama Hawai’i がハワイ観光にどのような効果をもたらすのか、今後しばらく注視していきたい。

〈参考文献〉
1) Hawai’i Tourism Authority(2020). Strategic Plan 2020-2025. Retrieved from https://www.hawaiitourismauthority.org/media/4286/hta-strategic-plan-2020-2025.pdf
2) Hawaii Tourism Authiority(2021). Hawaii Tourism Authority Launches Educational Malama Hawaii Campaign. Retrieved from
https://www.hawaiitourismauthority.org/news/news-releases/2021/hawaii-tourism-authority-launches-educational-malama-hawaii-campaign/
3) 岡田 悠偉人 (2023). ハワイ州における再生型観光「Malama Hawaii」. 観光文化 第257号
4) State of Hawaii. “Voluntourism” and Connection with Local Culture. Aloha+Challenge. Retrieved from
https://alohachallenge.hawaii.gov/pages/gwe-06-sustainable-tourism
5) Brewbaker, P., Haas, F., & Mak, J(.2019). Charting a New Course for Hawai’i Tourism.
Retrieved from https://uhero.hawaii.edu/charting-a-new-course-for-hawaii-tourism/
6) Hawaii Visitors & Convention Bureau(2020). Reopening Communications Strategy Update August 26, 2020. Hawai’i Tourism Authority Marketing Standing
Committee Meeting. Retrieved from https://www.hawaiitourismauthority.org/media/5101/mscm-packet-082620.pdf
7) Hawai’i Visitors & Convention Bureau(2020). Hawaii Visitors & Convention Bureau Re-opening Plan Update September 23, 2020. Hawai’i Tourism
Authority Marketing Standing Committee Meeting. Retrieved from https://www.hawaiitourismauthority.org/media/5296/mscm-packet-092320.pdf
8) Zaman, U., Aktan, M., Agrusa, J., & Khwaja, M. G(.2023). Linking Regenerative Travel and Residents’ Support for Tourism Development in Kaua’i Island
(Hawaii): Moderating-Mediating Effects of Travel-Shaming and Foreign Tourist Attractiveness. Journal of Travel Research, 62(4).
9) Andrade, G., Itoga, H., Linnes, C., Agrusa, J., & Lema, J(.2021). The Economic Sustainability of Culture in Hawai’i: Tourists’ Willingness to Pay for
Hawaiian Cultural Experiences. Journal of Risk and Financial Management, 14(9), 420.
10) Linnes, C., Agrusa, J., Ronzoni, G., & Lema, J(.2022). What Tourists Want, a Sustainable Paradise. Tourism and Hospitality, (3 1), 164–183.
11) Hawaiian Airlines( 2021). Hawaiian Airlines Welcomes Guests to Travel Responsibly with New In-flight Video. Retreived from
https://newsroom.hawaiianairlines.com/releases/hawaiian-airlines-welcomes-guests-to-travel-responsibly-with-new-in-flight-video