特集②-❸ DMOを中心とした観光推進・サービス調整の取り組みと、それを駆動させるシステムとしての財源制度の現状

観光研究部 副主任研究員
江﨑貴昭

1.はじめに

 パンデミックを経て、日本国内では、各地で宿泊税を中心とした観光財源の導入の検討が進んでいる。特に宿泊税においては、すでに国内での複数の地域で導入が実現していることから、導入そのものに関する技術的な方法論上の課題は少なく、所定のプロセスを経ることで導入可能となっている。むしろ、現在は宿泊税等の導入による財源が「観光振興のために効果的に使われ続ける」ことを担保するための効果的な仕組みについて検討・開発するフェイズに入っていると言えよう。
 当財団では、自主研究として「観光財源研究会」を主宰しており、筆者は事務局としてその運営を担っているが、同研究会においても、上記の検討事項は重要な研究課題となっている。そこで本稿では、早くから宿泊税を導入しているスイス・オーストリアにおける、宿泊税を観光振興に用いるための効果的な仕組みや具体的な使途の考え方について概観する。また、使途に関して、欧州では宿泊税はデスティネーションマネジメントを行う組織(DMO)の財源となっているため、スイス・オーストリアのDMOにおける最前線の取組事項についても着目する。
 なお、本稿は、上述の内容についてスイス・ザンクト・ガレン大学のPietro Beritelli 教授、ザンクト・ガレンのDMOであるザンクトガレン-ボーデン湖観光局のThomas Kirchhofer 氏、オーストリア・レッヒのDMOであるレッヒ|ツュルス観光局のHermann Fercher 局長の3氏にヒアリングした内容や現地で視察したことを踏まえ、公表資料等をベースに再整理したものであることに留意されたい。

2.宿泊税等の使途を法律により規定

 欧米では宿泊税が古くから導入されているが、一部の地域では、宿泊税が一般財源化(観光振興以外の、自治体の一般的な業務への財源としての充当)され、観光振興とは言えない用途にまで使われている例が見受けられる。その理由としては、当初、宿泊税を「観光振興のための予算」として導入を主導した首長や議員が代わってしまうことや、税収として行政の会計に組み入れられた宿泊税が、財政状況によっては「観光振興のための予算」という位置づけを拡大解釈され、公共工事等に用いられてしまうためである。
 スイス・レンツ市では、観光振興財源を調達する手段として、宿泊客から徴収する「宿泊税」と、市内の全事業者から徴収する「観光振興税」を設けているが、宿泊税の使途は「宿泊税および観光振興税の課税に関する法律」の中で、納税者である宿泊客の利便性向上に、また、観光振興税の使途はマーケティングや観光イベントに限定している。また、法律の条文の中で、宿泊税・観光振興税のいずれにおいても、一般財源化を明確に禁止している。このように、観光財源が恒久的に観光振興に用いられることを担保するために、条文により使途を規定しているという対応を取っているのが特徴である。
 また、スイス・ザンクト・ガレン州では、観光振興のための資金調達手段として、州内の自治体に対して宿泊税と観光振興税を徴収する権利を規定している。その中で、宿泊税においては、当該地域へまだ訪問をしていない潜在的な顧客にリーチするような広告活動に対しては使用をしてはならないと法律上で明記しており、「観光振興」の枠の中でも、さらに使途を細かく限定している。

 これらのように、スイスでは、宿泊税等の財源が、恒久的に適切な使途に用いられるために、一般財源化を防ぐための条文の記載や、受益者負担の原則に基づいて更なる細かい使途に限定する条文の記載を行う、という対応をしているのが特徴である。

3.宿泊客が快適なサービス

 現地での意見交換の中では、「宿泊税は、宿泊客の滞在の満足度を上げるために、現地でのインフラやサービスに使うべき」という一般的な考え方があることを把握している。右記の言明のうち、「インフラ」とは、ハイキングコースの整備やベンチ・信号の設置、イベント開催のための各種整備等が該当し、「サービス」とは、インフォメーションデスクの設置や交通・アクティビティパスの提供等が該当する。今回の視察では、右記の「サービス」としての使途のうち代表的なものとして、欧州の多くのリゾート地でDMOが宿泊税を充当する形で提供している「交通・アクティビティパス」について体験する機会を得た。以下、このサービスの概要や仕組みについて紹介したい。

4.St.Antonサマーカード

 オーストリアにあるサンアントン(St.Anton)は、アルペンスキー発祥の地として世界的に有名なリゾート地である。サンアントンの観光協会
(DMO)では、オフシーズンである冬季以外において、来訪者の利便性を高めることを主な目的に、宿泊客への特典として「St.Anton サマーカード」を提供している。同カードは地域内の宿泊施設でチェックイン時に宿泊施設より提供され、チェックアウト日を有効期限とし、泊数に応じ、地域内の交通システムの利用や観光施設への入場、着地型プログラムへの参加といった特典が提供されるものである。泊数別の特典を見てみると、1泊目からは地域内の路線バスの乗車や美術館・展示施設への入場等、2泊目からはハイキングツアーやヨガプログラムへの参加等、3泊目からは山頂へのケーブルカーやリフトの使用、電動自転車の割引、スイミングプールの使用等が提供される。特に、当該地域への夏場の主な訪問目的は「山頂からの美しい景色の観賞」であり、これを提供するケーブルカーやリフトの無料特典は3泊目から提供されることとしているため、連泊を喚起し、繁閑差の解消への仕掛けとなっているとも推察される。加えて、2泊目までの特典である、施設への入場券や着地型プログラムへの誘導により、各施設での購買等を促すきっかけとなり、地域内の事業者の売上の底上げにも貢献していると考えられる。

5.St. Gallen Mobility Ticket

 スイスにあるザンクトガレン(St.Gallen)はスイス北東部の中心都市で、世界遺産であるザンクトガレン修道院や旧市街を目的に多くの観光客が訪れる。ザンクトガレン―ボーデン湖観光局(DMO)では、宿泊客への特典として、ザンクトガレン周辺エリアの公共交通機関が乗り放題になる「St. Gallen-Lake Constance Mobility Ticket」を提供している。同チケットは、宿泊施設のチェックイン時に宿泊客自身のメールアドレスを登録することで、チケットとなる二次元コードが記載されたメールが送信され、スマートフォンのウォレットとして登録することも可能となっている。
同チケットでは鉄道、路面電車、路線バスといった周辺地域の各公共交通機関が乗り放題となるため、観光客の利便性を大きく高めるものとなっている。   
 なお、これらのサービスは、地域を訪れる観光客の利便性を高めるために提供されるだけではなく、宿泊者の属性情報やチケットの使用履歴を追うことで、「現在この地域にはどの国から来た人が多く、何泊され、どのようなサービスがいつ使われているか」といったデータの蓄積も可能であるため、DMOが行う観光地マーケティング等の施策に活用するという点でも有効な方法であると思われる。

6.まとめ

 まず、前半で紹介した宿泊税の使途の規定に関する条文について、日本で適用する場合は、地方自治体の宿泊税に「使途条例」を設け、宿泊税を観光振興のみに使用することを規定することが考えられるが、現時点では我が国においてこのような宿泊税の条例を制定した例はない。一方、先に紹介したザンクトガレン州の観光法は1990年代に制定されているなど、スイスでは四半世紀前に議論が進んでいる。なぜ早くからこのような議論が進んでいるかについては、スイスの社会制度を認識しておく必要があるだろう。スイスは連邦制を採用し、各州が主権を持つ強い地方分権制度であり、自治が強い文化である。また、スイスは直接民主制であり、スイス国民は定期的にさまざまな政治案件について投票をする機会を持っている。この社会制度から「自分たちの力や制度でどのように地域の価値を高めていくか」「正しい政策決定にコミュニティが納得するか」といったことを考える土壌が古くからあるといえるだろう。現地での意見交換の中でも「スイスには州や連邦政府の政策に文句を言う文化がある」といった言及があり、税の使途に対しても住民が納得できるような厳しい要求が向けられてきた結果、宿泊税の使途の条文による明確化がなされたと考えられる。
 また、DMOの取組事項については、宿泊税の使途とほぼ一致するものとなるが、前述の地域文化の前提から、DMO自身が、その活動が地域の事業者やコミュニティにどのように評価されるのかを重視している印象を受けた。現地での意見交換でも「DMOの評価は入込客数の数字よりも、DMOが訪問者に良いサービスを提供していると自負できるか、そこから発展して地域の事業者からの信頼を得られているかが意識される」といった意見が聞かれており、この意識から発芽した取り組みのひとつとして、先に紹介した交通・アクティビティパスといったサービスがあるのだとも推察できる。
 このように、今回の視察では、欧州の文化や意識が生んだ、宿泊税の使途に関する仕組みや具体的な取り組みを学び取ることができた。今後宿泊税を導入する我が国の地方自治体にとっても、使途を持続的に管理する仕組みの構築や具体的な使途の例として、大いに参考になることだろう。

〈参考文献〉
1)GEMEINDE LANTSCH/LENZ WEBサイト(https://www.lantsch-lenz.ch/tourismus/tfa)、2023年11月28日最終閲覧
2)Kanton St.Gallen WEBサイト(https://www.gesetzessammlung.sg.ch/app/de/texts_of_law/575.1)、2023年11月28日最終閲覧
3)St.Anton am Arlberg Tourism AssociationWEBサイト(https://www.stantonamarlberg.com/en/summer/the-summer-card/st-anton-summer-card)、2024年1月12日最終閲覧
4)St.Gallen-Bodensee Tourismus WEBサイト(https://st.gallen-bodensee.ch/en/informationen/guest-pass.html)、2024年1月12日最終閲覧