経済効果を高めるための観光政策に関する研究(2013-2014)

概要

経済効果を高めるための観光政策に関する研究(2013-2014)

地域住民が「観光」に求めるものは“定住のための収入”

地域の観光振興では「いかに観光客にたくさん来ていただくか?」が重視される傾向があります。確かに、人で賑わう観光地の情景は、万人がイメージしやすく、かつわかりやすい目標像です。しかし、人がたくさん来てくれるというだけで、果たして良いものなのでしょうか。

なぜ地域が観光振興に取り組むのか、そのねらいを改めて振り返りますと、根本には「その地域に住み続けたい」という地域住民のニーズがあるのではないかと私は考えています。今の時代、生活していくためには金銭収入が不可欠。定住を望むなら、その地域で何かしらの仕事に従事し、安定した収入を得ることが求められます。

日本の人口は下降局面に入りました。特に、過疎地域での人口減少問題は深刻です。地域住民のみをターゲットに事業を続ければ、市場は縮小の一途をたどり、今の収入を維持することは難しくなります。事業の内容を変えずに拠点地域を都心部や海外などへ移すという選択肢もありますが、それを望まない地域住民も多いのが実情でしょう。

そこで注目されるのが、域外から収入を得る「移出産業」であり、そのひとつがいわゆる「観光産業」です。移出産業の代表例といえば「製造業」であり、地域によっては従来地域経済の基盤となっています。製造業の場合、域内で生産された製品は域外に出荷され、域外の小売店で販売されます。一方、観光産業はお金を使う側の観光客自らが地域を訪れてくれるという、珍しいタイプの移出産業です。

「観光産業」の定義はやや複雑です。観光客は、訪問先の地域の中で買い物をしたり、食事をしたり、宿泊施設に泊まったりと、様々な行動をします。そのため、観光客に関わる産業は幅広く、「どの産業が観光産業」という定義を明確に定めることが難しいのです。あえていうなら、観光産業は「観光客から収入を得る産業」すべてとなります。観光客からの収入割合が多い産業としては宿泊業や観光施設などがあげられますが、飲食業や小売業、運輸業など地元住民の利用率の高い産業であっても、観光客から収入を得ていればそれらはすべて観光産業となります。さらには、土産品や飲食などの原材料生産まで含めて考えますと、農業や漁業、製造業なども間接的に観光客から収入を得ているのです。

このように考えていきますと、地域住民の定住ニーズを満たすために重要な観光振興の視点は、「域外から訪れる観光客からの収入」であることがわかります。これを拡大するために、観光客の人数を増やしたり、観光客により多くのお金を使ってもらったりするような取り組みを行う必要があるわけです。つまり、「観光客を増やす」ことは「収入を増やす」ための手段のひとつに過ぎないのです。

観光収入を増やすには“地場産品の積極活用”

では、地域住民が観光客から得る収入(以下、『観光収入』)を増やすためには、何をしたら良いのでしょうか。観光収入を3つの要素に分解して考えてみましょう。

観光収入は、『観光客数』と『消費単価』、そして『域内調達率』に分解することができます。以下、順を追って説明していきます。

『観光客数』は域外から訪れた観光客数、『消費単価』は観光客1人が観光地で使うお金の平均値です。消費単価がみな同じと仮定すれば、観光客数が増えれば観光収入もこれに比例して増えることになります。また、観光客数に変化がない場合には、消費単価を増やすことが観光収入』の伸びにつながります。

3つ目の要素は『域内調達率』です。この言葉には耳なじみのない方もいらっしゃるかもしれません。観光客は訪問した地域でお土産を買ったり、食事をしたりします。これらの原材料をどこから仕入れているのか、という話です。たとえば、A市の観光収入を増やそうと考える場合、「A市内の観光産業が原材料をA市内からどのくらい仕入れているか」、その割合を『域内調達率』と呼んでいます。原材料だけでなく、人材も同じように「どれだけ域内住民を雇用しているか」、と考えることができます。

地域の観光収入を増やすためには、これら3つの要素を“バランス良く”高めることが大切です。例えば、観光振興の取り組みによって観光客数や消費単価を向上させても、域内調達率が低いと観光収入が早々と地域の外に流出してしまいます。ある観光地の飲食店で提供される食事の原材料(野菜や果物、魚介類など)の大半が地域の外から調達されているとしますと、飲食店は観光客から収入を得ることができても、地域内の生産者は観光客からの収入を得ることができません。つまり、観光振興の経済効果を域内の幅広い産業へ波及させることができず、地域の持続的な経済循環を生み出すことにつながらないのです。

域内調達率を高めるということは、いいかえれば“地場産品を積極的に活用する”ということになります。施策の具体例をあげますと、「域内で生産される食材を活かした料理の提供」、「域内の素材を活用(加工)した土産品の販売」、「付加価値の向上に資する地域ブランドの確立」、「地元ガイドによる体験メニューの提供」などが該当します。

観光客が求めるものは“そこにしかないもの”

ここまでは地域の視点から『観光収入』について考えてきましたが、次は観光客の視点からみてみましょう。観光客は、旅行先の地域でどんなものを買いたい(食べたい)と思っているのでしょうか。地域側が積極的に販売したい『地場産品』は、観光客のニーズにどの程度マッチしているのでしょうか。

旅行アクティブ層※を対象に昨年度(平成25年度)実施したアンケート結果をみますと、旅行先で土産品を購入する際には『地場産品であること』、『そこでしか購入できない商品であること』を重視している人が多く、食事では『その土地の名物料理であること』、『新鮮な食材を使っていること』を重視している人が多いことがわかります。興味深いのは食事を選ぶ理由で、『地元でとれた食材を使っていること』よりも『その土地の名物料理であること』や『新鮮な食材を使っていること』がより重視されています。土産品でも『地場産品であること』とほぼ同じ割合で『そこでしか購入できない商品であること』を重視する人が多いです。これらの結果から考えられることは、観光客が旅行先に求めることの本質は”そこにしかないもの”であるということ。このニーズを満たすウォンツが『地場産品』であり、『新鮮な食材』であり、『そこでしか購入できない商品』である、という構造になっているのではないかと考えられます。


さいごに

今回は、観光の経済効果の基本的な考え方についての説明を交えながら、観光に対する地域のニーズと観光客のニーズについて考察して参りました。“地場産品”を積極的に売りたい『地域』のニーズと、“そこにしかないもの”を求める『観光客』のニーズの間に、若干の違いがあることをお感じいただければうれしく思います。

次回は、地域における『そこにしかないもの』を活かした経済効果向上の取り組みについて紹介します。

文責:川口 明子
掲載日:2014年6月27日

※旅行アクティブ層:旅行好きで年に何度も旅行をしている層を指します。具体的には、旅行が「大変好き」であり、1年間に4回以上国内宿泊旅行(出張・帰省は除く)をし、任意に示す9箇所の観光地の中で2カ所以上の来訪経験がある人を指します(ただし観光関連業界に勤めている人を除く)。延べ観光客数の多くの割合を占める「旅行アクティブ層」は、観光地に訪れる人々の行動や意識を探るのに適している調査対象です。

この研究・事業の分類

発注者 公益財団法人日本交通公社
実施年度 2013-2014年度