先読み!マーケット 第二話

概要

第二話 旅行ブームの行方

こんにちは、日本交通公社の塩谷です。今回は、沖縄ブームや世界遺産ブームなど、旅行ブームについてお話しします。基になる資料は「オピニオンリーダーに聞く旅行者モニター調査」です。これは、前回もお話ししたように、旅行好きで市場への先行性と周囲への影響力を持つ人を抽出して市場の先読みをしていこうという調査です(調査の概要)。

◇半年でどう変わった?旅行ブームへの興味◇

来訪客の増加が伝えられる幾つかの旅行先について、「1.以前から興味を持っている」「2.最近興味を持つようになった」「3.興味があったがもう飽きた」「4.興味がない・知らない」の4段階で聞いています。

最初の図は、これを07年11月時点と08年6月時点で比較したものです。「1.以前から興味を持っている」「2.最近興味を持つようになった」を合わせた比率でみていきましょう(淡いオレンジと濃いオレンジ色の項目です)。

図1

 

屋久島」と「沖縄」の人気は11月にも高かったのですが、08年6月時点ではさらに上回る数字になりました。「屋久島」は79%、「沖縄」は74%の人が興味を持っていて、いずれもこれまで比較的低かった60代以上での関心度が高まっています。「屋久島」については、オピニオンリーダー層の来訪経験率は未だ16%に留まっていますので、当面は人気が続きそうです。

「京都」への「興味あり」比率は76%から72%へと若干減少しましたが、もともと定番観光地でもあり、「以前から興味を持っている」が63%と高い比率を占めています。性別では、女性の74%(20代と60代以上で高い)が興味を維持しています。「和ブーム」の潮流の中で注目されてきた「京都」ですが、魅力の引き出しも多いことから、今後も大きな落ち込みは無いでしょう。

ここ数年で急速に人気化した「旭山動物園」については、流石に11月の66%に対して60%まで低下してきました。既にオピニオンリーダー層の来訪経験率は37%に達しています(11月は35%)。しかし継続的なリニューアル等の努力もあって、女性層を中心に高い関心を集め続けることに成功していると言えるでしょう。

この他、「石見銀山」は前回なみの47%、今回初めて取り上げた「黒川温泉」は45%となりました。

次に、人気の旅行タイプや、旅行との関連が深いブームなどについて、07年11月と08年6月の調査結果を比較したのが次の図です。

図2

「世界遺産ブーム」には依然83%のオピニオンリーダー層が興味を示しています。そのうち「最近興味を持つようになった」人は24%と高く、今も新しい参入者を集めています。

「源泉かけ流しブーム」は72%から61%まで数字を落としています。一方で、今回加えた「露天風呂付き客室ブーム」に興味を持つ人は67%と高い数字となりました。但し、同じ温泉好きであっても2つの客層は必ずしも一致しません。前者には泉質重視で秘湯などを好む人も多く含まれますが、後者には宿の質・高級感にこだわる人々が多くなっています。今後の旅行計画の立て方として、「観光に便利であれば宿泊施設にはこだわらない」が減少して、「観光する時間よりも宿泊施設での滞在時間の方が大切だ」という人が増えていますので(07年11月調査)、当面「露天風呂付き客室ブーム」は高い比率を維持するでしょう。

前回の調査で勢いのあった「古民家・町屋ブーム」は67%から47%へ、「昭和レトロブーム」は61%から36%へと大幅に低下して、いずれもブームは一段落という印象です。

人気が続いている世界遺産とはやや異なり、「産業遺産ブーム」は11月の37%から31%へと6%低下しています。世界遺産への関心度は、性年代を超えて高い傾向がみられるのに対して、産業遺産のそれは、男性それも20代と60代以上に偏る傾向がみられます。20代男性には、いわゆる「工場萌え」のような新感覚で産業遺産を捉える人が含まれているでしょうし、60代の場合は工業国日本への郷愁を抱く層や、産業史について学習したいといった層が含まれるでしょう。現状はあくまでニッチ層でのブームに留まっていますので、今後市場として定着していくためにはこうした男性層を大切にしつつも、女性も手軽に立寄れるようなコース設定などが必要でしょう。

「夏フェス」への興味は27%と横ばいですが、年代別には20代の関心度が上がって、30代以上の関心度が下がっています。また、「ご当地検定ブーム」は30%から20%へ、「スピリチュアル・ブーム」は27%から17%へといずれも大きく下げました。

◇ファンの質が低下すると旅行ブームは終わる◇

余談ですが、私は今「旅行ムーブメント史の研究」という自主研究の途半ばにおります。何と申しますか、要するに作業は「遅れ気味」であります。それでも、70年代に起こった「アンノン族ブーム」について萩に取材したりしながら(*1)、「ブーム」と言われるものの構造について粗々整理していますので、少しそのことについてお話しします。

「アンノン族ブーム」の場合、最初に市場を形成した女性達は、”孤高のひとり旅”型だったと言われます。嵯峨野の直指庵や大原寂光院などを訪れて自分を見つめ直す、そんな旅が多かったようで、服装も割と地味な人達でした。『アンアン』『ノンノ』の旅行特集も、最初は伝統工芸や歴史街道などのこじんまりとした紹介が中心だったのですが、これが次第にブームになるに連れて、「ペンション」という新しいスタイルの宿の紹介が加わるなど、グループ客や若いカップルのマニュアル本的な様相を呈していきます(*2)。

ブームの進行とともに、需要側の構造は変わっていきます。女性のひとり旅や二人旅中心の客層が、女性グループや20代カップルを含むようになり、末期には清里にみられた10代のメルヘン志向に対応したショップ乱立や、一部のラブホテル的なペンション利用にまで大衆化していきます。

一方、需要の変質に呼応するように供給側も変わっていきます。例えば萩では観光客の急増に対応して、萩焼の製造販売に参入する事業者が急激に増えました(72年の50~60軒から、75年には100軒近くに増えた)。そのほとんどは機械式の窯で製造を行い、販売価格は修学旅行生でも買える水準まで低下していきます。粗悪品も現れて、観光協会の苦情も増えたそうです。

一般に、ブームの進行とともに、ファン層も供給者も、同時に質が低下していくケースが多いと言えるでしょう。その過程で、最初に市場を形成した人々から、集団を離脱していきます(アンノン族で言えば孤高のひとり人旅層から)。そして後に残された客層は、能動的ではなく受動的な人が多いですから、リピートすることは少ないのです。最後には肥大化した供給者達が取り残されます。萩で言えば、昔から登り窯で生業を営んでいた方々に気の毒な顛末になってしまいました。

個々の市場を形成するファン層の多くは、何かしらその集団に優位性を感じ、それに帰属することの優越感を感じています。例えば、「格好いい」「先進的」「特典がある」といったことであり、こうした集団の優位性を確認し、あるいは誇示する手法としてメディアがあり、また会員制度などが有効となるのです。一方でファンが帰属する集団の優位性を意識することは、同時に排他性を持つことにもつながります。集団の性格が変質したり、大衆化しすぎて帰属する優位性が失われないように、異分子の参入を否定する感情です。もし本当に集団が変質してしまえば、自分から集団を抜けていくことになります。(この点に関連して、6月調査で実験的な質問をしていますので後日お話しします。)

こうした「ブーム」の持つ危険性に対して、単体型施設は比較的うまく対応することが可能です。例えば、TDRがそうですし、最近の例では、旭山動物園もそうでしょう。 サービスの質を落とさないこと、新しい魅力を継続的に提供すること(リピーター確保や、異なる切り口からの新たなファン層の構築)、価格政策によって付和雷同層を排除すること、などによってファン層の質の低下、ひいては「ブーム」による需要変動をある程度コントロールすることができます。(しかし、このことを観光地単位や自治体単位で行うことは、自由主義経済の下では簡単ではないように思われます。)

実は、もっと巨視的・長期的に旅行市場を観た場合、「旅行」そのものが息の長いブームだったのではないかと私は推論しています。この点については後日改めてお話しします。

*1 1972年から91年まで萩市観光協会に勤務された松本善雄氏にお話を伺いました。
*2 『アミューズ』(97.10)「再訪・アンノン族の旅」執筆者の建野友保氏にお話を伺いました。

◇次回は「行ってみたい旅行タイプ」などを予定します◇

今回ご紹介する予定でした「今後1年間に行ってみたい旅行タイプ」の結果については、次回以降にお送りします。

最後に、私どもでは皆様が日頃感じている旅行市場への疑問や関心のあるテーマなどについてお便りを募集しております。今後の調査設問などに取り上げたいと思いますので宜しくお願い致します。ではまた。

< 塩谷 >

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発注者 公益財団法人日本交通公社
プロジェクトメンバー 塩谷英生
実施年度 2008年度