特集③-❸ 100% Pure New Zealand について

観光研究部 研究員
目代 凪

1.はじめに

 情報社会の進展、旅行者ニーズの多様化、観光地間の競争激化などを契機として1990年代後半に「デスティネーション・ブランド(Destination Brand)」の概念が注目を集めて以来、世界中でこれに関する様々な取り組み・研究が行われてきた(Almeyda-Ibáñez & George,2017; 李・2018)。
昨今の日本においても、2021年東京オリンピック・パラリンピック競技大会をはじめとする国際イベントの開催や「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」に基づくインバウンド客獲得に向けた動きなどを背景として、デスティネーション・ブランディングの必要性は高まっているが、その一方で国家レベルでのブランド構築については未だ発展段階であるといえる(岩田・2020)。では、長期にわたって国家レベルでのブランド確立に注力してきた国では何が行われてきたのだろうか。
 本稿では、世界で最も評価されているデスティネーション・ブランディング・キャンペーンの一つである、ニュージーランド政府観光局(以下、TNZ)の〝100% Pure New Zealand 〞を取りあげ、現地視察での成果を交えつつその取り組みの一部を紹介したい。

2.20年以上続くデスティネーション・ブランド

 100% Pure New Zealand はTNZが1999年から実施しているデスティネーション・ブランディング・キャンペーンである。このキャンペーンは初期から一貫してニュージーランドの〝clean-green 〞なイメージの形成と「手つかずの自然・文化のなかでオーセンティックな体験ができるデスティネーション」としての位置づけの確立を目指す施策を展開しており、成功事例として世界的に知られている。
実際、1999年から2009年までの間には50の国際的な賞を受賞した(Bose & Muthukumar, 2011;McMillen, 2012; Kaefer, 2016 )。
このキャンペーンにより、ニュージーランドの外客数は1999年から2008年にかけて約160万人から約240万人に増加し、観光による外貨収入も35億ドルから59億ドルに増加した(TNZ, 2009)。
 キャンペーン立ち上げ前のブランドビジョンの策定にあたっては、地域の事業者、地域経済の専門家、競合観光地、観光客を対象とする大規模な調査が行われたとのことである。例えば、英国だけでも28のインタビューと4つのアンケート調査が実施され、ニュージーランド旅行のニーズや動機、制約、シンボルやイメージに関する情報が収集された(Morgan et al., 2002 )。調査結果を踏まえ、TNZは主要ターゲットをより本物の体験を求めて新しいデスティネーションへの挑戦を楽しむ、心も身体も若い人々とし、彼らを「インタラクティブ・トラベラー(Interactive Traveler )」と定義した(TNZ,n.d. )。このような初期段階での綿密なポジショニング、ターゲティングは当事例の特徴の一つであるといえる。
 さらに、情報発信においても先駆的な取り組みが行われている。例えば、2000年代初頭、プロモーションの媒体はテレビと雑誌等の印刷物が中心であったが、TNZは主要ターゲットの多くがインターネットに精通していることを加味して、ウェブサイトのUI改善や多数の関連事業者のリンク付け、情報の提示方法の工夫などに積極的に投資し、月間ユーザーセッション数を倍増させた(Morgan et al.,2002 )。その他、観光情報の発信拠点〝isite 〞の運営や2007年と2011年のラグビーワールドカップと関連づけたジャイアント・ラグビーボールなども高い評価を受けた。近年の取り組みとしては、住民・観光客に責任ある行動を促すガイドライン
〝Tiaki Promise 〞の発信(Carlson,2018; Patil, 2019 )、コロナ禍で閉じこもりがちだった心の解放をコンセプトとしたサブキャンペーン〝If You Seek 〞の開始などが挙げられる。

3.現地で確認できた取り組み

 isite は1990年に現在のTNZによって設立された観光情報の発信拠点である。この施設は旅行プランの案内のほか、宿泊、交通、アクティビティの手配、無料Wi-Fi の提供、グッズ販売などの機能を有している(TNZ,2023 )。2024年1月現在でニュージーランド全土に60以上存在しており、今回の視察で訪れた都市・町のほとんどで確認することができた。
 視察したいずれの施設でも、その都市・町のものだけでなく、周辺地域や国土全体の観光情報も詳しく紹介されており、旅行者の行動範囲を
広げることで、長期滞在および需要分散の促進、多様なニーズへの対応、国家レベルでの観光地イメージの形成につなげようとする意図が感じ取れた(写真1)。一方で、施設ごとに地域の特色を反映したユニークな点もあった。例えば、釣り、シーカヤック、マウンテンバイク、トレッキングなどが楽しめる南島の港町ピクトンのisite にはロッカーや更衣室が設置されており、アウトドアウェアの販売も行われていた(写真2)。
このような、一定の統一感を保ちつつ各地域の特徴を活かした拠点の運営は、国家全体のデスティネーション・マネジメントを担うTNZが管理しつつも、実際の施設の運営は各都市・町に精通した人材が担っているからこそ実現可能であると考えられる。

3-2.Tiaki Promise
 Tiaki Promise は、ニュージーランドの自然、文化、景観を守ることを主目的とする、住民・観光客に責任ある行動を促すガイドラインである。
TNZ、ニュージーランド自然保護局、ニュージーランド航空などの7組織がプロジェクトの実施主体となっている(Patil, 2019 )。視察では様々な媒体でこのガイドラインを目にした。例えば、出発時に利用したニュージーランド航空の機内安全ビデオは、青年ティアキがワカ・レレランギ(空飛ぶカヌー)に乗り、マオリの神話の守護神たちを訪ねるというコンセプトの映像となっており、ニュージーランドでの責任ある行動と文化の尊重を促す内容であった(写真3)。なお、当映像はニュージーランド航空のウェブページ(https://www.airnewzealand.jp/safety-videos)でも閲覧可能である(2024年1月現在)。また、旅中においても旅行者向けのパンフレットなどでそのアイコンやメッセージが数多く見られたが、特に、カイコウラという小さな町の自然体験アクティビティを提供している一施設でもそれを見ることができたのが印象的であった(写真4)。すなわち、Tiaki Promise は、多様なステークホルダーとの連携により、幅広い分野・エリアでの施策の展開を実現している。これは旅行者や観光関連事業者、地域住民のより深い認知につながり、国土全体の自然・文化の保全と、国家としてのブランドの報知に寄与していると考えられる。

4.現地関係者の視点

 今回の視察では地域の行政機関、観光局、観光関連事業者へのヒアリングを実施した。彼らからは、このキャンペーンが概ね成功しており、特に、国家の観光地としてのイメージの形成に大きく寄与しているという意見が得られた。成功の要因としては「国土全体の人口規模が少ないこと」「全体的なコンセプトの一貫性」「社会情勢を反映した豊富なサブブランディング」などが挙げられた。ただし、観光関連事業者の一部は「自分たちが本当に〝100% Pure 〞なのか自信を持って肯定できない」「ニュージーランドの国民全員が〝clean-green 〞の意識を共有しているとは限らない」など、ブランドコンセプトにやや懐疑的な目を向けているようである。そのため彼らは自らの環境意識に基づいて事業を行っており、キャンペーンのブランドメッセージを積極的に押し出すことは避けているようだ。このような批判的な意見の存在は、いくつかの既往文献においても確認されており、多くの主体を巻き込みながら足並みを揃えてブランド力の向上に取り組んでいくことの難しさを示唆しているといえる
(Westgate,2009;Carter,2019 )。

5.まとめ

 先述の通り、ニュージーランドでは20年以上前から国家としてのブランド確立のための施策が展開されており、現在も続いている。今回の視察でも、地域ごとに独立してブランディング施策に注力するのではなく、国家全体を一つの単位として捉えて需要の獲得やイメージの形成に取り組んでいる側面が強く感じられた。多様な地域・観光資源が存在し、人口規模もニュージーランドより圧倒的に大きい日本において当事例を直接的に適用することは難しいと思われるが、事業の継続性や広範なPRなどからは今後日本が国家としてのブランド力の向上を図るうえでの示唆が得られるだろう。国家の魅力度を指数化しランク付けしたアンホルト│イプソス国家ブランド指数において、日本は2023年に初のトップとなり、観光分野でも高い評価を得ている(Ipsos,2023 )。このような潮流を一時的なものにするのではなく定着させていくためには長期的な視点での対応が重要であると推察される。
 そして、ヒアリングでの成果からは、観光に携わる主体のなかでも立場によって国家のブランドに対する認識にギャップがあることが示唆された。このような認識の差異がブランディング施策にとってどのような意味を持ち、旅行者に対してはどのような影響を及ぼすのかは、今後の研究課題としていきたい。

〈参考文献〉
1) Almeyda-Ibáñez, M. & George, B.P.(2017). The evolution of destination branding:
A review of branding literature in tourism. Journal of Tourism, Heritage & Services Marketing, 3,
1, pp. 9-17. doi: 10.5281/zenodo.401370
2) Bose, S. & Muthukumar, R.(2011). ‘100% Pure New Zealand’ Destination Branding Campaign:
Marketing New Zealand to the World. IBS Center for Management Research.
3) Carlson, L.(2018). Our Tiaki Promise protects New Zealand for future generations. Stuff.
https://www.stuff.co.nz/travel/kiwitraveller/108812349/our-tiaki-promise-protects-new-zealand-for-future-generations(最終閲覧日: 2023年10月17日)
4) Carter, C.(2019). 20 years of 100% Pure New Zealand controversy. https://www.stuff.co.nz/business/opinion-analysis/114576906/20-years-of-100-pure-new-zealand-controversy
(最終閲覧日: 2024年1月4日)
5) Kaefer, F.(2016). Origins and Success of 100% Pure New Zealand Destination Brand. The
Place Brand Observer. https://placebrandobserver.com/origins-success-pure-new-zealand-destination-brand(最終閲覧日: 2023年10月13日)
6) McMillen, P.(2012). 100% Pure Evidence: applying mixed methods to evaluate government’s
destination marketing performance. AES(Australian Evaluation Society) Conference.
https://www.aes.asn.au/images/images-old/stories/files/conferences/2012/papers/311209025Final00123.pdf(最終閲覧日: 2023年10月13日)
7) Morgan, J. N., Pritchard, A. & Piggott, R.(2002). New Zealand, 100% Pure. The creation of a
powerful niche destination brand. Journal of brand management, 9, 4, 335‒354. 10.1057/
palgrave.bm.2540082
8) Patil, S.(2019). A Case Study of the‘ 100% Pure New Zealand’ Tourism Campaign: What are
the Impacts of the 100% Pure New Zealand Tourism Campaign in Shaping Visitors’ and Locals’
Perspectives? Auckland, New Zealand: Auckland University of Technology.
9) TNZ(Tourism New Zealand).(n.d.) Interactive Travellers: Who are they?
http://www.mahitaapoi.co.nz/Interactive_Traveller_files/Interactive%202%20Who%20are%20they.pdf(最終閲覧日: 2024年1月4日)
10)TNZ( Tourism New Zealand).(2009). Pure As: Celebrating 10 years of 100% Pure New
Zealand. Tourism New Zealand, Wellington, N.Z.
11)TNZ( Tourism New Zealand).(2023). isite, NZ’s official visitor information network.
https://isite.nz(最終閲覧日: 2024年1月4日)
12)Westgate, J.(2009). Brand value: the work of ecolabelling and place-branding in New Zealand
tourism. Auckland, New Zealand: School of Environment, the University of Auckland.
13)李相典(2018)「デスティネーション・ブランド・エクイティの特徴と研究課題」
マーケティングジャーナル38巻1号、pp.70-77 doi: 10.7222/marketing.2018.029
14)岩田賢(2020)「『プレイス・ブランディング』の必要性の一考察 ―デスティネーション・ブランディングの限界
とエリア全体でのブランド戦略─」運輸政策研究22巻、pp.58-63 doi: 10.24639/tpsr.TPSR_22R_06
15)Ipsos(2023)「アンホルト-イプソス国家ブランド指数 プレスリリース-補足資料」https://www.ipsos.com/sites/default/files/ct/news/documents/2023-11/NBI%202023%20Press%20Release%20Supplemental%20Deck-JA.pdf
(最終閲覧日: 2024年1月4日)