特集③-❹ ニュージーランドと 文化観光

観光研究部 副主任研究員
門脇茉海

1.はじめに

 筆者は、学生時代に日本近世史と博物館学を専攻していたことから、「観光という手段をどのように用いることで、その土地の文化をどのような良い方向へ導くことができるか」を主たる関心事としている。
 ニュージーランドの観光資源は自然資源が中心であり、現地発着のオプショナルツアーのラインナップを見ても、自然体験やアクティビティに分類される商品が圧倒的に多くなっている。
 本稿は、ニュージーランド観光の主流ではない文化観光について、基礎的な事項の整理を目的とする。

2.ニュージーランドの文化行政
Ministry for Culture and Heritage

 ニュージーランドの文化行政は、Ministry for Culture and Heritage(マオリ語でManatū Taonga、以下「MCH」)が中心となって推進されている。設立は2000年で、芸術、文化、遺産、放送、スポーツを対象分野とする。
業務内容に関する記載をみると、「私たちは、芸術、遺産、放送、スポーツの分野における政府の取組を主導し、立法、政策、部門開発に関する助言を大臣に提供しています(注1)。」とある。
 2021年、MCHは20年間の長期戦略である「Te Rautaki o Manatū Taonga (The new Manatū Taonga Strategic Framework)」を定めており、現在この「Te Rautaki」に基づいて各種取り組みが推進されている(注2)。
「TeRautaki」は「Cultureis thriving, The people are well.」をビジョンとして掲げ、「そのために重要なことは、文化がもたらすウェルビーイングの恩恵であり、文化活動を通じて人々が互いに築き上げるつながりであり、有意義な仕事という形で明らかに経済的な利益をもたらすことである」としている。
「Te Rautaki」の「戦略的背景」の項目には、「文化部門はニュージーランドの経済成長と持続可能な繁栄に大きく貢献している。2019年、芸術・クリエイティブ部門は108億ドルの経済効果をもたらし、9万2000人の雇用を支えた」「文化への参加は、コミュニティがより強く、より安全で、よりつながりが強いと感じることにもつながる」とある。文化振興が社会的、経済的な効果をもたらすというニュージーランド政府の認識が確認できる。
 また「Te Rautaki 」には、同戦略の推進においてマオリに関する戦略を定めた「Te Arataki 」に基づくことが明記され、ニュージーランドのアイデンティティとしてマオリ文化が重要であるとの認識のもと、マオリの芸術、遺産、文化の継続的な発展をサポートするとしている。

Heritage New Zealand

 Heritage New Zealand(マオリ語でPouhere Taonga、以下「HNZ」)は、「ニュージーランドのユニークな遺産を特定し、保存し、促進することを任務とする主要な二分化政府機関」であり(注3)、ニュージーランド文化行政のうち、遺産部門における実働部隊となっている。MCHは、HNZに
対する資金提供や役員の任命を行っている。
 2014年に「Heritage New Zealand Pouhere Taonga Act 2014」法により成立したクラウンエンティティと呼ばれる組織である(注4)。
主な役割は、ニュージーランド国内の史跡の調査・特定、保護・保全(市民や各団体への支援・助言)、情報提供等である(注5)。
 なお、HNZには、HNZの史跡保護活動がマオリとの合意と理解を得たうえで行われるよう、マオリ遺産評議会(Māori Heritage Council )が設けられている(注6)。
 HNZでは、「New Zealand Heritage List(マオリ語でRārangi Kōrero)」という歴史的・文化的遺産のリストを作成し、公開している(注7)。
このリストへの登録は、あくまで遺産としての重要性を認定するものであり、文化財のデータベースという性格が強い。
リストにあるほとんどの場所は一般の立ち入りが禁止されている。なお、HNZはリストに基づいて保護や管理について権利者に勧告するにとどまり、法的拘束力を有するものではない。このリストに登録されると、遺産の所有者は専門家の助言を受けたり、補助金申請等ができる。
 一方、「Visit Heritage NZ」というウェブサイトでは、HNZが管理する45物件のうち、一般公開されている24物件が紹介されている(注8)。各物件の紹介が前述のNew Zealand Heritage List より分かりやすく記載され、イベント情報やアクセス情報も掲載されるなど、観光情報サイトに近い内容となっている。
 また、「Tohu Whenua」という取組も行われている(注9)。これは2016年以降、MCH、HNZ、そしてDepartment of Conservation(マオリ語でTe Papa Atawhai)の3組織により展開されている事業で、「重要な歴史的・文化的名所を紹介することで、ニュージーランド国民とユニークな遺産を結びつけ、国民としてのアイデンティティを高める訪問者プログラム」である。文化遺産の理解促進のために、現地を訪れることの重要性が念頭に置かれている。また、「Tohu Whenua は、ニュージーランドを形作った場所でもあります。素晴らしい風景の中に位置し、豊かな物語があり、最高の遺産体験を提供します。」とあり、単独のスポットではなく一つの「Story」に合致する複数のスポットをまとめて紹介するという特徴がある。これは、日本の文化庁が展開している「日本遺産」の発想に近いものであろう。

3.実際の様子〜カイコウラの文化遺産

 カイコウラはニュージーランドの南島の北東部に位置し、現在はホエールウォッチングのメッカとして知られているが、1840年代に最初の捕鯨基地が設置されたことをきっかけに捕鯨が開始され、1960年過ぎまで続けられていた。
 Fyffe House(写真1、2、3)は、捕鯨基地として建てられた建物であり、「New Zealand Heritage List」に登録されている。ウェブサイト上で「New Zealand Heritage List」の該当ページを見ると、この場所が重要な理由として、歴史的意義と建築的意義に関する説明が記載されている(図1)。
また、「Visit Heritage NZ」でも紹介されている(図2)。こちらは、よりコンパクトな説明文となっており、より詳しい情報を知りたい人向けに関連情報ページも用意されている。

4.おわりに

 ニュージーランドを訪れる多くの人は、ニュージーランドが誇る圧倒的な自然資源に関心が向かうだろうが、ニュージーランドの文化行政としては、文化資源に関する情報を発信し、関心のある人が現地を訪れることを促している。
 マオリの人びとがニュージーランドにやってきたのは今から約1000年前であり、先住民族の歴史を含めても、ニュージーランドは若い国である。
「Visit heritage NZ」で紹介されている文化遺産のほとんどが19世紀に誕生したものであり、日本人の感覚からすると非常に「新しい」と言えるだろう。
今回の視察を通して、歴史というもののスケールがニュージーランドと日本とでは大きく異なっていることが実感された。
 文化遺産の性質が大きく異なっているため、ニュージーランドの政策や実践がそのまま日本にとって参考になるというものではないだろう。一方、そ
うした捉え方の差異が、日本の文化観光の強みになるのではないだろうか。
日本の個性的で長い歴史の蓄積を適切に生かすことは、日本観光の大きな魅力のひとつであるはずだ。

注1.https://mch.govt.nz/about-us/our-role
注2.https://mch.govt.nz/publications/strategic-intentions-2021-2025
注3.https://www.heritage.org.nz/
注4.HNZの前身となる組織は1954年に誕生している。
注5.https://www.heritage.org.nz/about
注6.https://www.heritage.org.nz/about/maori-heritage-council
注7.https://www.heritage.org.nz/places
注8.https://www.visitheritage.co.nz/about/
注9.https://tohuwhenua.nz/about/