特集③-❷ サステナブルツーリズムに関する事業者の取り組み

観光研究部 主任研究員
後藤伸一

1.サステナブルツーリズムは事業者にとって「コスト増・負担」なのか

 近年、サステナブルツーリズムという概念の広がりが世界的な潮流である。国連世界観光機関(UNWTO)はサステナブルツーリズムを「訪問客、産業、環境、受け入れ地域の需要に適合しつつ、現在と未来の環境、社会文化、経済への影響に十分配慮した観光」と定義しており、このような考え方で観光地域づくりが推進され、観光コンテンツが新たに生まれることは、地域にとっても旅行者にとっても望ましいことだと言える。日本においても観光庁がこれらの取り組みを推進し始めている状況である。
 その一方で、地域の観光関連事業者からは、理念や考え方には賛同するものの、例えばごみ問題や環境対策等に取り組む必要性があり、それらが「コスト増や負担」になるのではないかと不安視する声も聞こえてくる。
 では、世界の国々、観光地ではサステナブルツーリズムのどのような取組が実施され、観光関連事業者はこのサステナブルツーリズムをどのように捉えているのか。また、サステナブルツーリズムに取り組むメリットは何か。例えば、環境対策に取り組むことが事業者のブランディングにつながり、高付加価値化されているのだろうか。
 今回は、サステナブルツーリズムや環境保全の先進国と言われるニュージーランドを視察訪問した結果をもとに、日本とニュージーランドの事業者のサステナブルツーリズムの捉え方の違いについて考察していきたい。

2.自然豊かな町、カイコウラ

 ニュージーランドの観光関連事業者はサステナブルツーリズムをどのように捉えているのか。当然、自然や歴史・文化の側面から考えれば素晴らしい取組であるが、本音はどうなのか。今回は、グリーン・グローブ認証も受けており、ニュージーランドでも自然が豊かで海洋生物と会えることでも有名なカイコウラ(Kaikoura)を訪れた。カイコウラはニュージーランドの南島の北東部に位置する人口3600人の小さな港町で、年間100万人の観光客が訪れ、地域GDPの40%を占めるのが観光業。また住民の50%が観光に係る仕事に従事する観光地である。このカイコウラの代表的なアクティビティであるホエールウォッチングを実施する事業者と富裕層向け宿泊施設の2か所を訪問し、アクティビティの体験、関係者へのヒアリングを実施した。

訪問① ホエールウォッチカイコウラ杜 Whale Watch Kaikoura

 まず訪問したのはホエールウォッチカイコウラ社。この会社の設立ストーリーはサステナブルツーリズムそのものである。カイコウラでは1843年に最初の捕鯨基地が設置されたことをきっかけに捕鯨を開始し、基幹産業であったが、1978年の海洋哺乳類保護法の施行により、クジラ、イルカ、オットセイなど海洋哺乳類の保護活動が開始される。その結果、多くのマオリ系住民が職を失うことになった。そこで彼らは「捕る」ことから「守る」ことへ考え方を変え、このホエールウォッチングを実施する会社を設立したのである。
 実際にホエールウォッチングツアーに参加してみると、乗船前に捕鯨の歴史やマオリの海洋生物との関わりの歴史、海洋生物の生態などを壁掛けパネルやモニターで事前説明し、乗船後も、訓練されたガイドがレベルの高いガイダンスを実施。海洋生物の生態の他、海洋ごみに係る話など海の環境問題全般を学ぶことができる。これらの質の高いガイダンスを通して、ツアー参加者は海洋生物の生態をよく理解でき、結果として、自然環境、海を守る大切さや意味、意義を考える機会を得ることになる。
 次に、関係者へのヒアリングでも興味深い話が多数あった。
彼らは根底にある考え方として、「マオリの会社であり、私たちは次の世代にこの事業をつなげていくことを重視している」とし、「クジラは私たちへのギフトである」と考えていた。収益を出すことはもちろん重要であるが、自然や海洋生物の保護と自分たちの事業が一体であるという意識が強い点はとても印象的だった。
 そのような意識から、環境負荷を減らすために船を新造したとのことであった。船を大きくし座席数を増やし、これまで6隻あった船を2隻に減らす。これにより出航回数を減らすことに成功。更に特別なハミルトンジェットを搭載し、エンジン音を小さくしてクジラへの影響を減らすことができたと語っていた。
 ここで興味深い点は、ヒアリングでは、経営において収益を上げることよりも、クジラへの影響を減らすことを優先していることを強調していたことで、このような考え方は、「マオリの考え方」であるとも語っていた。
 もう1点、「日本では環境対策が『コスト増や負担』との考えがあり、その増えたコストを商品(サービス)の値上げにより解決することをどう考えるか」と質問したところ、「例えば単純に燃料代が上がったため値上げをするという事はしたくない。お客様が価値を感じることで価格は上がると考える。船が新しくなり快適になることで値上げをしても、環境対策をしたから値上げをするという考え方はしない」と回答し、また、「環境対策をしないと私たちは淘汰される。それ以上に、マオリの考え方として自然環境やクジラは『宝』であり、それを守っていくことに取組まなければいけないと考えている」と語っていた。
 この視察とヒアリングを通して、彼らは基本的な考え方や普段の生活文化の中にサステナビリティが存在しており、「文化として」のサステナビリティに取組んでいるように感じられた。

訪問② ハプクロッジ Hapuku Lodge

 次に訪問したのはハプクロッジという宿泊施設である。ここは500エーカーの広大な敷地に800頭以上の鹿を飼育している牧場で、その中に5つの大きなツリーハウスを作り、ラグジュアリー層をターゲットにした経営をしている。価格帯もルームチャージが日本円で20万〜30万円と高くなっている。
ここでは施設の視察をすると共に、関係者へのヒアリングを実施した。

 まず、関係者へサステナブルツーリズムについてどのように考えているのかという質問をすると、「私たちはサステナブルツーリズムと世間が言い始める前から取組んでいる。私たちのホテルの文化である。他のホテルはマーケティングの一環で取り組み始めているのではないかと思う」とここでも「文化」という言葉が聞かれた。
 この宿泊施設では多くの取り組みを実施しているが、特徴的な取組として、以下のようなことが挙げられる。
・脱炭素の観点から1予約に対して1本の木を植える
・廃棄物ゼロを目指し、ごみを削減、リサイクルし、堆肥化させる
・廃棄される食材を豚の餌として利用
・1泊につき10ドルをカイコウラのモアナパーク基金(海洋生物の調査)に拠出
 特に、植林の話は興味深く、植えた木のGPSコードをお客様に送っており、宿泊の記念にとどまらず、再来訪するためのきっかけにしていた。このようなアイディアは非常に前向きで、参考にすべきだと感じた。
 この宿泊施設で印象的だった点は、前述のような環境対策を前面に出して宿泊者に訴えることはせず、従業員がそれらを理解しており、施設、設備と共に「空気感」として上手に見せていることである。結果としてその体験や感動が、決して安くない宿泊料や飲食代を支払いへの理由や納得感につながっているようにも感じられた。
 また、海洋生物の調査に対して寄付をするという取り組みについても、彼らは「この町でビジネスをするものの責任として、地域に貢献するのは当たり前のこと」と捉えており、当然、それらを「コスト増や負担」と考えている様子はなかった。 
 この視察とヒアリングを通して、「文化として」「当たり前」にサステナブルツーリズムに取り組むことが、高付加価値化につながり、マーケティングの観点からも有効性が高いという事が感じられた。

3.サステナブルツーリズムに取り組むことは戦略

 全体を通して、サステナブルツーリズムが「文化」となっており、「コスト増・負担」という捉え方はしていないと感じられた。また、その「文化」となったサステナブルツーリズムが、マーケティングにつながっていくという事も非常に興味深い。サステナブルな取り組みをすることがブランド化につながっており、そのブランド化された体験や経験に「満足した顧客」が増えていく。これが繰り返されると「満足した顧客」は「サステナブルでないもの」を選ばなくなり、差別化につながると考えられる。つまり、そうでないものは淘汰される可能性が高くなる。今、その傾向が世界的に強くなってきている状況なのかもしれない。
 日本においては、サステナブルツーリズムの取り組みに対する考え方や捉え方がまだ「文化」の領域、「マーケティング」の領域に達していない。しかしながら、観光立国を目指す日本がこの問題を避けることは当然できない。「そのうちに」取り組むべきものではなく、「今」から「マーケティング」を戦略的に意識し、取り組む必要があるとニュージーランドの視察を通して感じられた。今後も世界の、また日本国内のサステナブルツーリズムの取り組みに注目していきたい。