「第33回旅行動向シンポジウム」開催

「第33回旅行動向シンポジウム」開催概要

テーマ……ポストコロナとNew Normalを考える
開催日時…2023年11月2日(木)14:00〜16:40
開催方法…リアル開催(日本交通公社ビル・ライブラリーホール)

プログラム
第1部
報告
「国内旅行・海外旅行・インバウンドの市場動向」
観光研究部(地域マネジメント領域)上席主任研究員 菅野正洋

第2部
パネルディスカッション
「New Normalにおける観光地マネジメントを考える」

ゲストスピーカー
京都市観光協会DMO企画・マーケティング専門官 堀江卓矢
北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 准教授 石黒侑介

登壇者
観光研究部(地域マネジメント領域)上席主任研究員 菅野正洋
観光研究部(市場調査領域)上席主任研究員 五木田玲子
おきなわサステナラボ長観光研究部(環境計画領域)上席主任研究員 中島 泰

モデレーター
理事/観光研究部長
旅の図書館長 主席研究員 山田雄一

総括
常務理事 寺崎竜雄

 
 2023年11月2日(木)、東京・青山の日本交通公社ビルにおいて、第33回旅行動向シンポジウムを開催しました。本シンポジウムは、2020年度から昨年度までの3か年、「新型コロナウイルス感染症」の影響を受け、オンラインにて開催をしてまいりましたが、今回は一転、日本交通公社ビルでのリアル開催で実施できることとなりました。
 今回の旅行動向シンポジウムは、「ポストコロナとNew Normalを考える」をテーマとしました。第1部の「国内旅行・海外旅行・インバウンドの市場動向」においては、コロナ禍の大打撃から国内外の旅行市場が一定の回復を見せた現状について、当財団が継続的に実施している独自調査の結果などをもとに当財団の上席主任研究員(地域マネジメント領域)の菅野正洋が解説を行いました。
 また、第2部の「New Normalにおける観光地マネジメントを考える」では、当財団理事の山田雄一がモデレーターとなり、上席主任研究員の菅野、五木田玲子(市場調査領域)、中島泰(環境計画領域)に加えて、京都市観光協会からDMO企画・マーケティング専門官の堀江卓矢氏と、北海道大学大学院より国際広報メディア・観光学院准教授の石黒侑介氏を招いて、パネルディスカッションを行いました。パネルディスカッションでは、コロナ禍からの再起動にあたり不可欠な観点である「地域社会と調和する観光」に焦点を当てて、国内外の事例紹介などを交えながら、観光地マネジメントの今後のあり方について、意見交換を行いました。
 以下、各セッションの概要を報告します。

1.第1部
 第1部では、JTBF菅野より前半「日本人旅行者の動向・意識」、後半「インバウンド市場の動向・意識」に分けて報告を行いました。前半の日本人旅行者に関する報告は主に、「JTBF旅行実態調査」・「JTBF旅行意識調査」の結果、後半の外国人の訪日旅行(インバウンド)に関する報告は主に、「DBJ・JTBFアジア・欧米豪訪日外国人旅行者の意向調査」の結果を用いて解説を行いました。
 その主なポイントは以下のとおりです。

日本人旅行者の動向・意識のポイント
●旅行実施に対するコロナ禍の影響はほぼ解消したこと
●その中で、不安を感じない割合が大幅に増加するも、依然として半数は不安を感じていること
●旅行意向は高止まりの傾向があり、一方で「旅行への親しみ」が薄れている可能性もあること
●従来からの最大の旅行動機である「日常生活からの解放」はコロナ禍以前と比較して選択率が高い状態が継続していること
●70代で「旅行に行きたくない」傾向が強まっている一方で、10〜20代の若年層でも「これまで以上に行きたい」の割合が低下したこと

訪日外国人旅行者の動向・意識のポイント
●旅行の実施に対するコロナ禍の影響は依然として残っていること
●旅行の予定・検討段階の割合は徐々に高まりつつもいまだ低水準にあること
●旅行に行きたくない/実施を迷う理由は、全体では円安や物価高の影響が大きい一方で、年代別ではコロナの影響が残る
●向こう1年の海外旅行の予定・検討状況は高水準にあること
●海外旅行はアジア、欧米豪ともに計画段階に移ったこと
●日本の人気は引き続き高く、トップを維持し、一部の国で近年下降していた人気も回復したこと
●日本国内における地方観光地への訪問意向は引き続き高水準にあること
●訪日旅行時の支出の考え方と収入は連動していないこと

 データの詳細については、当財団発行の『旅行年報2023』も参照ください。
〈参考〉『旅行年報2023』(公財)日本交通公社2023年
https://www.jtb.or.jp/book/annual-report/annual-report-2023/

2.第2部

 第2部ではパネルディスカッションに入る前にゲストスピーカーの京都市観光協会の堀江氏より、「コロナ禍がもたらした京都観光の変化」と題して、近年の京都観光の動向について、コロナ前後における観光客の変化や観光協会としての対応状況等も含めて、7点にポイントをまとめて話題提供いただきました。

京都市観光協会・堀江氏からの話題提供(要旨・抜粋)
①業界団体の結束とDMOの存在感強化
●観光協会が音頭を取る形で様々な業界団体に声かけを行い、新たな京都観光のための共同宣言を行った/コロナ禍をきっかけとして観光協会と業界の繋がりを再確認できたことは成果として認識している
②データを活用した将来需要予測
●市内の主要ホテルから毎月客室稼働率等のデータを収集してきた/データ収集を継続してきたことで現在は将来需要の予測が立つようになった/先行き・予測に関する情報は事業者側からのニーズも高い
③宿泊業界の新陳代謝にともなう消費単価の向上
●誘致の成果もあって高級ホテルが多く進出してきている/高級ホテルは欧米系のみならず、アジア系の資本も多く入ってきた/直近では客室数は変わらず、宿泊施設数はやや減少している/つまり大型施設が増えてゲストハウス等の小さな施設が撤退する、新陳代謝が起きている
④法規制を緩和した交通実証事業による供給不足解消
●以前は混雑、違法民泊、マナー違反等の問題が課題となっていた/なかでも課題の大きかった公共交通の供給不足解消のために、バス一日乗車券を廃止して地下鉄・バス一日乗車券に一本化した/実証実験として荷物と客の混載タクシーおよび乗り合いタクシーについても試行して供給不足解消に取り組んでいる
⑤事前予約商品の整備を軸にした地域単位のリピーター開発
●交通を便利にするのに加えて、各訪問地の混雑への対応も必要/需要の分散化のためにビッグデータ等を使った混雑状況の可視化に取り組んでいる/また、コロナをきっかけに事前予約制に取り組む関係者が増えた/事前予約によるデータ取得で顧客管理・リピーター開発にも繋がっている
⑥一方的なマナー開発から、双方向の観光モラル醸成へ
●ガードマンの設置やイラストでの説明など、マナーの啓発も継続的に行っている/その中で市と観光協会で「京都観光行動基準(京都観光モラル)」を定めた/観光客だけではなく、事業者、市民にも守ってもらう約束事になっている点がポイント/業界側の取組意識を高めることで市民の不満の緩和や観光客へのマナー周知にも繋がる
⑦休眠期間を活用した施設改修や移転開業
●コロナのタイミングで大きな改修も進められた(清水寺、金閣寺等)/ホテルでも大規模改修を経て大きく単価を挙げている例がある/大学の移転も含め、様々な変化が起きている/伝統的なイメージが強いが、新しいものも取り入れながら優れた文化も生み出しているのが京都である

 次に、登壇者であるJTBFの五木田、中島、菅野より今夏から今秋にかけて訪れた、ハワイ、ニュージーランド、スイス・オーストリアでの視察内容から、コロナ前後における変化と今後の観光の方向性に関するポイントについて報告しました。

ハワイ視察からの報告のポイント
●ハワイでは、コロナ禍からの観光再開にあたり、これまでと違った形での再開を目指し「Mālama Hawaii」をスローガンに取組を推進。地元のコミュニティが参画して島ごとに観光地マネジメントプランを作成し、大切な資源を5世代先に残していくことを強く意識した〝再生型観光〞に舵を切った。
●観光収益を地域社会の事業に還元することで、住民に観光とのつながりを感じてもらうための取組も進めている。

ニュージーランド視察からの報告のポイント
●コロナ以前、NZの訪問者は右肩上がりに増加。その中で「Tiaki Promise」の取組が2018年より旅行者のマナー違反等への打開策のひとつとして開始された。内容は、旅行者に対して、マオリのレンズを通して世界を見て、態度や行動に反映させることを求めるもの。
●旅行者に対するコミュニケーションの取り方の中で、うまく先住民マオリ文化における価値観を利用しており、外部向けだけではなく、事業者や住民向けのインナープロモーションとしても効果を発揮しているように感じられた。

スイス・オーストリア視察からの報告のポイント
●スイスでは、旅行者に対する目的地としての差別化を目的として、観光事業者の環境対策を認証する「Swisstainable」制度を国レベルで展開中。
●また、観光地マネジメントに関する研究レビューや現地での意見交換からは、パンデミックによって観光が停止したことで、地域住民やコミュニティ、あるいは働く立場の従業員との関係性を改めて見直す動きがあることが確認されている。

 その上で後半は、北海道大学大学院の石黒准教授も加わり、モデレーターのJTBF山田の進行の下で堀江氏と石黒准教授からコメントをもらう形でディスカッションを進めました。

北海道大学・石黒准教授のコメント(抜粋・ポイント)
●コロナ禍において、DMOは強化または脆弱化する傾向があり、脆弱なDMOは会費収入の減少や予算削減に直面し、強化されたDMOは業界にコミットメントし、クオリティのマネジメントや認証制度の導入などを行っている。その中で京都市は強化されたDMOとして活動している。
●オーバーツーリズムへの対応について、訪問者とのコミュニケーションの方法が変わりつつある。これまでの「何をしてはいけないか」から「こうすれば良い」というリジェネラティブなアプローチへの転換が今後重要である。
●バルセロナでは、2007年には観光客に否定的な住民が4割で、歓迎的な住民が5割だったが、2016年にはこれが逆転し、2019年には否定派が6割、歓迎派が3割にまで差が広がった。それがオーバーツーリズムの深刻化を物語っている。バルセロナを中心に、スペインでは既に「地域住民の巻き込み」が観光政策の最重要課題になっており、住民にホテルや観光客向けレストランの利用を促すイベントなどもある。
●バレアレス諸島では、観光税を宿泊税として取り入れており、その中で特に力を入れているのは、ホテルのベッドを自動昇降機能付きにすること。これは従業員の労働環境改善を目指すもので、現地の従業員の働き方改革であり、生産性向上を図ることを目的にしている。これも観光政策の対象を地元住民にシフトさせた好例である。
●コペンハーゲンでは、“the end of tourims”という観光戦略の中で「ローカルフッド(localhood)」という造語を定義している。これも従業員を含めた住民ののウェルビーイングも考慮した観光戦略である。これらはコロナ前からの動きであり、現在も続いている。
●ヨーロッパでは地域住民の力が重要視され、政策形成のプロセスとして地域のワークショップやコミュニティとの協力が再び注目されている。地域住民の参加がデスティネーションマネジメントにおいて無視できなくなり、ボトムアップのアプローチが再評価されつつあるということだろう。

京都市観光協会・堀江氏のコメント(抜粋・ポイント)
●海外事例から京都においても参考にできる点があると感じた。特にマラマ・ハワイの事例における訪問者との前向きなコミュニケーションについては、京都にも当てはまる重要な視点だと感じた。また、NZにおける認証制度(クォルマーク)など、事業者に意識を高く持ってもらいたい時に、どう事業者を引き上げていくのか、方向性を担保していくのか、その点については京都でも課題に感じているところだ。
●現在はマイクロツーリズムも注目されているが、円安や物価の上昇によって日本人の遠出が難しくなっている中で、京都にとっては地域住民に地域を見直していただくチャンスとも捉えており、今後は住民向けの施策も考えていきたい。
●観光の計画の中で、市民生活のプライオリティが紹介された海外の事例でも高く挙げられていた中で、京都では市民生活も第一に挙げつつ、他の地域にはない独自の項目として「担い手の活躍」を掲げている。働く人々がやりがいを持って働ける環境づくりが、今後の観光の維持にとっては不可欠である。
●京都の観光は50年前からオーバーツーリズム的な現象が起こっていたとも言われている。ただ、それは急激に人数が増えたことで一気に問題が出てしまったわけで、急激な変化については避けながら、緩やかな変化をしていくことが観光地あるいは地域にとっては大事だと考えている。

JTBF山田のコメントのポイント
●観光のマネジメントにおいては、文化、社会システム、マーケティングの3要素を整理し、それらを適切に伝えることが重要である。ニュージーランドやスイスでは、地域の文化や社会活動をマーケティングに活かす取り組みが成功している。今後はこれらの国のように自らの価値観や生活の質を観光客に伝えていくことも求められる。
●京都の場合も、観光地が地域の価値観や生活のリズムを観光的にアピールすることが必要であり、これが観光地の魅力やアイデンティティを形成する一因となっている。また、地域と観光客の関係において、なぜ特定の場所に入ってはいけないのか、触ってはいけないのかといった理由を伝え、地域の特徴や制約を理解してもらうことが重要である。
●今回のシンポジウムで取り扱った内容は観光マネジメントにおいてマーケティングからマネジメントへの転換を示すものであり、これまでの観光事業のあり方が変わりつつある。アメリカのリゾート事業者までもが、「もう観光だけではなく、地域コミュニティの理解と連携が必要」との共通見解を示しており、観光業だけでなく地域社会との協力が重要となってくる。住民と観光客という対立構造を超え、地域コミュニティを中心に捉えた課題解決とフレームの再構築が必要である。

3.総括
 最後に、第1部、第2部の内容を踏まえて、JTBF常務理事の寺崎がシンポジウム全体の総括を行いました。総括では、今回で33回を迎えた旅行動向シンポジウムの初回開催時、1991年の社会情勢を振り返り、社会に大きな変化がある時代において観光もまた転換点を迎える可能性があることを述べた上で、現在もまた平成から令和への時代の変わり目にあり、コロナ禍の影響や国際的にも大きな出来事が続いていることで、社会変革への意識が高まっていると指摘しました。
 また、ニューノーマルとしての旅行においては地域社会やコミュニティを重視した観光が不可欠であり、加えて若者の行動や意識に焦点を当て、彼らが社会の主役になることを見据えた研究の必要性について強調して、総括を締めました。

 今後もJTBFでは旅行・観光分野の実践的な学術研究機関として、社会に求められる研究テーマに積極的に取り組み、旅行動向シンポジウム等の場を通じて、皆さまにより有益な情報を提供していきたいと思います。
(文:JTBF・中島 泰)